嫁力
取り敢えず、疲労中のミルクに上級回復魔法をかける。
「あ~~」
まるでお風呂に浸かっているかのような反応をミルクはした。気持ちよさそうだ。
「ふむ、これがミルクね。強そう……」
アリーは、ミルクを見て言う。だがその言葉で、ミルクは大きく肩を落とした。回復魔法をかけているのに、ミルクの心にダメージが突き刺さる。
「(つ、次の進化までの姿ですから……。仮とか、そう言うのですから)」
ミルクの心の傷は、いつえぐられるのが止まるんだろうか。早く進化出来るのならさせてあげたいものだが。
「あむ。しんふぁひても、ろうへまふぁうしでふよ(進化しても、どうせまた牛ですよ)」
ミズキは、貝を割って食べている。口に入れたまま喋るのをやめなさい。可愛いけど。というか、やっぱ迷宮の貝魔物は身がでかいなぁ~。そりゃ口に入れてたらそんな喋り方にもなるわ。
「(ミズキィィィィィィィィ!!!!……くっ、牛は牛でも、牛ちちです!!爆乳美少女になってみせますよ、私は!!そして、ご主人様とあんなこと、こんなこと!!!!)」
ぶるる……。やばい、今背中に寒気を感じた。恐らく、えぐられた傷が深いほどその時になればミルクは俺を……。 ……もう少し、進化が遅くても。い、いや、それは問題の威力を高めるだけだ。で、出来るだけ、早く進化させないと!!
「う~ん、なにか、なにか進化が早くなる方法はないものか……」
「ベイ、そんなにも真剣に考えて。仲間思いなのね……」
いや、それもあるけど自分に反動がですね。
「そうだわ!!私もベイたちと一緒に迷宮に行ってみたいし、どこかの迷宮を攻略してみない?私の編み出した技も見せたいし!!」
「えっ!?う~ん、アリーと迷宮攻略かぁ~。どこかいい迷宮あったかな?」
「なら、私が行きたい迷宮に行かない?実は、前々から気になってた迷宮があるのよね」
「気になってた迷宮?」
「そう。上級迷宮なんだけど、大丈夫かしら?」
唇下に指を当てて俺の反応を伺うアリー。う~ん、可愛い。
「……上級なら問題無いと思うよ」
「やった~!!それじゃあ、今日は行く準備をしましょう」
アリーは、嬉しそうに跳ねる。本当に大丈夫だろうか。アリーに怪我をさせたくない。でもこのチームなら上級でも危なげなくクリアは出来ると思う。大丈夫なはずだ。どこに行くかは分からないけど。そうあれこれ考えていると、ミズキが朝ごはんを食べ終わっていた。俺達も帰って、一旦朝ごはんにしよう。話はそれからだ。ミルクをパッと素早く回復して、俺達は家に戻った。
*
「で、どこの迷宮に行くのアリー?」
朝ごはんを食べて、俺の部屋で話す。カエラにアリーの事情を説明して朝ごはんを作ってもらった。これで親公認のお泊りの完成である。気がかりは、カエラが無駄に変な気を回して部屋に踏み込んでこないかということだが。まぁ、外に出かけていればそれは防げるだろう。
「む、主!!カエラさんが来ます!!」
早い!! 行動が早い!! 皆の召喚を慌てて俺は解除した。しばらくしてノックの後、ガチャっと俺の部屋のドアが開く。
「アリーちゃん、お菓子持ってきたの。良かったら食べてね」
「はい。カエラさんありがとうございます」
「ふふふ、そんな他人行儀じゃなくてお義母さんでもいいのよ?」
……なんというか、もうアリーの受け入れ体制が我が家では出来ているみたいだ。話が早いにもほどがあるんじゃないか。
「……よし。じゃあ後は、若い二人に任せて。私は、下に行ってるわね。何かあったらすぐに呼んでね」
腕をひらひらと振ってカエラは下に降りていく。気遣いは嬉しいが心臓によろしくないです、カエラさん。
「……大丈夫かな?」
「(ええ、大丈夫みたいです、主)」
皆を再召喚する(ただしミルクは、でかいので除く)。部屋に風魔法で音漏れ防止をして話を進めることにした。
「私が行きたいのは、ここの迷宮ね」
「火属性上級迷宮」
アリーが広げた地図を指差す。この町と、アリーの学校の中間からちょっとそれた位置にある迷宮だ。迷宮の隣に火山の絵が書いてあって、すごい暑そうに見える。というか……。
「これ、隣の火山も迷宮なのか」
「そうね。火属性聖魔級迷宮よ」
聖魔級迷宮とか正直近づきたくない。レム程の強さを持つ魔物。そんなのがうじゃうじゃいる空間なんて……。今は、想像したくないな。まぁ、今回は近くの上級迷宮だし大丈夫か。
「それで、そこには何があるんだ?」
「この火属性上級迷宮では、香辛料が取れるのよ。ベイのために料理を勉強してるんだけど、どうせなら自分で取ってみたいなぁと思って。そのほうが安く手に入るし」
なるほど、香辛料か。これは、採取の専門書を持っていくべきかな? と、思ったが。アリーがカバンから採取の本を取り出した。持ってきてたのか。
「そう、これ。フルーツトウガラシ。火属性上級迷宮・焼ける大地原産で、甘さの中に味を引き立てる辛さがあるの。スープや、デザートにも使われるのよ」
なんだそれ。気になるなぁ。是非、アリーの手料理で頂きたい。
「よし、分かった。じゃあそれを目標に準備しよう。ボスとかは、大丈夫そうだったらでいい?」
「そうね。気候も違うでしょうし……。辛かったらやめときましょう」
とりあえず、目標と行く位置は決まった。後は、いる物の買い物だけだ。カエラの持ってきたお菓子を食べた後、俺達は町に品物を見に行った。とりあえず買ったのは、俺の水筒(アリーの持ってるのとお揃いらしい)と、いらないかもしれないけどガス対策のマスクっぽいやつ。なんか布で出来てる。あと、採取品を入れる箱だ。久しぶりにアリーとする買い物は、とても楽しかった。
「ほらベイ。私のとお揃いのがあるわよ!!これにしましょう!!」
満面の笑顔でそう言うアリーは、すごく可愛かった。一生、大切にします。しかし、楽しい時間はすぐに過ぎるもので、あっという間にお昼になりアリーがカエラの料理を手伝ってご飯を作ってくれた。カエラは、アリーの料理を大絶賛で我が家は安泰ね。と嬉しそうに言っていた。いや、本当に美味しかった。幸せです。
「ベイ。次は、もっと美味しく作るからね」
そう言って微笑んでくれるアリーさん。……もうアリーと結婚したい。それも今すぐに。そう俺が思ってしまったのも仕方ない事だろう。お昼を食べた後は、戦闘訓練をした。アリーは、魔法の扱いも戦闘の動きもかなり高レベルになっていた。戦闘では、常に上級魔法を使うという圧倒的な魔力コントロールを見せた。上級魔法は、魔力コントロールが悪い者が使うとただぶっ放すだけの魔法になるが。アリーのような魔力コントロールが高い者が使うと、自由自在に射線を変え圧縮された魔力で相手を粉砕するかなり強力な魔法になる。それをアリーは、3つ同時に操るのでかなり凄まじい。迷宮の戦闘でも頼りになりそうだ。チームでの動きの確認も済んだし後は、明日目的の地に行くだけだ。完璧に準備をおえて俺達は、安心仕切っていた。
*
「あ~~、暇だなぁ……」
火属性聖魔級迷宮。その火山に彼女は住んでいた。彼女は、持っている赤く長い棒を肩に乗せてあぐらをかいて座っている。その下には、火属性聖魔級迷宮の魔物の死体の山があった。トカゲ型、恐竜型、怪鳥型、猿型。多種多様なその山にいる魔物の死体がそこにはあった。
「やっぱいい加減飽きちゃうなあ。でも、他に行くとこもないしなぁ……。ここも熱くて、居心地いいし」
死体の山から飛び降りると棒を一振りして死体の山を吹っ飛ばす。死体は、どれもかなり吹き飛び近くの上級迷宮まで魔力の壁を通って届いた。
「おっ、結構飛んだじゃん。さすが、あたし~!!……でも、たまには違う奴と遊びたいなぁ。はぁ~、何かいい相手が向こうから来ないかなぁ」
そんな彼女が次の日に隣の上級迷宮に来るベイ達に目を向けるのは必然だった。