バルトシュルツ家の叡智
「あら~、そうなの……」
なんだか腑に落ちない顔で、マリーさんはそういう。そして、ちらっと俺を見た。……俺は、出来るだけ無表情で通した。
「まぁ、この話はいずれしましょう」
……先延ばしにされた。逃げ切れなかったよ。
「じゃあ、お祖父様にはしょうが無いけど、そう言っておくわ。流石に、その名前の子たちを並べて言えば、お祖父様も諦めてくれるでしょう」
「……どうかな?」
「どういうこと、あなた?」
「ベイ君が疑われるだけの気がするな。何故、そんな子たちと婚姻まで結んでるのかってね」
「私のせいですけどね」
……部屋が静まり返る。今度は、俺以外の全員がアリーを見ていた。そして、何故かヒイラは大きく首を振って滅茶苦茶頷いている。
「えっと、アリーのせいなの?」
「ええ、勿論ですお母様。ベイは浮気などしたがりません。私達の同意あってこその関係なわけです」
「そ、そうなの」
「そ、それでよかったのか、アリー?」
「勿論です、お父様。恥ずかしながら、私一人では、いえ、私達ですらベイを愛しきれません。始めにもいいましたが、まだまだ足りないと思っています」
「う、う~ん」
娘の言動が衝撃的すぎるのか、アドミルは腕を組んで唸っている。しかも、彼は今の発言をガーノにも言うのだ。揃って唸っている姿が、目に浮かんだ。
「母さん、私はちょっと疲れてきた。少し、休憩しないか?」
「そうね。お茶を入れてきますわ」
「あ、ありがとうございます」
「ベイ君も、お茶で……。あら、飲み物を持参しているの?」
「え、ええ、まぁ」
スッと、現れた牛が誰にも気づかれることなく俺に牛乳を持たせていった。お前もニンジャなのか、ミルク。
「それじゃあ、座って待ってて。お菓子を追加で持ってくるわね」
「私は、外の空気を吸ってくるよ」
身体が重そうに、アドミルは席を立つ。その背中からは哀愁が漂っていた。父親って、大変なんだなぁ……。
「アリーちゃん、今の話は本当なのか?」
「はい、お義父さん」
「そ、そうか」
「家、どれくらい大きくすればいいのかしらね?」
「貯金足りるかなぁ?」
全員住ませるつもりなのだろうか、ノービスとカエラは。ヒイラの実家みたいな家でもないと、無理だと思うぞ。
「ご心配なく。ロデに、そこは全て出させますので」
「え、いいのかい?」
「ええ、世界一有名な商家の娘ですから。それぐらい朝飯前です」
「ベイ。お前、凄いな」
「いや、凄いのは俺じゃないから……」
というか、ロデの了承もなしにそんなことを言っていいんだろうか? そう言えば、そんなのもOKみたいな話だった気はするけど。
「ロザリオも居ますので、何も心配いりません。お二人は、これから遊んで暮らせますよ。私が保証します」
「アリーちゃん……」
「ベイ……」
何で、そんな潤んだ瞳で俺達を見るの? 感動してるの? 親孝行な息子だな、とか思ってるの? いや、でも何かおかしくない? おかしいと思おうよ。ほら、今のアリーの発言とか?
「俺達は、良い息子を持ったなカエラ」
「そうね。……孫の顔が、いっぱい見れそうだわ」
「私、頑張ります」
その何気ないアリーの言葉が、俺の胸を撃ち抜いた。か、可愛い。し、幸せだ。そう思ったのもつかの間。この状況で、孫って何人出来るんだ? そういう疑問が俺の頭の中にうずまき出した。ミルクとか、1人や2人で止まるわけがないだろう。それこそ、二桁に1人で届かせるかもしれない。だとすると、他の皆も張り合うとして、他の皆が程々として……。まさか、合計で三桁に……。
「楽しみね」
「そうだな」
「あ、ああ……」
まだ見ぬ未来に、謎の恐怖を1人感じる俺だった。100人の子の親とか、俺に出来るんだろうか。いや、想像だしな、想像。違うってことも、十分あるよな? あるよね?
(マイマスター、ないです)
(そうか……)
アルティの中では、100%予測されている未来か。覚悟を決めるしか無いようだ。
「ところで、こんな重要な話し合いの場にお祖父様が居ないのはどうしてでしょう。お忙しいのでしょうか?」
「ああ、お祖父様なら急ぎの仕事があるらしくて、今日も出かけていきましたよ。なんでも、かなり重要なお仕事なのだとか」
お菓子とお茶を持って、帰ってきたマリーさんがアリーの疑問に答えた。そうなのか。休みの日に仕事とは、やっぱ忙しいんだな。国の筆頭魔法使いともなると。
「ふ~ん、そうですか。……ベイ、ヒイラちょっと」
「え、どうした、アリー?」
「いいから、付いてきて」
俺達は、アリーに続いて部屋を出て行く。まっすぐ玄関に向かい、壁伝いにアリーを追って隣の建物へと移動した。
「……逢引きかしらね?」
「若いですね」
「まぁ、仲がいいのはいいことじゃないか」
何か、置いてきた人達に勘違いされている気がしないでもないが、仕方ない。ともかく、今はアリーについて行こう。アリーに続いてもう一つの建物に入ると、そこは何もない部屋になっていた。床も、棚も、机すら無い。唯、的のようなものが壁にかけてあった。やはり、魔法訓練用の建物なのかもしれない。
「こっち」
アリーが、何もない壁に手をつく。すると、壁に魔法陣が浮き上がり、地面に階段が出現した。
「え、いいのアリーちゃん?こんなの、私に見せて」
「いいのよ。それに、未来の私は正当な当主になる資格があった。過去の今の私にもその力がある。だから、いいのよ。まぁ、こっちではなる気はないけどね」
そういいながら、アリーは階段を降りていく。少しして立ち止まると、また壁に手をつき横の隠し通路を開けた。
「この先はダミーよ。何もないわ」
「用心深いね」
「まぁ、大したものはないんだけどね」
横道を少し進むと、大きな本棚が配置されている部屋に出た。小さな図書館と言った感じだろうか。そんな本の棚には目もくれず、アリーは部屋を突っ切っていく。
「あのアリーちゃん、何処に?」
「ちょっと、あいつらに用があってね」
アリーは、1つの本棚に突っ込むように歩いて行く。だが、本棚にぶつからず、本棚を水のように突っ切っていった。
「はっ?」
「……行くか」
「う、うん」
俺達も、続いて中に入っていく。すると、開けた部屋に出た。
「さて、あんた達に質問があるのよね」
(アリーか……。ここに入れるようになったとは、聞いていないが?)
「私は神才。これぐらい、楽勝よ」
(やはり、お前は似ている。容姿こそ似ていないが、ヨイルが帰ってきたかのようだ。懐かしいな)
(何が聞きたいのだ、バルトシュルツの血を次ぐものよ。ヨイルが望んだことだ、我々は素直に答えよう。お前たちの力になると、約束したのだから)
「話が早くて助かるわ。プロティア、ダール。ウォルスが居ないようだけど?」
(あいつは今、仕事中だ)
そこは平原だった。草木が生い茂り、近くには大きな池が見える。ここ、部屋の中だよな?そして、入ってきた直ぐ側に半透明に光る球が置いてあり。その周りに、見たことのある奴らが集まっていた。
「火と雷の神魔級召喚獣……」
(魔の力を宿す青年か。あの戦いは楽しかったぞ。久しぶりに敗北を知ることが出来た。長生きはするものだな)
(長い間、平和ボケしていたつけが周ってきたと思ったものだ。我々も、まだまだだな)
好戦的ではない、落ち着いた瞳でそいつらは俺を見ていた。そして、俺の横でヒイラは俺の袖を掴んだまま固まっていた。




