鮮血の超英雄
ヒイラは生唾を飲み込む。恐る恐る、本に目を落とした。そして、数ページめくる。
「つまり、私の辿り着いた発想っていうのは、回復ではなく補うことだったんだね。欠損した部分を別の何かに置き換える。これなら、再生を待つということをしなくていいし、代わりがきく。塵になるような魔法を食らった箇所を身体から削ぎ落として、埋めることが出来る。それが生物創造魔法なんだね」
「そう。自分の肉体を新たに作る。それが生物創造魔法の原点的な発想。だけどね、この魔法を考えている時、貴方はある壁にぶつかった」
「ある壁?」
「そう、ライアさんという壁に……」
……何でそこで、ライアさんが出てくるんだ?
「えっと、なんでライアおばさんが……」
「うちは、攻撃魔法の家なの。だからねヒイラちゃん、攻撃魔法も研究してくれないかなぁ?というか、やって!!やって!!やって!!やって!!……と、言われたらしいわよ。ライアさんが、地面を転がり回りながら」
「ああ……」
「そこで貴方は考えた。研究している内容から、攻撃魔法を作れば良いんじゃないかと」
「えっ?」
「その時貴方は、丁度血液を作る魔法を研究していた。人間や、ありとあらゆる生物に必要な血液。それを、貴方は自分の家の魔法、魔神創造と組み合わせた。結果……」
「……嫌な予感しかしないんだけど」
「最悪とも言われる攻撃魔法が完成した。血の魔神・ブラッズ。液体であるがゆえに通常の物理攻撃が効かない。だと言うのに、鉄分を含んでいるので盾代わりに硬質化することも可能。しかも、血液だから相手に少し傷をつけて自分の体を構成している血液を相手に流し込むだけで殺すことが出来る。しかも、その体を操ることも可能。敵の体内に潜伏し、情報を聞いて回ることも出来るという」
「うわぁ……」
「ついでに、その魔法が完成したときのヒイラは、同時に100体まで運用できると言っていたわ」
「う、うわぁ……」
自分の開発した魔法で過去のヒイラが引いているとわ、未来のヒイラも夢にも思わなかっただろう。ていうか、何その魔法。えぐすぎない?
「1人殺戮軍団魔法使いとか、1人不死の軍団とか色々貴方にはあだ名が付いたけど、一番しっくり来たのはこれね。鮮血のヒイラ。血の魔神を従え、1国家に匹敵する力を持った魔法使い。それが、未来の貴方だったわよ」
「……うわぁ」
ヒイラは、引き気味で本を閉じる。そして、目頭をおさえて難しそうな顔をした。
「私が、鮮血のヒイラ……」
「そう。超英雄・鮮血のヒイラ・スペリオ。生物のありとあらゆる部位を操作し、創造・操ることの出来る魔法使い。まさに、天才ね」
「ううん、複雑な気分だよ……」
「気にしなくていいわよ。それに、貴方の研究は世界を一度救うのに役立った。それが事実よ。大丈夫。気にする必要はないわ」
「そ、そう?」
「ええ」
と言っても、恐ろしい魔法を生み出したことには違いがないんだよなぁ。しかも、その魔法を生み出したのはヒイラだから、ヒイラしか使えなかったんだよな。ヒイラにしか使えない凶悪魔法、魔神・ブラッズ。確かに、不穏なあだ名が付くのに説得力のある魔法だ。
「私、悪用したりしてないよね?」
「そりゃそうよ。むしろ、見せただけで相手がビビって本来の力を使ったことがないって、よく私に言ってたわ」
「ほっ、良かった。国家相手に1人で戦争とかして滅ぼしてなくて……」
「そしたら魔王・ヒイラね。そっちの方が強そう」
「いや、流石にそれは呼ばれたくないよ」
複雑な顔をしていたヒイラだが、改めて本を開く。そして、パラパラと軽く流し読みした。
「うん、分かった。見て、いや、取り戻しておくよ。私の魔法を」
「流石ヒイラね。もう一人の私は、貴方が忘れたがってそうな魔法だったから渡すのを躊躇してたみたいだけど、やっぱり渡してよかったわ。流石、私の親友ね」
「し、親友!!」
「おっと、今や妻仲間か」
「妻!!」
「そうね。超英雄、鮮血のヒイラ・アルフェルト!!これで行きましょう」
「あわわわわ!!」
ああ、なんか俺得だなぁ。凄い俺得だ。
「という訳で、これで創生級に目にもの見せてやれるわね。ヒイラ、私は今度こそ勝ってみせるわ。だって、ベイを失いたくないんですもの。貴方と、私の愛する人を」
「アリーちゃん」
「だからヒイラ、やりましょう。もう時間の逆行なんてしない。しなくていい未来をつかみ取りましょう。私達の手で!!」
「……うん!!」
やっぱりこの2人って、いいコンビなんだなぁ。少し、ヒイラに妬けるぜ。でも俺の妻でもあるんだし、妬く必要はないか。やはり、俺得なんだなぁ。
「さて、長湯しちゃったわね。あがりましょうか。身体を洗ってから」
「そうだな」
「ほら、ヒイラ。ベイの身体を洗うわよ」
「えっ?」
「えっ?」
「なにベイも不思議そうにしてるの?私たちは妻なんだから、頑張ってる旦那様の背中ぐらい流すわよ。ねぇ、ヒイラ」
「えっ、ええ……」
「はいはい、先ずは素肌に泡立てた石鹸をつけて~」
「ちょ!!」
「それからベイに、こすりつけるっと!!」
「うわわ!!」
俺は、アリーに投げられたヒイラを受け止めた。その顔は、長湯したからか、恥ずかしいからかは分からないが真っ赤だった。
「あ、アリーちゃん!!」
「私もやるわよ。じゃあ、始めましょうか」
「……う、うん」
ああ、俺得だな。やっぱり俺得だわ。その後、なんやかんやあってお風呂を出て、その日はヒイラの家に泊まることにした。
「マスター、少しお話が……」
「うん?」
いきなり、人化したアルティが現れ俺に声をかける。アリーとヒイラを部屋に残し、俺とアルティは外に出ることにした。
「マイマスター、お話というのは他でもありません」
「うん」
「創生級の件です」
何処か辛そうな顔をして、アルティは俺に語る。一体どうしたんだろうか?
「我々は強い。国に雇われている魔法使いの筆頭にも、過去の英雄にも、魔王にも負けなかった。これだけで、我々が以下に今の状態で抜きん出た存在であるのかが理解できるでしょう。しかし……」
「……」
「はっきりいいましょう。そんな我々でさえ、創生級に勝てる確率は1%もない。そう、私は思っています。マスターはどうですか?」
「……俺も、そう思う」
「そうでしょう。我々も強くなったとは言え、あれほどの重圧を放つことは出来ません。それに、彼等は中にいても外のことを把握できるほどの能力があるはず。その彼等に、私達は相手にされていない。そう、私には思えるのですが」
「ああ、そうだろうな。見向きもされていない。俺達は、まだあいつらにとって虫か何かなんだ。相手にする必要のない、取るに足らない力だと思っているんだろう」
創生級の存在は、こんな遠くにいても感じることが出来る。そんな彼等が、一体化した俺達に気づいていないはずがない。だが、殺気も何も、今のところは感じることが出来ていない。ということは、そういうことなのだろう。
「……アリーさんの言ったことが本当なら、私達は、もしかしたら10月に創生級と戦うことになるかもしれません。そこで死ねば、私達は終わりです。だからと言って、何もしないまま生き延びるというのも癪ではないですか。ですので……」
アルティは、まっすぐ俺の目を見た。
「切り札を用意しました」
「切り札?」
「はい。現状使える、私達の最高の戦力を引き出す技を考案しました。その名も真・一体化仮です。」
「真・一体化?」
「仮ですがね」
アルティは、地面に図を描き始めた。
「今までは、このようにマスターが皆さんを纏い、強化魔法をかけていました」
「おう」
「ですが、真・一体化仮では、マスターにフィー姉さんのように、魔力で出来た鎧を予め纏っていただきます」
「?」
「アイラが使っていた疑似一体化。一体化を魔力で再現できるということは、マスターにも可能なはずです。その魔力の鎧を、予めマスターには纏って頂きたい。そして、その上から一体化します」
「ほうほう」
「そして、私自身も皆さんと融合します。これにより、あふれる魔力の暴走・および内部破壊を防ぎます」
「なるほど」
「その上から、強化魔法をかけます。これで完成です」
「……確かに、すごい力が出そうだな」
だが、アルティは図に何かを書き足している。
「ですが、この真・一体化仮モードはまだ未完成。はっきりいいましょう。現状で1秒保てばいいほうです。解析不足により、魔力の相乗効果、その負荷軽減。どこまで維持できるかわかりません。最悪、内部から崩壊することもありえます」
「……ええ~」
「まぁ、まだ時間はありますし、その間に活動時間を増やしておきますよ。そして、皆さんの素の力の強化も、また必要です。勝つために」
(まぁ、負けてはいられないですからね)
(やろう……)
(うん)
皆の、静かな肯定の意志が伝わってくる。ああ、そうだ。俺達は負ける訳にはいかない。だから頑張ろう、皆で。最悪の敵との戦い。それはもう、本当に目の前なのだから。