嫁とフィーと牛と
冴えた目は、俺に悶々とした時間をくれた。あれこれ考えていたら、かなり時間が経っていたようだ。窓から、優しい光が部屋に差し込む。小鳥のさえずりが聞こえてきた。朝だな。
「清々しい朝だ……」
結局、まともに寝れてはいない。だが、心は晴れ渡っていた。天気もいいし、とても良い気分だ。結局色々考えたが、俺はこの先どうなるんだろう? 仲間の皆は、俺を好いてくれている。アリーは、俺のお嫁さんになる覚悟まで決めている。う~ん結局は、アリー次第な気がしてきた。やばいんじゃねって事も勿論考えた。でも、何もなくすんなり今の関係が続きそうな気がする。俺の周りの女性陣は、精神的にも強いせいだろう。それにもう悩むことはない。アリーもフィーも悲しませる気は、俺にはないからだ。いざとなったら全ての障害を砕いて進む覚悟さえ今の俺にはある。土下座もするぞ。今晩だけで俺は、一つ成長した気分になっていた。
「うぅん。おはよう、ベイ」
朝日で目が覚めたのかアリーが起きる。起きて目をこすり、そのまま俺と軽いキスをした。
「おはよう、アリー」
なんだこれ。もう夫婦のそれじゃないか。いやいやいや早い、まだ早すぎます。こんなこと、毎朝続けていたら頭がお花畑になってしまう。
「うん、マスター、おはようございます……」
フィーも起きたみたいだ。俺を見るとフィーは、顔を赤くして目を伏せて手で顔を覆ってしまった。
「むぅ……」
アリーさんがフィーを見ておられる。鋭い目だ。フィーと俺を交互に見ている。
「……ベイ。フィーとキスでもした?」
「……はい」
鋭い、とても鋭い。いや、むしろアリーだし、気づいて当然という気さえもする。取り敢えず、土下座しとくか。いや、安易な土下座は危険だ。もっと俺の気持ちを伝えてからにするべきではないか。二人共大切なんだと。
「そう。……なら、大丈夫ね。ほらフィーも、おはようのチュウをベイにするのよ」
俺を後ろからグイッと抱きしめてフィーを見るアリー。どことなくニヤニヤした表情をしている気がする。怒っては、いなさそうだな。
「あ、でも、その……」
フィーは、もじもじしている。うむ、可愛い。ずっと守りたい。
「もうフィー、そんなに恥ずかしがってちゃ駄目よ。ベイは、私が惚れるくらいいい男なのよ。もたもたしてるとチュウする機会すら少なくなっていくわ。ほら、早く……」
フィーは、覚悟を決めると俺と軽くキスをした。俺も、照れてるフィーが可愛くて顔が赤くなってしまう。アリーに見られてるせいもあるが。
「うん、よし」
アリーさんは、満足げだ。いい仕事をしたみたいな顔になっている。なんというか良妻というか。アリーさんは、俺の手綱の取り方でも知っているんだろうか。結婚して欲しい……。まぁ、時間の問題だが。多分。
「まぁ、少なく見積もっても後3人は、ベイとイチャイチャすることになるでしょうし、今のうちにもっと甘えるべきよね。私とフィーは、早くからベイと知り合っていた訳だし、これぐらいのフライングはOKのはずよね」
ね~~とアリーは、フィーに同意を求める。フィーは、あわあわと慌てて真っ赤な顔を伏せるだけだった。
「殿、おはようございます。朝から仲がよろしいですね。ところで、レムさんの姿が見えませんが?」
音も立てず水も落とさず天井から降りてミズキは、挨拶をしてきた。いつから見ていたんだ……。
「おはようミズキ。多分、ミルクと朝練だと思う。もうちょっとしたら帰ってくるさ」
と言っていると丁度レムが帰ってきた。手には、魚と貝を持っている。
「ただいま帰りました、主。ミズキのご飯もついでに取ってきました。あと、ミルクの迎えをお願いします」
「あ、ありがとございます」
「よし。それじゃあミルクを迎えに行くか。アリーは、どうする?」
「う~ん、あたしも転移してみたいしミルクも見てみたいわね。一緒にいくわ」
いそいそとアリーは、着替え始めた。アリーの支度は、速やかだ。スッと着ておわりって感じだな。そのまま全員で転移してミルクを迎えに行った。
*
話は少し前に遡る。ベイ、アリー、フィー、ミズキ、が寝ていた頃、水属性上級迷宮でミルクとレムはいつも通り模擬戦をしていた。
「……」
「(うん?何か悩みでもあるんですか、レム。ああ、アリーさんですか。確かに、彼女ほどの逸材がすでにご主人様の虜になっていたのは驚きましたね。ですが、我々は魔物。彼女とは、違った武器があります。確かに彼女は強力なライバルですがむしろ同じ人を愛する者同士。ここは、お互いに切磋琢磨してご主人様を皆で支えていくのが得策ではないでしょうか?あ~~、早く人化したい!!)」
「……いや、そのことじゃない」
「(へっ、と言うと?)」
「フィー姉さんのことだ……」
「(ああ、なるほど。フィー姉さんがアリーさんに嫉妬をするかもということですか?それはないと思いますよ。なにせ、我らの姉さんですからね!!まさに天使!!)」
「いや、それでもない。フィー姉さんの魔力量のことだ」
「(あ~~、なるほど)」
フィーは、本来中級の魔物である。にもかかわらず今のフィーの実力は、その枠を大きく逸脱していた。この水属性上級迷宮でも、ベイと一緒にではあるが全く苦戦しない戦いぶりをしている。つまり今のフィーは、もう上級の魔物に進化していてもおかしく無いほどの実力と魔力があると言えるだろう。だが依然としてフィーは、進化せずその実力と魔力を伸ばしている状態になっていた。
「中級でありながら、現状であれほどの量の魔力を維持している。それは、とても凄いことだ。だが、何故進化しないんだ……。もしや魔力は、進化に関係ないのか?」
「(う~ん、そうですねぇ……)」
「今のフィー姉さんは、あの姿のまま進化しているとも取れるだろう。しかし、膨大な魔力を溜め込み過ぎじゃないか?ここ最近は、より魔力を貯める量も増えている気がずる」
そう。ここ最近更にフィーの最大魔力量は、膨れ上がりつつあった。レムが2回めの進化をした時から、日増しに大きくなりつつある。
「(う~ん、なんと言いますか、多分なんですけども)」
「ああ」
「(レムの二回目の進化の時は、あそこにあった大量の魔力を使いましたよね?)」
「ああ、そうだな」
「(つまりより強く進化するには、それなりの魔力がいるということだと思うんですよ。つまり、次のフィー姉さんの進化は、それだけ強くなる。ということでは?)」
「なるほど。しかし、アレほどでも足りないとなると。いったいどんな……」
「(さすがにそれは、私でも分からないですね。まぁ、我らのフィー姉さんですから、いっそ女神にでもなるのかもしれません。ハッ!!そうなるとご主人様がフィー姉さんに骨抜きに。あわわわ、これは由々しき事態ですよ。フィー姉さんの邪魔なんて私には出来ません!!これは、史上最大の難問ですね)」
「いや、大丈夫だ。フィー姉さんなら、独占などということにはならないだろう」
「(そ、それもそうですね。あ~~、フィー姉さんでよかった)」
「ふふ、そうだな。私達の姉さんだ。きっと、より強くなる。余計な心配だったな」
「(そうですよ、フィー姉さんですから)」
レムは、自分とミルクは人化したいという自らの欲求を頼りに進化を望んでいた。だから今進化したのだと考えた。だが主のこと、仲間のことを気遣うフィーであればどんな進化をするのか。きっと、自分たちの及びもしない力を得ることだろう。自分たちも負けてはいられない。そう思うとレムは、ミルクとの訓練につい熱が入ってしまった。
*
「(ぐ、ぐへっ。ご主人様、ちょっと回復魔法をかけて頂いてよろしいでしょうか。レムが今日は、妙に張り切りすぎてしまって。ガクッ……)」
「ミルクウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!」
俺達が迎えに行くと、ヘトヘトになりながら座り込んでいるミルクの姿がそこにはあった。ここまでレムが張り切るとか何があったんだ……。