シルフ
「んっ?変ね」
いきなりアリーの顔が真剣な表情なった。なんだろうと思ったが、俺も気がつく。魔力の塊が、2つほどこちらに近づいて来ている。それを俺達は、感覚で感じ取った。
「そっちからくるわ。ベイ、こっちに来て」
「ああ、分かった」
二人して木の陰に隠れながら近づいてくる物体に警戒をする。アリーも、さっき回復したばかりだ。無理をさせることは出来ないだろうし、いざとなったら逃げるべきだろう。
(さて、何が来るかな)
魔力の塊が接近し、それが自分たちの視認距離まで来た。緑色の小さな光が、高速で追いかけてくるもう一つを引き離そうとしている。もう一つは、まるで猪のような化け物でかなり足が速く。緑色の小さな光を追いかけまわし、体当たりをしかけ周りの木々を揺さぶっていた。おいおい、かなり太い木なのにあのイノシシの体当たりで揺れてるぞ。どんな威力だよ。
「シルフとウインドボアね。はじめて見るけど、あってると思うわ。追いかけっこをしているうちに、ここまできた感じかしらね。人里近くに来るなんて、めったにないんだけど」
「街に戻って、伝えるべきかな?あいつらかなり速いし、手に負えないんじゃないか?」
「う~~ん、でもあのウインドボア。へ~~、面白いことやってるわね」
ニヤッと微笑むとアリーは、2体の魔物にゆっくりと歩み寄って行く。
「え、なにしてるの!?」
「ちょっとやってみたいことが出来たわ。援護、よろしくね……」
突然の乱入者に、2体の魔物の動きが止まる。どちらも警戒しているのか、ウインドボアは威嚇のように2本の牙をいかつくこちらに向け。シルフは、小さな顔を不安に染め飛び去る準備をしているように見えた。
(何だか、シルフが可哀想だな)
その状況を見てアリーは、杖をウインドボアに向ける。
「あんたたちが速く動けている理由は分かったわ。ちょっと試してみたいから、かかってきなさい!!」
と、相手に挑発をおこないアリーはニヤッと笑った。その顔を見て、ウインドボアがアリー目掛けて嘶き突進を始める。
「アリー!!」
俺は、土の障壁を展開してアリーを守ろうと思った。しかし次の瞬間、アリーが俺の視界から消えた。
「……うべっ!!」
斜め上から、アリーが何処かをぶつけたような声が聞こえた。
「あ~~、結構難しいわねこれ。でも、だいたいの加減は分かったわ」
木の上の方に張り付いて着地し、アリーはしゃがんだような姿勢になっている。一体どうなっているんだ? ニンジャか? アリーは、ニンジャだったのか?
「ブギィィィィイイイイイイイ!!」
アリーが消えたことで急停止したウインドボアは、声でアリーを見つけると木の上のアリー目掛け突進していく。 しかし、ウインドボアが到達する前にまたアリーが消えた。
「こっちよ、こっち。やっぱかなり速いわね、これ。いいもの覚えちゃった~~!!」
そう、アリーは消えたわけではない。高速で移動しただけだ。先ほどまで速いと思っていたウインドボアよりも速く動いたため、目で捉えきれなかった。
「こっちよ、こっち!!」
もはやウインドボアは、アリーのペースに飲まれていた。どれだけ体当たりをしかけても、アリーのほうが速く避けられてしまう。先ほどまで脅威に感じていた魔物が今の彼女の前では、おもちゃ同然と化していた。
「だいたい分かったし、そろそろ終わりにしましょう。ベイ!!こいつの動きを止めて」
「了解!!」
ウインドボアは、あちらこちらに移動するアリーを目で追うのが精一杯で動けなくなっていた。その間に、土魔法で一気にウインドボアを拘束するように壁を作りあげる。地面から一瞬で形成された拘束壁にアリーに気を取られていたウインドボアは、なすすべなく捕まった。身震いして脱出を試みるが土魔法の硬化をかけられた壁は、容易には壊れない。
「うん、じゃあこれでおわりね!!ファイアブラスト!!」
ウインドボアの正面に来たアリーの杖先から、中級の火魔法が放たれる。初級より大きさと威力を増した炎の弾丸は、正確に獲物に命中しウインドボアの体毛と肉を焼き焦がした。
「ブギイイイイイイイイイィィィィィィィ!!!」
ウインドボアは、断末魔の悲鳴を上げ為す術なく命を失う。取り敢えず、これで一安心かな。
「ふぅ……。ナイスアシスト、ベイ!!」
サムズアップをして、微笑むアリー。最初は肝を冷やしたが、おわってみれば圧勝だった。アリー、恐ろしい子。ふと見ると、アリーは裸足だった。なるほど、と、俺はその光景を見て思う。恐らくアリーは、風魔法を足から放っていたのだろう。
(ふむ、アリーの足綺麗だな。すべすべしてそうだ。……いやいや、そうじゃなくて)
魔力は、制御することで身体の補助も可能とする。風魔法を脚力の強化と姿勢の制御に使い、高速移動を可能にしたのだろう。ウインドボアも、魔力を足から放出していたようだし当たっているはずだ。だが、裏を返せば魔力の制御を誤ると足が吹っ飛ぶ恐れがあるということでもある。余程魔力コントロールに自信がないと出来ない技だ。
「……アリー、よく土壇場でそんなことが出来るね」
「ん?あぁ、大丈夫よ。保険で土魔法の硬化かけてあったし、着地の制御に最初失敗しちゃったけど、それ以外は結構簡単だったわ」
アリーは、少し浮いた状態でホバーリングしながら脱いだ靴の上に着地して履き始める。
「魔力消費量も少なくて済むわね、この移動方法。勿論、もっと速くするには魔力がいるけど、慣れれば靴履いたままでもいけそうだわ」
魔力は、自分の体を流すのとは違い別の物質に流れる際には極度にコントロールが乱れる。自分の体の中心から遠く、流す魔力量が多いほどコントロール難易度は上がり、ブレが大きくなる。しかしアリーは、上級魔法のトルネードストームを見事に制御していた。靴を壊さずに、先ほどの高速移動もすぐに出来るようになるだろう。
「ああ、でもちょっとまた魔力使いすぎたかも……。ベイ、回復をお願いしていいかしら?」
「分かった、いいよ」
上級回復魔法をかける。白銀の光がアリーを照らした。
「あ~~!!やっぱりいいわねこれ。ふぅっ、魔力切れの気だるさがすっきりするわぁ~~!!」
柔軟をしながら、嬉しそうに微笑むアリー。どうやら、お気に召したようだ。
「うん?」
木の陰に小さな風の魔力反応がある。シルフだ。さっきまでの戦闘で、魔力を感じなくなったから逃げたと思っていたのだが。どうやら、隠れていたらしい。
「?」
きょとんとした可愛い顔で気持ちよさそうにしているアリーを眺めている。すると、ゆっくりとこちらにシルフは飛んできた。
「むっ!?」
アリーがファイティングポーズをとって警戒するが、シルフは何もしてこない。上級回復魔法の光の前まで飛んで来ると、その場で止まった。
「?」
回復魔法の光に、スッと一瞬手を入れて見ている。問題がないと判断したのか、ゆっくり全身が入るように回復魔法の光の前にシルフは出てきた。
「!?」
ふわぁ~!! とでも言いたそうな満足気な表情を浮かべている。徐々に顔が赤くなり、身体をビクビクと震わせはじめた。あひぃ!! とか言いそうな表情を浮かべると、ゆっくりと地面に横たわるようにシルフは降りて行く。はぁはぁ、と言っているとしか取れない動作で、シルフは小刻みに震えていた。
「へ~~、ベイの回復魔法、妖精にも効くのね。ダメージを与えてるって感じではなさそうだけど、無力化には使えそうかも」
顎に手をあて、アリーはシルフを見ていた。たしかに無力化出来てはいるとは言えるだろう。だが、色々とやばい気がする。このシルフを見る限り、変なことをしたとしか他の人には見えないだろう。……この方法は、あまり良くは無さそうだ。俺は、一人そう思った。
「まぁ、何はともあれこれで2体とも倒したわね!!私達の勝利よ!!」
アリーは、腕組みをして満足げに頷く。あれ? 今って、そういう状況だったっけ? まぁ、アリーも回復したみたいだし、回復魔法を止めるとしよう。すると、下からシルフがゆっくりと浮き上がってきて、俺の胸の前で止まった。
「うん?」
ゆっくり俺に近づいてきて、抱きしめるように俺の胸に顔を埋める。
「おっとっと!!」
反射的に、手を添えて抱きかかえた。小さな顔を赤らめながら、潤んだ瞳でこちらを見ている。う~~ん、敵意は無いようだけど。
「ふむ、もしかしてこれって、あれかしら?」
また考えこむアリー。暫くすると、アリーは俺を見た。
「……ねぇ、ベイ。あなた、召喚魔法って知ってる?」
「召喚魔法?」
「そう。この世界で、もっとも役に立たないと言われている魔法よ」
「えっと、そんなに役に立たないの?召喚魔法って言ったら、すごい強力なイメージがあるんだけど?」
「簡単にいえば、強力なことは強力よ。でも、魔力消費が割に合わないことが多いのよ。魔物に認められる前提があって初めて契約できるし。1体召喚するより、上級魔法使うほうが殲滅力がある場合が多いし」
ふむふむ、なるほど。
「まず、召喚する魔物をしつけなきゃならないの。ただ暴れさせるだけなら問題ないけど。大抵は、すぐやられちゃうわね。この世界で魔物対策をしてないとこなんてないし。それに、理性の少ない魔物をしつけるより自分の魔法を使いやすくするほうが数倍速く強くなれるわ。理性がある、それこそ迷宮の最奥にいるような強力な魔物なら割に合うでしょうけど。その頃には、召喚魔法がいらないほど強くなってるだろうし。そんな魔物に認められるには、どれだけ時間がかかるか分からないわね。まぁ、デメリットが多すぎるのよ」
「なるほど。たしかにそれなら、技術を磨いたほうが良さそうだ」
「えぇ。……でもおかげで、この世界で全然研究の進んでない魔法でもあるわね。すごくなる可能性は、あると思うのよ」
で、とアリーは続ける。
「今ベイに、シルフが抱きついているでしょう。これ、信頼を示しているんだと思うのよね。なつかれる、ってやつ。つまり今のベイは、シルフと召喚魔法の契約が出来ると思うのよね。精霊は、人の言うことを理解する程度には知能が高いみたいだし、ベイが契約しようと言えば拒否しないんじゃないかしら?」
「う~~ん、でも召喚魔法なんて使ったことがないからなぁ」
「人には、誰だって初めてがあるもの。今からやればいいのよ。こんなにすんなり懐かれるなんて稀なことだと思うし。やっといて損は無いんじゃないかしら?」
確かにそう言われるとお得な気がしてきた。何より、このシルフが可愛い。小さく人の少女に近い身体、くりっとした青い目。何より、今顔を赤らめながら上目遣いでこっちを見ている表情……。これを無視出来る人間がいるのだろうか。いや、いない。
「う~~む、まぁ、どっちにしろ今は、この場を離れたほうが良さそうだね。さっきのウインドボアの鳴き声で、人が集まってくるかもしれないし」
「うん?ああ、それなら心配しないでいいわよ。風魔法で、周囲に音がもれないようにしてたから。町までは聞こえてないはず。邪魔が入るのも嫌だったし」
……はぁ? つまりアリーは、周囲に風魔法で音漏れ防止をしながら、高速移動制御をして、土魔法の硬化もかけてたってこと? アリー、君は天才じゃない。大天才だよ。
「で、どうするベイ?やってみる?あ、なんだったらベイがこれから召喚魔法を研究してみる、っていうのはどうかしら?私もやってみたいんだけど、うちのお祖父様たちがうるさそうなのよねぇ。属性魔法も突き詰めたいし。もし召喚魔法の研究成果を教えてくれるなら、私がベイの属性魔法習得に協力してもいいわよ。どう?悪い話じゃないと思うけど?」
む、かなりいい話を持ちかけられてしまった。まず、もうシルフを手放す気がないのは確定だし。ここでOKすればアリーとも協力的な関係になり、会う機会も増えるだろう。なにより、この大天才アリー・バルトシュルツの魔法習得協力なんて、そりゃあ喉から手が出るほど欲しい。そう考えると、もう俺の答えは決まっていた。
「……よし、その話に乗るよ。よろしく、アリー!!」
「えっ、本当。やった~~!!ということは、私とベイは友達で協力的な研究者仲間なわけね。なんだか今日一日で、すごくいい関係を築けた気がするわ。ありがとう、ベイ!!」
嬉しそうに俺の腕に抱きついてくるアリー。む、なんだか甘い香りがする!! アリー特有のフェロモンかなにかだろうか。いい匂いだ。
「ふふふ」
う~~ん、可愛い。この数時間で、俺は彼女にハートをわし掴みにされてしまったのかもしれない。なんだか愛おしく感じるな、アリー。彼女のこの笑顔を再び見るためなら召喚魔法の研究も苦ではない気がする。今日は、いい一日だ。アリーとの出会いは、俺が心からそう思える出会いだった。