策略
城門をくぐって、目の前の大きな扉の脇らへんの小さな扉から中にはいるのかと思いきや。馬車は大きくそれて、城の横道をグルッと回りだした。暫くすると、関係者用の裏口みたいな扉があり、そこに馬車が止まる。俺とのノービスはそこで降りて、その裏口から中に入った。
「ベイ、こっちだぞ」
やたら広くて迷いそうな城内を、ノービスの案内で進んでいく。階段を3つほど上がり、大きな扉がある部屋の前に行くと、その部屋の前にはパーティ会場という立て札が置いてあった。
「よし、ベイ。良いか、中では静かにするんだぞ」
そう言いながら、ノービスが俺のローブを神経質に引っ張って直す。いつもはあけている、前側の部分もきっちり閉じられた。これで良いんだろうか?
「よし、格好いいぞベイ!!」
そういうと、ノービスはゆっくりと扉を開けて中に身を滑り込ませるかのように入っていく。果たしてそうだろうか? 俺、ムッキムキになってしまったから、ローブの前側を完全に締めると、無駄にガタイの良さが目立って気持ち悪いんじゃなかろうか……。いや、ローブを着たもっさり感で意外とうまく隠せているかもしれない。そう信じよう。俺は、ノービスに送れないように、中に入っていった。
「広……」
中には、すでに何人もの正装をした人が居て楽しく談笑していた。俺、来てよかったのかな? あたりを見回すと、ノービスと同じような仕事着の人もいる。ああいう人を見ると、ほっとするなぁ。仲間を見つけたみたいだ。
「あそこには料理、あそこは座るようかな?基本的には、立食形式なのだろうか?」
正直、どんな感じのパーティなのか未だによく分ってないからな。周りの動きを見ながら動こう。とりあえず、皆さんまだ何も食べるものに手はつけていないご様子だ。俺も、今は適当にノービスについて回っているだけにしよう。
「おお、ノービス来たか!!」
「ああ、セーロ。丁度、いま来たんだ」
「お、そっちの子は誰だ?新人職員か?」
「いや、私の息子だよ」
「え、お前の息子?」
「あ、初めまして。ベイ・アルフェルトと申します」
多分、ノービスの同僚だろうと思われる人が絡んできた。その人は、俺とノービスは見比べるように見る。
「お前のほうが弱そうだぞ、ノービス」
「ははは、自慢の息子だからな!!」
「……なんだろうな。お前の息子、城の兵士を見ているときとはまるで違う印象を受けるぜ。いや、人様の息子に対して述べる感想じゃないけどよ。なんというか、只者じゃない気がするな……」
「いえいえ、普通のアルフェルト家の息子です」
「……ローブでよく分からんが、相当鍛えてるんじゃないか?何か、凄い威圧感を感じるんだが……」
「そうですか?」
俺は、適当にとぼけて会話を進める。……そんなふうに感じるのか、今の俺は。
「お前の息子、凄いなノービス」
「ははは、そうだろうそうだろう!!」
これは、褒められているんだろうか? まぁ、ノービスが上機嫌みたいだし、それでいいか。
「やっと来たわね、ベイ。待ってたわよ」
その声に振り向く。するとそこには、俺のハートをうち貫く女神が居た。
「アリー……」
「どう、似合ってるかしら?」
似合ってるなんてもんじゃない。ミルクとミズキがこしらえた赤い色のドレスと、胸元に輝く赤い宝石。そしてアリーの赤い髪が合わさって三位一体どころか、死人が生き返るレベルですごい魅力を放っていた。今この瞬間、アリーに初めて出会ったとしても、即座に結婚を申し込むほどに俺のテンションは上がっている。ああ、恋するってこういうことなんだな。俺は、痛いほど今それがわかった。
「え、ベイ?」
俺は、アリーの手を無言で引く。そして、周りの目が届かなそうな柱の陰に隠れると。
「んっ」
そのまま、アリーにキスをした。いや、抑えられなかったんだ。分かっているけど、止まらない。求めるように、アリーの口を何度もついばむ。でも、長時間はこうしていられないんだよなぁ。時間にして5秒ぐらいか。俺は、名残惜しんでアリーから唇を離した。
「綺麗だよ、アリー」
「うん……、ありがとう」
ああー、この後予定がなかったらなぁ。アリーをうちに連れ去る自信がある。キスをしたことで、更に照れてアリーの可愛さが増した気がするんだ。家で二人っきりでパーティしたい。イチャつきたい。そう思いながらも、俺はなんとか理性を保ち、アリーとノービスの近くに戻っていった。
「こんにちは、ノービスさん」
「おお、アリーちゃん。ベイが連れてきたのか?そのドレス、よく似合っているよ」
「ありがとうございます」
ノービスは、同僚と話し込んでいて気づいていなかったか。まぁ、結果良しだな。
「おお、アリーここに居たのか」
……聞いたことのない声の男性が、アリーの名前を呼びここに近づいてきている。いよいよ、俺の障害とご対面というわけか。そう思いながら、俺はなるべく平静を装いその男性の方を見た。やはり、何処か風格が違う男がそこには立っていた。立ち振舞、余裕がありそうな表情。黒黒とした気品のあるローブ。ノービスよりも役職や実力さえも上であることが、その雰囲気から容易に想像できた。
「ああ、アドミルさん。どうも」
「やぁ、ノービス君。見慣れない子と一緒にいるね。誰かな?」
「息子の、ベイ・アルフェルトです」
「どうも、初めまして」
「ああ、よろしくベイ君。アドミルだ。まぁ、君のお父さんの仕事仲間みたいなもんだよ」
……こいつが、アリーの父親? アドミル・バルトシュルツということか?
「アリー、急に居なくならないでおくれ。母さんも困っていたぞ」
「ごめんなさい、お父様」
「アリー、ここに居たのね」
あ、マリーさんだ。俺は、久しぶりに見たマリーさんに、会釈する。すると、マリーさんは俺に一瞬、ニコリと微笑んでくれた。
「あら、素敵な殿方を見つけたみたいねアリー」
「はい、お母様。アリー・バルトシュルツです。初めまして」
「あ、はい。ベイ・アルフェルトです。初めまして」
そう言う小芝居をするのか。まぁ、合わせておこう。そう思い、俺は無難に挨拶を返した。
「……ベイさんですか。見たところ、かなり鍛えていらっしゃるみたいですね?もしかして、うちの学校の闘技大会で今年優勝されたベイさんですか?」
「あ、はいそうです」
「やっぱり!!魔法も、剣術の方もとても出来る方だと聞いています。素敵ですね」
「いえいえ、ありがとうございます」
アリーの他人行儀な話かたって、なんだかくすぐったいな。しかも、かなり持ち上げてくる。大丈夫か、これ?
「こんな素敵な殿方となんて、なかなか出会えないですよね、お母様」
「ええ、そうね」
「ベイ・アルフェルトさん」
「はい」
「私と結婚して頂けませんか?」
「あ、はい。喜んで」
「……?」
「うん?」
なんだかよく分からん雰囲気に、場が包まれていた。