真のプロローグ 超天才魔法使いアリーさん 1
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「ああ、イラつく……」
その少女はそう呟いた。まだ生まれて数年しか経っていない少女が口にするには、それはあまりにも重苦しい言葉だ。だが、彼女の中のいらいらが抜けて落ちることはなかった。
「……お祖父様の、あの魔法を見たから?兄の、半端な威力の魔法を見たから?自分が、あの魔法を使えもしないから?」
イラついて仕方がない。開いた本を読むのをやめて、彼女は腕で自分の顔を半分覆う。誰に向けるべきでもない怒りを抱えたまま、彼女は気分を変えるために部屋を出た。
「……ふぅ」
部屋を出てすぐの窓の外を見る。……代わり映えのしない風景、いつもどおりの町並み。そこには、何の面白みもなかった。ただ、少しの風だけが彼女の赤い髪を撫でるように吹いている。それだけで、少しイライラが収まった気がした。
「……何もない。ほんと、何もないわね」
足の力を抜き、壁にもたれかかるようにして少女は座り込んだ。楽しいことがないわけじゃない。魔法の研究や、訓練は楽しい。でも、自分にはそれだけだ。大人たちは、楽しそうにお喋りをしたり、何気ないことで微笑んで日常を過ごしている。だが、彼女にはそれが出来なかった。どいつもこいつも、彼女には濁って見える。自分より上の魔法を使えるやつがいることなど、彼女には許せることではなかった。家族だろうと、知り合いだろうと、赤の他人だろうと。だから、等しく彼女にとって大人は嫉妬の対象であり、笑いかける存在では無かった。だから、彼女はこう思う。
「やっぱり、すべての魔法をこの私が握るしか無いか。全てをなし得るほど、強く……」
何もない空中に向かって手を伸ばす。そして、力強くつかむ動作を彼女は行った。それは、あまりにも夢物語に近い話。だが、彼女はそれを成し得る覚悟をその幼さで誓った。まるで、糸が切れた人形のように彼女はその場にへたり込む。今は、少し休もう。そして、もう少ししたら始めよう。終わりのない研究を……。
「……アリー、大丈夫?」
「母さん……」
どうやら寝てしまっていたようだ。いつの間にか、目の前には母親が立っている。心配そうに、母親は自分を見つめていた。……それが嬉しいはずなのに、心が濁る。何かが、アリーの心を燃やしていた。沸き立ついらだち、逃れられない欲求。……無理やり笑顔を作ると、アリーは大丈夫と言って立ち上がった。
「本当?」
「うん、ちょっと寝ちゃってただけ」
窓の外から、まだ風が吹いている。外には、何も代わり映えがない。こうやって一日が過ぎていくのだ。いつも、いつも……。
「そう、ならいいわ。ご飯できてるわよ」
「うん……」
アリーは、また外の景色を見ながらこう思った。この日常が、少しでも変わってくれればいいのにと。怒りを打ち消すかのような、イラ立ちを吹き消すかのような何か。そんな何かを、彼女は欲していた。しかし、そんなことが偶然起こり得るはずもなかった……。
「……ご飯、食べよう」
足取り重く、アリーはご飯を食べに家族のところへ移動した。
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「あの~……」
「あっ?」
「ひぃっ!!」
今、彼女の目の前には一人の少女が立っている。名前はヒイラ・スペリオ。退屈な日常を送る彼女の前に現れた、新たな異物だ。大人たちが話している間、一緒に遊んできなさい。そう言われて彼女は、アリーに話しかけてきたようだ。うざい、だるい、話したくもない。そうアリーは思った。イラ立ちを表面に出すかのように、アリーは顔をひしゃげてヒイラを威嚇した。そして、ヒイラが少し後ろに下がったのを確認すると、また本を読み始める。これでやっと落ち着いた。静かに研究ができる。そう、アリーは思った。
「それ、魔力操作の本だよね。それ面白いよね。火でお花の形を作ったり、水で器を作ったり出来るんだよ。すごいよね」
「……」
その通りだった。この本には、そうした魔力操作での魔法の発動のさせ方。その魔法の発動後の形や、その威力を高める方法などが書いてあった。この子、読んだことがあるのか? アリーは、そう思いながジト目でヒイラを睨んだ。
「あ、あはは……」
「……やってみせなさい」
「えっ?」
アリーは、火で花を形作るページを指差す。それを見て、ヒイラは息を吸って深呼吸した。
「……」
見ていて分かる。凄い集中力だ。ヒイラと呼ばれた少女は、何も詠唱せずに空中に魔力を送り始める。そして、空中に火で出来た小さな花を咲かせた。
「で、出来たよ!!」
「ふっ……」
アリーが小さく笑うと、ヒイラが作った火の花の周りに、無数の属性の小さな花が咲き誇った。風、水、雷、土。それぞれが、上手く花の形を保っており、すぐに消えることがない。ヒイラは、その光景に目を輝かせて驚いた。
「これぐらい、出来ないとね……」
アリーは、ヒイラをあざ笑うつもりで魔法の花を生み出した。こんなことも出来ないのかと、彼女に言ったつもりだった。でも、……。
「す、凄いよ、アリーちゃん!!」
「……」
ヒイラは、そうとは受け取らなかった。らんらんと目を輝かせて、アリーを見ている。その態度は、今までアリーが他の大人たちから感じたことのない珍しい態度だった。褒めるでもない。喜ぶでもない。尊敬。自分に対する、尊敬の感情が感じ取れた。しかも、真っ直ぐで純粋な。その感情は、今のアリー心に、深々と突き刺さった。
「ねぇ、どうやったの、どうやったの?」
「……ここのページに、書いてあるでしょ。その応用よ」
「え、これ?」
「そうよ、簡単でしょう?」
その日、初めてアリーにとって友達と呼べる人間が出来たのかもしれない。後になって、そうアリーは思った。楽しそうに、2人は魔法について語り始める。ぶっきらぼうに喋るアリー。それが嬉しいかのように笑いかけるヒイラ。……二人はまだ知らない。この先何が待ち受けているのかを。とてつもない未来が、彼女達に迫りつつ合った。だが、彼女達に何が出来るだろう。たった2人では、それは乗り越えられもしない未来であろうことは、用意に想像できた。この世界に、人類が生存出来る確率など何処にもない。そう、この世界にはまだ、ベイ・アルフェルトがいないのだから。