営業2日目
「さて、そろそろ一人目のお客が来る頃だろうか」
俺は準備を終え、仕事部屋で待機していた。列の先頭にいたのは、体格の良い冒険者風の女性だったな。あの人だろうか。そう思っていると、ドアがノックされる。
「一人目のお客様です」
「はいはい」
「よろしく頼むよ」
思った通り、列の先頭にいた女性が入ってきた。青い髪を長く後ろになびかせ、ぼさっとした印象を受けた。そして、日に焼けたような肌で、人懐っこそうな笑顔を浮かべて部屋に入ってくる。美人ではあるのだけれど、本当にガタイが良い。鍛えてるっていうか、鍛えすぎとしか言えない体だ。それで美人だって言うんだから、相当すごいと思う。
「いやぁ、何でもここに来ると悩みもぶっ飛ぶし、若返るし、美人になるし、疲れもなくなるって聞いてね。ここ最近、いいことなかったもんだから来てみたのさ。頼んだよ、お兄さん」
「え、ああ、はい」
そんなに、尾ひれがついた噂が広がってるのか。そりゃあ、あんだけ並ぶわな。
「にしても、あんた只者じゃないねぇ。鍛え方が、常人のそれとは違う。何で、こんな仕事やってるんだい?」
「えっ、あはは。いや、これは、ちょっとした力試し的なもんでして。自分の揉みを受けた人がかなり良いと言うものですから、それで、お客をとってみて大丈夫か試してみようとなったわけです。それで……」
「へー、そんなにかぁ。楽しみだね」
「あまり期待しないで下さいね」
「それは無理ってもんさ。あー、楽しみ」
そう言って、彼女はベッドに腰掛ける。……凄いな。重量を感じる存在感だ。この人こそ、只者じゃないだろう。
「お客さんも鍛えてらっしゃるみたいですけど、冒険者の方ですか?」
「ああ、そうなんだよ。強そうだろう?なんと私、Sランク冒険者なんだ。どうだい、凄いだろう?」
「え、Sランク」
そう言いながら、自慢の筋肉をふくらませるかのように、女性はポーズを取っている。強いどころではない。ガチの強者だ。その話を聞くと、この筋肉も納得がいく。
「す、凄いですね」
「ふふ~ん、まぁね。……でもねぇ、最近ドジ踏んでさぁ」
「はぁ、ドジですか」
「ここ最近、市場に水属性神魔級迷宮魔物の素材が出回ってるって話があってね。うちも、その話に乗っかって一儲けできるんじゃないかって意気揚々と出張したんだけれど。これが、パーティ全滅手前の大打撃でねぇ」
「……へ、へー。そうなんですか」
「運良く全員死ななかったけど、これじゃあ当分パーティ活動は無理だってんで。無事だった私は気分転換に、この村の祭り目当てにやってきたのさ。着いたのは昨日の夜だったけどね」
「それは災難でしたね」
「だろう。一日付着くのが早ければ、熊狩りの商品も貰えてたっていうのに、惜しいよね、全く」
……Sランクだからな。そう思っても仕方ないか。いや、パーティが全滅しかけなのに無傷なお姉さんだからな。ガチで強いのかもしれない。俺より先に倒せたのかは置いといて。
「さて、何処を揉みましょう?」
「全身満遍なく頼むよ。急いでこっちに来たからね。まだ身体に疲れが残ってるんだ」
「分かりました」
俺は、まず背中から揉み始める。……固い。余分な脂肪など皆無に等しい体だ。こんな身体、揉むの初めてだな。サラサより凄いぞ。
「ああ~良いねぇ、効く効く。……で、さっきの話なんだけど」
「はい」
「実は、水属性神魔級迷宮には、レア素材の魔物が居るって聞いてね。それで、取れるなら行ってみようって、うちのお調子者が言うもんだから行ったわけさ」
「レア素材ですか?」
「ああ。確か、どんな病でも治す特効薬だったかな?違ったかもしれない。呪いだか、石化だかよくわからないことを説明された気がするんだけど、まぁ、忘れたよ。そんなものを取れれば、一生遊んで暮らせるってあいつが言うもんだからさぁ。皆で出かけたんだけど……」
「パーティ半壊ですか」
「そう。うちは8人パーティなんだけどね。皆、何処かしらの骨を折って、今は通院とリハビリ中さ。回復魔法代で、結構なお金は飛ぶし。装備類も壊れるしで、ほんと散々だったよ」
思い出したのか、溜め息を吐きながら彼女は下を向く。よほど辛い戦いだったに違いない。
「まぁ、それでここからが、私がこんなに疲れてる理由なんだけど」
「え、他に理由が?」
「まぁ、戦いも疲れたけど慣れっこだしね。……実はさぁ、そのうちのお調子者に告白されちゃってさぁ」
「は、はぁ……」
「これが上手くいったら、とか言いながら言って来たわけよ。で、このざまなわけ。しかもね、私、そんな気さらさら無いのさ。でも、同じパーティだろ?断ったら、嫌な空気になるじゃないか」
「そ、そうですね」
「それが嫌で、答えも先延ばしにしてこんなトコに来たんだけど。どうしようかねぇ?」
俺に聞くんかい!! いや、そんなギスギスしたこと俺に聞くなよ!! と、言いたい所だが、ここはお客さんと店員という関係だ。もっとやんわりと言おう。
「そうですね。やはり、自分に素直に行動されるのが良いと思います」
「やっぱり?」
「ええ。後悔する選択をしても、意味が無いですからね」
「そうだよねぇ。……うん、やっぱり断ることにするわ。ありがとね、店員さん」
「いえいえ」
その後、滞り無く揉みを続けていく。背中から足、足から腕と、下に上にと揉んでいった。
「……店員さん、あのさぁ」
「はい」
「私、分かったんだよ。なんで、あいつと付き合う気になれないのか」
「ほう」
「あいつ、実力もあるし、経済力もあるんだけど。なんていうか、相性が良くないんだ。こう、湧き上がってこないというかさぁ」
「は、はぁ?」
「そういうのって大事だろ。魅力的に感じるかどうかっていうの」
「あ、ああ~。そうですね」
単に好みじゃないとでも言いたいのだろうか。彼女は、多少のジェスチャーを付け加えて俺に説明してくる。俺が理解できているかは怪しい気がするが、そんな感じだろう。
「なんて言うか、隣にいて欲しい安心感というか、包容力がないよな。そこんとこ、店員さんとえらい違いだよ」
「は、はぁ。ありがとうございます」
「うん。なんだか分かった気がする。私の、理想の旦那像が」
「そうですか。それは良かったですね」
そう俺が若干困惑気味に言うと、彼女はおもむろに上着を脱ぎ捨てた。
「!!」
「後は相性の問題かなって私は思うんだけど、どうかな。私、こんな体だけど、魅力的かい?」
「え、あ、いや、その」
「う~ん、まずまずって感じかね。それじゃあ、触られるの初めてだけど、ここも揉んでもらえるかな?」
むにっと、彼女の豊満な胸が腕に押し付けられる。結局、今日もこうなるのか!!
「優しくしてね」
そう照れたように言った彼女は、それはそれは可愛かった。




