ベイ式メンタルケア (実践編
「どうですか、アリーさん?」
「今から始まるところよ」
「お、ではでは、その威力を改めて確認するとしますか」
ロデが空いていた椅子に座る。その目の前には、鏡のような物体が浮いていた。その中に、仕事中のベイが写されている。
「しかし、これどうなってるんですか?」
「私の分身が見た光景を、この場に投影しているんだ。さほど難しいことじゃない」
「……ミズキさんのさほどって、かなり難しい気がします」
「それじゃあ、先ずは脚をお拭きしますね」
「お、始まったわね」
風魔法により、向こうの部屋の音も聞こえる仕組みになっていた。反対に、こちらの部屋の音は漏れない仕組みになっている。完全な監視部屋だった。
「良いんでしょうか、こんなことして……」
「ニーナちゃん、良い?ベイは、女性の嫌がることなんてしたがらないから、変なことはしないわ。だけど……」
「?」
「お客が、ベイを押し倒そうとする可能性はあるわけ。そう言う時、止めに入る人がいないと困るでしょう。分かる?」
「……なるほど」
何故だか、ニーナは納得した。
「よっと」
俺は、置いてあったタオルを水魔法で湿らせ、火魔法で一気に蒸しタオルにする。少し振って温度を調節した後、お客の足を拭いていった。
「熱くないですかね?」
「はい、ちょうどいい温度です」
ふくらはぎから、足の指先にかけてゆっくりと拭く。その間に捻った足首を見たが、少し青くなっているな。結構痛いんじゃないだろうか? ともかく、痛みを感じさせないようにゆっくりと足首周りは拭くことにした。
「お客さん、お名前はなんて言うんですか?」
「ああ、私?私は、レビン・ストール。この町からちょっと離れた町で冒険者をやってるんだけど、知らない?ここらへんじゃあ、結構名前が売れてると思ったんだけど」
「いやー、すいません。なんせこの町に来たのも、昨日が初めてなもので。ということは、歩いて拠点の町まで帰られるんですか。それは、足を捻ってたら大変でしょう」
「うん、そうなんだよ。これがまた結構な距離があるもんでね。その間、一歩一歩痛がりながら進むのはしんどいだろうから、回復魔法師の診療所にでも行こうと思ってたくらいでさ……」
「ほー、ということは、数日中には戻らないといけない感じなんですか?」
「私、冒険者やってるって言ったじゃない。それで、3日後に別のパーティーと狩猟に行く約束しててさ。それまでに祭り楽しんで、怪我の治療してってなると今治しておいたほうがお得かなと思ってね」
「なるほど。……痛みはどうですか。このくらいの加減なら、揉んでも問題無いでしょうか?」
「あ、うん。大丈夫だよ」
「じゃあ、ほぐしていきます。痛かったら言ってくださいね」
俺は、タオルを置いてレビンの足を優しく揉み始めた。ふくらはぎから、足先に行くように優しく揉みほぐしていく。……にしても、揉みだけでこの怪我を治すのは無理があるだろう。やっぱ、回復魔法使わないと駄目か。だけどなぁ、それじゃあ回復魔法師と何ら変わりがないしなぁ……。こんな店構えで、商売をしている意味がなくなるというものだ。他の回復魔法店の、売上を奪いかねないし、バレないようにするしか無いか。そんな訳で、俺は無詠唱で初級クラスの回復魔法を手のひらに集中させて発動させる。バレないように大きく揉むふりをして魔法発動の光を隠し、また、小分けにして回復魔法をかけて行った。……お、レビンがいつもの回復魔法をかけた皆と同じ反応をしていない。……小分けにしてかけているからだろうか? マジか。俺の回復魔法が、使えるかもしれない可能性が出てきたぞ。小分けにして使う。その発想はなかった!!
「んっ……」
「……」
……いや、ただのため息だろう。そうに決まってる。俺は、迷いを振り払いながら揉むことに集中した。5分ぐらい揉んだだろうか。足の血行が良くなってきている気がする。熱くなってる気がするし。
「どうですか、痛みの方は?だいぶ楽になってきました?」
「うっ、うん。変な感じだけど、痛くはないよ……」
「?」
もしかして、やばい? いやいや、流石に脚だけだぞ。初級だよ。大丈夫だろう。そう思いながら、俺はレビンの足指を揉んだ。
「!!」
「うん?」
レビンが、何故かのけぞるように震えたような。
「どうかしましたか?」
「だ、大丈夫。続けて。だいぶ楽になってきたから」
「あ、はい」
言われた通り、俺は揉みを続ける。だが、やはり何かがおかしい。レビンは、何故だか手で口元を押さえていた。……くすぐったい、とかじゃないんだろうなぁ。これ……。そろそろ揉み始めて10分位か。後20分で、確か一回の仕事は終わりだったな。それまで保つだろうか。この状態で。……レビンに頑張ってもらうしか無いか。俺は、レビンの反応を見て、出来るだけ刺激せぬように更にゆっくり揉み始めた。これで、最後までもたせよう。そうするしか無い。
「……あの」
「うん、なんでしょうか?」
「えっと、貴方はベイって名前なんですよね?」
「はい。そうです」
「……素敵な名前ですね」
「……ありがとう御座います」
「落ちてるわね」
「落ちてますね」
「開始10分でこれ程とは……」
別室のアリー達は、食い入るように映像を見ている。彼女達の中では、もう決着が着いたらしい。そんな中、俺も内心でまずいと思っていた。いや、ただの他愛無い会話なのかもしれない。だが、明らかにレビンの口調は、熱を持ったそれだった。……認めたくないが、効いている。そう思っていいだろう。……怪我もだいぶ治ったようだし、回復魔法ももう撃たなくていいか。ここからは、揉みだけで行こう。これなら大丈夫だな。流石に。
「あの……」
「はい、なんでしょう、痛かったですか?」
「あ、いえ、その、痛みは大丈夫なんですけど。実は、最近コリが気になっている部分がありまして」
「ほう……。足はもう大丈夫なんですか?」
「あ、はい。もう大丈夫みたいです。だいぶ痛みが引いてる気がしますし」
「そうですか。それでは、他をお揉みいたしましょう。何処がこってらっしゃるんですか?」
「えっと、肩と首周りがちょっと……」
「肩と首ですか。それではお揉みしますね」
「んっ……」
良かった。普通にこってそうなところだった。さっきまで揉んでた足でもなく、更に肩と首だ。いいぞ。かなり普通だ。これなら、終わりの時間まで保つだろう。回復魔法も、もう使う必要が無いし、楽勝だな。
「……結構こってますね」
「やっぱりそうですか。普段重い装備もつけてるし、こんな大きなものも持ってますからね……」
そう言いながら、レビンは自分の胸を持っている。……気まずい。なんて返したらいいんだよ、この状況で。そう思いながら、俺は無言で肩を揉みほぐしていった。