未知の迷宮
「ちっ、間に合わなかったか……」
「二重詠唱、そんな使い方があったとは……。ですが、もうあの手は覚えました。殿、魔力の痕跡を追って、すぐにでもとどめを刺しに行きましょう」
「待てミズキ。……どうやら、隠れ方も上手いようだ。途中で痕跡が消えている」
「……レムの言うとおりですね。これは、一旦何処かの迷宮によって、迷宮内の魔力の濃さを利用して痕跡を消したようです」
「頭も回る敵みたいですね。ここで倒しておきたかったですね、フィー姉さん」
「うん。……やることがあるって言ってたけど、きっと私達にとっていいことじゃないと思う」
「ですよね~」
あのクローリが、やろうとしていることってなんだ? 生物を魔物化する計画の続きだろうか? それならもう俺に聞かせたわけだから、あんなもったいぶった言い方にならないだろうと思う。とすると、何か他によからぬ計画があるのだろうか?
「はぁ、今回は負けちまったか……。しかも、手加減のおまけ付きと来たか。嫌になるねぇ」
「ライオルさん……」
「うん?ああ、この腕か?君たちのせいじゃない、気にするな。ちょっと俺が、酷使しし過ぎちまっただけだよ。もうちょっと、ゆっくり休ませとけばよかったなぁ。ははは!!」
そう言いながら、ライオルさんは腕に回復魔法をかけている。俺達が一体化を解除すると、シゼルが手伝うようにライオルさんの腕に回復魔法を重ねがけした。すると、即座に変色していた腕が元に戻り、その動きを取り戻していく。
「おお、あっさり治ったな!!ありがとうよ、お嬢さん」
「いえ、このぐらいなら……。もう、痛みはないですか?」
「……、ああ、大丈夫みたいだ。さて、これでまた修行が出来るな」
「ライオルさん……」
「ベイくんよ、わざわざあいつを連れて来てもらったっていうのに、こんな体たらくですまないな。……修行場所を変えて、鍛え直してくる。今度は俺が、あいつを倒すぜ。約束するよ」
「修行場所を変えるんですか?」
「ああ、ここに長く引きこもりすぎちまった。いい機会だから、俺はティファレン山脈のほうに行ってみようと思う。あそこが、一番可能性が高そうだしな……」
「ティファレン山脈ですか?」
そんなとこに、ライオルさんが修行できそうな場所なんてあったかなぁ? ティファレン山脈といえば、雄大な自然と動物達が暮らしている牧場地帯という印象しかない。確か、羊が多く飼われていたはずだ。そう言えば、土属性中級迷宮もあったかな。そこのことじゃないよな、たぶん……。
「あそこに、そんな良い修行場所なんてありましたっけ?」
「……古い話だがな。あそこには昔、神魔級迷宮があったんだ。今は、穏やかな地域として有名だが、そうなる前は荒れ果てた山脈だったんだそうだ。それこそ、来るものを生かして帰さないほどにな……」
「そんな迷宮が……」
「ああ……。だが、突然消えちまったらしい。けど、まだ俺はあそこにあると睨んでいる。噂じゃあ、あの山の一部にどれだけ年月が経っても草が生えない場所があるんだそうだ。面白いだろ?」
「それは、確かに気になりますね……」
「恐らく、この歳になっても見たことのない魔物がうようよいるはずだ。いい経験になるだろ」
世界は広いなぁ。そんな、未知の迷宮がまだ存在していたのか。
「あと、可能性があるとしたらサイフェルムだな」
「え?」
「昔、あの辺りには風属性の神魔級迷宮があったって話だ。そんなの、影も形もねぇけどな。……だが、これにも気になる噂があってな。サイフェルムの近くに大きな山があるんだそうだが、そこの頂上が不自然にくり抜かれたみたいに凹んでいるらしい。綺麗に穴が空いてすぎるって、地元じゃ有名なんだそうだ」
「あの、実家がサイフェルムなんですけど……」
「おお、そうだったのか?なら、寄ったら挨拶に行くとするよ。いや、学生だからベイ君はいないかもな?まぁ、時期があったらよってみるとするよ」
「あ、はい。お待ちしてます」
実家の近くに、神魔級迷宮が……。嫌だなぁ。なんだか不安になる話題だ。その迷宮、消滅しててくれないかなぁ……。まぁ、迷宮が復活したなんて話も聞いたこと無いし、大丈夫だよな。多分……。
「さて、そうと決まったら俺は行くとするよ。じゃあなベイ君、そのお嫁さんがた。元気でな」
そう言うと、返事を返すまもなくライオルさんは飛んで行ってしまった。よほど負けたのが、悔しかったんだろう。かなり急いでいるようだ。
「俺達も戻るか」
「そうですね。さぁ、ご主人様の優勝商品を取りに戻りましょう!!」
「あ、そうか。そう言えば、祭りの途中だったな」
「ええ、邪魔者が出ましたが、間違いなく優勝はご主人様です!!さぁ、帰って祝いましょう、盛大に!!」
「うん!!」
「フィー姉さんも乗り気なご様子だ。主、では転移しますよ」
「ああ、頼む」
レムの転移で、皆で移動する。数分間俺達はいなかったわけだが、祭りの場所に戻ると、気絶した参加者と熊達が大勢存在していた。……クローリの奴のせいか。それを、遠くにいて気絶を免れていたサンサさん達が運んでいるらしい。俺達も、それを手伝って人を運ぶことにした。……ミズキが、1人で水の糸で気絶者全員を浮かせて運んでいたことで、ちょっとしたホラーみたいな光景ができていたが、まぁ、それは良しとしよう。
*****
「さて、ライオルが生きていたとはな。楽しくなってきた」
「私は、楽しくありませんが……」
「そう言うなバズラ。彼なら、創世級相手でも怯むこともないだろう。頼もしい味方じゃないか」
「我々の命を狙ってくるやつを、味方と呼んで良いのでしょうか?」
「なぁに、彼は馬鹿ではない。いずれ利害が一致するだろう。私達とな」
クローリは、そう言いながら目の前の景色を眺める。ここは、大昔に彼が訪れた場所だった。禍々しい気を放ちながら、その闇は蠢いている。まるで、クローリを飲み込みたがっているかのように。
「……何時来ても、嫌な場所ですね」
「ああ、だが、そろそろこの先を見る時期だろう。こうして、入り口を眺めている時間は終わりだ」
「……生きて出られますかね」
「ベイル風に言うのならば、私達は不死身だ。だから、死ぬことはないだろう」
「そうですね……。ここで新たな力を手に入れて、あの連中を今度こそ殺してしまいましょう」
「……ベイ・アルフェルトか」
クローリは、一瞬目の前の脅威を忘れるほどに、その青年のことを思い描いた。彼は、ほんの数分の短い間ベイに会っただけだったが、とても印象深く彼を記憶に覚えていた。何故なら、クローリがやりたかったことを、ベイは成し遂げていたからだ。
「人間と魔物の、懸け橋となる青年……」
かつて、クローリは人間と手を取り合って創世級に挑もうとしたが、それは上手く行かなかった。だが、ベイ・アルフェルトはそれを可能にしたと、クローリの目には写っていた。数十体という規模ではあったが、あれだけの力のある魔物と、彼は心を通わせ共に歩んでいる。まるで、自分が過去に描いた理想を目にしたようで、クローリの心は打ち震えていた。人間だけでなく、魔物だけでなく、その両方が支えあい共に生きる道を切り開く。あの青年の強さはそれなのだと、クローリは確信していた。大昔に、自分が上手く手を取り合えていたら、出来ていれば魔物と人間はもっと早くあれだけの強さを手にすることができていた。そう、クローリは思った。それはまさに、クローリが思い描いた理想であり、未来だった。
「……だからこそ、ぶつからねばならんか」
理想を乗り越える強さがなければ、創世級には勝てないだろう。そうともクローリは思った。かつての理想、それを乗り越える覚悟を静かにクローリは決めていた。そして、自分が創世級を倒し、未来を託そうとも思った。あの青年に。
(いや、私達が負ける可能性のほうがデカイかもな。まぁ、その時は、それで喜ばしい……)
まだ見えぬ未来に向かって歩むため、クローリは歩を進める。黒い渦が静かにクローリを飲み込んで、そして波打つのを止めた……。