謎の正体
「本当に熊かよ……」
「押し潰してあげましょう!!」
巨大な腕が、俺に向かって最高速で振り下ろされる!! それは、まるで逃げ場のない大きさの隕石が自分目掛けて落ちてきているかのような攻撃だった。しかし、こんな攻撃は前にも受けたことがある。俺は、怯むこと無くその手のひらでの攻撃を最小限の動きで躱し、相手の巨大な手の上に駆け乗った。そのまま、巨大な腕を駆け上がっていく!!
「ふっ、まるでノミのようですね」
体毛が生えている手を駆け上がるっていうのは初めての感覚だが、登りづらくはない。このまま、相手の防御力の少なそうな顔目掛けて一撃をお見舞いしてお終いにしよう。そう思ったが、いきなり俺の目の前の体毛が鋭く尖り始めた!!
「なっ!!」
更に、その黒い体毛が俺目掛けて射出される。……うわぁ、何と言うか、痛そうな攻撃だ。いや、自分で飛ばしてるんだから痛くはないのかな? それは、本人でないと分からないだろう。しかし、連射してきている辺り痛くはなさそうだ。俺は、何とかアルティで体毛を弾き飛ばしながら進もうとする。だが、足を踏み出そうとした先の体毛も鋭く一瞬で尖った。……腕を駆け上がるのは無理そうだな。
「逃げないのなら、そのまま串刺しですよ」
更に飛んで来る体毛の量が増えてきている。これだけの巨体なら、多少体毛がなくなろうとも問題ないということか。と思ったのだが、よく見ると飛ばした先からまた体毛が生えてきている。無尽蔵にこの体毛は飛んで来るということだろうか。恐ろしい……。ましてやここは、相手の腕の上だ。全方位からこの体毛が連続して飛んでくれば、流石の俺でもキツイだろう。俺は、全方位から体毛の毛針が飛んでこないうちに、空中に逃げることにした。風魔法を使って、毛針を躱しながら相手と距離を取る。
「……すばしっこい方ですね。ですが、そんな貴方みたいな方に効きそうな作戦がございます。貴方は避けられるでしょうが、他の人間はこの体毛の雨を避けられるでしょうか?」
「!!てめぇ……」
「おっと、私達は悪くありませんよ。私達の飼育した熊を倒そうとしている人間達が悪いのです。ですから、後ろの人間たちが私の攻撃で死のうとも、それは仕方ないことでしょう」
「熊をけしかけてきたのは、そっちじゃないのか!!」
「いえ、餌場を求めて移動をするのは元々ここの熊達にあった本能的な行動ですから、けしかけただなんてことはありませんよ。ただ我々は、少し強くしてあげただけです。この脆い熊という生物をね」
やはりというべきか、こいつは熊ではないらしい。そして、さっきから俺達を人間呼ばわりしているところから、人間ではない気がする。とすると……。
「喋る魔物に、こんなとこで出くわすとわな……」
「……その口ぶりからすると、他にも喋る魔物にあったことがあるようですね。興味深い。もしかして、私の知り合いのどなたかではないでしょうか?だとすると、俄然あなたを殺してやりたくなってきますね。彼等と出会って人間が生きているということは、あなたが彼等を殺したか、そのお仲間が殺したということでしょうから……」
瞬間、巨大な熊の全身の毛が逆立つ。すべての毛を、毛針にして飛ばす気のようだ。……全部焼き払うか? いや、あれだけの毛針の量だ。全部焼き払える保証はない。かと言って、後ろの人達が避けるのを期待するわけにも行かないだろう。どうする、どうすればいい。いや、こんな時こそ簡単にシンプルに行くべきだろう。撃たせない、撃つ暇を与えない。これに尽きる。であれば、それをするには……。
「アルティ!!」
「了解!!モード・ミルク!!破神のガントレット!!」
アルティが、虹色に輝く巨大なガントレットへと姿を変える。俺は、片腕のガントレットを盾にしながら、熊に向かって高速で接近することにした。
「潔く、自分が的になることを選びましたか!!良い度胸です!!」
俺目掛け、大量の毛針が降り注ぐ。それを、俺はガントレットで受け流しながら熊に近づいて行った。そして、完全に近づききる瞬間、俺は神魔級強化を身体に発動させる!!
「おりゃあああああああああああああああ!!!!」
俺は、熊目掛けて全力で拳を振り抜いた!! 更に、風魔法と火魔法で拳の射出力を上げ威力をブーストする!! 山のようにデカイ熊の巨体が、俺の突き上げるような拳の直撃を腹部に受けた瞬間、その巨体を宙に浮かせた。
「ぐはぁっ!!馬鹿な!!この巨体に、人間がこれほどのダメージを!!」
更に、もう片一方の腕で今度は殴り飛ばす!! 宙に浮いた熊の巨体が、空中を移動し浮き飛ばされ、背後にあった別の山にたたきつけられた。そのデカイ巨体がぶつかった衝撃で、山の表面が抉れて変化してしまっている。
「ぐばぁあああ!!」
流石に、この攻撃は効いたらしい。俺の放ったパンチはただのパンチではない。ミルクの能力によって、体の内部に全力の一撃を流しこむように殴った、最高の内臓破壊の一撃だ。あの皮膚と毛が固くなる熊でも、そんな攻撃をされては耐えられなかったのだろう。おびただしい量の血を口元から吐きながら、ふらふらと立ち上がった。
「……アレクシス。もう、お前の命も長くはないようですね。あなたは魔力を少ししか持つことの出来ない単純な生物でしたが、私達の期待によく答えてくれました。……ありがとう」
「グルル……」
熊が、血を吐きながら短く吠えた。あれは、本来の熊の感情だろうか。あいつらには、あいつらなりの友情があったのかもしれないな……。
「そうですね。貴方の為に私も力を振るいましょう。さぁ、全力の一撃を!!」
「グワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」
熊が、天に向かって吠えた。その雄叫びは大地を揺らし、熊事態を奮い立たせる。未だおびただしい血が口から流れているのにもかかわらず、ふらふらだった熊の身体は、一瞬でこれまでとは違う最高のキレを感じさせる出で立ちに変化した。
「さぁ、行きますよ、人間!!」
「……来い!!」
言わなくても分かった。あの熊は、全てを振り絞って一撃を放つきだろう。俺も、それに合わせるように拳を構えた。
「……」
「……」
一呼吸の後、熊の全身全霊を乗せた野生の一撃が俺目掛けて伸びてきた。その爪での突きは、その威力の余波で周りの木々を揺らし、俺に伸びてくる。俺は、それに合わせるように、先ほどと同じ容量で拳を突き出した。だが、それだけでは終わらない。先程よりも、火魔法と風魔法での速度のブーストをより強化して行う。俺の拳が、赤と緑の螺旋状の魔力に包まれながら加速し、熊の爪先に激突した!!
「……人ごときが、……なぜ」
熊の爪が爆ぜ、腕の筋肉すらあり得ない衝撃を受けたかのように吹き飛んでいく。俺は、空中で熊がその後ゆっくり倒れていくのを眺めていたが、その顔は何処か楽しそうな顔をしていた。