捕獲
「(で、どうですかねレム。さっきの子の位置は、分かりますかね?)」
「……ダメだ。魔力も気配も上手く隠されているな」
「う~ん、さっきの霧で消えた時なんだけど、その場からスッと消えた感じだったから、もしかしたら転移?かもしれない」
「(まじですかフィー姉さん!!それは、まためんどくさそうですねぇ。しかも、どこにいるのか分からないと)」
う~ん、と三人は唸り始めてしまう。確かに、気配も消すし転移もするなんて捕まえられるか怪しい相手だよな。その分役に立つ魔物でもありそうだが。捕まえることで冒険者達の被害も減るし捕まえる価値は大いにあるな。
「う~ん、これは推測になるんだが」
「(お、ご主人様、何か考えがお有りで?)」
「ああ。あいつは、俺達を狙ってきたんだよな。わざわざレムのような強い仲間がいる俺達を」
「(そうですね。でも、レムが魔力を抑えていたから見誤っただけでは無いですか?)」
「いや、あいつは俺達から逃げられるし、レムの魔力探知から隠れられるほどの実力を持っている。そんな奴がレムがアレほど近くにいて実力が分からないはずがない」
唯でさえレムは、ここでは段違いの強さだ。いくら魔力を抑えていても普通の魔物でもレムと対峙すれば逃げ出すだろう。しかもあいつは、ミルクにタイミングを測ったような攻撃をしてきた。あの水の中で念入りに周りを調べていたに違いない。間違いなくレムにも気づいていたはずだ。
「つまりあいつは、俺達が厄介な相手だと思ったから攻撃を仕掛けてきたんだと思う。俺達を倒せるチャンスを狙ってな」
「(なるほど。ということはあいつは、強い相手を付け狙ってるってわけですか)」
「ああ。しかも自分の攻撃が効果的に通る瞬間をずっと水の中で待っているはずだ。例えば、他の魔物に襲われている時とかな」
「(む、卑怯な奴ですね。ということは、未だに私達を狙ってる可能性が高いと?)」
「いや、深追いをしてくるような奴なら襲撃に備えた冒険者に狩られていてもおかしくはない。あの時見た感じでも手酷い攻撃を受けたような痕は、どこにもなかった。ミルクの攻撃をいなすような奴だし全部の攻撃を避けている可能性もあるが、ここに来る冒険者ならそれなりの強さがあるだろう。それで無傷でいるというのは、無理があると思う」
「(では、スッパリもう獲物を替えていると?)」
「俺は、そうだと思う。勿論強そうな冒険者をな」
「つまりどうするのマスター?」
「レムに厄介そうな冒険者を探ってもらう。それで冒険者を狙う水からの影、しかも魔力すら感じないような奴を見つけることが出来れば当たりだな。駄目でもあいつが誰かを襲う時魔力を使うだろう。その時、レムに駆けつけてもらって首根っこを捕まえてもらえばいい。まぁ簡単に言うと、速くて転移も出来るレム頼みだな」
「(なるほど。ではレム、よろしくお願いします)」
「心得た。主の為、必ずやあの娘を捕まえてお届けしよう」
レムは、すぐに転移してあの子を探しに行った。俺達は、いつまでもボス部屋にいるわけにもいかないのでミルクの召喚を解除して移動することにする。レムは、俺達の位置が魔力で分かるので問題ないだろう。戦闘は、俺とフィーだけでこなすことになったが特に道中の魔物に手こずることもなかった。俺達もレムほどではないが強くなっているようだ。でもレム程になるには、まだまだ遠いな。というか、人間の俺があそこまで強くなれるのか正直分からない。ま、やるだけやるか。
*
「うん、あれか?」
レムは、魔力の使い方や周囲の魔物の反応などを感知して強そうな冒険者チームを選び出し近場に転移して身を潜めていた。観察して5分後、冒険者達近くの水の中に何かが存在するように見えた。そこは、魔力も感じられないただの水のはずだが確かに何かがいる。どうやら当たりらしい。
「さて、どう捕まえるか。いっそ顔を全部出してくれれば楽なのだが」
確実に捕獲するためのチャンスをレムは待つ。更に10分後、冒険者が魔物との戦闘を始めた。そこに後ろの水路から音もなく触手が出てきて冒険者達に迫っていく。冒険者達は気づかない。触手が一人の冒険者の首真後ろまで迫った。だがその瞬間、その触手を物陰から飛び出してきたレムが掴んだ。
「!?」
掴んだ瞬間に一瞬でレムは転移する。着いた場所は、また広いどこかの洞窟だった。
「(お、レム来ましたね。それじゃあ土魔法で動きを止めましょう。うふふ~)」
「くっ、貴様ら、何を!!」
連れて来られたニンジャ娘は、すぐにレムとミルクの土魔法で腕、足、触手を拘束具のように作られた土で固められてしまう。ちなみに今いる洞窟は、ミルクが作ったものだ。
「(どうしても、どうしても交渉には、参加したいんですううぅぅぅぅぅぅ!!!!)」
と言うミルクの提案で地下にわざわざミルクが入れる広い空間を土魔法で開けて作られている。まぁ、ミルクが作った物だから耐久性は心配してないが、冒険者のうっかり侵入を防ぐためにここには今出口も入り口もない。……酸素無くならないよな。そこらへん考えて作られてるよねミルク君。俺は心配です。
「ちっ!!」
ニンジャ娘が水の魔力を練り始めるが、すぐにその魔力は消えてしまう。
「な、なんだ!?」
「(おっと!!おかしな真似をしようとしても無駄ですよ!!うちのご主人様は、魔法相殺のプロですからね!!何をしても無駄!!無駄なのです!!)」
今のミルクのヴィジュアルでそんなこと言われたら相手はめっちゃ怖いと思うぞ。俺も怖い。
「……何が目的だ?」
「(おっと、話が早いですね。簡単にいえばこちらの要求はただ一つです。あなた、私達の仲間になりませんか?)」
「断る!!!!」
「(ふふふ、いつまでその強気が持ちますかねぇ……)」
いや、ミルクさん。ちょっと悪乗りがすぎるんでないかい。完全に悪役のセリフだよ、それ。というかミルク主導でこの交渉はやるのか。大丈夫か?
「(まぁ最初は、あなたの言い分を聞きましょうか。何故、仲間になりたくないんですか?)」
「……」
「(だんまりはいけませんねぇ。そうですね、あなたその特異な姿から見るにこの迷宮の魔物と仲良くやれてないんじゃないですか?)」
「……魔物は争うものだ。自然なことだろう」
「(ええ、そうですね。ですが、同じ種族ではめったに争うことはありません。群れを組む魔物ならなおさらですね。まぁ、上下関係の奪い合いや縄張り争い程度でしょう)
ミルクは、目を瞑って大げさなジェスチャーを交えながら話す。ミルクもレア魔物だったからその気持ちが分かるのだろう。
「(一人でいるのは、悲しいことです。いつどこで別の魔物に襲われるとも限らず、心が休まる暇がありません)」
「それは……」
「(私にも同じ経験があります。ですが、その私に救いの手を差し伸べてくださった方がいます!!それが私達のご主人様です!!!!)」
「……その見た目では、敵視されても仕方ないな」
「(むっき~~!!!その時は、こんなゴツイ姿じゃなかったですよ!!!!プリチ~~ですよ!!プリチ~~!!!!私がいいこと言ってるんだから、おとなしく聞いてなさいよ!!!!)」
ミルクの顔から蒸気が出ている。余程気に触ったようだ。心の傷は深い。よしよし。ミルクの巨体を少し撫でてやると、顔色が落ち着いてきた。
「(ふぅ、ありがとうございますご主人様。この通り私達のご主人様は、私達に安らぎを提供して下さります。一人でいつまでも迷宮で戦うよりいいと思いませんか?)」
「……」
ニンジャ娘は、目を閉じて考えている。レムもフィーも、その様子を見守っていた。
「……私には、使命がある。貴様らの軍門に下る気はない」
「(使命?野生の魔物が使命ですか?フロアボスでもないのに一体何があるというのです?)」
「私を生み出したのは、この迷宮だ。つまりこの迷宮は、私が必要だから生み出したに違いない。しかも、このような強い力を持たせてだ。迷宮は、私に言っているのだ。迷宮にとって害になる者、それを倒せとな……。私は、この迷宮の番人として生み出されたのだ。それ以外にこの力を持って生まれた理由があるはずがない」
「(ああ、なるほど。それで冒険者を襲っていたわけですか)」
このニンジャ娘は、自分なりに生きる理由を考えていたんだな。そして、この答えに辿り着いたんだろう。戦うために自分は生み出されたのだと。……何か悲しくなった俺は、ニンジャ娘の頭を撫でていた。
「むっ、やめろ。触るな……。なんだ、このぬるい攻撃は」
「……」
とにかく、気持ちを込めて撫でる。少しでもこの子の救いになればいいと思いながら。
「お、おい。なんだ、よせ……」
うん、おかしい? 小刻みにこの子震えだしてないか? なにか、顔も赤くなってきたような。
「(ふっ、決まってしまいましたね。ご主人様の奥義・魔物慣らしが!!)」
「あれをくらっては、もうマスターなしでは生きていけません!!」
「ええ。主の撫でるは、強力ですからね!!癒されます……」
え、皆何言ってるの? これ、技とかじゃないからね!!
「くっ、なんと恐ろしいことをする奴だ!!この体の内側まで響く暖かさにそんな効果があったのか!!」
いやいやいや!! 違うから!! そんな効果ないから!!!
「(仕方ないですね。そんなに嫌がられては、こちらも最終兵器を使うしかありません)」
ミルクは、しょうがないなぁ。と言うようなジェスチャーをして肩をすくませた。
「(アレを使います。そうすればあなたは、気づくはずです。ご主人様についていく事こそがあなたの本当の使命なのだと)」
「くっ、私は、拷問には屈さないぞ!!」
「(拷問?いえいえ違いますよ。使うのは、勿論……)」
ミルクが、わざとらしく貯めて言い放つ。
「(ご主人様の、回復魔法です!!)」
「!?!?」
フィーとレムは、何故か勝ったな!! みたいな顔をしていた。混乱しているのは、俺だけのようだった。