エジェリン家へ、いらっしゃい
「ああ~」
乳が揺れている。さらしに押さえつけられているはずのミルクの乳が、風を受けて細かく振動しているのだ。半端ねぇ……。じゃない、あれが目的地かな?
「あれですかね、ご主人様?」
「ああ、聞いた通りならあれしかないだろう」
それは山だった。山ではあるんだが、その頂上部分は大きく平坦に開拓されており街になっている。しかも、結構な大きさの街であることからその山の巨大さが分かるだろう。なんだか、神秘的な街だ。
「昔に先祖が、開拓と剣の修行を兼ねて山を削ったのがこの町の始まりらしいです。本当かどうか分かりませんが、剣を振った風圧だけで山を平らにしていったそうですよ」
「へ~、……本当なら、あんたの先祖やばいくらい脳筋ね」
「そうですね、私もそう思います」
サラサの先祖怖いな。こんな山を削り切るまで剣を振るうとか、正気の沙汰ではない。まぁ、嘘だろう。嘘だよね?
「それじゃあ、降りましょうかね。えっと、ちょっと高い位置にある少し大きめの家でしたっけ。あれかな?」
ミルクは、牛車をゆっくりと下降させると、その目的地に停車させた。サラサが外に出ると、場所があっていたのか牛車を少し移動させて再度停車する。そして、俺達も外に出ることにした。
「……馬小屋?」
「ああ、うちは馬も飼っているんだ。丁度空いているスペースが有ったから、停車させるにはちょうどいいと思ってな」
「なるほど。馬小屋に牛車が……。まぁ、違和感はないな」
俺がしげしげと馬小屋に居る馬を眺めていると、サラサは近くの大きな家に入って行った。そう言えば、サラサの提案で来たは良いけど、いきなりこんな大人数で訪問してよかったんだろうか? まぁ、中に入ったサラサが帰ってくるまで待つか。そう思いながら、俺は目の前に居た馬を撫でる。おお、人懐っこい馬だな。いや、飼われているんだから当然か。
「……流石にただの動物では、仲間にするわけにも行きませんね」
「体内の器官を魔力と交換するという魔法を使えば、魔物化するんじゃないか?」
「いえ、ご主人様もあの英雄さんも、そうなっているようでしたが。結局は、大部分が魔力ではないですからね。そう上手く魔物化はしないでしょう」
「ふむ、やはり無理か」
……ミルクとミズキが、変な会話をしてるな。生物の魔物化かぁ……。ちょっと怖いぞ。まぁ、見た目に変化はないんだろうけど。それに、馬型の魔物なら別にいるんじゃないか? 直接は見てないけども、わざわざ生物を魔物化する必要はないだろう。
「お、ソローがベイに懐いているとは、凄いな。ソローは気性が荒くて、なかなか初対面の人間には厳しい方なんだが」
「サラサ、戻ってきたのか。そうなのか?こんなに、嬉しそうにじゃれてるのに」
「ああ。やはり、ベイは凄いな。それはそうと、うちの家族がベイに挨拶がしたいらしい。来てくれるか」
「分かった。家の前にいる人達か?多いな」
見た感じ、ざっと7人位は居るだろうか。1人は女性、もう6人は男性だ。男性は、誰も彼もマッチョで暑苦しい。1人を除いて、若い感じのするマッチョ達が俺を見つめていた。……想像通りのご家族だな。
キィィン。
「うん?」
何だ? サリスが、急に音を……。鞘が合わなくなってきたのかな? それで、擦れて音が出たとか?
「……」
なんとなく気になった俺は、サリスに軽く手をかけたまま、サラサの家族に近づいていった。
「やぁやぁ、君がベイ君だね。初めまして、サラサの父、ローバント・エジェリンです」
「ああ、どうも初めまし……てー!!」
挨拶をしようと思ったら、いきなり剣を振るわれた。後ろ手に、隠してやがったな!! 俺もサリスを抜き放ち、相手の二の太刀を受け止める。だが、間髪入れずに周りの若いマッチョマン達も剣を抜き始めた。
「ガンドロス爺ちゃんに勝ったというその腕前、見せてもらおうか!!」
「おいおい、マジかよ!!」
「大真面目だよ!!本当なら、1人づつで相手をするべきなんだろうが、全員そんな強者が目の前にいるっていうのに我慢が出来るはずがねぇ!!悪いが、相手してくれないかベイ君!!」
「初対面でこれはひどい!!」
容赦なく回りこんでくるマッチョマン達。俺は、アルティも手元に召喚し、二刀流でマッチョマン達の剣技をさばいていった。……何と言うか、威力がある剣技だな。流石、サラサのご家族だ。一太刀一太刀が重い。まぁ、普通と比べたら、と今の俺は思ってしまうが。
「6人でかかってるっていうのに、全然隙がねぇ!!」
「サラサが惚れるわけだ!!」
「ぐほっ、蹴りもすげぇ威力だ!!だというのに、まだまだ手加減されている気がするぞ!!」
「父さん!!」
「ああ、分かるよ。彼は紛れも無い強者だ。それも、ここ最近会ったことのないほどの……」
「最高だね」
「この人達、怖い!!」
息を合わせたように、6人が一斉に切りかかってくる。俺は、一呼吸して集中力を高めると、一瞬で全員の剣を吹き飛ばした!! 何が起こったのかわからない顔のマッチョマン達を見ながら、俺は剣をしまう。数秒して、マッチョマン達は何が起こったのか理解したようだ。ようやく動き出す。
「お見事……」
俺は周りを囲まれながら、マッチョマン6人による拍手喝采を頂いた。むさ苦しい……。
「父さん……。兄さん達まで……」
「いやぁ、すまんすまん。ガンドロス父さんを倒した強者だって言うし。あのサラサが手紙でべた褒めしてた相手だったものだから、ついね。本当、つい……」
「はぁ……、すまんなベイ」
「あはは……、変わった家族の方たちだね」
「本当ゴメンな。皆、強さに関してはかなりこだわりがある方だから。……許して欲しい」
「いや、大丈夫だよ。怪我もないし」
「そう、それ!!いやぁ、私達もそれなりに深手を負わせない配慮はしていたけども、まさかの無傷とは。いやぁ、本当凄いよ。最初の回避も早くて危なげがなかったし、反応力もすごいね!!いったい、どんな修行を?」
「はいはい、お父さん。分かったから家に戻ってて、兄さん達も!!」
「え、ちょっと、父さんまだベイ君に聞きたいことが!!」
「俺達もかよ!!」
「まぁ、いきなり襲いかかったしね」
「当然こうなるな」
「……強かった」
「俺達も負けてられないな」
サラサに押されて、マッチョマン達は家に帰っていく。そして、俺の前には一人の女性だけが立っていた。サラサのお母さんかな? というか、この人も絶対只者じゃないだろう。明らかに鍛えてる体つきをしている。だというのにプロポーションもいいし、顔も、姉御肌って感じで美人だ。サラサを産んだとは思えないほど、若く見える気がする。マッチョだけど。
「あはは、あんたなかなかやるねぇ。うちの男共が認めるなんて、相当じゃないか!!」
「うおっと……」
いきなり、首に腕を回され引き寄せられる。……胸が顔に当たるなぁ。フレンドリーな人だ。
「私はサラサの母親。サンサ・エジェリンだ。よろしくな、未来の息子候補君!!あはははは!!」
「あはは、よろしくお願い致します……」
「うんうん、良い返事だね。身体も鍛えてるみたいだし大いに結構。やっぱり、男はこうでなくっちゃね。あはは!!」
笑いながら、サンサさんは俺を家に連れて行く。手招きをして、アリー達も呼んだようだ。この人達と上手くやっていけるのかなぁ。そう思う不安が、俺の中に出来つつあった。