見えないゴール
「……」
なんとなく目が覚める。外はまだ暗い。何時だろう。俺は周りを見渡した。皆寝てるな。そして……。
「むにゃ……」
「……」
ミルクは、俺の股下で寝ていた。相変わらずだな。……何故か全然眠くない。目が冴えてしまっているようだ。アリーの寝顔をスッと横目に見る。可愛いな。心が落ち着く。だが、何処かまだ寝る気になれなくて、俺は布団にシデンとミルクを残して外に出た。
「はぁ……」
聞こえるのは、風の音だけだ。月が静かに周りの景色を照らし出している。雑魚寝。布団を敷いて、それぞれの布団に寝る寝方だが、その分皆と寝る距離はあいてしまう。いつもと寝方が違ったからだろうか、今日はやけに変な気分で起きたな。……俺は、静かに目を閉じた。そのまま、魔力を感じ取る感覚を広げていく。その距離は伸び、一瞬にして大きな距離を超え、その場所を捉えた。
「……近いな」
創世級迷宮。どうやらあの場所は、ここからそう遠くない距離にあるようだ。と言っても、俺達が行くのならと言う限定的な近さではあるが。
「ふぅ……」
身を震わせる。今は皆と一体化もしていない。今だとこんな感じなんだろうか。俺とあいつらの実力差は。だいぶ縮まったようだが、それでも震えが止まらんな。何処があいつらに勝てるゴールなんだ?俺の思考では、考えられないほどの実力差があるように思える。しかも、まだ完璧に近づいたわけでもないのにこれだ。至近距離で捉えたら、まだ俺達でも死ぬかもしれないな。そんな感覚が、全身を走っていた。
「クッ……」
だが、殺さなければいけない。アリーのために、皆と生きていくために。俺は、力強く拳を握りしめて震えを止めた。……爪が食い込んだせいか、血が出始めたな。回復魔法で治しておかないと。
「……」
本来、こういう立場にいるんだよな俺は。皆と楽しく過ごせているが、いつ壊れるか分からない日常の上に立っている。今までの時間だって、もっと有効に使えたんじゃないか。そう、あいつらと戦うために、少しでも強く……。
「ウェッ……」
くそっ!! 体の震えの次は、吐き気かよ!! 本当にやわな体だな。そう内心で悪態をつきながら、我慢して俺は身体を平常心に戻していった。ヒイラの実家で吐くというのも、嫌だし。
「はは、まったく、俺は1人で何やってんだかな……。1人でやるわけじゃないのによ……」
確実に、フィー達には手伝ってもらうことになるだろう。俺1人では無理だ。あいつらが居ないと、もう壊れそうなほど柔らかい精神をしている。身体もだ。こんなにも鍛えてきたのに……。
「人が立ち向かう問題じゃないよな……、まったく……」
月を見ながら、俺はそう思った。ケタ違いの問題過ぎる。開き直って、来世に期待しても良い。そう言う問題だ。だけど俺は……、俺は……。
「眠れないのかな、ベイ君」
「……ライアさん」
「よっと、難しい顔をしてるねぇ。1人で考え事かなぁ……。まぁ、あんな人数のお嫁さんが居るんだもの、1人になりたい時だってあるよね」
「あはは、…ええ、はい」
ライアさんに向けて、俺は無理やり笑顔を作った。身体を落ち着かせる。こんな無様な姿を、ヒイラのおばさんに見せる訳にはいかない。俺は、深呼吸して表情を整えた。
「……無理してるね」
「えっ?」
「まぁ、年頃の子のことなんて、おばさん分からないけどさ。無理して色々貯めこむと、最後には爆発しちゃうよ。体ごとね」
「は、はぁ……」
「まぁ、何が言いたいかというと……」
ライアさんは俺に近づいてきて、ゆっくりと抱きしめてくれる。俺は座っているから、後ろから抱きしめられた。暖かい、安心するな。
「何抱え込んでるかしらないけどさ、おばさんみたいに頼れる大人に相談してみなさい。こう見えても、一つの家を仕切ってる家長なんだよ。大抵のことはなんとかしてあげられるしさ。さぁ、爆発しない内に、相談してごらん」
「……」
「あっ、男女仲に関しては、付き合ったことも、結婚したこともないから、あんまりアドバイスしてあげられないかもしれないけど。それでも、言うだけでも楽になるもんだよ、ベイ君」
「……ありがとうございます、ライアさん」
優しさが心にしみる。でも、言うわけには行かないんだよな。こんなの、言ってもライアさんが眠れなくなるだけだろう。……こんな気分、他の人に伝える訳にはいかない。俺には皆が居るんだ。だから、今まで潰れずにやってこれた。それを他の人に伝えたとこで、他の人にはこの感覚から抗うすべがあるのだろうか? 途方も無い絶望感。諦めという、重くのしかかる言葉。そして、世界が終わるという、明らかに逃れようのない真実。誰でも潰れてしまうと思う。いや、潰れるだろう。その状況に負けず抗えたとしても、あいつらが出てきたら、それすらも……。
「……」
「ベイ君?」
「いえ、何でもありません。気にしないでください……」
「……そう」
力を入れて立ち上がる。だが、ライアさんに引き寄せられて、また座らされてしまった。ギュッと力を入れて、抱きしめ直される。ちょっと痛い……。
「ら、ライアさん?」
「気にしないの、おばさんがしたいだけだから……」
「は、はぁ……」
何で、ライアさんが泣きそうな顔してるんだろうな。伝わってるのかな。同じ創世級迷宮を見てきた人間同士だから、この感覚が分かるのかもしれない。立ち向かわなきゃいけない俺とは、少し違うかもしれないけど。
「……ライアさん」
「……」
そのまま数秒、そして、ライアさんの力が緩んだ。ライアさんは、勢い良く立ち上がる。
「良し!!修行しましょう!!ベイ君も一緒に!!」
「えっ?」
「しましょう、修行!!それしか無いわ!!前に進むこと。それしかこの不安を晴らす手立てはないわ!!だからやりましょう、ベイ君!!」
「……えっ?」
「やりましょう!!」
「えっ、あっ、…はい!!」
「良し!!そうと決まったら寝るわよ!!明日は忙しくなるわ!!ベイ君も早く寝るのよ!!おやすみなさい」
「えっ、は、はい。おやすみなさい……」
そう言うと、ライアさんは寝床に戻っていってしまった。そうだよな。前に進むしか無いよな。俺自身のためにも、皆のためにも……。
「……寝るか」
もう一度月を見上げて、俺も布団に戻ることにした。