種族変化
黒髪の女性は、まだ目を覚まさない。あれから回復魔法をかけ続けているのだが、ぴくりともしなかった。ちなみに全裸ではなく、スパッツみたいなのと、胸を覆って隠すような黒い伸縮性のある布をつけている。
「(レム?でいいんですよね。この人)」
「ああ、そのはずだ」
召喚契約は、残って目の前の女性と繋がっている。間違いないはずだ。
「(まさか、レムが人化することになるとは。何故、私は今こんな姿に……)」
「ミルク、今の姿格好いいよ。強そうだし」
「(ありがとうございます、フィー姉さん。でも、これじゃないんですよ。目指してたの……)」
ミルクの心の傷は深い。なんとかしてやりたいが、美少女への成り方なんて俺には分からない。今は、そっとしておこう。
「(でもレムは、人化しないと思ってましたけどね。やれば出来るもんですね。しかし、無茶をするもんです。種族の壁を超えて強制進化だなんて。持ってないものを受け入れるなんて、楽に出来ることじゃないですからね。しかも、この短期間で別の属性と別の種族になるなんて。ある意味天才的ですね。しかし、やはり負担が強すぎたってとこでしょうか……)」
「なあ。進化って、そんな簡単に出来るもんなのか?自分で、起こせるのか?」
「(う~ん、私の考えですけど。魔力が関係しているのは、間違いないですね。あと、私達が新しい自分をイメージするのが大事なんじゃないかと。怒りに身を任せてなければ、私も美少女に成れたかもしれません。……いえ、次で決めてみせます!!お待ちください!その状態であとは、私達が進化に耐えられる肉体、あるいは精神なら進化が起こるんじゃないですかねぇ。まぁ、あとは根本的に種族でしょうね。出来る、出来ないはあるでしょうから。元より肉体の無い子は、人間に近く変わるのは無理だと思ってたんですけど。むしろ今回は、進化でレムが一体化を獲得したから出来たことなんじゃないかと思います。鎧としての自分と、生命力としての魔力を取り込んで、新しい自分を作る。もうほぼ進化というより、生まれ直しですね。他の魔物がやろうとしても、こんな進化は出来ないでしょう。レムの執念の勝利というわけですね。というか、レムも人化にこだわっていた?やはり、ご主人様はおモテになる……)」
う~ん、レムじゃないと出来なかったか。だとしても、無茶し過ぎだな。早く元気になるといいが。というか、この場所は大丈夫なんだろうか?さっきから魔物が来ないから助かっているが。レムも今こんな状態だし、無理に動かすのはまずいかもしれない。なにも来ないのを祈ろう。
「……」
「(うん?どうしました、フィー姉さん?)」
「大丈夫。ここには、誰も来ないみたい」
「うん?どういうことだ、フィー?」
「あのねマスター。教えてくれたの。だから、大丈夫だよ」
「教えてくれた?誰が?」
「えっと。すっごく強い、フィーみたいなの」
「フィーみたい。つまり妖精族。いや、どちらにしろ今はありがたい。治療に専念できる」
あれから何時間経っただろう。でもあの城から出た時は、まだ昼ぐらいだったよな。うちに帰るのは、何時になるんだろうか。こういう時、空でも飛んで帰れたら速いんだろうなぁ。と思っていると、腕の中で黒髪美人が震えだした。
「うぅん❤、ひぃい❤、ひゃう❤……ぁっ❤」
「(お、もう大丈夫そうですね。正常な反応が出ています)」
「……」
「マスター。難しい顔して、どうしたの?」
これだけは、どうにかならないもんだろうか。なぜだ!! カエラ仕込みの回復魔法なのがいけないのか!! 魔法の教本にも書いてあった、正当な方法で取得したはずだぞ!! どこにこんな反応をさせる魔法になる要素があったんだよ!!
「あっ、私。はっ、主!!いつの間にか、大きくなられましたね。私は、それだけ眠っていたんでしょうか?」
今までのレムの声ではないが、しゃべり方は間違いなくレムだ。透き通るような、凛とした女性の声になっている。いや、と言うか、レムの身長が下がっただけだけども。
「いや、数時間だけだよレム。まったく、無茶をして」
俺は、髪を撫でてやる。うわっ!!めちゃくちゃサラっとしている。ちょっと時間があったら、触っていたいレベルだ。
「主、申し訳ございま……、ハッ!!!!」
驚いたようにレムは、叫んで固まる。
「か、かかかかかか、感覚が!!主に撫でられた感覚が!!ありますううううう!!!!」
いきなり、顔を赤らめて泣き始めた。……今まで、感覚なかったのか。
「え、ということは、わだし、人化出来て。や、やりましたああああああぁぁぁぁ!!!!」
感極まったのかレムは、俺に抱きついて来た。よしよしと頭を撫でてあげる。きょ、巨乳が、あたっておりまする。
「ううっ、主、暖かいですっ。一体化して、感覚の存在に気づきましてぇ、欲しいとおもったんですっ。えっく……」
「ああ、そ、そうなのか。よしよし、でもあんな無茶、良くないぞ」
「ぐっすん。いえ、私達は致命的ダメージを受けたら魔石に戻るだけですので、駄目ならそれで分かるかなぁと……。あと私、前は痛覚もありませんでしたので、特に問題無いと思ったのですが」
つ、痛覚も無いのか。それは、止め時が分からないだろうなぁ。
「ですが、これで生物としての力も得ました。魔力も、凄まじく上がっているようです。ますます主のお役に立てると思います。ところで、私の容姿なのですが、どうでしょうか?」
「うん。ああ、美人だと思うよ」
スマートで整っていて、でるとこは出ている肉体。凛とした顔。うん、美人だ。
「そ、そうですか。お気に入りいただけたなら、なによりです」
レムは、照れているようだ。うん、美人の照れ顔は良いものだ。ほっこりする。
「(うぐぐぐぐぐぐぐっ!!レム、今は、おめでとうといっておこう!!しかし!!!次は、私がその立場になるからな!!必ずだ!!!!)」
「レム!!おめでとう!」
「あ、ありがとうございます。フィー姉さん。ミルク」
どうなることかと思ったが、なんとかなってよかった。あとは、帰りの心配だけだな。
「さて、レムも気がついたしそろそろ帰るか。家がどっちか分からないが」
「主、お任せください。私、新たに進化いたしまして、転移魔法を覚えました」
「え、本当に?」
「はい。ですが、自由自在というわけでもございません。覚えている場所や、魔力で感じられる範囲なら移動可能です。あとは、主とその召喚魔物仲間なら、どこにいても私が転移させることが可能ですね」
「(滅茶苦茶便利ですね!!)」
「これで、いつ主が転移魔法で移動されても問題ありません。主に、転移魔法を阻害して頂く手間も省けます。先の戦いでは、魔法阻害を担当して頂きご不便をおかけしましたので。これで、主に楽をして頂けると思います」
黒甲冑との戦いのせいで転移魔法を覚えたのか。なんというか、あの戦いで成長しすぎじゃないか、レム。ミルクは、強くはなったが、本人が心に傷を負ったからな。とにかく、帰れる目処がたってよかった。
「おし、じゃあここは魔力密度が多くて転移しづらいだろうから、一旦魔法陣で戻るか」
「あ、主、問題ありません。今の私なら、この程度障害にすら成り得ないと思います」
「え、そ、そう……」
やはり、すごく強くなってるんだな、レム。この程度って……。俺より、魔力コントロールも上なんじゃないか。負けてられないな。
「じゃあ、帰るか」
「はい、分かりました」
言うとすぐ俺達は、光りに包まれ家近くの練習場に転移した。そろそろ夜になりそうなギリギリの時間だった。あとちょっと遅れてたらまずかったな。今日は、色々あったからぐっすり眠れそうだ。そう思い俺は、皆の召喚を解除して。……うん? レムだけ残ってる。あっ、レムの魔石壊れてたんだ……。
「まずいな、レムの魔石どうしよう」
「私の魔石が、どうかしたんですか?」
「いや、今回の進化で壊れたんだ」
「そうですか。う~ん」
レムが手を合わせると、光が出て召喚魔石が形成される。え、この短時間で。
「主の魔力を、お借りして作りました。今まで作り方を見ておりましたので、大丈夫なはずです」
レムが魔力を流すと、問題なく機能する。魔石が闇色になった。
「はい。どうぞ、主」
「ああ、ありがとう」
レムは、召喚の魔力も使えるようになったのか。もと土属性だから、魔石作成も出来るようになったんだなぁ。しかも早い。嬉しいやら虚しいやら。とりあえずレムも、魔石に入れて家に戻ることにした。
だがこの後、俺のゆっくり寝る計画は台無しになる。レムも、一緒に寝ると言い出したからだ。