筋肉
「うん?」
席につくと、俺の服の袖が引っ張られる。誰かと思ったら、なんだ、ミルクか。なんだろうと思っていると、ミルクは、俺の膝の上に座ってきた。ああ…、さっきはレムの時間だったから、今度は、ミルクの番な訳ね…。俺は、座ってきたミルクを、優しく抱きしめた。ああ…、甘い、牛乳の香りがする…。
「ふむ、君が、ベイ・アルフェルト君か。何と言うか、12と聞いていたんだが、もう青年という感じだな…」
「うむ。少年よ、よく鍛えているようだな。まだ若いというのに、十分な風格が出ているぞ。まぁ、私ほどの筋肉ではないがな。…むぅん!!」
「ふぅうっ…!!」
「はぁ…、ありがとうございます」
…だから、何なんだ、さっきから。片方がマッスルポーズを決めると、もう一方もマッスルポーズを返す。2人の顔から見て、恐らく、競い合っているのだろうということは、分かった。だが、今ここでやり合う必要が有るのだろうか?やめて欲しい。笑ってしまいそうになる…。
「あなた、お客様たちが、困惑しておられるでしょう。もう、そのへんになさって…」
「ああ、すまん。アランさんが、挑発してくるもんでな。つい…」
ゲイルさんが、やっとまともに、話をしようとしてくれている。だが、その言葉を聞いて、対面のアランさんは、ドヤ顔でマッスルポーズを決めた。
「…」
明らかにゲイルさんを、アランさんは挑発している。俺の筋肉のほうが素晴らしい!!そう言っているのが、明白だった。ゲイルさんの顔に、この野郎…。と、言うような表情が見え隠れする。だがゲイルさんは、大人の余裕を見せた。アランさんを無視して、話をすすめる。
「うちのロデが、君と付き合いたいと言ったそうだが…。まさか、うちの子がそんな事を言う日が来るとは…。君、何か変な薬でも、盛ったんじゃないだろうね?」
「と、父さん!!」
「しかも、ロデだけでなく、フェインさんの家のロザリオ君まで、君と付き合いたいと言い出した。これは、何かあると思うほうが、自然な考えだろう、ロデ?」
「…確かに」
「確かに…」
俺までも、確かにと、呟いてしまった。と言うか、1番の被害者、俺なんですけど。俺が、1番状況が良く分ってないんですけど。
「えっ?うちの子なら、言いそうだけどなぁ…」
「そうねぇ…。ロザリオちゃんなら、あり得るかも…」
フェイン夫妻は、特に疑問を持ってはいないようだ。…有り得そうって何だよ…。男同士ですよ!!男同士!!いや、実際、あり得たけども…。
「いや、ゲイルさんの言うことも、もっともです。確かに、状況がかなりおかしいし。とても疑わしく感じるものであることは、自分でも分かりました。ですが、自分は何もしていませんし。むしろ、何で2人が自分にそこまで好意を持ってくれているのかが分かりません。今回の件で、1番困っているのは自分です」
「ふむ、そうか…。ロデ、何で、ベイ君と付き合いたいと思ったのかな?」
「父さん、彼は、素晴らしい実力の持ち主です。私の学校の、闘技大会で飛び入りで出てきた、あのガンドロスさんを倒しました。つまり、彼の実力は神魔級。Sランクの冒険者と、同等程度ということになります」
「ああ、その話なら知っている。資料に書いてあった」
資料って何ですか?まさか、身辺調査されたのでしょうか?こ、怖い!!
「彼は、こんなに若くして、神魔級の実力を持ちながら。さらに、多くの有能な女性達とも、婚約を結んでいます。そして彼は、私のことを、お金持ちとして見ていません。私にとって、理想の男性像であると思います」
「なるほど。ロデらしい考えだ。お金稼ぎ、人脈、自分との交流、必要な要素が、彼には揃っているというわけだね。だが、彼はまだ、ロデと付き合うと決めたわけじゃないようだが、そこはどうするんだ?一方的なだけでは、父さん、認められないぞ」
「そこは、おいおいということで…。時間をかけて、愛を育んだって良いはずです。そうでしょう、父さん、母さん?」
「うーむ…、まぁ、そうだな」
「そうね、私達も結婚まで、10年はかかってますものね」
腕を組んでゲイルさんは、目を瞑る。普通に考えているように見えるが、腕の筋肉が盛り上がった。鍛えすぎだろ、この人…。
「ぬぅ…」
ただ考えているだけなのに、アランさんが、やるな!!みたいな顔をしている。筋肉祭りの再開は、かなり近いかもしれない。俺達が、帰ってからにして欲しい。
「うーん、それじゃあ私達は、経過を見守るとするか」
「そうね、あなた」
ゲイルさんの中で、結論が出たらしい。取り敢えず、1つめの課題クリアと言ったところか。後は、ロザリオの方か。
「で、今度は、ロザリオ君の方だが。何故、ロデを諦めて、彼と付き合おうと思ったんだい?君も、男なのに」
「はい!!おじ様、それは、彼の偉大さに触れたからです!!」
「偉大さ…?」
俺にも、その内容を理解することが出来ない。偉大さって、何かしたかな?
「はい!!父は、言っていました。男の良し悪しは、筋肉を見れば分かると!!ですから私は、彼と筋肉を見せ合いました。そこで私は、見たのです!!流れるような肉体のライン、無駄をそぎ落とし、動きに重点を置いたかのような、鋼の筋肉を!!」
「ほう…」
「ロザリオにそこまで言わせるとは、少年、良いライバルになりそうだな…!!」
マッスルな、お友達の視線を感じる。やめてくれ。俺は人前で、マッスルポーズを決めたがるほど、筋肉に執着していない。
「しかし彼は、恥ずかしさからか、すぐにその筋肉を隠そうとしました。私は、少ししか見れていなかったので、彼を止めようと彼の筋肉に触り、そこで、感じたのです…」
「感じた?」
「ええ…。抑えきれないほどの衝撃を、彼の肌から、筋肉から感じました。この人に付いて行きたい。そう、思えるほどの…」
「…」
俺の筋肉が、めちゃめちゃすごいみたいな言い方されてるー!!!しかも、ゲイルさんも、アランさんも、何故かマッスルポーズを、無言で決め始めたんだけど!!俺に、対抗しようとしてるんだけど!!いや、あなた達の筋肉のほうが、俺の筋肉より二回りも、三回りもデカイから!!そんな、気にしなくていいから!!シリアスな顔で、マッスルポーズ決めるの、やめてくれる?
「なるほど、そこまで彼は、凄いのか。ぬぅぅん…!!!」
「ロザリオ、確かなんだな。ふぅぅん…!!」
「ええ、父さん。私、ベイ様に、付いて行きたいんです!!」
「この父の筋肉に、誓えるか?」
「はい!!誓います!!」
筋肉に、誓う…。やばい、会話内容が筋肉主体過ぎて、訳が分からなくなってきた。むしろ、逆に面白い。コントか何かに、近い気がする。付き合うという、重要な話のはずなのに!!はぁ…、ミルク、俺を癒やしてくれ。俺は、ミルクの腕を、優しく握った。ミルクは、俺の腕をゆっくりと握り返し。手の甲に、キスしてくれる。そして、俺の腕に、顔をすり寄せてきた。ああ、癒される…。筋肉付けの脳内が、綺麗になっていくのを感じた。
「ならば、父が言うことは、何もない!!幸せになれよ、ロザリオ…」
「はい、父さん!!私、幸せになります!!」
「ロザリオ、立派になったわね…。ううっ…」
やばいよ。奥さん、嬉し泣きし始めたよ。この状況なのに。と言うか、OKなのか。いや、別にいいんだが…。
「うーん、筋肉では仕方ないか。しかし、知り合いから同性婚者が出るとわな。話には聞いていたが、実際に見ることになろうとは…」
筋肉なら、仕方ないのかよ!!何、その、筋肉理論?と言うか、同性婚OKなんだ。この世界、おおらかだなぁ。初めて知った。
「その件で、少し提案が有るのですけど」
注目を集めるように、アリーがスッと、立ち上がる。
「提案?」
「はい。お宅のロザリオさんを、女性にさせていただけないでしょう?」
「えっ?」
「なん、だと…」
アランさん、驚きながら、マッスルポーズ決めるのやめて下さい。全員が、アリーの提案で驚く中で、ロザリオだけは、覚悟を決めたような表情をしていた。