牛と牛車
夕方には着くといったな、あれは嘘だ!!というか、俺自身は、夕方に着くと思っていた。いくらミルクといえど、森や山を駆けて回るのには時間が掛かるし。この牛車を引きながらの動きには、制限がかかる。だから、道選びや、他者の通行などに気を使って、夕方になるだろうと思っていた。だが、それは甘い見積もりだった。
「それにしてもこの牛車、こんなに早く走っているのに、全然揺れないわね」
「ああ、それは車輪にミズキが、水魔法で膜を張っているからだよ。その水が衝撃を吸収しているから、牛車自体は揺れないんだ」
「へぇ~、なるほどねぇ…」
これは、俺がミズキに提案した改善案だ。いくらミズキが神が付くクラスの職人スキルを持っていたとしても、やはり走行時に掛かる負担や、牛車自体の強度を高めるのには、技術だけでは限界がある。そこで、魔法を使うことで、より快適に旅が出来るという寸法だ。お陰で砂利道でも、まるで舗装した道路を走っているように快適に走行出来ている。
「…うん?ベイ、ちょっと…」
「どうした、サラサ?」
「いや、その、前がだな…」
「うん?」
俺は、前の窓から前方の様子を探る。見ると、急激な高さの崖になっていた。…おかしい、車体が傾いている様子はなかった?いつの間に、こんな高い所に移動していたんだ?まさか…、ミズキが車輪についている水の量を変えて、傾きをなくしていたのか?いや、それしか考えられない。ああ、そりゃあ、山登ってても気づかないわな…。…じゃなくて!!落ちるな、これ!!だがそれは、普通に考えたらの話だ。
「…」
「ご心配なく主人。このカザネに、おまかせあれ!」
俺が後ろを見渡すと、カザネが胸に手を当てて答える。ああ、そういうことですか…。つまり、この牛車…。
「おい、ベイ!!落ち…」
飛ぶんだな…。
「いやっほぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
ミルクの掛け声と共に、土で出来た牛に、土の翼が生える!!そのまま崖を飛び超え、空に羽ばたいた!!う、牛が飛んでいる!!遂にうちの牛は、空を飛ぶことすら可能になった。す、凄い!!まぁ要は、カザネが発生させた風魔法の上昇気流を受けて、浮いているだけなのだろうが。まぁ、一応飛んでいるとは言えるだろう。気球みたいなもんか。この牛車も、ミズキが水魔法で上空に気球状の膜を張っているおかげで、浮いているようだ。なるほど、これなら障害なく目的地につけるな。ちょっと到着が早まるかもしれない。
「さて次は、あたしの番ね!!」
「…」
カヤが、意気揚々と気合を入れて目を瞑る。
「加速時の衝撃吸収、姿勢制御は、私にお任せ下さい、マスター」
次いで、フィーが俺に言った。…マジで?つまりこの牛車、これからジェット機並みに加速するってこと?瞬間、土の牛の翼に、圧倒的な加速力を生み出す炎のブースターが出現する!!牛車後ろにも、同様のブースターがついた。俺達を乗せた牛車は、風の壁を突き破り、急激な加速を始める!!…ジェット機どころか、戦闘機だな、こりゃ…。
「わはは!!進め、進め!!」
嬉しそうにミルクは、目的地目指して飛行する。家を出て、数分とちょっと…。ああ、こりゃ、昼には着くな。俺は、そう思った。
*
「おっと!!ご主人様、目的地が見えてきましたよ!!」
早い!!圧倒的に早い!!通常の馬車を走らせて5日かかる距離。それが、ものの数分で着いた!!やっぱ皆、強くなってるんだなぁ…。俺は、こんな所で皆の実力を再確認した。一体化しなくても、この速度が出せるのだ。かなり凄い。つまり今の一体化時は、この速度より速いということなのだが…。この星一周ぐらい、数分で出来るようになっているのではないだろうか?…なんか、実感が湧かないほど強いな。俺は、考えながらそう思った。
「よっと!!着陸…!!速度緩めて下さい!!」
「OK!!」
徐々に、ブースターの加速が弱くなっていき、速度が下がって行く。そして牛自体も動きを抑えていき、今ゆっくりと停止した。
「着きましたよ!!」
時間にして、30分ぐらい。俺達が諸々の準備をして出たのが、だいたい11時くらいか…。早過ぎるな…。それしか感想が湧かない…。
「うわぁぁああああ、…綺麗ね…」
アリーが降りて、外の景色を見て言う。俺も続いて降りて、外の景色を見た。…海だ。太陽の光を受けて、海がきらめいている。白い砂浜。透き通るような青い水。かなり綺麗な光景だった。まるで高級リゾートだな。なんて感想が出るのは、俺が日本人なせいだろう…。
「ベイ」
「うん?」
アリーはその景色を見て、俺に優しく笑顔を向けると、そっと手を握ってくれた。2人して、この綺麗な光景を見ている。俺は、アリーを抱き寄せ、肩を抱いた。こういうのを、ロマンチックというのだろうか…。今まで感じたことのない、湧き上がる感情を感じながら。俺は、アリーと2人で、その景色を暫く眺めていた。
「ごッシュ人様!!!」
「ごふっ…!!!!」
ミルクが後ろから、俺目掛けて抱きついてくる!!柔らかいおっぱいクッションで威力は抑えられているが、それでも、ごふっ、というリアクションを取ってしまうほどの、威力がある抱きつきだった。ミルクがそうすると、我慢出来なくなったかのように皆も抱きついてくる。あっという間に俺は、皆に圧迫される形になった。特にカザネと、カヤが両肩に乗っているのが1番の負担になっている。まぁ、鍛えているから、それほど重くわないし、柔らかいけど…。むしろ、太ももが当たって素晴らしいけど。流石にこれでは、身動きが取れない…。
「そ、そういえば、そろそろお昼だし。ご飯にしないか?」
俺は皆に、そう提案した。すると、ミズキがテーブルを牛車から降ろし、食事スペースを作る。
「せっかくのいい景色です。外で、楽しみながら食べましょう。ささっ、皆さんどうぞ」
テーブルに、皆が座っていった。そして、用意していたランチボックスを開ける。中には、大量のサンドイッチが入っていた。
「じゃあ、頂くとするか」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「頂きます!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」
皆で食事をしながら、景色を楽しむ。なんだか、大家族みたいだな。俺は、楽しそうに食事をする皆の顔を眺めて、何だか嬉しい気持ちになった。
*
「お嬢様!!」
「ああっ!!なんだよ!!こっちは急いでるんだ!!後、その発言はやめろ!!性別がバレる!!あの野郎が来る前に、諸々の準備を…!!」
「それが…」
「ああっ?」
「ご到着なされました…」
「…はっ?…私、夏休みに入るより、早めに学校を出てきたんだぞ?5日前だぞ?今着いたんだぞ?あいつが、これるわけ無いだろう?」
「…ですが、今、馬車が…」
「…後は頼む」
「分かりました…」
適当に持てるものだけを鞄に積め込み、彼女は部屋を出る。そして、出来るだけ人に見つからないように、裏口から駈け出した。
「やぁ…、ロデ!!」
「…」
後ろから声がした。だが振り向かない、そのまま速度を上げて逃げる。
「どうしたんだい!!そんなに慌てて!!」
声の主が、自分追いかけて来ているのが分かった。何も言わずに、走る速度を上げる!!
「何だい!!競走かい!!よし負けないよ!!」
「来るなぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
ロデ・マルシアは、そのまま全力で駈け出した!!