牛乳と迷宮ボス
「よし、これも持っていくか」
俺が持ったのは、土魔法で作ったガラス瓶だった。その中身だが、話は昨日に遡る。
「(いやぁ、ご主人様。意外とお金をお持ちなんですねぇ)」
俺の中に待機しているミルクはそう言う。
「うん?まぁ、それなりにな……」
迷宮での素材を売るようになってから特に大きな買い物もしてこなかったから、お金は貯まる一方だった。装備を買おうにも、今必要そうなのは身代わりの腕輪くらいで。それ以外は、重いとかサイズ的に合わなそうなのばっかだったので結局購入していない。と言うよりも、アリーにもらった黒い旅用のローブが意外と良い性能と値段してたので他を買う必要がないことに驚愕した。今では愛用品です。ありがとう、アリー。好き。
「(ところでご主人様。あれ、買って頂けませんか?)」
「あれ?」
あれってあれか、牛乳を入れておく容器みたいなやつ。牛乳缶だっけか? あんなの買ってどうしろと。
「搾れってか?」
「(いやぁ、すいません。明日、ボスに挑戦しに行くってご主人様がだいぶ念入りに準備されるものですから。私も、万全な体調で臨もうと思いまして。……こう、胸が張ったままだとちょっと不安といいますか)」
「(ミルクちゃん、そんない辛いの?)」
「(いや、フィー姉さん。そんな、そんな辛いってことはないんですよ。でも身体が重いより、軽いほうが攻撃を避けやすい。そう思いませんか!!いかに私がスペシャルな牛であるとしても、少しの差が命取りになるのもまた事実。あの程度のボスに負ける気はありませんけども、ご主人様のため全力を尽くせる自分でありたいのです!!というわけで、搾ってください!!なんでもしますから!!)」
……何か乗せられているような気がするが。本人が万全にしたいって言ってるんだし、主人というか、飼い主? の俺がその意志を汲まないわけにはいかない。俺は、その他の買い物を済ませてから、牛乳缶を買って帰った。
「(えへへ、じゃあお願いしますね、ご主人様!!)」
そのまま、練習場で搾ることになった。……ミルクは、やたら乗り気だ。フィー達にもやってもらったら? と言ったが、レムにはちぎられそうなのでやめてください!! と懇願された。フィーとやるしかないか。缶を、下においてっと。
「おっし、搾るぞ~!!」
「(はい。おねがいしま……、ひゃおおぉぉ❤」)」
「……」
「(し、失礼。いきなりで驚いただけですよ……。よ、よっし……、お願いします!!……ひゃあっ❤うひっ❤ほうっ❤)」
「……」
「(あ、ご主人様やめてください。そんな蔑んだ目で見ないで、変な方向に目覚めてしまいそうです!!)」
こいつが牛じゃなかったら、俺が変態の烙印を押されそうだ。というか本当に出るんだろうか?妊娠かもしくは出産したって訳でもミルクはなさそうなんだが、それでも出るんだろうか?まぁ、魔物だしな。普通の牛なのは、外見だけかもしれない。出ても不思議ではないか。
「ミルクちゃん、落ち着いて。そっと触るからね。そ~っと……」
フィーが、ミルクの胸に触れる。大丈夫そうだ。
「よし、そ~っとだな。そ~っと……」
「(ひゃひぃぃぃぃぃっっっ❤)」
「……」
「(す、すす、すいません!!こ、こんなはずでは……)」
結局、だいたいの作業はフィーに任せることになった。
「(お、おかしいですねぇ……。フィー姉さんに触られてもなんともないのに。何故????)」
ミルク自身にも謎のようだった。とりあえず、搾ったんだし飲むか。本当に出るんだな。もったいないし、火魔法で殺菌して水魔法の応用で冷却する。
「どれどれ、……うまい!!」
「おいしい~!!」
濃厚な味わい、なめらかなコク。無駄にうまい!! 普段は、食べたり飲んだりしないフィーも大絶賛だ!! というか、何故飲んでるんだ? そしてなにより……。
「魔力が、回復している?」
「(ほう、さすが私!!牛乳すらも、スペシャルということですね!!ご主人様、なんでしたら戦闘中に直飲みして頂いても(バシィン!!)痛い!!)」
この牛乳を飲むと、魔力が回復するようだ。さしずめ、魔力回復薬・牛乳味ってところか。だから、フィーが飲んでいたのか?
「(あれ、でも痛いけどなにか……。やはり私にとって、ご主人様は特別なようですね!!痛みすらご褒美です!!)」
ミルクが別の扉を開けそうだったので無視して。魔法で氷を作って、クーラーボックスのような土魔法で作ったケースの中に保存した。普通に家に置いておいたら、色々聞かれるかもしれないから自室に置いておこう。
それが、俺が持っているガラス瓶の中身だ。これがあれば、ボス戦でも役立つだろう。作るのに無駄に疲れた気がするが。とりあえず3本、カバンにしまっておいた。帰還の宝珠と弁当もしまう。いつもの迷宮探索装備に着替えて、俺たちは朝早くからボス戦をしに迷宮へと移動した。
「で、ここがボスの居るフロアかぁ……」
風属性中級迷宮のその真ん中、風の魔力で覆われた別のエリア。今、俺達はその前にいる。
「(はい、そうです!!この中から、生意気な強さの魔物の気配がビンビンしますよ!!さっさと倒しちゃいましょう!!)」
「がんばろ~!!お~!!」
(……)
お、レムが腕を上げて、お~!! って感じの動きをしている。レムも、馴染んできたな。
「よし、じゃあ行くか」
「「(はい!!)」」
(……)
風の魔力の壁を抜けると、そこは周りを岩で囲まれた広いエリアだった。まるで闘技場のような地形だ。草や花などが幻想的に生えていて、上から降り注ぐ太陽の光とマッチしている。ボスフロアじゃなければ最高だったのだが。
「グルル……」
その声は、岩の壁の上から聞こえてきた。俺達目掛けて巨大な影が上から降り立つ。でかい!! レムよりもでかい!! その魔物は、見た目がライオンだった。ライオンに、白い翼が生えている。たてがみも、実際のライオンよりやたら禍々しく生えていて威圧感を感じた。ゲームだったら、中盤少し過ぎたところのボスをやっていそうなオーラを感じる。
「グワアァアッァァアァアアァァァァァァアァッァアァ!!!!」
ドでかい咆哮をあげられて、俺は身構えた。……正直、来なけりゃよかったとも若干思った。だが、今更そう言っている訳にもいかないだろう。その咆哮を合図に、俺たちは戦闘に突入した。
「グワアアアォォォオオオオオオオ!!」
ボスが、レム目掛けて突進してくる。レムは、盾を構え正面からその突進を受け止めた!! ズドォォォォン!! という衝撃音を鳴らし地面に踏ん張るレムが後ろに引きずられる。あのレムが押されるとは、かなりの威力があるようだ。
「(ちょっと、調子に乗らないでもらえますかねぇ、っと!!)」
レムが攻撃を防ぎきり止まった瞬間、ミルクがボスに突進を食らわせた。 豪快な打撃音を響かせ、ミルクがボスを吹っ飛ばす。2転、3転と地面に身体を打ち付けてバウンドしたボスだったが、岩の壁に激突する寸前で体勢を立て直し岩の壁に着地した。
「グルッ……」
地面に着地し、ボスは身構えている。俺達を、強いと認識したようだ。身構えているボスを見て次はこっちの番だと俺とフィーは、火魔法と風魔法の弾丸をボス目掛けて飛ばす。ボスが風魔法でシールドを張るが、その程度では防げない。シールドを突き抜けた弾を、ボスは急いでかわす。だがボスはかわしきれず、ファイアブラスト2発、ウインドブラスト1発を受けた。
「畳み掛けるぞ、レム!!」
俺の言葉を聞いて魔法を受けて怯んだボス目掛けてレムが突進する。その突進した勢いのままレムは剣を振り下ろした。
「グワアアアアアアアアアアッッッッッッッツ!!!!!!!!」
レムの斬撃が、ボスの胴体に深いキズを付ける。ボスは飛びのきレムと距離をとるが、かなりのダメージが入ったのかよろめき、傷口から血を垂れ流していた。だが、すぐに踏ん張るとレム目掛けて突進し始める。そして、その鋭いツメの生えた前足で攻撃してきた。
「レム!!」
レムは、前足を盾で受け止めようとする。だがボスは、ツメでの攻撃をしながら同時にウインドブラストをレム目掛けて放っていた。その数2発。
(……)
レムは、冷静に判断する。ウインドブラストとツメは、ほぼ同時に自分に着弾する。ツメは自分前、ウインドブラストは横から1発ずつ。では、どうするか……。レムは、ボス目掛けて最高速で突進し始めた。自分の身をレムは、出来るだけ低めにして突進し前に出ることでウインドブラストの射線を外す。迫り来るツメを盾で受け流し、そのままの勢いを乗せて剣で真正面から逆にボスを切り裂いた。
(……)
土煙を上げてブレーキをかけ、レムは止まる。ボスはそのまま地面に着地し、真ん中からずるっと真っ二つに崩れ落ちた。
「お~~、レムすご~い!!」
「(む~、おいしいところを持って行かれましたか……)」
フィーもミルクも賞賛している。レムは、剣を肩で担ぐと照れているのか頭をさすっていた。
「よくやったな、レム」
俺も、レムに近づいて褒める。ちょっとうつむき、頭を触っている腕の動きが早くなったような気がした。
「思ったより早く片付いたな。じゃあ、戻って狩りでも……」
その時、いきなり周囲が暗くなった。俺とレムを包むように、突然地面に光が浮き上がる。
「ま、魔法陣か!?」
「マスター!!!レム!!」
「ご主人様!!」
魔法陣の光が、一瞬にして強くなる。次の瞬間、俺とレムはその場から消えた……。