準決勝前
「さて、次の試合でも見に行くかな…」
控室に戻ってきた俺は、そうしようと観客席に続く通路を歩き始める。この試合に残ったほうが、俺の決勝前の相手だ。見ておいて、損はないだろう。
「そうだね。行こう!行こう!」
「…」
レラがそう言う。控室に戻る通路に待機していたらしく、ものすごい速さで、背中に抱きつかれた。でも、待てよ。このまま観客席にいるのって、凄い目立たないか?行かないほうが、良いかもしれない…。
「うん?どうしたのベイ君、急に止まって?ああ!椅子に座るときは、ベイ君の膝の上に座るから、大丈夫だよ!!」
いやいや!!そういう問題じゃない!!しかも俺は、アリーの結婚相手ってことが、この闘技場に来ている人には知れ渡っているからな。変な目で見られないか、ヒヤヒヤする。まぁ、重婚が許されてる世界ではあるから、問題ない気もするが…。
「あっ!それとも、見る必要無いかもって感じかな?確かに今戦ってる2人、どっちも強いんだけど、それほどずば抜けてない感じだよね。ベイ君なら、楽勝かも?」
「…それは、どうかな?」
片方、気になる相手がいる。アイラ・バルトリオ。恐らく、勝ち上がってくる相手は、彼女だろう。少し彼女の試合を見たが、すべての試合でギリギリ勝ったという、危なっかしい印象しか残っていない。だが、それがおかしい。そんなに実力がない相手にも、ぎりぎりでの勝利であるのに。ここまで勝ち上がって来ている。よほど運があるのか、戦略が上手いのか、あるいは…。
「け、決着!!!!!!!!!!!!!!開始、1分で決着です!!!勝者!!アイラ・バルトリオ!!!」
会場の声が、俺達の耳に入る。…どうやら、試合が終わったらしい。強敵が、本性を現したようだ。嫌だなぁ、怖いなぁ…。
「あれ?そう言えば私達、アイラさんとすれ違ったけ?もう一人の、ステンサー君とはすれ違ったけど、アイラさんは見なかったね」
「…そう言えば、そうだな」
これは、どういうことだ?通路は、一本道だ。試合に出ているのなら、見逃す筈がない。まさか、転移魔法?…まだそんな魔法が使える、おかしな実力の生徒が居たのか、この学園は…。ちょっと、強い生徒多すぎませんかね?
「うーん、これが終わったらお昼かも、と思ってたんだけど。サラサちゃんの試合が、終わってからになりそうかな?」
「そうか、もうそんな時間か…」
試合に集中してたから、分からなかったな。意外と時間が経っていたようだ。なら、アリーを迎えに行くべきかな?レラが、くっついたままだけど。俺は、解説席に向かうことにした。
「さて、サラサは頑張っているかな?」
「うふふ~ん、私に勝ったんだから、勝ち残ってもらわないと困るよ」
レラが、俺に頬をこすり付けながらそう言う。まぁ、レラが嬉しそうだしいいか…。変に止めて、悲しませたくもないしな。う~ん、もう試合の準備は、出来ているみたいだ。サラサは、リング上で静かに佇んでいる。あとは、開始の合図を待つだけか。
「それでは!!試合開始!!!」
調度良く、試合開始の合図が鳴り響く。…あっ。相手が一瞬で吹っ飛ばされた。可哀想。
「勝者!!サラサ・エジェリン選手!!!なんと、この終盤での短時間決着が続くー!!彼女達の実力は、何処まで抜き出ているんだぁ!!!!」
おっ、サラサが俺達に向けてガッツポーズを取っている。俺とレラは、手を振って答えた。
「ここでお昼休憩をはさみます。次の開始は、午後2時から。皆さん遅れず席にお戻り下さい」
おっ、こっちも短かったけど、ここでお昼か。なら、アリーのもとに行こう。ヒイラもいるし、4人でご飯を食べるか。そう思って俺は、2人を誘って外に出た。
*
「ベイ!!間に合ったか!!」
「ベイ、まだ勝ち残ってる?」
「うん?と、父さん、母さん…!?どうしてここに?」
「どうしてって、息子の試合を見るために決まってるじゃないか?なかなか、休みが取れず。こんなに遅くなってしまったが、ギリギリ間に合ったようだな」
いや、来てくれるのは嬉しいけど、ここから家までかなり距離があるんですが。よく休み取れたね。
「おっ、可愛い女の子を三人も連れて。ベイもやるなぁ…」
「初めまして、ベイ君のお父さん、お母さん。レラ・サルバノです。よろしくお願いします!!」
「ヒイラ・スペリオです。よ、よろしくお願いします…」
「お義父さん、お義母さん。こっちのヒイラも、ベイの嫁になるので、以後よろしくお願いしま…」
「アリーちゃん!!!!!!!!!!!!!」
すかさずヒイラが、アリーを揺さぶる。レラも、ちゃんと俺から降りて挨拶をしていた。いや、それが普通なんだけど…。
「丁度いい、皆でご飯を食べよう。おじさんが奢るぞ!!」
「え、良いんですか?」
「勿論だ!!その代わり、ベイのことをよろしく頼むよ」
「は、はい!!それは、願ったり叶ったりです!!」
「…レラも、押し気味の反応になってきたわね。これは、堕ちるまでもうちょっとかしら…」
俺の嫁が、何か暗い笑みを浮かべて、ニヤついている。怖いよ、アリー。きっと、アリーの頭の中では、色々な戦略が練られているに違いない。はぁ、まぁ仕方ないか。取り敢えず、ご飯を食べよう。俺達は、学校の食堂へと移動した。
*
「「…」」
そもそも、彼女がここに来た理由。それは、今日という日を迎えるためにあった。全ては、布石。後は、今日の結果次第で、この先の方針が決まる。見ているのか、動かないといけないのか。
「「ベイ…」」
二重の声が、重なって聞こえる。だが開かれた口は、1つだ。その声は、とても嬉しそうにその名を呼んだ。まるで、その人物を知っているかのように。
「「…」」
魔力を帯びた彼女の瞳には、今、はっきりと写っている。楽しそうに食事をする、ノービス、カエラ、アリー、ヒイラ、レラ。そしてベイ。
「「何だか、変な感じね…」」
彼女は、自身の腕を握ったり開いたりしながら、そう呟く。ベイは、アリーの作ったお弁当を嬉しそうに食べていた。その顔を見て、彼女も自然と笑顔になっていく。だが彼は、次の対戦相手だ。手加減する訳にはいかないし、していい相手でもない。そう、研究者は時に非情にならなければいけないのだ。そう彼女は思い、目に宿した魔力を切った。
「「ごめんね、ベイ…」」
ベイに聞こえることも無い、謝罪の言葉を口にし、彼女はうつむく。覚悟を決めるため、彼女はその場で暫く、横になることにした。