救護室
「んぁぁああっ!!!!」
数時間後、ヒイラは、救護室のベッドで目を覚ました。周りを確認して、脱がされていたローブをいそいそとかぶり、表情を隠す。
「ふぅ…、落ち着いた…。しかし、負けてしまいましたか…。はぁ…、惜しい…」
「惜しいって、何が?」
「ひぃぃぃぃぃぃいいいいいいいい…!!!な、なんだ、アリーちゃんでしたか…」
「何だとは何よ。それと、私だけじゃないわよ…」
「目が覚めた、ヒイラさん?」
「ベ、ベ、べ、ベイ・アルフェルト…」
何だかヒイラは、動揺しているようだ。そりゃそうか、さっきまで戦ってた相手だもんな。そりゃ動揺もするか…。
「で、何が惜しいの…?」
「………」
アリーがゆっくりと、ヒイラに詰め寄る。いつもは、俺にものすごい顔を近づけてくるヒイラだが、詰め寄るアリーからゆっくりと離れようとし、そっぽを向いて沈黙を保っていた。
「うりうり…」
「……」
アリーがヒイラのローブから顔を出させ、人差し指を頬に押し付けて、ぐりぐりと指を回転させる。ヒイラは何故か顔が赤い、何だか可愛いな…。
「口が硬いわね…。にしてもあんたの顔、久しぶりに見た気がするわ…」
「くふふ…。表情で動きを読まれないようにするのは、魔法戦闘の基本だからね…。その発言は、褒め言葉だよ…」
「やっぱあんたの家、変わってるわね…。最後にあんたの顔見たの、いつだったかしら…。確かあれは、一生仕える理想の相手を探すんだぁ、とかなんとか…」
「あわわわわわわわわわわ…!!!!!!!!!!!そんな古い話、するもんじゃないよ!!恥ずかしいよ!!」
「まぁ、そうね。でもあれって、あんたの家の理想論だったんじゃなかったかしら?流石に、その年になると、あの発言が恥ずかしくなってくるのね…」
「そ、そうだよ…!!あれは口に出して、言うもんじゃないよ!!」
「ふむ…、どんどん変人に成って行くかと思ってたけど、ギリギリの所で人らしさが残っているのね。何だか安心したわ…」
ギリギリで人らしさって…、一体どういう家なんだ…。戦闘魔法を研究するために、そこまで変な家になっているのか…。
「変とか、そんなこと無いよ!!今の当主は、顔だって出してるし。昔に比べたら大分、明るい家になったよ!!ご近所でも評判だよ!!」
ご近所でも評判って…、一体どんな家なんだ。ちょっと気になってきた…。
「そう…、まぁいいわ…。で、体の調子はどう?大分、寝てたみたいだけど?」
「えっ、今何時?」
「だいたい、午後7時前くらいね。もう残りの今日の試合、全部終わっちゃたわよ?」
「そ、そんなに…!!…あ、ああ、体は大丈夫かな。いつもは、魔力切れした後起きても、しばらくは痛みが続くんだけど、今日は大丈夫みたい。うん、へっちゃら!!」
「なら、良かったわ。さぁ、帰りましょう、もう日もくれちゃうわ…」
「えっ、一緒に帰ってくれるの?」
「魔力切れ後のあんたに、無茶させる訳にも行かないし、今日だけ付き合ってあげるわよ。私と、ベイがね!!」
「あ、ありがとう…」
ヒイラは、俺とアリーを交互に眺める。うんうん、喜んでるみたいだし、良かった良かった。
「じゃ、じゃあ、準備して行くから、外で待っといて…」
「うん?あっ、そっか。いつ、いかなる時も持ち物確認を怠るな、だったわね」
「そ、そう。暫くかかるから…。ま、また後でね…」
「分かったわ。じゃあ外で待ってるから、後で来なさい。行きましょうか、ベイ」
「ああ。ヒイラさん、また後で…」
「うん…。また後で」
俺とアリーは、部屋を出て行く。しかし、なんだかんだで、ヒイラとは、いい戦いが出来ていたと思う。ヒイラとの戦いの後、ちらほらと俺に関する会話がされていたらしい。ヒイラとの試合で、俺にも少し人気が出てきたのかな…。
「しかしよく考えると、ヒイラもやるわね…。あれほど、ベイと戦えるとは…。連れて行くメンバー候補に入れとくかしら…」
「連れて行くって、あの…?」
「そう。どう見ても普通より強いし、連れて行く価値十分でしょう?」
「うーん、まぁそうかな…。神魔級魔法使える時点で、かなりの強者には違いないだろうし。でも、危ないからなぁ…」
「まぁそこは、最終的にあの子に任せるわ。で、ベイ…。明日の連戦で、この大会も終わりね。まずは、改めて今日の勝利おめでとう」
「ああ、ありがとう、アリー…。にしても明日で最後かぁ…。疲れそうだなぁ…」
「ふふふ…。今日は力のつく料理を作るから、頑張ってね、あなた」
「…!!」
ああ~、何だろう。アリーにこういうこと言われると、胸が幸福でいっぱいになる…。俺はそっとアリーの腕を握り、アリーもゆっくりと握り返してくれた。うん、これだけでもう、俺は優勝出来る気がする…。明日も頑張ろう。そう思う俺だった。
*
「はぁ…、まさか、昔のことを覚えてるなんて、アリーちゃんも人が悪い…」
ヒイラは、鞄とローブに備え付けている持ち物を点検している。魔石、回復役類、魔法書、メモ帳…。一つづつ丁寧に確認し終えると、ローブと鞄に荷物をしまっていった。
「にしても、タイミングがそれを考えてる時なんて、相変わらず感が鋭いというか、天才的というか…」
そう、ヒイラは仕える相手のことを考えていた。
「私ね、大きくなったら、私よりすっごい魔法が上手い人に仕えるんだぁー!!召喚魔法も、回復魔法も使えて、聖属性も、闇属性も使える、魔王みたいな人!!」
「……そんな奴いないわよ。まぁ、成れるとしたら、私くらい天才でないとね…」
「もう、アリーちゃんは夢がないなぁ…。いるもん、絶対!!私が、生涯の研究を捧げてもいいと思える人!!」
なぁ~んて会話を、アリーとしたのも、今は懐かしい話。なんだかんだで時は過ぎたが、理想自体は変わってはいない…。それに、自分を打ち負かせるほど、魔法の上手い人にも出会えた…。
「後は、彼が召喚魔法でも覚えてたらなぁ…。いっそ、教えに行ってみるとか…」
ヒイラは、なんだかんだで彼に興味を持っている自分がいることに、今の自分の発言で気づいた。それに、彼はアリーの夫。必然的に、アリーとも共同で研究が出来る様になるだろう…。それは、ヒイラにとって、とても楽しそうな未来で…。
「…生涯の研究を捧げてもいい相手、見つかったかも…」
そう、1人呟くと、荷物を背負い終え。アリーと、ベイが待つ外へと、ニヤケ顔でヒイラは、歩いて行った。