牛
「も~(どうも初めまして。冒険者の方、あなたがこのチームのリーダーでよろしいでしょうか?)」
牛だ。白と黒の模様。あのフォルム。どこにも変わりがない唯の牛だ。念話で話しかけてきている以外の話ならだが。
「あ、はい、そうです。初めまして」
念話では、女性声の牛に挨拶をする。というか、「も~」一声に意味詰め込みすぎじゃないか?
「(まずは、お待ち頂いてありがとうございます。本日は、お願いがありましてお声をかけさせて頂いたしだいです)」
「お願い?ですか」
「(はい!!この私、何を隠そうこのような美しい見た目をしておりますが、魔物なのです!!)」
(……でしょうね)
「(本日は、皆さんが魔物を勧誘して回っているという噂を聞きつけまして。是非、私も加えていただけないかと馳せ参じたしだいです!!)」
(まさか、魔物の方から仲間になりたいと言ってくるとは……)
「……理由を、教えて頂けますか」
「(あ、そのように敬語をお使いにならなくても大丈夫です。気軽にお話ください)」
「……分かった。じゃあ、なんで仲間になりたいのか教えてくれないか?」
「(それには、私の生まれが関係しているのです。ああ、神よ。どうして私に、このような試練を……)」
涙目で、崩れ落ちる牛。地面に座っただけにも見えるが。
「(私は、この美しい姿から見ても分かる通り。この迷宮内では、異質な存在なのです。本来ならここは、風属性迷宮。風属性の魔物がほかの属性より強く生息し、風属性の魔力を受けて魔物が誕生するのが普通です。ですが私は、土属性の魔物!!しかも他に私と同じ魔物は、この迷宮にはいないのです。つまり!!私はイレギュラーで、レアな魔物なのです!!)」
先程までと違い、ドヤ顔を浮かべ立ち上がる牛。
「(その為私は、凄まじい迫害を受けてきました。食事中に糸を飛ばされたり。食事中にきのみを投げつけられたり。食事中に風魔法をぶつけられたり……。も~~、我慢が出来ません!!私は、静かに食事がしたいんです!!いいじゃないですか、草を食べるだけですよ!!他の魔物と知るや、見境なく襲ってきて!いい加減にして欲しいんですよ!!)」
「な、なるほど……。理由は、分かった」
怒りに震えている自分に気がついたのか牛は、ハッとした表情を浮かべると落ち着きを取り戻した。
「(失礼、取り乱しました。もちろん私は、この迷宮を出て行こうとしました。しかし、迷宮の外は魔力の薄い土地。他の迷宮のある場所も分からず、移動する途中で魔力切れになり他の魔物に襲われてはひとたまりもありません。私、身体には自信があるんですけど、それも魔力あってのもの。今の今まで動くに動けず、ここにとどまっていたのです)」
「それは、大変だったな」
「(はい……。ですが、この迷宮にあなた達がやってこられました!!そこの風属性の魔物さんは、とても高い魔力をお持ちですし。この迷宮で最も厄介なそこのゴーレムもお仲間に加えられました。それだけの強さと、魔物の魔力に配慮した扱いをされておられるのでしょう。この方こそ、私がここに生まれた理由。ついていくべき相手だと確信しまして。是非、仲間に加えていただこうとお願いに来たしだいです!!)」
一気に言い終えると、牛は鼻息をフーンと出した。
「う~ん、でも土属性かぁ。うちには、もうレムがいるからなぁ」
「(待って!!待ってください!!どうですか、この私の見た目!!そこのゴーレムさんのように、固くはありません!!ですが見てください、このナイスバディー!!大きくて、柔らかくて、フワフワですよ!!仲間にしていただけるなら、多少揉まれようとも構いません!!むしろ、たまに張って辛くなる時があるので、絞り出して頂いて結構です!!お願いします!!決して後悔はさせませんから!!)」
横向きで、自慢の胸を見せてくる牛。
「……でも、牛だしなぁ」
「(……なっ、なんですと)」
牛は、がくっと崩れ落ちる。
「(な、なるほど……。やはり種族の違いが、決定的な美的センスの差を出しているようですね。で、ですが安心していただいて結構です!!私、実は生まれてからそう年月が経っておりません。なので、これから成長すれば確実にあなた好みの体になります!!いえ、なってみせます!!今がお買い得です!!買ってください!!)」
「うん?成長って、進化のことを言っているのか?お前、進化を知っているのか?」
「(進化?いえ、魔物の中には月日を経ることで体格が大きく成長するものもいました。しかし!!私はスペシャルな魔物ですから、それだけでは収まらないでしょう。きっと、相手に合わせた成長が可能なはずです。いや!!出来ます!!きっと、貴方好みの魔物になりますよ!!)」
身体から、溢れ出る自信をみなぎらせる牛。あまりの自信満々さに、フィーが思わず拍手していた。
「(あなたが考える、見たこともないような美少女になってみせましょう!!私が、あなたのファンタジー!!)」
「あ、いや。そこはいいにしても、俺たちはこれからも迷宮探索をするし、ある程度の強さがないと……」
「(え。なんだ、そんなことですか……)」
牛は、俺たちのいない方を向く。すると、ものすごい速さで地面を前蹴りした。
ズドォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!! 巨大な音と、土煙を上げて地面がえぐれる。生えていた数本の木ごと、目の前から消えてなくなっていた。
「「「……」」」
あまりのことに、俺もフィーもレムも言葉を失っていた。レムは、もとから喋っていないが。
「(フフフ……、そこのゴーレムさんも、ここらへんでは厄介な魔物でしたが。それはあくまで、私が相手をしなければの話です。先にお仲間になっている土属性の先輩には悪いのですが。私と戦えば、私が勝つでしょう。今まで食事を邪魔した魔物を尽く血祭りに上げてきましたからね。強いですよ、私)」
(……)
「……レム?」
黙っていたレムが、ゆっくり牛の方に歩いて行った。
「(ふっ、なるほど。いいですよ、甘んじて受けましょう。防御力にも自身がありますからね。……さぁ、どうぞ!!)」
レムが、牛に向かって拳を振り下ろす。ドパアァァァァァァァァン!! という空気が破裂したような音が周りに響くと、土が凹み途方も無い衝撃が牛を包んだ。やばいだろ、潰れてしまったんじゃないか? レムが拳をどけると、牛は潰れていなかった。足で踏ん張ってはいたものの、余裕の表情を浮かべている。
「(フフフ、やりますね。いや~~、私も少し侮っていました。ですがこの程度、私なら受けても、造作も無いですね。(あ~~!!!!痛い!!いたい!!いたい!!すごい侮ってた!!なにこれ!!超痛い!!受けるなんて言わなきゃよかったあぁあぁぁぁぁぁぁぁ!!めっちゃ泣きそう!!))」
余裕そうにしゃべっているが、足がプルプル震えて表情も悪くなっていく。大丈夫だろうか……。レムは、それを見るとゆっくりと後ろに下がっていった。合格、ということかな?
「(こ、こ、これで、お仲間に入れていただけるんですよね?これで駄目とかなら、泣きたいんですけど)」
「あ、ああ、もちろん大丈夫だ。これからよろしく頼む」
「(そ、そう言っていただけて嬉しいです……。耐えた……。あ、いえ、一発もらったかいがありました。いえ、効いてませんよ。余裕です。余裕……)」
(滅茶苦茶苦しそうだ……)
変な汗までかきはじめている。早く回復した方がいいかもしれない。
「(ふっ……、ふっ……、では、よろしくお願いします。ご主人様……、うふふ……)」
「あ、ああ、分かった。とりあえず、回復魔法かけるからがんばれよ」
「(ふっ、お優しいんですねご主人様。うっ、大丈夫です。ありがとうございま……、あひぃぃいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ❤)」
回復魔法をかけたら、牛はビクビクと身体を震わせてその場に崩れ落ちた。よだれを垂らして、眼球が上を向いている。そのまま気絶したようだ。
「……やっぱ俺、回復魔法使わないほうがいいのかなぁ」
「そんなことないですよ、マスター!!マスターの回復魔法は、すごいです!!」
(……)
俺は一人釈然としないものを感じながら、牛に回復魔法をしばらくかけ続けた。