風音
とある話をしてから、カラスは頑張って訓練をしているらしい。やる気があるのはいいことだが、仲間にはなってくれるのだろうか?まだ返事はもらえていない。まだ、迷っているのかな?
「そう言えば、そろそろ6月ですね、ご主人様。夏の大会も近づいてきました。ここらで、景気づけに、新しい迷宮で修業をすると言うのはどうでしょうか?」
「新しい迷宮ねぇ…。とすると、水属性神魔級迷宮になるか…」
土属性神魔級迷宮での激闘から、数日経つが、最近はフィーとの訓練ばっかで、本格的な戦闘をこなしていなかったな…。普通の戦闘より、ハードな修行内容ではあるけども…。
「そうですね…。距離から言って、そうなりますか…」
「でも、水属性だからなぁ…。まぁ、普通の迷宮ではないだろう…」
水属性聖魔級迷宮では、全体が水で囲まれた、特殊なフィールドだった。正直、完全に水の中を進むなんて迷宮である可能性もある。となると、最初から、一体化して進むことになる可能性もありそうだ。
「十分な備えが必要だろうな…」
「そうですね。土属性をクリアしたとはいえ、そこは神魔級迷宮。油断はできませんね」
「…取り敢えず、明日から、迷宮目指して移動を開始してみるか。行ってみないことには、対策も立てようがない…。攻略するかは、その後に決めよう」
「分かりました」
でも、なんだかんだで、皆もあれから訓練しまくってるからなぁ…。よっぽどのことがない限り負けないと思うんだけど…、いやいや、そこは神魔級迷宮。迷宮自体が、ボスに有利である可能性もある。油断せずに行こう…。
「(主人…)」
「うん?カラスか…。どうした、そんな苦々しい顔をして…」
「(その、あのですね…)」
何か、やたら言いづらそうだな…。…これは、出て行くパターンでは…?うーん、寂しくなるが、仕方ないか、本人の考えは大事だしな…。
「(そのですね…)」
「うんうん…」
よし、俺の方の心の準備は出来たぞ。別れ話でも、何でもどんと来いだ!!
「(その……、今更で申し訳ないのですが。正式に、私もここに置いていただけませんか?)」
「うんうん、分かった…。えっ?」
「(あっ、やはり駄目でしょうか…)」
「いやいや!!そんなことはないよ!!全然、歓迎するよ!!」
なんだ、俺の思い違いか…。それなら、それでよかった。…とすると、この子にも、名前を付けてあげないといけないなぁ…。それなら…。
「よし、今日から、君はカザネだ。改めて、よろしくな!!」
「(はい!!このカザネ。必ずや、主人のお役に立ってみせます…!!)」
カザネは、俺にお辞儀するように、伏せる。神魔級迷宮に行く前に、いい報告が聞けた。俺は、用意していた召喚石を出し、カザネと契約を済ませる。
「(…これが、私の召喚石…)」
緑色になった、召喚石を見つめ。カザネは、愛おしそうに、それを眺めていた…。そう言えば、召喚石も光もんだもんな…。カザネには、かなりいい感じに、召喚石が見えているのかもしれない…。
「こん!!カザネ、一緒に頑張りましょうね!!」
「(シデン…。…はい、一緒に頑張りましょう!!)」
なんだかんだで、カザネも、ここに来て、性格の角がとれたような気がする…。なんだか、一気に、優しさが増したような…。ミルクの教育は、半端ないなぁ…。
「しかし、これで…」
本来、フィーが歩むはずだった、純粋な風属性枠を、埋める魔物が仲間になったわけだ…。風属性の、注目すべき特徴は、何と言っても、そのスピード。そこを考えると、今ここで、カザネを仲間に出来たのは、先の戦いで、大きく響いてくるだろう…。
「風属性の神魔級迷宮にいずれ行くにしても、速さは必要なステータスだし…。カザネには、頑張ってもらわないとな…」
今より、もっと早く動ければ、迷宮までの移動も楽になるだろう…。なんだかんだで、今一番欲しい人材が仲間になったと言える。
「これで、うちの戦力は、大分整いましたね。マスター」
「ああ、そうだな、フィー…。後は、俺達が強くなるだけだ…。おっと、そう言えば、武器がまだ揃ってないんだっけか…。成功するかは分から無いけど…、魔石剣が上手く行けばいいなぁ…」
「おっと!!それだけじゃあ、ありません、ご主人様!!まだ、神魔級回復魔法が残っています…」
「…ああ、あっちの完成も早くやらないとなぁ…。まぁ、あっちは、少しずつ進めていくしか無いさ…」
…これで、最低限の布陣は整った。後は、皆が進化するのを待ちながら、俺自身が、強くなるだけ…。簡単に言えるが、実際は、そんな楽な道じゃないだろう…。
「さーて、後輩に負けないように。私達も、神魔級進化、目指して頑張らないとですね。フィー姉さん!!」
「うん。皆で、マスターのために、頑張ろう…!!」
……流石に、皆が神魔級になる頃には、創世級に立ち向かえるようになっているだろう…。…あと少し、あと少しで、アリーと、皆との、幸せな日常が手に入る…。決意を固める2人を見ながら、俺も静かに、拳を握った…。
*
あれから、私の中の思いは、日増しに強くなっていった…。昨日、知ったばかりであるというのに、私のヒーローへの憧れは、留まることを知らなかった。寝ている時も、訓練している時も…、まるで、憧れに向かって、一步ずつ進んでいる気分みたいだった…。それが、とても幸福で、手放してはいけないような物に、私は思えた…。
「(…)」
だが、この人達の仲間になるということは、まだ見ぬ脅威と、戦うということ…。その考えだけが、私の決断を鈍らせていた…。主人に、初めて、その実力を見せていただいた時のような感覚…。あんな、感覚を、もう二度と、私は味わいたくは、無かった…。だが…。
「ヒーローっていうのは、強大な敵に立ち向かう、勇気を持っているんだ…」
「(…)」
そうだ。主人が言っていたように、こんな所で、震えて立ち止まるようなら、私に、ヒーローになる資格はないだろう。私は、感謝しなければならない…。主人との出会いに、色々教えてくれた、ミルクさんに。そして、こんな私を出迎えてくれた、仲間の皆に…。この恩は…。
「(私自身が、強くなることで返そう…)」
覚悟が決まったその日。私は、主人のもとに向かって、翼を広げた…。