転機
アリーと出会ってからほぼ4年が経過した。俺達の特訓の成果もだいぶ形になりつつある。速いフィーに対応するためとはいえ、高威力の魔法を使うわけにはいかないので魔法の同時発動数をあげた。4,5個の水の玉を同時に放つことで、回避範囲を限定して当てる。スピードも風魔法の出力を調整する練習をおこなったので、フィー並みの速度を維持出来るようになっていた。といっても、フィーも進化直後よりスピードが上がっており、本気を出せばまだまだ俺やアリーよりも速い。攻撃魔法も3,4発同時に撃てるようになっているので、確実に強くなっているようだ。ちなみにアリーは、7,8発同時に撃てる。流石である。
魔石は、特クラスの魔石が6つ出来ている。6って、だいぶ時間がかかっているのに少なすぎるんじゃないか? と、思うかもしれないが。はっきり言うと、それだけ制作に費やしても6しか出来なかったというのが正しい。魔力消費が、かなり作成にかかってしまったのが原因だ。一日かけて細かいパーツを作るのが精一杯だったので、6つでも多く出来たほうだと思う。これ以上のクラスの魔石となると、現状では作れない。俺が用意出来る最大限の魔石だ。1つは既にフィーが使っているので、実際に使えるのは5つだけになる。これで仲間を増やす準備も一応は出来たという訳だ。
しかし、思い返せばあっという間だったなぁ。だいたいアリーとフィーに振り回されて一日がおわる。アリーの誕生日には、毎年プレゼントを送ったし。俺も、プレゼントを貰ったりした。ちなみに、俺があげたのは火の魔石と、癒しの魔石を使ったブレスレット、風の魔石のブローチに、身代わりの腕輪だ。身代わりの腕輪以外は、全部自作だ。アリーがくれたのは、ナイフ、ショートソード、黒衣のフードの付いた旅用ローブ、旅用の鞄だった。完全に装備品である。大事に使おう。
「ちょっと、ベイ。話があるんだけど……」
「うん、どうしたのアリー?」
その日は、いつも元気な彼女らしくない顔をしていた。
「私ももう12歳になったわけなんだけど……」
「うん、そうだね」
「……つまり、学校にいくべき歳になったのよ」
「ああ……、なるほど。サイフェルム王国・魔法学校に行くの?」
「いえ、あそこは貴族とか多いから正直行きたくないのよ……。高圧的な態度の連中と毎日顔を合わせるなんて。私が、学校を灰に変えそうだわ」
アリーの顔は、冗談を言っている顔ではなかった。魔王アリー降臨……。悪夢以外の何物でもない。
「そんなわけで、お祖父様たちが選んだ学校はウィルクス魔術・戦士学校よ。研究と強さを求める生徒に、自由に技術と施設を貸す良心的な学校ね。だいたい在籍期間は5年で、ここから馬車で一週間かかる距離の場所よ。長期休暇は、夏と年末年始ね」
「……そっかぁ~」
「……ベイと出会う前から、学校に行くのは決まっていたことなの。私の研究を良い物にするためにも、少なからず役立つだろうし、卒業すれば学校の推薦状で魔法関係の就職も楽になるわ。……前は、全然学校に行くことに抵抗なんてなかったの。あっちは、貴族とかいないみたいだし研究に必要な資料も多いみたいだし。……でも、……あっちにはベイ、……あなたがいないわ」
「……」
「実はもう、あと一週間で出発なの……。もっと、早く言い出せたらよかったんだけど。……何故か言えなくて。それでね、わがままかもしれないんだけど。一週間、いつもなら一日づつ合わない日があるけど、この一週間は私と過ごして欲しいの。だめかな?」
アリーは、少し涙目だった。顔も少し赤い。強気な彼女の、精一杯の甘えなんだろう。……俺は、アリーを抱き寄せた。
「分かった。今週は、毎日一緒にいよう」
「……ベイ。ありがとう」
俺に伏し目がちに顔をくっつけて、照れたようにアリーは言った。
基本的に練習の日は、いつもどおりに訓練をする。それでもいつもより、アリーのひっつきが多かったと感じた。いつもは昼からだけど、朝からアリーが作ったお弁当を持って訓練をしたのも、疲れたけど嬉しかった。ちなみに、アリーの作ったお弁当はサンドイッチで、普通に美味しかった。食べやすいから、サンドイッチにしたという理由らしい。それ以外の日は、俺の部屋で魔物図鑑を二人して眺めて進化の研究をしたり。二人でフィーをかまって遊んだり。旅先で、何が必要かを2人して町のお店を回りながら考えたり。弁当を持って、街の近くを散歩したりした。……そして、あっという間に一週間が過ぎ。
「……今日は、アリーが旅立つ日か」
寂しさが一層大きくなる。永久の別れではないから、そこまで考えこまなくてもいいだろうと思うが。一日おきに4年間、今の今まで会っていたアリーが長期間いなくなるのだ。この差は、とても大きい。分かっていても、辛いものは辛いのだ。
寝ているフィーを魔石に戻して、カエラの作った朝ごはんを食べる。今日は、アリーが出発の挨拶に来る予定だ。そわそわと、やることを済ませてアリーが来るのを庭先で待つ。俺が彼女の家に挨拶に行くよと言ったのだが、アリーに命に関わるからやめといてと言われた。恐らく、やばい人がいるのだろう……。それ以上は、聞かなかった。そして、だいたいお昼近くになった頃……。
「ベイ!!」
アリーがやって来た。荷物は、家に置いて来ているのかいつもの格好だ。走ってくるアリーを出迎えようと近づいていくが、アリーは止まる気配がない。……俺は、アリーを受け止める準備をしたが、そのまま抱きついてきたアリーに結局押し倒された。
「ベイ、そろそろ行ってくるわ!!」
「うん。アリー、体調には気をつけてね。長期休暇の帰りを待ってるよ」
俺のマウントポジションにいるアリーは、俺を抱きしめてきた。俺も抱きしめ、アリーの頭をポンポンと軽く撫でる。がばっと、アリーは上体を起こし……。
「チュッ」
俺のおでこに、キスをしてきた。
「え」
「チュッ」
「あ」
「チュッ」
「そ、その、アリーさん?」
「チュッ」
アリーはそのまま頬、首筋、またおでことキスをしてきた。……やばい、恥ずかしい、嬉しい。上体を起こしたアリーの顔は、真っ赤だった。たぶん、俺も真っ赤になっている。
「か、帰ってきたら、もっとするからね……。フンッ……」
真っ赤な顔のまま、アリーはそっぽをむいた。うわ、なんだ、このすごい可愛い生物!! 抱きしめたい。俺は、抑えが効かずそのままアリーを抱きしめ押し倒し返し、おでこ、頬、首筋にキスをした。
「んっ……❤あっ……❤はぅ……❤」
アリーが可愛らしい反応をする。
「待ってるよ、アリー」
「うん、待ってて、ベイ」
2人で立ち上がって、名残惜しそうにつないでいた腕を離す。可愛い笑顔を浮かべたアリーは、大きく腕を振って……。
「いってきま~す!!」
と言った。
「いってらっしゃ~い!!」
負けじと、俺も手を振り返す。風魔法で急いで帰るアリーが、見えなくなるまで手を振り返した。
ここから三ヶ月ほどは、アリーがいない毎日が続く。だがここで何もせずに待っていたら、俺は寂しさにやる気を潰されるだろう。ある意味ここが転機だ……。俺はその日、風属性中級迷宮に挑む覚悟を決めた。
*
「うふふ、ベイもスミにおけないわね」
「……」
なお、アリーとの別れの一部始終を隠れてみていたカエラにやたらいじられたのは苦い思い出である。