プロローグ
(あ~~、何が起こってるんだ?)
自分でも良く分からない。さて、寝るか。と、布団に入ったのは覚えている。だが目が覚めて目を開けてみれば、俺は再び生まれ直していた。
(……何がどうなってるんだ?)
う~む、急な状況に色々な疑問が頭の中に次々と湧いてきてしまう。前世の俺の肉体はどうなったのか? 前の身体が、急に寿命を迎えてこんな結果になったとか? 元の体に、戻る方法はないのか? 色々考えてはみるが、現状では何も出来そうにない。 ……というか、赤ん坊からまた人生をやり直すのか。
(正直、二度目の人生とかあまり望んでないんだよな。まぁ、前向きに考えるとしよう。しかし、人生をやり直すっていうのが悪くないとしても、赤ん坊の体は動きづらいな……)
流石、生まれたての身体だ。まだ力もなく、思った通りには動かせない。そんな時、生まれた俺を心配そうに見守る顔が視界に入った。何だ? 何故そんなに見つめる。 ……ああ、そうか。 赤ん坊は、生まれた時は泣くものだったな。
(呼吸しているか確かめるためとかそんな理由があったような気がするな。無理やり泣かせるために尻を叩くこともあるらしい。そんなのは嫌だな。泣いておくか)
そんな訳で、取り敢えず俺は泣くことにした。部屋に、赤ん坊独特の声が響き渡る。こうして俺は、この世界に再誕の第一声を上げた。
「お、おい!!カエラ!!うちの子が泣いたぞ!!うちの子が泣いた!!」
「そうね、あなた。私達の子供。生まれて来てくれて、ありがとう……」
嬉しさと、驚きが混じった表情が見える。どうやら、両親は安堵したらしい。良かった。泣いてホッとされるというのは、あまりない経験だな。
(さて……)
取り敢えずは、情報収集だな。まず生まれて少し周りを見回したが、ここは病院じゃない。普通の家だ。現代というか、元いた世界ではないのか? あるいは、時代が違うのか? とりあえず、赤ん坊の体では出来る事も少ない。耳で情報を集めがてら、体の成長を待つしか無さそうだ。
「よし!!この子は、今日からベイ!!ベイ・アルフェルトだ!!」
ベイ・アルフェルト。それが、この世界の俺の名前らしい。父親は、ノービス・アルフェルト。この生まれ直した国、サイフェルム王国の魔術師らしい。ここは、魔法が使える世界だったんだな。と、理解するまで何言ってんだろうこの人? と、思ったのは秘密だ。
「ほら、ベイ。いい子ですねぇ~」
母親は、カエラ・アルフェルト。こちらも魔術師で、同じ王国魔術師であったそうなのだが。結婚を期にやめて、育児に専念しているらしい。回復魔法の使い手ということらしいので、俺が成長したら。
「治療家業で、お金を稼ごうかなぁ……」
と、言っていた。父親は、主に攻撃魔法を研究しているらしく。
「上級魔法は難しい魔法でな。これを使えるお父さんは、すごいんだぞ~~!!」
とか。
「神魔級クラスを扱える魔術師は一握りだ。だがこれを、一般の魔術師でも使えるようにしたい。そう、お父さんは思っているんだよ~~」
と、熱く語っていた。正直、俺がただの赤ん坊だったら、全く意味が分からなかっただろう。……にしても、こっちの言葉を把握するのにも結構な時間がかかった。親の言葉だけでは、分からない情報もまだまだある。読み書きも覚えないといけないし。好きに情報集めが出来るのは、まだまだ先になりそうだ。
*
ある日、ハイハイ程度が出来るようになった頃のこと。この時初めて、ノービスが俺に魔法を見せてくれた。
「ほら、見てろベイ。魔をもってきらめく光を見せよ、ライト」
そう呪文を唱えた瞬間、ノービスの両手のひらの真ん中辺りで、小さな光を放つ火が生まれる。
(なるほど、これが魔法か。便利そうだな。……俺も使ってみたい)
きっとこの時の俺は、未知の魔法というものに触れて目を輝かせていたことだろう。そのことが分かったのか。
「ふふふ、すごいだろう!!」
と、ノービスは、やたら嬉しそうだった。
(……やってみるか?)
何事にも、初めてはある。せっかく手本を見せて貰ったのだし、この場で試してみるのもいいかもしれない。まだ発音もうまく出来ない体だが、繰り返してやっておくことで習得が早まるならそうしておくべきだろう。それに今、この身体で出来る事も少ないわけだし。暇つぶしに丁度いい。じゃあ、早速やってみるか。
「ま~うぱぁあぁ、ひめくぁくみひみすうぉぉ」
……これはひどい。う~ん、自分で発音しといてなんだけど、これはどこの国の言語だ? どこぞの部族形言語かな? 上手く発音が出来なさ過ぎて新発明された新しい言語にすら思えてくる。そして、その事実がどこか恥ずかしい……。
(まさか、発音するだけでここまで苦戦するなんて。あ~、発声練習しよう……)
と、思っていたのだが。俺の突き出した両手のひらの間に、先ほど見たのより少し大きめの火が灯っていた。
(……えっ、今のでいけるのか?)
と、俺が思っていると。
「ハッ、ハァウアアアアアア~~!!!!」
という、いきなりの驚きの声が、俺の目の前から発せられた。その声の主は、勿論ノービス・アルフェルト。その姿は、俺の出した魔法を見たまま口を開け目を見開き硬直していた。まぁ、今ので魔法が成功するなんて思わないよな。というよりも、赤ん坊が魔法を成功させたことのほうが問題なんだろうか? まぁ、いいや。やっちゃたしな。
(にしても、どうやって消すんだろうこれ?)
その間も、俺の出した魔法は輝いていたが。突き出していた手を戻すと、ゆっくりと魔法は消えた。そして発動した時に、何かが身体から消費された感覚を感じる。……なるほど。もしかしてこれが魔力というやつだろうか?
「……」
にしてもノービスは、まだ固まったままだ。面白いが、そろそろ意識を取り戻して貰おう。
「たぁい」
と、言いながら、はい寄って行って腕でパシパシと叩く。
「ハッ!!」
すると、ノービスは意識を取り戻した。そして、慌ただしくカエラのもとに駆けて行く。
「カエラ~~!!ベイが、ベイが魔法を使ったぞぉぉおお!!!!」
嬉しさと驚きが混じり合った声が家中に響き渡る。そのあと、直ぐ様カエラを連れてきて。
「もう一回!!もう一回やってみてくれベイ!!」
と言うので、もう一回魔法を試してみることにした。……問題なく両手のひらの間に光を放つ火が灯る。その光景に俺は満足し、ノービスは息子の成功に微笑み、カエラは目を見開いて固まっていた。
(あ~~、やっぱやらないほうが良かったかな?まぁ、いいか。今更後悔しても仕方ない)
そして、その日の内に2人の話し合いが始まった。
「ベイは天才だ。今のうちから、魔法の教育を受けさせよう!!」
と、ノービスが言いだす。
「さすがに早いわ。ベイは、ようやくハイハイが出来るようになったのよ。危ない魔法で、怪我でもしたらどうするの?」
とカエラが言い返した。だが2人共息子の俺に期待を持ったのは確かなようで。回復魔法をカエラが教えていくという形で、しばらくは様子を見ることにしたようだ。
(しかし)
なんでさっき詠唱がめちゃくちゃなのに魔法が発動できたんだ? 疑問が残るところだ。詠唱自体が魔法発動の条件、というわけではないのだろうか? 試しに何も言わずに頭の中で詠唱してみる。すると、問題無く火を点けることが出来た。うーん、必ずしも口に出す必要は無いということだろうか? 解決しない疑問を抱いたまま時間が過ぎ、カエラの魔法の授業が始まった。
「ベイ、いいですかぁ~?我が手のひらに癒しの光を授けよ。キュア」
柔らかな光が、カエラの手のひらに宿る。浴びてると、少し元気が取り戻されたようなそんな気がした。特に怪我をしているわけではないので効果は実感出来ないけども。まぁ、間違っていないだろう。
(さて、真似てみますか)
また俺は、下手な詠唱を唱えつつやってみる。上手くキュアを発動することが出来た。本来なら素直に喜ぶべきところだが、そこで俺は成功と同時にある事実に気がついた。ライトの時とは、自分から消費される魔力の流れに違いがあるのだ。
(もしかして、これが)
感覚としては、自分の中にある魔力をその発動させる魔法に合わせた属性に変換させ、それを組み上げ放出することで発動させているように感じる。つまり、この感覚を覚えて感覚のみで魔力を操れるようになれば、無詠唱でも魔法は発動できるんじゃないだろうか? 俺は、発動させたキュアをやめ、次は感覚を頼りに魔法を発動させてみることにした。カエラは。
「おお、すごいですね~~!!」
と、回復魔法を使えた息子を褒めていたが。今度は、無言でキュアを使う俺を見て、驚き、また固まってしまっていた。
(よし、問題なく発動出来たな)
あとは、この感覚を練習するだけだ。ちょっと固まっていたカエラだったが、ライトのように手のひらを光らせたり、消したりを無言でする俺を見て。
「おお!!……おお!!……おおおお!!」
とか、最終的には、嬉しそうに反応していた。思うに詠唱は、自分の中から魔力を引き出し魔法にするまでの過程を補助するものである、と考えられる。感覚として魔力を出せるとはいえ、どのように出していいかなど実際にやってみなければ分かるはずもない。つまり、人間が魔法を分かり易く伝えるための手段の一つではないかと思う。次の魔法を覚えるならいったん詠唱して、感覚を覚えることが重要みたいだな。