009「07 導きの糸」
「07 導きの糸」
世間では、事故や事件が無数に発生し
カウンセリングの資格を持つ者に、ちょっとした富を齎した
あの勇気の家での情報交換会の後、そうなった為
忙しいのだろう、警官の林&橘コンビからの連絡は来ず
「勇気と花井」花井の上司と同僚の「池田と山中」の4人で
『連絡が来ない』『何かを見付ける事も出来ない』『情報も無い』
なぁ~んて事を言いながら、食事を一緒に取る事が多くなった。
進展はなくても、同棲相手が行方不明になった山中は
恋人の両親に『そちらに帰っていないか?』と確認し
恋人の両親と一緒に捜索願を出しに行ったそうだ
序に、花井の彼女の事も話してくれたそうで
元から彼女と疎遠だった彼女の両親と連絡が取れず
捜索願も出せない花井は
まだ彼女が見付かってもいないのに喜んでいる。
因みに、花井の両親も行方不明のままなのだが・・・
そちらは相続問題が絡んできてややこしいのと
花井は、自分の両親に何かあっても
花井は就職する時に、生前分与で贈与された分以上は不要と言い
後の事を自分の祖父に全部任せ、手を引いたらしい
話を聞いていた年長者の池田が、提案する
『その爺さんの力は借りれないのか?』
『無理ですね…彼女の事、祖父も駄目だって言ってたから
頑固だし今更、手を貸してはくれないと思います』
先程とは変わり、泣きそうな顔で花井は笑顔を作って見せた。
『暗いなぁ~暗過ぎるんじゃないかぁ~?
そんな御子様には
おっさんが、気晴らしにキャンプに連れて行ってやろう』
花井の肩をポンっと軽く叩き…突然、林が現れた
何故か池田以外、全員が驚く
『お前もしかして、仕事で問題を起こし謹慎処分をくらったのか?』
池田の言葉に対し、意味深に林が笑って黙り込む
『そぉ~ですよ~林さんってば、あれだけ僕が言ったのに
僕の言う事を無視して単独行動するし、イラナイ事するし
余計な事言うし、僕や他の後輩にまで始末書書かせるヘマするし
その上、自分は謹慎くらって…その監視役で
僕は、林さんに付き添わなきゃいけなくなったんですよ
林さんが、他のチームの邪魔するから!』
橘も一緒に現れた
『連続して起きてた事件が一段落したみたいで
落ち着いて数を減らしてきたから、上が休みをくれた…とは
気を利かせて言えないのか?』
林は橘を見て、驚いた様子だった
池田と一緒に食事していた3人は黙り込み、池田は溜息を吐いた
『で、何で行き成りキャンプに誘うんだ?禁止された仕事でか?
それなら、事と次第と関係無さによっては通報するぞ?』
ドスの利いた低い声が響き、この会話は一時中断して
仕事終わりに立ち寄った居酒屋の個室に舞台を移す。
『これは長年培った俺の勘なんだが、全ての事件は・・・
被疑者と一部の被害者の「失踪」と言う事実で繋がっている
そして、他の失踪事件も失踪と言うコンテンツで繋がっていると
君達は思わないか?』
取敢えず、全員ビールと酒の肴を注文した後
林は筋が通っているかも判断しかねる事を言いだした
『えぇ~っと…それは、そんな事を言って
全部のチームの仕事に手を出して謹慎食らった…と、言う事か』
池田の返しに橘が頷く
『で、最近「キャンプ帰りに失踪」ってのが流行ってるから
そこに行きたいけど、そのまま行くと怒られるから
仕事の関係者意外の誰かと「遊びに行く」って
「名目が欲しい」と、言う訳だな』
ビールと肴が到着する中、林は一人拍手していた。
その後、林は「大切な者」が失踪した状態の花井と中山を
「もしかしたら、手掛りが掴めるかも知れない」と口説き落とす
勇気は花井が行くなら…と、付き合う事にした
池田は「花井と山中」と言う人質を取られては行くしかない…と
参加する事になった
そんな中、橘は…本気で嫌そうな顔をしていた
仕事を機動隊訓練で休んだ時に
勤務を上司に代わって貰った埋め合わせと、言う理由で
その上司に頼まれて「林の監視役」に、橘がなったらしい
『これで僕が参加しなかったら、後で問題が起こった時
上司に虐められるんだろうな…』と、呟いて
「捜査しちゃ駄目だから、失踪者が立ち寄った形跡のある
キャンプ場に遊びに行ってみようツアー」に
居酒屋に集まった、このメンバーで行く事になるのであった
そして今日も、黒い蜘蛛は監視する様に誰かを見詰めていた。
山間に隠れ、高齢化した街
退院できない老人達が、取り残された古くて大きな病院
彼女を囲い、夢の中で幸せになった彼女の眠りを護る
彼女の最期を護る為に住みついた大きな黒い蜘蛛
椿が医者の振りをし、看護師の振りをして彼女の病室を
この古い病院を支配する
そして、彼女が入院した日から
椿だけが彼女に触れ、彼女の世話をしている
黒く刺々しい複数の足が
器用に彼女を抱き上げ、ガーゼを取り換え包帯に巻き直す
敷きパットとシーツや枕を交換し、彼女を清潔に綺麗に保つ
『もう直ぐだね、私の姫君…
ウエディングドレスに強い憧れを持っている君の為に
私の糸でウエディングドレスを準備しているよ
最期の日には着せてあげるから楽しみにしていてね』
椿は愛おしそうに、彼女に頬擦りをした。
静かな病室に無粋な着信音が鳴り響く
それは、院内専用のPHS
椿は彼女との逢瀬を邪魔され、渋い顔でPHSを手に取る
でも、椿は次の瞬間・・・
電話に出て嬉しそうに微笑みを浮かべた
『そうですか、患者さんは若い女性ですか…』
彼女好みの男性の姿を纏った椿は、病室を出て、
急ぎ足で、川遊びで怪我をした患者の元へ向かう
『若い人の肌に傷が残っては可哀相ですね、私が直ぐに診ましょう』
電話を切った椿は、ほくそ笑んで呟いた
『君の為の新しいパーツが届いたみたいだよ
質の良い品だと良いね、良い物があったら交換してしまおうね』
椿は颯爽と、診療室へと向かう。
病院を取り囲む森の木々が風も無いのに小さくざわめいた
彼女が眠る病室を覗く事ができる大きな木の枝の上に
黒猫が姿を出現させる
黒猫は一部始終を見ていた、今も事の成り行きを見守っている
半月近くで「魂の質」が変わってしまった蜘蛛の様子を窺っている
全てを見ていた黒猫は、彼女を見て目を伏せ
そっと笑いを浮かべて姿を消した。
都会から少し離れた山の手の自然の多い、この地域に
今、人知れず…無害な黒い蜘蛛が集まり大量発生していた
高齢化した街は、田舎の様になって
この病院と同様に、人間が集まるのは
キャンプシーズン、山の中に残ったキャンプ場だけであった
街にはもう、人は殆ど住んでおらず
キャンプに来るお客様の為に
臨時でキャンプに必要な物を売る店がオープンしているくらいだ
寂れた街の内情を知る者は少なく、高齢化で…
それをしっかりと思い出し、話せる者は無きに等しかった。
清潔で虫の少ない都会で育った、無智な人間達が
自らの人為的ミスで、蜘蛛の支配する病院へと運び込まれる
蜘蛛が嫌いな人が煙草を銜えたまま
殺虫剤で蜘蛛を大量に殺そうとして失敗し
噴射させた可燃性のガスに煙草の火が移り全身火傷を負い
椿の元へ運び込まれた
同じパターンで・・・
蚊取り線香の火が可燃性のガスに燃え移り火事を起こし
火傷や、煙を吸って体調を崩し、沢山の人が運び込まれた
夜間電気に集まった虫を食べる為に集まった蜘蛛に
殺虫剤を噴射させ、可燃性のガスを爆発させて…
また、誰かが運び込まれた。
カサコソカサコソカサコソカサコソ…小さな音が浸食する
一つの地域が、黒い蜘蛛に浸食されて行く
静かな夜に・・・
蜘蛛が糸を伸ばし、風に乗り夜空を舞い、風を切る音が浸透する
虫の歩く音が木霊する
蜘蛛達は、何の労も無く運び込まれてくる餌に歓喜し
短い生命の、最初で最後の夏の宴を謳歌する。
夏の満月、今年も低い位置を通り地上を見下ろす
大きく光り輝くスーパームーンの日が近付いてきた
月を見に、獲物はまだまだ増えるだろう
そして、そろそろ…
彼女への最期の貢物達が、この場所へ導かれてくる
椿は糸を紡ぎ、彼女の為だけに作り上げた
彼女の為だけのウエディングドレスとベールに花の刺繍を施した。




