002 Prologue「椿が見ていた」
Prologue「椿が見ていた」
道路から30度程、傾いて大きく切り刻まれた土地
仕切る灰色のブロック塀の前には、植え込み
そこには1年中・・・
深い緑の葉を茂らす、常緑の山茶花の木が並んでいる
植え込みの前には、白いセメントで作られた側溝と…
白いラインで区切られたアスファルトの上に
車止めが2つで1組づつ、均等な幅できっちりと整列し
車が側溝に落ちてしまわない様にと、心遣いが為されている
土地は広く、場所の雰囲気は明るい
薬局の大型店舗の裏手にあるそれは、大きな道路沿いにある
商品の搬入口兼、薬局に来るお客様用の駐車場だった。
毛足の長い、黒く毛並みの良い綺麗な猫が
歩道に面し、そのまま歩道へと繋がる駐車スペースを
眉間に少しばかり皺を寄せて
瞳の奥を赤く染め、漆黒の目を細めながら眺めている
その駐車スペースは、運悪く・・・
店からの視界を「店の外付けの倉庫」が隠し
道路からの視線を・・・
電柱と植え込みに植えられた背の高い椿の木が隠している
そんな場所に存在するバス停は・・・
細い歩道に無理矢理作られ、細い道を更に細くし
乗る人は滅多になく、降りる人は今日も疎らだった。
しかも、こちらから店に入る客は少ないだから・・・
大きな子供達の御誂え向きの狩り場になってしまっているのだろう
どんなに「重い罪」を犯しても「軽い罪」にしか問われない
不味い事になれば、養子縁組で名字を変更して生き直す事の出来る
権力と金を自由に出来る両親や、親戚、祖父母を持った
大きな子供達の非道な遊びの場に・・・
黒猫は彼等の狩り場に向かい、歩きながら途中で
狩り場の反対側の車が一台も止まらない駐車スペースに目を向ける。
そっちの駐車スペースの後は、2階建ての単身者用のアパートで
人が住んでいても、人気は無い…それは、誰も居ないも一緒だった
その向こうに見える高層マンションからここは、遠過ぎる
その方向からは・・・
誰も気付く事無く、誰も助けに来てはくれないだろう…
黒猫は少し残念に思いながら、狩り場に辿り着いた。
狩り場に着いた黒猫は・・・
まず、狩り場に隣接する隣の敷地の駐車場を視察する
そこは車か、歩行者のどちらかの安全を護る為なのだろうか?
ブロック塀から1.5M程、1M程度の高さ柵が設置されている
但し、ここにも人気は無い
貸し出されているのは奥の方だけで
近隣の店舗が借りているらしく、狩りが行われる時間帯
利用する者は、ほぼ存在しないであろう
寧ろ、この駐車場の方が2方向を高い壁に囲まれていて
照明が少なく、狩りが行われる時間帯は暗くて
近寄り難く感じる筈だ
黒猫は踵を返し、狩り場に戻って椿の木に寄り添った。
その場所は、大きな子供達が狩りをする時間帯
狩る者達にとって運の良い事に・・・
その道を自転車が通れども、その道を徒歩で歩く者は少ない
時々、獲物になる1~2人の女や子供が
塾や、スポーツクラブのバスから降りて来る程度だった
バス停があるから、その場所付近は安全で安心だと言う
勝手な思い込みが、被害を拡大しているのだ
『世知辛い世の中になったモノだな』
少し低い、透き通るような声が独り言の様に虚空に消えた。
狩る者達は、自分達より体力的に弱い者
大人しくて、簡単に脅しに屈するタイプの女や子供
自分達が食べて美味しそうだと思える
それなりに見目の好い獲物をここぞと狙い貪り
行方知れずになっても、探し始める事の無い
1時間程度の時間で、行きずりに捨てる。
ある人は・・・
側溝と山茶花の植わる植え込みから駐車場に引き込まれ
車の後ろを通り、運転席の後ろの扉から車に連れ込まれた
生き霊がその場に生まれ…
抵抗し、側溝に足を取られ残った血痕が
薄く茶色いシミになってその場に残り
その時の痛みと、恐怖を訴える。
とある人は・・・
商店に立ち寄る為に駐車場に自ら足を踏み入れ
痕跡を残す事無く、白やシルバーのワゴン車の中へ…
狩られた者が暴れ、幾ら助けを求めても
店舗横の倉庫と、電柱と、植え込みの椿の木が揺れる車体を隠し
叫び声は一瞬で封じられ、誰も気付かない状態だった。
車の不自然な揺れが見えても
さっと、通り過ぎていく車や自転車には気付かれる事は少なく
気付かれたとしても、光を反射する車のボディーと
中を見せない為に窓に貼られたシートが、犯罪者達を護り
犯罪が発覚する前に、被害者を拉致したまま逃げ去り
事無きを得る事ができる
結果、狩り場には・・・
無数の生き霊達が生まれ堕ち、残されていた。
生き霊達は、『何故?どうして?私がこんな目に?』と憤り
助けを乞い、救いを求め、恨み辛みを訴え続ける・・・
狩られた者が閉じ込められた入れ物、車の中は「地獄」
自分本意な狩り手の自信に満ちた
勘違いの末に導きだした卑猥な言葉が飛び交う「地獄」
「狩る者達の恋人達」や、「狩られた者」が・・・
彼等を「満足させる為」だけに、「吐いた嘘」の為に
苦痛から「逸早く逃れる為」に、吐いた嘘で生みだされた
捻挫や何かで感じるのに近い「鈍痛」を下腹部に与えられる「地獄」
その場所に量産された「堕ちた魂」闇色の存在…
深紅に染まる瞳、朱色の光を湛えた目をした生き霊達は
その場で今も、嘆き苦しんでいた。
屈辱や痛み…痛覚を快感に感じる事ができる者以外
そう言う調教を受け、耐えられる体になった者以外
気持ち良くなる事は叶わない拷問の末の解放…いや、投棄の後
未来への翼を切り刻まれた状態で
「新たな生き地獄」へと、突き落とされた者達は
この場所にどの位の人数、存在するのだろうか?
黒猫は、実を残さず花を落とした1つの椿の花の塊を見詰め
闇色に染まり、朱色の目をして彷徨う生き霊達が
無慈悲に押し付けられた煉獄の中から何時かきっと
解放される事を心から祈った。
所で、貴方は生き地獄を知っているだろうか?
獲物にされた者達の未来は散々なのだ
「命」と、引き換えにしたモノの為に「死にたくなる」
エンドレスで「命」と引き換えにした時の体験が
恐怖の中、狂気を孕んで事ある毎に襲って来る
そう、望まず孕まされたモノの幻影が
少しづつ、少しづつ心を蝕み続ける
人の口に上る噂が・・・
錆びた鉄の刃の様に、新しい場所を傷付け膿み腐らせる。
被害者なのに、噂が広まれば・・・
性にダラシナイ者より下げずまれる人生
一度でも噂が広まれば・・・
獲物にされた事実が運命を狂わせ、死ぬまで付き纏う
そんな生き地獄の中
自分を狩った者を・・・狩った者達を・・・
貴方は、許して・・・恨まずに呪わずに居られると思いますか?
そんな者の中に小さく芽生え、凄惨な現実の為に消された者が
清らかに穏やかに優しく居られると思いますか?
貴方は、この恨みを晴らさないでいられる存在が
この世の中に存在すると思いますか?
私は、そんな憎しみに染まらない存在を見た事も
聞いた事もありません…だから、きっと存在しないのでしょう。
身も心も傷付けらた者達の欠片が、加害者を呪う言葉を繰返す
死霊と生き霊の入り混じる、この場所で・・・
少し低い、透き通るような声が誰かに話し掛ける
『手を貸そう、御前の不思議な色の魂と引き換えにならば・・・
御前の願いを叶えもしよう』
暫くして・・・
黒猫は自嘲気味に、一瞬だけ微笑み歩き出しす
それと同時に、誰もいなかった筈の椿の木陰から人影が現れた。
人影は、その場所付近に揺蕩う生き霊、死霊、そう言う類の者に
優しく愛おしむ様に手を差し伸べ、微笑を浮かべ
鈍色を纏う生き霊の姿を借りた
仮の姿と、鈍色の羽衣を手に入れた者は
天女の様に晴れ渡る空へと舞い上がり、空を闇色の雲で染め
怒りを叩き付ける様な雨を降らせ
最初に、「せめて、夢の中だけは…」と
悪夢を彼等に届ける事にする
彼等はそれでも、罪を重ね・・・誰かが死んだ…
それでも彼等は、犯した罪に償いをしなかった。
そうこうしている内に、何一つ希望が叶わぬまま
過去、獲物になった事実が…愛しき者を襲う
『もう、手加減はしない!さあ、今度は御前等が狩られる番だ!』
・・・心を傷付ける様な罪を犯した、全ての者達に罰を・・・
復讐の抜き身の刃が風に乗せて放たれる
『みぃ~つけたぁ~』
かさりと梢を揺らし、囁く様な誰かの声が
標的になる者の近くで人知れず響き始めた。




