019「17 顛末の纏り」
「17 顛末の纏り」
『違うんだ、そうじゃないんだ』
切なげな表情の花井が…
伝えきれなかった思いを伝えようと、彼女に近付くと
彼女は受け入れたかのように、花井の首にそっと抱き付いた
『そう…でも、もう聞きたくないわ』
彼女は花井の唇を奪い
脱皮して、その皮とドレスで花井を包み込んだ
至近距離で、その光景を目の当たりにした勇気は
白い肌が裂け、黒光りする硬質な足が出てきた事に
彼女が逆さ吊りになり、ドレスがひっくり返って
ドレスの中から巨大な蜘蛛が出てきた事に
花井が抵抗する間もなく簀巻きにされ、宙吊りにされた事にも
驚き、恐怖する
花井は一瞬、何が起こったか理解できなかった様子で放心し
彼女が蜘蛛になってしまった事を知ってか?
脱皮した皮で塞がれ呻く事しかできないまま、何かを叫び
その目には涙を浮かべていた。
腰が抜けその場にへたり込む様にして座り込んだ勇気は
床に手をつき、触れた絨毯の感触に違和感を感じ
それが腐葉土である事に、ビクリと体を震わせる
今まで居た筈の場所が、月明かりに照らされた薄暗い森へと変化する
いつの間にか現れた蜘蛛の集団が、勇気を取り囲み
口元を動かしながら近寄ってきている
蜘蛛の口から、人の部品らしき物がビチャリと零れ落ちた
勇気の正気は一瞬、失われ叫びを上げ
慌てて立ち上り、柔かい腐葉土を踏みしめ滑り転びながら
森に張り巡らされた、蜘蛛の糸を除け
必死で、暗いひんやりとした水の香り漂う森の中を
全てを捨てて逃惑う
根元が苔生した木々の茂る足場の悪い場所を
一歩進む度に、勇気の体の何処かに蜘蛛の糸が引っ掛かる
小さな蜘蛛が、勇気目掛けて寄って来る
糸を除けると…木の枝や、木の葉がむき出しの素肌を傷付け
チクチクして痛痒い感覚を肌に残した。
息を切らし走り続けて、出口の見えぬ森の中
勇気は、憔悴した表情の山中と出会う
山中は、蜘蛛の巣に掛かった遺体を虚ろな眼差しで眺め
何故か…蜘蛛を愛おしそうに撫でている
勇気は、他の蜘蛛が居ない事を確かめて
山中が愛でる蜘蛛を警戒しながら、山中に近付いた
山中が勇気に気付き勇気に笑い掛けた
『勇気、頼みがある…』
山中は、勇気を手招きする
『悪いんだけど、俺は死んだ事にしておいてくれよ…
俺はこの蜘蛛に…彼女達に償わなきゃいけないから
もう、何処へも行けないんだ』
不思議に思った勇気が更に近付くと
腐葉土に紛れて、無数の蜘蛛達が木の葉の下で蠢き
山中から外れた位置で、山中の足を食べていた
『俺の罪に御前を巻き込みたくないから
もう、行ってくれ…頼むから戻って来るなよ
俺は、この娘と一緒に居られて幸せだから…もう、良いんだ』
蜘蛛にキスする山中を見て、勇気は後ずさり…また、走り出した。
走って走って…疲れて歩き出す
「もう、どうしたらいいか分からない」
勇気は、何か答えが欲しくて年長者の2人を探す
「彼等なら打開策を見付けてくれるかもしれない
山中を説得して助け出し、病院に連れて行き
捕らえられた花井を助け出してくれるかもしれない」
微かな希望を持って、彼等を探したが…
勇気は、彼等を頼る事はできそうになかった
見付けた二人の内の一人、池田が・・・
冷たくなった林を前に呆然と立ち尽くしていたのだ
その雰囲気から、声を掛けるのも憚られたが
池田が勇気を見付け、池田も山中と同じの様に勇気に笑い掛ける。
『花井はどうした?後・・・山中を見掛けなかったか?』
そう言われ…勇気は池田に駆け寄り、事情を話す
怖くて花井を置き去りにして逃げてきてしまった事…
山中の状況と山中の意思を…
池田は黙ってその話を聞き
林が持っていた「散弾銃」を勇気に手渡す
『それを持って、花井を助けに行ってこい…
銃弾は、中に入ってるのが最後の1発だ
安全装置を解除すれば撃てるようになってる
落としたりぶつけたりして、暴発させない様に持って行け
俺は、林を車まで連れてった後に…山中の方行って来くから』
勇気は池田に見放された様な気分に陥りながら
銃を抱締めいて歩き出した。
「こんな夢を見た事があるな…」と、思いながら
勇気は「花井」と「蜘蛛になった彼女」を探して
森の中を彷徨った…一番最初に逃惑った為
今、自分が何処にいて…何処に向かっているかが分からない
頭の中には、楽しく一緒に遊んでいた頃の花井と
その彼女の姿が浮かぶ…
勇気が「失いたくない」と、心底実感した頃の
2人の姿を思い浮かべ…泣けてきた。
「どうしてこんな事になってしまったんだろう」
勇気の視界に、彼女だった蜘蛛の姿が映る
花井は、拘束を解かれ…
蜘蛛の前足の1本を抱締め、蜘蛛に微笑みかけていた
「アレを殺せば…全部を取り戻せたりするのかな?」
勇気が銃を構え、蜘蛛の大きな腹に向けて散弾を打ち込んだ
蜘蛛の断末魔が響き、振り返る花井と勇気は目が合った
勇気の見ている前で、蜘蛛の姿は掻き消える
彼女は花井に倒れ込み花井の腕の中で、蜘蛛が彼女の姿に戻る
下着姿の彼女の腹が、全ての散弾を受けて細かく千切れ…
抉れ、肉と一緒に血を滴らせる
彼女は身動ぎする事無く冷たくなっていった。
花井の慟哭が響く
勇気は死んでしまった彼女の姿を見て
自分のやってしまった事に恐怖し、銃を投げ捨てる
一部始終を樹の上で見ていた橘は…
彼女の姿をして亡くなった、仲間を見て眉間に皺を寄せた
花井は、彼女を撃ち殺した勇気を鬼の様な形相で見る
『何でこんな事するんだ…』
勇気が花井に言い訳しても、聞く耳は持たないであろう
橘は溜息を吐き、気を取り直して…
『過去に犯した、後悔してやまない罪を持つ者同士仲良くしたら?』
木の影から笑顔で、2人の前に姿を見せる。
『それと、許さないよ花井…
勇気を恨んで「亡くした辛さ」から逃げるなんて事は
あぁ~そうそう、所で…
花井は、人に大切な者を奪われてみてどう?
勇気は、自分の手で大切の者を亡くして失ってみてどうだった?』
橘の突拍子も無い登場と、台詞の内容に花井の怒りが橘に向く
『許さないとは、どう言う意味だ?
お前は何なんだ?これはお前が仕組んだ事なのか?
そうなら、何の権利があってこんな事をするんだ?』
花井の言葉に『言っても良いんだね』と、橘が笑う
『それじゃ遠慮なく…
花井が、病的に「正しい事」に拘る理由って自分で憶えてる?
それって、好きな子を虐めて自殺させちゃったからだろ?』
花井の表情が歪む。
『因みに…理由は君が自殺させた子を失った為の復讐だよ
大切に育ててきた者と見守ってきた者の依頼でね
法的に罰せられない上に…
無かった事にして人生をやり直されたからには
復讐されても、仕方ないと思わないかい?』
橘の言った・・・
『法的に罰せられない上に…
無かった事にして人生をやり直されたからには
復讐されても、仕方ない』と、言う言葉は・・・
花井だけではなく、勇気の心にも痛みを与えた。
橘は勇気も断罪する
『勇気は集団で性犯罪犯を複数回犯して、何人も自殺させただろ?
それに1人とはいえ、集団で1人殺したでしょ?
「自分が直接殺してないから許される」なんて
まさか思ってないよね?』
今度は・・・
『「自分が直接殺してないから許される」なんて
まさか思ってないよね?』と、言う言葉が・・・
勇気だけにではなく、花井にも精神的ダメージを与えた。
『理由も無く、こんな目に遭ったのではなく
2人共に、こんな目に遭う理由があって良かったですね!
君達は、似て非なる同じ罪を犯した仲間同士だから
気も合うでしょ?話し合ってみては如何ですか?』
橘は、2人の肩をポンっと叩き立ち去って行く
『長い間、罪を償わなかった分だけ
トラウマになった心は重たくなってるでしょ?
被害者達に対するより良き償いを御願いしますよ』
橘はそう言い残して虚空に消えた。
2人は何となく手を繋ぎ
操られるかの様に、橘が消えた方向へ歩みを進めて
獣の毛皮が敷かれた道を進み…
病院の正面玄関で降りたボロイ軽トラックの前まで来ていた
荷台には、大きな赤い蜘蛛を抱締める山中と…
息絶えた林の遺体が乗っている
『待ってたよ』
池田が悲しげな表情で2人を迎えてくれる
3人は少し話し・・・
車の運転は一応、免許だけは持っている花井がする事になって
助手席には、勇気が乗り込み
池田は、林が眠る荷台に乗る事になった。
車は長い道、遠い道程、自分達が住む場所へと向かう
曲がりくねる山道へ…
そこで、バックミラーに池田の顔が映り込んだ
『折角、チャンスをあげたのにね…残念だよ』
鏡の中の池田は、橘の声でそう言い2人を驚かせ
次、気付いた時には真正面に対向車が・・・
小さなタンクローリーの下敷きになった車は炎上し爆発する
勇気は意識が途切れる前に
『怖いわねぇ~…あんな場所で事故に遭いたくないわ』と、言う
自分の母親の声が聞こえた様な気がした
『このまま死んでしまうのかな?
それならせめて、夢の中では…また、会いたいな』
黒猫はニヤリと笑って、多重事故の現場を眺めていた。




