016「14 再会の場所」
「14 再会の場所」
正面玄関にも湿った毛足の長い、赤い絨毯は敷かれていた
その奥、左右に分かれ、並ぶ長椅子の長い道の真ん中にも
同じ物が直線的に1本、敷かれている
5人は正面入り口を入ると、吹き抜けになった場所で
上を気にしながら慎重に辺りを見回した
聞こえる音は・・・
病院を囲む森のざわめきと、5人の息遣いだけ…
蜘蛛は勿論、他の人や動物や小さな虫すら存在しない
その場所にある異物は吹き抜け部分に作られた
とてつもなく大きく、綺麗な蜘蛛の巣が1つだけ
気配はしなくても・・・
確実に、この蜘蛛の巣を作った蜘蛛は存在する事を示す
改めて、蜘蛛の存在を確認し
月光で美麗に煌めく、蜘蛛の巣を見て5人は息を飲んだ。
作戦会議の時、林が・・・
2階から蜘蛛が現れ、飛び出してくる可能性を危惧していたので
気を抜かず、気配を探りながら歩く
自分達の靴音を気にする事は無かったが
毛足の長い真っ赤な湿った絨毯の御蔭で足元から…
濡れた柔かい毛が靴裏に貼り付き、粘着質に剥れる嫌な感触を感じる
泥濘を歩く様な不快感を味わいながら
吹き抜け部分を抜けても、背後を気にする
上から蜘蛛が降ってきて…
後ろから襲われる可能性をも気にしていたのだが
そんな事が起こる気配は、何故か無かった
左右に分かれる、診療待ち受けの間を真直ぐ進むと
突き当たり正面の階段を挟んで…
右に調理場、左に夕食を食べた大きな食堂がある
継ぎ目に無い赤い絨毯は、食堂の方向に続いていた。
もしかして、本当は「もう、安全なのではないか?」と
緊張感が少しづつ解けていく…
全員から吐息が零れ、最初に口を開いたのは山中だった
『俺さ…此処に来るまで、アクションゲームとかみたいな
戦いがあるかもって思ってたんだよね…
ちょっと、アレなんだけど・・・
VIPルームとかがある、一番上の階の「豪勢な医院長室」に
「ラスボス」がいる的な想像してたりとかしてさ…
でも、何か…此処に入った最初の時点から
不気味ではあるけど、雰囲気が思ったのと違うくない?』
『だよなぁ~…俺、この階段から蜘蛛がバァ~ンと出て来るとか
さっきの吹き抜けの所でガシャ~ンとガラスが割れて
蜘蛛が無数に降って来るとか想像してたもん』
勇気は、ちょっと恥ずかしげに微笑んだ
『あぁ~うん…まぁ~何て言うかぁ~…
相手は蜘蛛だし、俺も上の方に居ると思ってたんだけどな』
林も拍子抜けした様子で、散弾銃を構える様に持つのは止めた
『えぇ~…俺は地下室とかあるんじゃないかって想像してたぞ
上は普通のビルだけど、地下では何か異形の者達がぁ~って
子供の頃、何かそう言う設定のを見た事は無いか?』
『あぁ~それ、そう言うのありがちな設定ですよね』
池田の意見に花井が同意し、いつの間にか緊張の糸は解けていた
『こっからどうする?使えそうな物を荷物から調達しに上行く?
それとも、罠臭い…この気味悪い絨毯の先を見に行く?』
池田の質問に直ぐに答えられる者はいなかった。
『俺の荷物には、使えそうな物って無いかも
強いて言えば、虫除けスプレーくらい?』
『ん~…虫除けスプレーは、もう要らないかな…』
勇気の言葉に、山中が思い出し笑いを漏らす
『虫除けスプレーあっても、蜘蛛は死なね~からなぁ~…
あぁ~でも、俺の荷物にも使えそうな物ねぇ~わ』
勇気と林に続き、それぞれ自己申告で
荷物を取りに行く必要の無い事が分かり、絨毯の示す先を見る
『当ても無いし…行ってみるか』
此処まで来て、誰も林の意見に異存はなかった。
そして、食堂の扉を開けるとそこには…
色取り取りのパーティードレスに身を包む
若い女性達が複数存在し、和気藹藹と会話を楽しみ
長テーブルを組み合わせ、白いテーブルクロスを掛けた
その上には、多種多様な…美味しそうな大皿料理が並ぶ
何処からどう見ても、立食パーティーをしている光景が目に映る
取敢えず…扉を開けた林が、扉を閉めた。
5人は食堂への扉の外で顔を見合わせ、現状確認を行う
行おうとするが…纏まりもしない
『ねぇ~…訊いても良いかなぁ~?』
『訊くな!』
質問をしようとする勇気の言葉を全員が拒絶する
少し考えて…
『あぁ~もうっ!嫌だ!此処は何処だ!俺達は何処にいる?』
『あっ!ズルイ!俺には訊くなって言った癖に!』
プチパニックに陥った林に突っ込みを入れる勇気
『良し分かった!やっぱり、これは夢って落ちだ!』と池田
更に・・・
『何処から夢?俺等ってどの時点で寝てんの?
場合によっては、めっさ不味くない?って言うか…これが夢なら
夢から覚めるには、どうすりゃいいの?』慌てる山中
『部屋に戻って、目が覚めるまで寝て起きれるか試してみるか?』
と…花井までが、少し現実を逃避し始めて
収拾が付かなくなっていく一同に対し、彼女が笑みを浮かべる。
階段のある場所から、彼女は5人の居る場所を眺めていた
最初に気が付いた勇気は
月光に照らされ、ベールの下のから透けて見える顔と
記憶の中にある彼女の顔の共通点に驚き
彼女を彼女と認識する
『たぁ~だぁ~しぃ…』
彼女がベールの下で「1番、幸せ」だったであろう時と同じ
「幸せそうな笑顔」を見せ、花井の名前を呼んだ…
彼女の声に反応し、振り返り、花井は彼女の名前を呟き
微笑み一呼吸置いて、彼女に駆け寄る…
花井は涙目で、見ていて気恥ずかしくなるくらい幸せそうだった。
林が何かを呟いた…
彼女と面識の無い池田が…
『えぇ~っとぉ…あれが花井の…婚約者…で、良いのかな?』
困惑し…仕事上、面識のある筈の山中と
花井を通して、友達付合いしていたと言う勇気に確認を取る
彼女を認証し、確定する山中と勇気に御礼を言い
池田は何かを呟き、右手で顎の無精髭を触りながら黙り込んだ…
そして、林が閉めた扉が開き
着飾った女性達に囲まれ、それぞれ誰かに腕を引張られ手を引かれ
半ば強引に食堂の中へ連れ込まれる
但し、勇気だけは・・・
花井の腕に自分の腕を絡ませ寄り添って歩く
純白のウエディングドレス姿の彼女に手招きをされ
自ら食堂の中に入って行った。
5人はそれぞれ、夕食を食べた時との変化に違和感を感じる
白っぽかった食堂の雰囲気は、
茶色い色をした、柔かい絨毯が敷き詰められていて
落ち付いた印象の場所に変化していた
開け放たれた窓からは・・・
ひんやりとした水の香り漂う森の空気が吹き込んできている
それから、やけに森のざわめきを近くに感じた…
遠くで誰かが、何かを囁いた様な気がした。
部屋の真ん中の方まで進むと彼女は、花井の腕を離し
ドレスの裾をふんわりと翻して1人で数歩、歩いて
花井から1.5M程離れて向かい合わせに立ち止まり
顔を隠していたベールをふわりと上げる
『私ね…「一番綺麗な私」を正に見せたくて奮発したの
ウエディングエステを予約してたんだ…』
彼女は微笑を浮かべ、何か呟いてから
『だからね、私…綺麗になる様に努力したのよ
ねぇ?正…私、少しは正の好みに近付けたかなぁ?』
花井は一瞬、驚いた様な顔をして彼女に1歩近付き
彼女は、1歩引く…
彼女の身に付けている物がふわりと軽く揺れて黒い足が、微かに覗く
『私は傷モノだから努力するくらいしかできないの…
私がもっと、努力していたら…
もっと努力して、綺麗になっていたらあの時
正は「結婚をキャンセルしよう」なんて言わなかった?』
花井は、自分の思いが…
気持ちが、言葉の意図が伝わっていなかった事に気付き
悲しげに微笑んだ。




