013「11 月が昇る時」
「11 月が昇る時」
食堂では、男達が酒を酌み交わしていた…
そして、食堂横のガラス張りの温室の前では
子供達と、小さな子を連れた親子連れが集められ
温室での「天体観測」の注意事項が説明されている
温室の床には、畳を持ち込み敷詰めてあり
今夜はそこに布団を敷いて…
ガラス越しに夜空を見上げながら、寝る事になっているそうだ
子供達は、もう直ぐ寝る時間らしい
子供達に椿と橘が優しく語り掛ける
『「丑三つ時のスーパームーン」を待つ間…
僕達2人と皆で…今夜は、ゲームをしよう』
勇気と花井と山中の3人はその光景を黙って眺めていた。
『ゲームとルールは簡単だ・・・
僕ら二人が、夜空の話をしている中
スーパームーンが出現するまで
君達は黙って静かに布団に寝転がっているだけ』
『一応、君達に有利な様…時計の代わりに
30分毎に僕等が入れ替わって話をするから
目覚まし時計とかの時間を知らせる物の持ち込みは禁止だぞ』
『月が出るまで、君達が寝て待つのも
僕らの話を聞きながら、頑張って起きて待つのも君達の自由だ』
『余談としては、スーパームーンになる30分前から
月の話を2人で始めるから訊き逃さない様に注意しよう』
『但し、これは「個人戦」だから
寝ている人を無理矢理起こしたら失格だぞ』
『因みに失格になったら、「秘密の景品」も貰えず…
オバケが出るかもしれない病院の部屋に閉じ込められ
スーパームーンを見る事も出来ずに
その化け物がでるかもしれない病室のベットで
一人で眠る事になるから、気を付けよう』
『飴と鞭を上手に使った、話の持ってき方だな』
小さな声で山中が、勇気と花井に話し掛け
『確かに』と、2人は納得する。
暫くして、説明が終わり
参加者は全員、渡り廊下を歩き温室へと入って行く
30分後、橘がそっと温室を抜け出し3人の元へ現れる
『月が昇ったら、大人向けにもイベントがあるんですよ』
橘は、パパッと3人の服の胸元に
それぞれ少しづつ違う似たデザインのステッカーを貼り
『是非、楽しんで下さいね』と、立ち去った
3人は…『強制参加かよ!』『そうみたいだな』と笑い合った。
夜が更け・・・
ヘルパーと看護師に追い立てられ、老人達が部屋に帰っていく
林はやっと、話の長い老人から開放されたのに
知り合いらしき人達と、何やら渋い顔をし話をしている
今まで、老人達と将棋を楽しんでいた
3人と違った色合いのステッカーを貼った、池田が3人と合流し
月が、山並みから少し顔を覗かせた頃
若い女性が、簡単にイベントの告知をする
『これから始まるのは、生き残りゲームです
皆さんは、胸に貼ったステッカーを奪われない様に逃げて下さい』
「何から逃げればいいのか」すら、知らされる事は無く
他に説明が無いので、ザワつく食堂…
イベントを告知した女性は・・・
いつの間にか、誰に気付かれる事も無く姿を消していた。
突然、むき出しの皮膚に痒みを感じる
痒みを感じた場所に触れると…見えない糸の存在を知る
誰かが、足元を這う無数の蜘蛛に気付いて悲鳴を上げ
見えない糸の正体が、蜘蛛の糸だとそこにいる皆が理解する
理解しても何が起こっているのかが、理解出来ない状態で
騒ぎは大きく広がっていく
勇気と花井と山中は、大きな無数の蜘蛛が怖すぎて
悲鳴を上げる事も出来ず
まず、椅子や机の上に登り蜘蛛を必死に追い払う
人によっては、怒って蜘蛛を足で踏んで回っている人もいる
『これって、イベントの仕込みじゃないよな?』
溜息混じりに、誰かが言う
『蜘蛛の卵を大量に用意して同時に孵化させたとか?
無駄に手が込んでるなぁ…
つぅ~か、そうなら…嫌がらせ以外の何物でもないな』
色々な、様々な憶測が食堂で飛交っていく
そこへ天井からも、蜘蛛がすぅ~っと糸を伝って降下して来る
降りて来る蜘蛛の量が量だけに苦手じゃない人も悲鳴を上げた。
『毒蜘蛛ではなさそうだけど取敢えず、外に出よう』
池田の指示で、林とその知人達の誘導で全員が一旦
外へ出る事になった
取敢えず、逃げていく者
毒蜘蛛の可能性があった事に気付いて、走り出る者もいれば
余裕のある人は・・・
蜘蛛の異常発生の光景を笑顔で、写真に収めていた。
そこへ、一足先に出た集団の声が聞こえて来る・・・
外へ出る事ができる、温室に向けての渡り廊下から出た者達の
叫び声が響いてくる
そちらへ向かうと・・・
蜘蛛の糸に巻かれ、真っ白になった温室と
その糸を取り払おうとして、逆に糸に絡め取られたのであろう
人影が、一つ二つ…温室の入り口付近に貼りついている
近くには、ステッカーを銜えた犬くらいの大きさの蜘蛛が2匹と
一際目を引く、人間よりも大きな蜘蛛が1匹
目にした現実が一瞬、理解できなくて
後から来た者達は、立ち止まりマジマジと蜘蛛を眺めていた。
その一番大きな蜘蛛が全員を見て、告げる
『ゲームは始まりました、さぁ~お逃げなさい…
今度は君達が狩られる番で、追い詰められる番なんだから
手加減はしないわ…
貴方達が楽しんだ分、ストレスをぶつけた分
私達を犠牲に、自分達を優位にして得た地位の分まで
私達を楽しませてちょうだい』
心当たりがあって、その言葉の意味を知る者と
その言葉の数々の意味に気付く者は、たじろいだ
意味が分からなくても、自分が危険なのが分かる者は逃げ出し
気付けなくて、理解もできなくて怒る者もいた
ステッカーの色の違う
巻き込まれただけで何も知らない池田だけは・・・
『どうしてこんな事になるのか説明して欲しい』と
蜘蛛に対して堂々と話しかけたりしていた。
蜘蛛は楽しそうに笑う
『そのステッカー…貴方は、私達を追い詰めた人の大切な人ね
私達、貴方を大切に思う人に
「訊き込み」って手段で、居場所と大切な者を奪われたの
貴方は「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」って言葉を知ってる?』
池田は苦笑し一瞬、林をちらっと見た
『憎いわぁ…貴方も、憎いわぁ…』
池田の周りに犬の様な大きさの蜘蛛がにじり寄る
カシャ、カシャ、カシャ、カシャと蜘蛛の足から
硬い物を擦る様な音が鳴り
池田は少しづつ後ろに下がりながら囲まれて行く
大きな蜘蛛が温室から少し離れた所で
林が隙を突いて、大きな蜘蛛の背後から何かを吹き掛けて
振り返った蜘蛛に対して、次に…
何かの仕掛けを使って、火炎を放射した。
小さい方の蜘蛛達は驚き
文字通り、蜘蛛の子を散らす様に四方へ逃げていく
大きな蜘蛛は、炎に焼かれ、火炎に飲み込まれ
暴れて多少仲間を巻き込んで、手近な人間を数人巻き込み殺し
燃えながら、大きく動く事は無くなっていく
腰を抜かした山中を2人で抱え逃げていた、勇気と花井は
自分達を追い越していく蜘蛛に驚き
炎の明るさから温室へと振り返り…
遠目に池田と林を見付けて、手を振る
『今、何したんですか?』
勇気の質問に、林が…
『スプレー式のサラダ油を吹きかけた後で…
冷却スプレーの可燃性ガスにライターで火を付けた
マネはしてくれるなよ…失敗すると
スプレー缶が爆発して手が無くなるだけじゃなくて
破裂した缶の破片で、周りも巻き込む事になるからな』
自分達が身を護る為に使えなさそうな手立てに
勇気と山中は残念そうな顔をする
花井は『2人とも無事でよかった』と笑って言った。
『所で、橘さんと椿さんと…
天体観測している筈の人達は無事でしょうか?』
温室を遠目に見て言った、花井の言葉に…
全員が驚き、困惑の表情を見せる
勇気は、深く付き合っていた為
山中は、仕事で長く行動を共にしていた為
花井の本質に前々から気付いていて、何も言えなかったが
『花井…そんなんじゃ、詐欺に遭っても気付けないで
何時か、騙された上に罪を擦り付けられて投獄されるぞ』
林が縁起でもない事を口走り
『花井は、まず…人を疑う事を覚えた方が良いかもしれないな』
と、感慨深げに池田が遠い目をして花井を見ていた。




