012「10 森の中の病院」
「10 森の中の病院」
山と森が周囲を囲み、
小川のせせらぎと蛙の合唱が長閑な調和を作り上げる
自然豊か過ぎる場所に病院はあった
病院以外にあるのは、病院の横に温室らしきガラス張りの建物
病院から少し離れた場所に、工場の様な大きなプレハブ
自然豊かな景色以外で
病院に向かう道すがら見えた唯一の光景は・・・
プレハブの中で、髭面のオヤジが
小型タンクローリーの横に並んだ、給油に来た車に対し
足元を見て、高額でガソリンを売り付けていると、言うモノだった
『今年も奴は、アクドイな…』林が苦笑いし
池田が『去年よりも値段が高くなったな』と、言う
2人は、去年も此処に来ていたらしい
そして、橘が・・・
『医院長先生も、病院の経営の為に頑張ってるんですから
それくらいのアクドさは許してあげて下さいよ
でも、ガス欠で動けなくなったら
もっと高額吹っかけらるから給油はして下さいね』と
脇見運転をしながら話す
山中が橘に「この辺の事に詳しいのか?」と質問する前に
『橘!前を見ろ!前を!!頼むから!』林が叫んだ
『俺からも頼むよ、脇見運転するの止めてくれ…』
池田も疲労感漂わせながら、橘に懇願する
運転の出来る2人は・・・
駐車場を出発してからずっと、病院に到着するまで騒いでいた。
30分で着く場所に1時間以上かけて着いた時
太陽の位置は傾き空の色を少し変化させていた
池田と林が神経をすり減らし辿り着いた場所は・・・
近代的とは言い難い、無機質な白い四角い建物の前
そんな目的地である病院に、車で近付くと
病院の正面玄関から、人影が一つ姿を現す
橘が運転しながら人影に手を振り…
池田と林に『ハンドルから手を放すな!』と叱られ
驚いた橘がビクつきハンドル操作を誤り車が大きく揺れた
その大きな揺れと2人の大声で、車酔いで瀕死状態の勇気が目を覚ます
少し車に酔い、眠そうにしていた花井と山中も
しっかりと目を覚ました。
病院の敷地内に入ると橘は
車を邪魔にならなそうな木陰に停車させ、運転席の窓を開け
病院から出てきた橘と似た雰囲気の青年と笑い合う
『御帰り、橘…首を長くする程に待っていたよ
所で…後の3人は、患者さんかい?』
青年は冗談めかして言って
『風呂と食事の用意と、今夜眠れる場所の確保できているよ』
と、付け加えた
青年の言葉に池田と林が怪訝そうな顔をする
『ありがとう…でも、車酔いみたいだし
後のあの3人は、暫らくしたら元気になると思うよ』
青年と会話する橘に先に池田が質問する
『この地域、レンタルの店に入らなきゃ公衆電話も無いし
携帯も使えなかったと思うんだが、どうやって連絡したんだ?』
林も同じ事を気になっていたようだ
『そうだ、お前…何時の間に連絡したんだよ!
店には一度も入らなかったよな?
ずっと一緒に居たのに俺も、お前のそんな行動見て無いぞ』
橘はニヤリと笑う
『もし僕が、糸電話でって言ったら信じますか?』
青年も、橘と同じ様に笑う
池田が溜息を吐く
『それならまだ、テレパシーとか言われた方が納得できる気がするよ』
『そうなんだ…』と青年が驚いた様子で呟く
車が停車しエンジンが止まり
車酔いから復活の兆しを見せた山中が
『もしかして…出発の時の騒ぎの中で連絡したんだったりして』
憶測で物を言い
橘と青年が楽しげにはにかみ、目を合わせて微笑み合う
『虫が駄目な人が、テントは無理だと思ったからね』
『それ以前に、月見客で「今日・明日」くらいは
予約でテントの空きも無い筈だよ
だから泊まる所が無くて、こっちに来る事は…
僕じゃなくても予知できたさ
「連れておいで」って、最初から提案もしてたしね』
人柄の良さそうな青年は、皆に自分に対する良い印象を持たせた。
『泊めて貰うなら自己紹介した方がいいかな?』
池田が「逆に自己紹介して欲しい」と、言う思いを込めて申し出ると
『僕は連絡を貰って知ってますから
病院の中で御客様が来るのを待ってる病院の住人にしてあげて下さい
因みに僕は…今、この病院を担当している医師の「椿」です。』
と、青年は自己紹介する
『さあ、お疲れでしょ?車から降りて中へどうぞ』と促され
それぞれ荷物を持ち、病院内へと入っていく事になった
病院内は意外な事に埃一つ無い、綺麗な状態に保たれていた
『元気な患者さんが、ボケ防止と運動不足解消の為に
ヘルパーさんと一緒になって、掃除してくれてるんですよ』
皆が気になった事を椿が、笑顔で説明してくれた。
橘は椿の部屋に泊めて貰うらしく
5人は空いている病室、5人用の大部屋に通される
『荷物整理が終わったら、橘に風呂場へ案内させますね
汗流した後で御飯にしましょう、料理を楽しみにしてて下さい』
椿はそう言って、立ち去り入れ違いに
橘が風呂に行く準備を完璧に整えて現れる
橘は風呂場に着くまでに、椿の事を『親戚』と説明し
『僕はこの地域出身なんでよ』と教えてくれた。
汗を流し、風呂に入り一息付いて
野生動物に襲われる事の無さそうな寝床の確保ができた事に喜ぶ
勇気と花井と山中の3人は、安堵の溜息を零す
林は『毎年、あのキャンプ場の話しをしてるんだから
会社で話題が出た時に、こんな場所がある事は言っといてくれよ』
と、愚痴り
『林さん…普通の会社と違うんですから難しいですよ
どう判断しても、迫力のある人が多いんですからぁ~
そんなのが集団で此処に押し掛けて来たら…
此処に住んでる患者さん達の寿命が
少なく見積もっても、100%縮んじゃうじゃないですか』と、橘
『何はともあれ、風呂が入れるってのは良いなぁ~
それにしても、もしかしてここって温泉か?源泉掛け流しの』
と、池田が言って
『この場所の温泉の事は、僕等の極秘事項ですよ』
と、橘が笑いながら言った。
風呂を満喫し終え、橘の案内で病院の食堂へ・・・
食堂には、老人達だけではなく大人や子供も無数にいる
驚く5人に向かって、調理場から現れた椿が
疑問に感じたであろう事を説明してくれる
『市町村の夏休みの企画で、天体観測に来た親子連れですよ
スーパームーンって知ってますか?
今日から明日に掛けての深夜の月は通常より大きいんです』
知らなかったらしい5人は
「へ~そうなんだぁ~」的な軽い反応を見せた。
『所で、この地域の事に一番「詳しい人」って誰だ?』
「行方不明者に関する情報を訊き込みしたい」林が椿に質問し
椿が答えた人名と指差した方向を見て橘が難色を示す
『あ~確かにあの人は情報通ですが、僕はお勧めしませんよ』
『お前には訊いてない!情報通なら間違いないだろ?
年長者に指図するなんて10年早いぞ』
林は、椿からおぼんにセッティングされた夕食を受け取り
足早に、窓辺でレトロな煙管を吹かす老人の元へ行ってしまた。
『僕は一応、止めましたからね』橘は溜息を吐き
『人間年取ると、最近の事は中々憶えられなくて思い出せないのに
昔の事は、はっきりしっかり事細かく覚えてますよね…
そんな昔の事の情報通に、最近の事を訊き出そうとしても
無理な事だと思うんだけどなぁ~…』
林が知っておいた方が良い情報を今更、皆に話した。
池田も溜息を零す
『林の事は、気にするな…
人間、人の話を聞かなくて失敗する事も経験だ
それに、花井と山中は気晴らしに来たんだ
今は、この美味しそうな夕食を皆で楽しむ事にしよう』
椿が用意した食事の場所に皆を座らせ夕食の時間が始まった
食事を始めると来客を御持て成しする為に老人達が寄ってきた
料理の説明をしてくれる御婆さんの話は、とっても長いが
出された郷土料理や、その地域の家庭の味はおいしく
果実酒を振舞ってくれる御爺さんの武勇伝も楽しめ
勿論、果実酒も美味しく頂きほろ酔い加減で皆は楽しんだ
林が1人、老人の長話に困っている様子が見えるが
自業自得なので、皆で温かく見守る事にした。




