011「09 向かった先」
「09 向かった先」
昼の12時を過ぎ・・・
盛り上がりを見せた、山中と橘の会話も目減りする
一度、都会化し…
廃れて荒廃したゴーストタウンには、人は住み辛く
田舎の様に、農地を開拓する事も出来ず
高齢化した街で、生きる糧を生み出す事も出来ずに人々は諦め
動ける者は、その地を去るしかなかったのだろう
道沿いは勿論の事、見える範囲には廃墟しか存在していない
当たり前の事だが、コンビニは疎か飲食店だって存在しない
『前後に車が走っていなければ・・・
このまま何処にも辿り着けないんじゃないか?、とか
異世界にでも迷い込んだんじゃないかって、勘違いしそうだな…』
そう言う話に縁のなさそうな花井が、ポツリと零す程に
道は長く遠く続いていた。
『悲観した考え方は良くないぞ
腹減ってるから、そんな考えが出て来るんだろう?
安心してくれ…もう直ぐ、店のある場所に着くから』
少し進むと前の車がウインカーを点滅させ駐車場に入っていく
それに続き池田も、車をそちらに向かわし
店らしき物がある場所に到着すると
車を意外と混んでいる駐車場の空きスペースに入れた。
どの車の人も…皆が車から降り、体を伸ばしている
花井も、眠っていた勇気を起こし車の外へ出る
そこで花井と勇気は、数人が不安そうに眺める方向を見て
沈黙しながら駐車場の半面を囲む森を見回した
『勇気、お前の頼みたい事がある』
『花井…俺も多分、同じ頼みをすると思うよ』
2人は荷物から虫よけスプレーを取り出し、引き攣った笑顔で
互いに互いの体に虫よけスプレーを満遍無く、吹き掛け合う
『あのさ・・・俺にもして貰える?』
それを見ていた山中が、森の蜘蛛に気付き参加した。
虫よけスプレー臭くなっていく3人を余所に
「訊き込みのチャンスだ!」と
林が一人、活き活きしながら訊き込みを始めてしまう
『先に飯にしましょうよ』と、言いながら…
橘が林を追っていくのが見えた
ずっと運転していた池田は、『仕方のない奴め』と呟き
「ジビエ料理」と書かれた、のぼり旗を掲げる屋台で
ビールを買って飲み干し、串焼きを買って食べている
店が掲げる、のぼり旗の一部に書かれた小さな文字に
虫よけスプレー臭い3人の視線が止まる
旗の下の方には、「猟友会」と書かれた名前が書いてあった。
のぼり旗全てに・・・
それぞれの店に、それぞれの猟友会の名前が書いてある
幾つかある屋台の店員は、見た感じだけでも
そう言う雰囲気を醸し出している
釣り竿やキャンプ用品を貸し出す店には
「猟銃、保管する金庫があります。」
と、書かれた貼紙が…
更に、「熊鈴・ホイッスル」と書かれた旗の
御土産屋さんらしき店には・・・
この国で狩る事の出来る野生動物の毛皮と、後・・・
「サバゲ用のトレッキングベル サイレント入荷しました。」
との文章が、当たり前の様に貼り出されている。
海外旅行に行くタイプの御家で育った、花井と・・・
『ジビエってさ、野生動物を食べる料理だよね?』
勇気が・・・
『あぁ~そぉ~だな、野生動物を使った料理って事だろうな』
一般家庭出身の山中も・・・
『そこの店、キャンプの必需品「熊鈴」って書いてあるぞ
それってさぁ~…「出る」って事だ・よ・な?』
それぞれ個人個人に、キャンプ場に潜んだ危険に気が付いた。
3人は一度視線を合わせて池田を見る
池田は2杯目のビールに手を伸ばしている
見られている事に気が付いた池田は、3人に手招きをした
『昼は適当に買い食いの予定って言うか
俺が買い食いして食ってるから、お前等も適当に食っとけよ』
そう言われて、3人は池田の食べている肉を見る
「野生動物が怖いから帰りたいです!」と言える雰囲気ではない
緊張した面持ちで、勇気が質問
『池田さん…それって何の肉ですか?』
池田は…『モミジ肉』と、だけ答えた
確かに「山肉屋」と、書かれた屋台のメニューにも
「月夜鳥・モミジ肉・ボタン肉・熊肉」と、書かれている
熊以外は…はてさて、個々に何の肉でしょうか?
3人は空腹である事を思い出し
雰囲気だけで「月夜鳥」を選んで購入し食べてみる
スパイシーに味付けされたそれは
美味しい「鳥肉」みたいであったが…それは鳥と違うくて…
ちゃんと訊き込みできる相手を見付けられずに帰ってきた林に
『ジビエを食うならまずは、レアな熊だろう!』と
熊肉を食べさせられた後…
橘から「月夜鳥」が「兎」だと知らされる
因みに、「モミジ」は「鹿」で「ボタン」は「猪」です。
そんなちょっとだけレアな体験をした、昼食後
この地域に、昔から住んでいた住人が
此処まで走ってきた道の先にある、病院にいる事を知る
情報源は、屋台で店番をする猟友会のおじさん達だ
林が1人嬉しそうに話を聞いていた。
その話によると・・・
本当に、この地域に住んでいる住民は
患者の引取り手や、受け入れ先が見つからず
潰す事の出来なくなった病院になら、いるらしい
派遣された少数の医師と看護師
海外から資格取得名目で出稼ぎに来た介護ヘルパーは
基本、一定期間の宿泊で入れ替わり姿を消し
高齢で怪我や体調を崩し、長期入院して
入院中に家を放置するしかなくて、家に住めなくなって
退院する事ができなくなった年金生活の高齢者達だけが
ずっとそこにいて、このキャンプ場で起こった事にも
詳しいらしい…と、言う事だ
詳しい理由は・・・
そこが病院で、「怪我をしたら皆がそこへ行くから」なのと
山の所有者が病院の委員長だから
各種許可は、病院に行って取る必要があり
猟をし終わったら連絡に行き
戦利品の一部を寄付するなぁ~んて風習があるかららしい。
全体的に「らしい」と、言う不確かな情報だが
林はそこへ、行く気になってしまっている
『飲酒運転は出来ないから、歩いてでも行くぞ!』
勿論、そんな林の言葉に誰も賛成する筈がない
『病院の所に給油所もあるんだから
酔いが醒めてから、車で行けばいいんじゃないのか?』
林を理解している筈の池田も
『歩いて行くと暑いし疲れるから嫌』と言う理由で反対する
『じゃぁ~仕方ない!橘、運転しろ!』
『え?珍しいですね…僕が運転して良いんですか?』
そこで、微妙に不可思議な会話が行われたが…
『キャンプ場は満員で車で野宿する事になった』と、言う事と
『病院に行けば、ベットは使わせて貰えなくても
屋根のある場所で体を伸ばして寝られるぞ』と、言う
林の話で、無かった事になった。
此処で、橘の運転の事なのだが・・・
ぶっちゃけ、上手とは言えないモノだった
駐車場から車を出す時点で全員が
何度も繰り返し肝を冷やしたのは言うまでも無い
『本当は、あそこからキャンプ場までの道を
僕が運転するつもりで飲んでなかったんですよ』と、言った橘に
林が『それだけは、させねぇ~よ!』と、叫ぶ
池田は『その予定で俺がビール飲んだのは、間違いだった』
なんて事を暗い顔して呟いている
もう、二度と「橘の運転する車には乗らない」って決意を
橘以外が心に決めた頃、病院に辿り着いた。
余談だが、密かに此処へ来たのは林にとって無駄足である
病院に取り残された高齢者達は
最低限の介護を受け
山の中に残された病院に肩を寄せ合い生きているだけで
人恋しさから
来たばかりの患者達とフレンドリーに対話していても
とっても高齢で…
対話した雑談の内容をしっかり憶えている者
ちゃんと思い出し、人に正確に話し伝えられる者は
年齢的にも存在しなかったのだ。
会話の節々に「こそあど言葉」が蔓延し
自分が理解しているから、皆も知っていると思い込んだ
説明不足な説明は・・・
話の内容を知っている者でないと解析不能な話で
延々と長々と続く話は、止め処なく続いて留まる事を知らない
自ら話しかけた林は、生贄として捧げられ
他のメンバーは、入院患者の御婆さんが作る郷土料理と
入院患者さんが漬けた果実酒に舌鼓を打っていた。




