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君の言葉。私の言葉。

 「知っている」ことと「言われる」ことは違う。隣で笑うあなたを見るたびに私はそう思う。


 髪を撫でる風は生ぬるく夏がすぐそこまで来ていることを教えてくれる。少し顔を上げれば、夕焼けに染まる木々が目に入った。風を感じながら、私は繋いでいる手をそっと見る。

「…亜美?」

 呼ばれる名前。なぜか泣きたくなって私は誤魔化すように思いっきり笑った。

「何?」

「なんか元気ない?」

「そんなことないよ。俊哉の勘違いじゃない?」

「本当に?」

「大丈夫だって」

「ならいいけど。なんかあったら言えよ?」

「ありがとう」

「…なあ、亜美」

「ん?」

「明日って会えない?」

 俊哉の言葉に私は足を止めた。

「どうした?予定入ってる?」

 問いかける俊哉に私は精一杯首を横に振る。涙が出そうになり思わず下を向いた。

「亜美?」

「…大丈夫だよ。それよりバスケは大丈夫なの?」

「明日、休みなんだ」

「珍しいね。私の方は予定入ってないよ。明日、どこか行くの?」

「まあ、ぶらぶらとかな。ただ、少し…話したいことがあって」

「……いつもみたいに駅前で待ち合わせ?」

「ああ。いつもどおり10時に集合な」

 いつもという言葉はひどく残酷だと思った。終わりを感じながらも永遠を夢見てしまう。

早くこのつらさから解放されたい。「話って何?」そう聞いてしまえば、ここですべてが終わるのに。けれど、少しでも彼を引き留めておきたい。相反する思いが交差して、泣きそうになる。

「亜美?」

 また心配そうに俊哉が私の名前を呼んだ。さっきから同じことの繰り返しだなとなんだかおかしくなった。

「じゃあ、また明日ね。今日は送ってくれてありがとう」

「うん。また明日」

 そう笑うと俊哉は小さく私にキスを送った。それもいつものこと。いつものことを同じように繰り返す。それはひどく事務的に思えた。


 中学が同じだった。けれど話したことは数え切れるほどで、入学式で見かけて初めて同じ高校を受験していたのだと気づいたくらいの中だった。

1年で同じクラスになり、同中ということもあって話すようになった。そして気づいたのは笑うツボが同じだということ。一緒にいるのが楽しくて、自然といつも一緒にいるようになった。どちらも「付き合おう」という言葉は使っていないと思う。周りが付き合っていると言っていた。だから付き合っているのだと自分たちも思った。そんな感じだった。

自然と手を繋ぐようになり、キスをするようになった。そうしてもうすぐ1年が経つ。付き合った日がいつかわからないから記念日なんかわからないけれど。

俊哉は2年生になるとすぐにバスケ部でエースとして活躍し始めた。背が高く、運動神経がよい彼はすぐに人気者になった。そして俊哉は優しかった。荷物を抱えているクラスメイトがいれば、荷物を持ってあげ、背が高いこともあり、高い黒板の字を消せない人がいれば、さっと出て行き、消してあげた。その振る舞いは紳士のようで、だから、日に日に俊哉の評判は上がっていった。私と付き合っていることはだいだいの人が知っている。けれど最近ではそれでも俊哉に告白する人が増えてきた。私にはそれが怖かった。

 俊哉の言う話したいこと、それが大体わかってしまうから私は必死で涙を堪え自分の部屋まで行く。堪えられなくて部屋のカギをかけ、涙を流した。ここ最近、何かを言いたそうにしていることに気づいていた。そして、同じころ聞いた噂。学年一かわいいと言われている篠崎さんに告白されたという噂。

もともと好きではなかったのかもしれない。私のことを好きだと思っていた。私と同じ気持ちでいてくれていると。でも、違ったのかもしれない。そう思い出したら止まらなくなってしまった。だって、私と俊哉の始まりはとてもあいまいで、信じるものがないのだから。いつもどこかで感じていた不安が急に私の中の多くを占める。思い返せば「好き」と言う言葉を聞いたことがあまりない気がする。

「好き?」と聞きたくても、なんだか恥ずかしくて聞けなかった。それに怖かった。「好きじゃない」と言われることが。

だって俊哉は違うから。私は好きでたまらなかったけれど、俊哉は流されただけ。周りから冷やかされているときの俊哉の顔は「勘弁して」と言わんばかりの表情だった。

一緒にいる時間の中で、好きになってくれた。そう思っていた。でもそもそも私の思い違いだったのかもしれない。


 太陽の光が部屋の中に差し込んだ。時計を見ればまだ6時。休みだというのに、目はすでに覚めている。起きていると押し寄せてくる不安に押しつぶされそうになるから、寝ていたいのに。

私は一つため息をつき、ベッドから降りた。鏡を見る。泣いたせいだろうか、目元が少し赤い。まだ何も言われていないうちからこんな風ではと苦笑を浮かべた。軽く頬を叩く。きっと最後のデートだ。いい思い出にしたい。最後に「さよなら」を告げられるとしても。

 予定より時間がたっぷりあったので、私は自分の部屋の服をすべて出し、鏡に当てながら今日の服を選ぶ。俊哉が珍しくかわいいと言ってくれた半袖の水色のワンピース。その上に7分丈のカーディガンを羽織った。髪を高い位置でまとめ、俊哉がくれた薄い赤色のシュシュでくくる。時計を確認した。少し早いと思いながら、私は家を出る。

 待ち合わせの場所には10分早く着いた。いつも待っているのは私の方だ。けれど今日は先に俊哉が待っていた。驚いて小走りで駆け寄る。

「どうしたの?」

「おはよう、より先にそのセリフかよ」

「だって、…いつも俊哉の方が遅いでしょう?」

「たまにはいいかなって」

「…」

「そんなに変だった?」

 黙った私の様子が気になったのか俊哉が顔を覗き込むように尋ねる。私は首を横に振った。

「そんなことないよ。嬉しい」

「嬉しいんだ。いいこと覚えたな」

「え?」

「それより、おはよう」

「…おはよう」

 先に来ていてくれることが嬉しい。それを覚えて誰に使うの?出てきそうになるその言葉を私は精一杯飲み込んだ。

「ほら、行こうか」

 すっと差し出される手。私はゆっくりと、けれどしっかり掴む。掴んだ手を見て、俊哉は一つ頷き、歩き始めた。

「どこ行くの?」

「どこ行きたい?」

「俊哉が誘ったんでしょう?」

「…じゃあ、映画?」

「なんで疑問形なの?」

「今日は、最後のディナーがメインだから。ま、高校生らしくファミレスだけどね」

「…」

「だから、どこか行きたいところない?」

「映画見たいかな。ラブストーリーね。あ、でも、俊哉、苦手だったよね?」

「苦手だけどいいよ。亜美が見たいものってことはたぶん俺も楽しめると思うから」

 頷くと、私たちは映画館へ向かった。私と俊哉は考えが似ている。だからこそ、私が好きなものを俊哉も気に入ることが多い。その逆もしかりだった。

 思考が似ているからこそ、なんとなく俊哉の考えがわかる。けれど今日の俊哉が私にはわからなかった。「さよなら」を告げるならいい思い出なんていらないのに。だって私はきっと友達には戻れないから。


 映画を見終わると昼食を食べながら映画について話した。やはり考えが似ているせいか、俊哉も十分楽しめたようだ。

それから私たちはぶらぶらとウィンドウショッピングを始めた。

「あ、かわいい」

「どれ?」

 ふと目に留まった指輪に私は思わず声を上げた。俊哉の問いに指をさし答える。

「これ。ピンクゴールド好きなんだよね」

「安いし買ってあげようか?」

 そう笑顔で言う俊哉に私は驚いたような表情を浮かべた。そしてその表情は分かりやすかったのだろう。「そんな驚くことか?」と俊哉が少しだけ不機嫌そうに言った。

「俺だって奢るよ。そりゃ、何千円とか言われたら無理だけど、これ800円だし」

 俊哉の言葉に私は首を振る。

「で、でも…」

「…でも、何?」

「…」

 私は口を閉ざした。今日で終わりなのに、何かをもらうなんてことできない。私は何も言えないまま、ただじっとピンクゴールドの指輪を見つめていた。

「…ねぇ、やっぱり亜美、変じゃない?ここのところずっと」

「…」

「俺、なんかした?」

 俊哉の言葉に私は精一杯首を横に振る。

「じゃあ、何?」

「……話しって、何?」

「え?」

「話したいことって何?」

「……もしかして亜美、勘違いしてる?」

「勘違い?」

「俺、別れないから」

「……え?」

 私の反応に俊哉は呆れたようにため息をついた。

「なんか最近よそよそしいと思えば、そういうことか。だから目を合わせてもすぐに俯いていたわけだ」

「…」

「…あのさ、どうしてそんな風に考えたのか知らないし、亜美が何を想ってるかなんてわかんないけど、俺、亜美を手離す気なんてないから」

 俊哉の言葉に私は驚く。

「…だって…篠崎さんは…?」

「告白されたよ」

「じゃあ…」

 私の言葉に俊哉が少しだけむっとしたのがわかった。声を少しだけ張り上げるように言う。

「じゃあ、なんだよ!」

「え?」

「篠崎さんに告白されたから、じゃあ、亜美とは別れます?俺、そんな風に見えるわけ?」

「…」

「俺ってそんな、信用ない?」

 俊哉の目がまっすぐ私を見つめる。思わず逸らしたくなり、けれど私はぐっとこらえ、見つめ返した。

「だって…ここ最近ずっと、何か言いたそうにしてたし、そわそわしてる感じだった。そんなときに篠崎さんが俊哉に告白したって聞いて…。篠崎さん小さくて目が大きくて、かわいいし、性格だって優しいじゃない。私みたいに気が強くないし、…すごくかわいいもん」

 私の言葉に俊哉はもう一度、ため息をついた。そんな俊哉の反応に私は目を見ていられなくて、視線を逸らす。そんな私の頭を俊哉がぱちんと一度叩いた。驚いて顔を上げると困ったような表情を浮かべた俊哉がいた。けれどその表情はとても優しい。

「そりゃ、亜美はかわいげがすっごくある、とは言い難いけどさ、でも、俺が好きなのは亜美だよ」

「…え?」

「なんでそこで驚くの?確かに言葉では伝えることは少なかったかもしれないけど、いつも態度に出てただろ?」

「…だって…わかんないよ…何にも言ってくれなきゃ、わかんない。俊哉がどう思ってるかなんてわかんない」

泣きそうになる私の頭を俊哉はそっと撫でた。

「ごめん。不安にさせて。確かに俺、亜美に甘えてたかも。もともと言葉にするのが苦手だし、でも、亜美は言葉にしなくてもわかってくれるから、だから甘えてたんだ。ちゃんと言葉にしなくてごめん」

「…」

「あのさ、俺が最近そわそわしてたのは、篠崎さんは関係なくて…えっと……告白…しようと思ったんだ」

「…誰に?」

「亜美に」

「え?」

 私の驚きに俊哉は楽しそうに笑みを浮かべた

「俺たちって『付き合う』って言葉なしで付き合っただろ?俺さ、高校で話すようになってからずっと亜美が好きで、告白するタイミングを伺ってたんだよ。だからさ、周りに付き合ってるとか言われるのマジで勘弁してほしくて。だって、そんな風に言われたら告白しずらいだろ?で、結局タイミングなくて、告白できなくて、なんか流されるみたいに付き合いだしちゃってさ。ま、俺はそれでもよかったんだけどさ、亜美が俺の隣にいるなら。でも、なんていうか、やっぱ女の人って記念日とか好きって言うじゃん。友達も結構みんな記念日を大切にしているっぽいし。だから亜美も本当は記念日とかほしいのかなって思って。で、大体こんな時期だったかなって思って、今日、言うことにしたんだ。告白っていうか、『これからも一緒にいてほしい』って。…でも、なんだか妙に緊張しちゃって。だからそわそわしてたんだと思う」

「……でも、俊哉はそれでいいの?」

「え?」

「最近、すごくモテるでしょう?私でいいの?」

 私の言葉に俊哉は小さく笑った。

「バカだな、亜美は」

「バカって…」

「バカだろ?だって、さっきから言ってるじゃん。俺は亜美が好きだって」

「…」

「好きな人と付き合ってるのに他の人と付き合いたいなんて思わないよ」

「……ごめん」

 俊哉の笑顔に自分の思い過ごしだったとわかり、私は頭を下げた。昨日あれほど泣いたのに、俊哉は逆のことを考えていてくれたなんて。俊哉に申し訳なくてなんだか泣きそうになる。けれど、そんな私の頭を俊哉は優しく撫でた。

「いいよ。亜美の早とちりは知ってるから。…でも、もう少し俺を信用してよ」

「…うん」

「これからはもう少し言葉にしていくから」

「うん」

「大好きだよ」

「私も俊哉が好き」

「ねぇ、亜美。やっぱ、今日、この指輪買って行こうか」

「え?」

「付き合った記念」

「うん!」

 私が頷くと俊哉は嬉しそうに笑い、指輪をレジまで持っていった。800円の安い指輪。けれどきっと私の一番大切なものになるだろう。


「知っている」ことと「言われる」ことは違う。

俊哉が私を好きだと知っていた。けれど、そうではないかもしれないと不安に思っていた。私たちは似ているから、言葉に出さなくても相手の考えがなんとなくわかる。けれど決して同じ人間ではないから、言わなくては伝わらないことの方が断然多いのだと思う。だから言葉にして伝えていこうと思う。

不安も愛おしさも。


なんだか最近短めの話ばかりですみません。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました!コメントや評価を頂けたら本当に嬉しいです!!

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