翠蜜花を入荷しました。
シルエの店から二本ほど道を違えたところにその花屋はあった。
最近、評判の花屋があるらしい――そんな噂が流れたのは一週間ほど前だったか。けれど、店自体はシルエの師ゼリウスが大通りに店を構えた頃にはあったようだ。
「こんにちは」
「いらっしゃい!あーシルエの顔見ると落ち着くわ……ここんとこ、ほんと忙しすぎるもん」
少しばかり珍しい引き戸を元に戻しながら苦笑を落とす。店が狭いと省スペースに引き戸にすることはままあるが、花屋ロッサーナは曲がりなりにも歴史持つ大店である。
以前尋ねた際には初代の趣味と聞いたが……現在の状況を見るに、単に植物が多すぎて開き戸だと商品が倒れるからと疑われても仕方あるまい。
「それで、今日はどうしたん?」
「特には」
「じゃあロロさんがとっておきを出しちゃうよ!」
店の奥に駆けて行くのを見送り、色とりどりの――それこそ、不可思議な力を秘めた植物さえ混沌と点在する店内を見渡す。恐らく、すべての配置を知っているのは店主であるロロだけだろう。姉妹とはいえロナさえ既に怪しい。
この花弁を押し花に、何か作れないだろうか……つらつらと考えながら待つことしばし。大きな水瓶と水盤を抱えたロロが戻ってきた。
「じゃじゃん。翠蜜花っ」
「……珍しい」
水盤に浮かぶ翠色の花弁を持つ蓮に似たそれは、いわく不思議な噂が付きまとう。それ故、贋物を掴まされることも多いと聞くが……こと植物にかけて、ロロの鑑定眼の右に出るものはない。また巡り合いという運にさえ愛されているのか、彼女が手に入れたといったものはまず間違いなく本物である。
「水に浮かせば翠の秘薬、花弁を煎じて傷薬、まるごと食せば万能薬――だっけ」
「まあそう言われてるよねー。とりあえずぐいっと飲んじゃって!」
人の噂というものは恐ろしくも有用なもので、まるでお伽噺のような伝承にも幾分かの事実が含まれている。
この場合、翠蜜花といえば、名の由来ともなった水に浮かべればいくらでも湧き出る蜜が原因である。その蜜が知る人ぞ知る魔道具などの増幅材として利用されているため、話に尾ひれが付いた結果そうなったのだろう。
もちろん、飲んでも美味しい。
「どう?どう?」
「美味。……微量の治癒効果?」
口にして首を傾げる。初夏の風のような涼やかな甘さと鼻にぬける花の香りの他に、魔法具を作る過程で慣れ親しんだ力の気配を感じ取る。シルエが呟くと、満面の笑みを浮かべたロロがいきなり抱きしめ……ようとして、回避したシルエにひっくり返る。
「今日も動きが冴え渡ってるね……」
「慣れた」
「さいですか」
天井を見上げて嘆息。そのままロロは転倒した拍子に散らかした商品を並べ直す。とはいえ、無意識なのか見事に植物は避けていたおかげで大した手間もなく元通りになるだろう。
「実はそれね、先週入ってきたんだけど、お披露目するのは今日が初めてなんよ」
「え?もしかして、」
「そ、手に入れたはいいけど持て余して、枯れかけたのを慌てて持ち込まれたわけ」
流行りこそないが安定した地盤を確立するロッサーナは、植物に限定されるものの代々随一の力を持っている。その店主が1週間。どれほど衰弱した状態で持ち込まれたのか、推し量れるというものだ。
「それで、ね?ねっねっねっ?」
「……な、何」
「シルエちゃーん、この子引き取ってくれない?安くしちゃうよ?」
ずずいっと。まさにそんな感じで顔を寄せるロロに、若干引きかけながらもシルエは。
「いくら」
「聞いて驚け、しめて100銀貨!……ほんとは金貨行くんだけど、さ。シルエなら、この子大切にしてくれるっしょ?」
愛おしそうに葉っぱをつつくロロ。余りの安さに思わず冷えていた視線を幾分和らげ、
「まあ、これも出逢い。50銀貨」
「まいど!世話でわかんないことあったらいつでも来てくれていいからさ。むしろ呼んでくれたら行くからっ」
「わかったから落ち着いて」
さて、翠蜜花で何を作るか――取り留めなく構想を考えながら、本来の目的であるお茶のためにロロを居住スペースへ追い立てた。
ロロちゃん突発的に出したものだから、説明が多いこと多いこと。元々さらっとしたのが好きなので、説明多いと筆が進まぬ……。
とりあえず通貨の単位は1,000金000銀000銅って感じ。ゲームなんかでよく言うk(1000)とかM(1,000,000)の単位そのまま当てはめちゃって問題ないです。
(追記:硬貨の素材でケタ分けているので、実際に銀貨999枚とか持ち歩くことはありません。まだ設定は詰めてないのですが、いわゆる500円玉100円玉みたいなのが各金属ごとにあるとでも考えてくださいまし。)
冒頭のゼリウス師はシルエが小っちゃいころに拾ってくれた恩人にあたる職人さん。さっさと独立しちゃったシルエが親心に寂しくて、なにくれと世話を焼いてくれるけどシルエはわかってんだろうか…。
ついでにロロには妹がいます。こっちは別に店継ぐ気が無かったので……今はアニキーって叫びながらフェイの追っかけしてるかな。何故だ。