それはまるで血のように
ちりん。扉を押し開ける。居ないはずはないのだが、さて。
店主はどこだ。
「……シルエ、いるかー?」
「フェイ。いらっしゃい」
「おわっと、もう結構長いこと通ってるけど慣れねえなぁ」
彼女の切り盛りする店内限定ならば、急に湧いたように感じるのも空気に気配が馴染みすぎていると説明もつくが……これは単に、相手の気配が希薄なせいだろう。
「それで、用件は」
「修理かな。いつものを頼みたい」
「了承」
常用している魔法具をカウンターに出す。淡々と魔法具を受け取るシルエはそのまま修理を始めたようだ。
「何かめぼしいもの入ってる?」
「フェイが気に入りそうな物は陳列済。使いそうなものは特にない」
ん、つまり?
「プレゼントになりそうなものっと……」
そのつもりで狭くはない店内を見渡す。不意に赤い光が飛び込んできた。
「……炎リグか?」
「ん、そっち?」
思わず呟いた。意外そうに顔を上げるシルエ。無理もない、俺が扱える魔法は基本的に水属性だし、それを補う目的で常用する魔法具にそこまで強い別属性の魔法晶は用いない。
最悪暴走した時に自分で始末できるレベルのものを扱うべし。
これが魔法具を利用するための基本方針だ。その観点から見るに、あの赤の強さはどう考えても俺が扱える範囲を逸脱している。
また、シルエの店は特殊な魔法具を保険代わりに常用している。その効果範囲において、自分が求めるもの、必要なものに加え、店主が示したもの(先の質問の答えがこれに当たる)以外が目に留まる確率を1割以下に抑えられているのだ。
……反応から察するに、これを紹介したわけではなさそうだし。たぶん、隣にある淡い青のイヤリングだろう。
「これは?」
「昨日仕上げた。効果は瞬間的に炎上させる」
「炎上?」
「そう。それくらい上質だと、シンプルに活かしたほうが良いものができる」
そうは言うが……魔法具として魔法晶を扱いやすくしたものは、必然的に効果が劣化するものである。それにより、逆説的に多くの用途が生み出されてきたが、逆にこれのように「炎上する」といった魔法的な効果は発揮しにくいし造るのも難しい。
訝しげな視線をやると少し照れたように一言。
「あんまり綺麗だったから、そのまま使ってあげたくて」
確かに、夜色の掛かる直前の夕焼けのような色合いは、まるで血のように赤い上質のルビーのようだ。石の深いところで揺らめく力の煌めきも、金持ちが道楽に集めるというのも納得の美しさである。
「これ、買うわ」
「諾。修理も終わった。支払いは月始め?」
「頼む。サンキュー」
包装も断り、鎖を手に絡めるように持って店を出た。
シルエの仕事は早いから、朝来ても十分時間が取れる。さあ、どうしようか。
「とりあえず……兄貴の顔でも見てくるか」
血のように赤いペンダントを光に翳し、揺らめく赤の世界に――贈り先は後で考えればいいやと先送りした。
少しばかり説明が多くなりましたね……。フェイの兄貴は先日のファリエルです。シルエは魔法具を造り扱う魔法具屋を営んでます。腕はいいんですけど無口で一品物が多いので、客を選ぶタイプの店ですね。
リグは魔法晶の略。炎は赤、水は青、地は黄、風は緑が象徴色。無は……たぶん黒?加工前のリグは天然属性付き以外、ダイヤみたいに透明とでも思ってください。