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刃金の翼  作者: 山彦八里
一章:出会い
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7話:共闘依頼

 学園の四つの塔のひとつ、技能の塔内の訓練空間でイリスは講義を受けていた。

 床に直接座り、物憂げに立てた膝に顎を載せている。クルス達の前とは打って変わって静かな佇まいだ。


 ギルドではムードメーカー的な立ち位置にいるイリスだが、本人はそれを役割として認識している。

 ソフィアは勿論、兄のクルスもどれだけ才能があろうとまだ十代。実力はともかく精神的には未熟といってもいい。どこかで肩の力を抜く必要があるからだ。


 だが、クルスは力の抜き方など知らずに育てられた。

 兄妹の父は決して悪い人物ではないが、いささか武人としての気質が強すぎる感がある。その影響を幼い頃から受けたクルスは必要以上に“護ること”に拘っている。強迫観念といっていい。戦い、傷つき、仲間を、民を護ることを自身に課しているのだ。


 クルスは被護対象の前では決して力を抜こうとしない。多少強引でもこちらから促さないと倒れるまで動き続けるだろう。

 その意味では家の束縛から離れた学園という環境で、先輩格と言えるカイと組んだことはクルスの負担を大きく軽減している。


(ソフィアもクルスも笑うこと多くなったもんね)


 早いものでギルド結成からひと月が経っている。

 その中でいくつか依頼を片付けてきたが、クルスの表情は目に見えて明るくなった。もう少し仲間に頼って欲しいと思う所もあるが、概ね良い傾向だろう。

 加えて、ソフィアの精神もカイという目印を得たことで安定してきている。

 学長への照会届も返事が返って来た。カイの身分を保証する、と学長のサインと共に書かれた書類は既にヴェルジオンの家に送ってある。

 ギルドは万事、順調だ。


(このまま何事もなくうまくいけばいいんだけどね……)

「――であるから、現在の赤国の主産業である製鉄業はそのまま赤国の軍事力の増強に一役買っている。次期主力といわれる機甲師団の編成はその代表的な例だね」


 歴史の講義の内容が現在の大陸の状況に移ったので、思考と講義の比率を変えて集中し直す。

 周囲には思い思いの位置に座る学生達。そして皆の視線の先、壁に嵌めこまれた黒板の前には一体の二メートル大のゴーレムが立っている。


 遺跡(ダンジョン)に出てくるロックゴーレムなどとは違い、その機体の表面は陶器のように白く滑らかな上、きちんと服を着ている。顔も遠目からは兜を付けた人間に見えるくらいに精巧だ。

 チャーリー・ノウレッジ錬金術担当“教官”。数百年前に記録用として作られた知識収集型ゴーレムが一体である。


「魔物の活動が沈静化していた十五年前までは四大国間でも小競り合いが絶えなかったね。特に赤国と青国の対立は根深くて、赤国が大規模な陸軍を、青国が魔法部隊を、どちらも小さくない負担になっているのに今でも維持している原因だ」


 チャーリーは精密作業用アームでチョークを一本掴むと黒板に押し付け、さらさらと精巧な大陸地図を描いていく。

 この地図は自分の視覚素子を魔法で上空へ打ち出して大陸を俯瞰観測したものだという。

 魔法で資料を纏めたり、上空から大陸を眺めたり、この学園の教官は妙な所で凝り性だ。


「とはいえ、ここ二、三年は魔物の活動もかなり活発になってきて、赤国は今度の防衛戦争で、青国は海の魔物退治でそれどころじゃないね。みんなも頑張ってね。せめてボクよりは強くなって貰わないと――」

「……」


 学生達は先程までの教官との模擬戦という名の殲滅戦を思い出して沈黙する。非戦闘用ゴーレムのチャーリー本体には通常のゴーレムのような戦闘用の機構はない。

 だが、このゴーレムは専用装備を自ら開発し、幾多の戦いを経験して加護とクラス、そして魂の証たる心技を獲得している。

 チャーリーはゴーレムとしてではなく人間の似姿として英雄級へと至ったのだ。


 イリスの目から見てもその独創性は作り物や人間の模倣とはとても思えない。むしろ下手な人間より人間らしい。特に戦闘においてはその知識量と発想力で相手を戦術レベルで圧倒している。


 創造主(マスター)が亡くなった現在でも知識収集という役目を果たす為に学生資格も取得しており、よく他の教官の講義に混じっているが、果たして知識で彼に勝る教官などいるのだろうか。

 学生である意味などないに等しいと――


(いや、それはカイもおんなじか)


 降って湧いた感想を思考で打ち消す。

 同じサムライの教官に勝つ腕があるならば彼とて学園に通う意味は薄い。逆に教官として呼ばれていても不思議ではない。彼が学園に在籍しているのは基本的には呪術を解くためなのだ。

 同様に、チャーリーにもここでしか手に入らない知識があるのかもしれない。ならば、学園に在籍しているということにも意味があるだろう。


「と、このように現在でも暗黒地帯は予断を許さない状況だ。防衛戦争に出る子はくれぐれも気を付けるように。……あと十二秒で鐘が鳴るね。では、今日はここまで」


 きっかり十二秒経って訓練空間に鐘が鳴り響く。

 これで今週の講義も終わりだ。ソフィア達と合流しようとイリスは伸びをしつつ立ち上がった。


「ちょっといいか?」


 そこに声を掛けてきた人物がいた。片手をあげて気軽に挨拶してきた青年だ。

 歳はクルスと同じくらいだろうか。赤毛の短髪で、顔からはガキ大将がそのまま大きくなったようなやんちゃさが、困ったように笑みを浮かべている姿からは陽気で実直そうな印象を受ける。


「アンタ、ヴェルジオン兄妹のギルドのメンバーだよな?」

「……そうだけど。何か用?」


 イリスは冷静に聞き返す。同時に心中で警戒度を引き上げる。

 こうしてクルスとソフィアを避けて声を掛けられる時の半分は二人への取次で、残りの半分は恋文の配達だ。

 だが、青年はこちらの探るような様子に慌てて手を横に振った。


「アンタの業務とは関係ないぜ」

「あらそう?」


 どうやらその手の話ではないようだ。そうすると更に面倒な話か、普通の話のどちらかだろう。

 後者であって欲しいと願うばかりだ。


「っと、先に自己紹介だな。オレはアンジール。ギルド『アイゼンブルート』のリーダーをやってる。今回は依頼を出す側だ」

「アイゼン……ああ、聞いたことあるわ」


 多少とぼけてみせたが勿論、ちゃんと記憶している。

 アイゼンブルートは学生ギルドの中でも指折りの部類だ。結成は三十年ほど前、卒業と加入を繰り返してメンバーを入れ替えながら毎年引き継がれている確かな伝統と実績を持つ。


 イリスの知る限りでは今年の依頼達成率も悪くなかった筈だ。

 それは学生ギルドでも数少ない“二級”を保てていることからもそれが窺える。ちなみにアルカンシェルは現在準三級だ。

 ギルドランクは依頼失敗や素行不良などで容赦なく落とされる。通常の冒険者ギルド以上にメンバーの入れ替えの激しい学生ギルドは特に厳しく見られているだろう。

 その中で仲間を纏め上げ、ギルド連盟の査定をクリアしているとなれば、リーダーとしてそれなりの実力があると判断できる。


「で、依頼ってどういうこと? 自分達で達成すればいいじゃない」


 二級ならば国やギルド連盟からの依頼を受けるに足る実力があると認められたに等しい。並の依頼では苦戦すらしないだろう。

 その筈なのに、アンジールは困ったように頬を掻く。


「まあな。今回は外せない依頼が重なっちまって人数が四人ほど足りないんだ。どっちも防衛戦争絡みでな」

「四人、ねえ……依頼内容は話せる?」

「詳細は無理だが、基本的には隊商の護衛だ。四人ってのは馬車の定員。少人数ギルド自体少ないから、できればいい返事が欲しいんだが?」

「そうね……」


 イリスは考える素振りを見せる。ほぼブラフだ。どちらにしろ他のメンバーとリーダーのクルスの指示を仰ぐ事になる以上、イリスに応諾の余地はない。

 そして、おそらく受けることになる。

 クルスは元より講義の大半を修了しているし、今週はソフィアも自分も受講していない。カイは言わずもがなだ。

 防衛戦争絡みなら戦場周辺の情報も手に入る。受けて損はない。クルスもそう考えるだろう。

 そう、受けていいのだ、常ならば。


(だけど、何か引っかかるのよね……)


 このアンジールという青年、少し話しただけでかなり“人が良い”のが分かる。人徳でギルドを纏めているのだろう。それが悪いなどということではない。

 問題はその人の良い者がさっきから“困った”もっと言えば“申し訳なさそうな”表情をしていることだ。

 急な依頼を持ち込んで、という可能性もあるだろうが、イリスの直感は何か裏があると感じていた。

 ならば、クルスに持って行く前にある程度情報は引き出しておきたい。


 そんなこちらの様子に感づいたのか、アンジールは頭をガシガシと掻いて唸るとイリスを手招きした。

 折れるのが随分と早い。交渉事は苦手なのかもしれない。ギルドリーダーとしてそれはどうなの、などと思考を展開しつつ、ひとまずイリスはアンジールへ小耳を寄せる。


「……大きな声じゃ言えねえが、これはギルド連盟からの依頼でもある」

「隊商の護衛程度に? どっち?」


 襲撃される危険があるのか、それとも隊商に問題があるのか。


「両方」

「……分かった。ひとまずリーダーに話通してみるわね」

「そうか。なら、オレ達は教会にいるから夕方の鐘が鳴る前に返事をくれ」

「随分急ね」

「悪い」


 アンジールは本当に申し訳なさそうに小さく頭を下げる。

 他の者がやれば卑屈に見えるだろうが、この青年がやれば誠実さの表れに見える。人徳の為せる技だろう。


「今から行くわ。それじゃ、また“後で”」

「……ああ!!」


 こちらの含みのある言に笑顔を取り戻したアンジールを残し、イリスは訓練空間を出て、そのままの足でカイの住居のある森へと向かう。

 今の時間ならギルドメンバーが全員揃う筈だ。あの大樹の元に集まるのは既にギルドの日課になっているのだ。



 ◇



 果たして三人はいつもの草原に居た。

 訓練後らしき様子で座り込んで汗を拭っているクルス。

 その傍で斧を持ったカイと薪を持ったソフィアが目に入る。


「何してるのー?」

「……イリス、授業は終わったんですね」


 疲れた様子のクルスはひとまず置いて、カイとソフィアに問いかける。

 ソフィアが振り返り、目線で見た方が早いと伝えてきたのでそのまま黙って見守ることにする。


 前に向き直った少女が手に持つ薪をカイの頭上へと放り投げた。

 大きな放物線を描いて落ちてくる薪に向かって、カイは無造作に斧を振る。

 カン、と小気味いい音が辺りに響き、空中で瞬く間に三閃した斧が落下する薪を綺麗に等分する。

 見れば、侍の足元に山と積まれた薪はどれも同じ長さに裁断されている。


「これはまた、すごいわね」


 イリスが感心したように告げる。

 落下中の軽い物体を斬るのは難しい。かなりの速度を出し、かつ刃を真っ直ぐに入れないと剣線が逃げてしまうのだ。

 カイはそれを刃の分厚い斧で、しかも切り返して三回斬ってみせた。芸として売ってもそこそこのレベルだろう。

 座るクルスとその背後の不揃いな薪の様子から見るに、同じことをやってとりあえず一回斬ることはできた、程度なのだろう。

 イリスではその一回も怪しい。加護や能力以前の単純な技量差というのを従者は実感した。


「これって何かの訓練?」

「ああ。今は使えない技だ。ただ、放っておくと腕が鈍る」

「カイでも使わない技は鈍るんだ?」

「当然だ」


 そう言えば、この前は投擲の練習をしていたな、とイリスは思い出した。

 イリスが思う以上にカイは几帳面なのかもしれない。男の中に人間らしさを感じて従者は少し親近感が増した。


「それで、何があった?」

「……飛び込みの依頼ですか。珍しい、ですね」


 斧を置いたカイがイリスに問いかけ、ソフィアが答えを読む。


「あー、うん。そういうこと」


 カイとソフィアのタッグに慣れてきている自分に心中で苦笑し、甘えてしまいそうになるのを律する。

 これに慣れきってしまうと他の人と会話するのが苦痛にすら感じてしまうだろう。殊更に言葉を必要としない二人との会話は蜂蜜味の毒のようなものだ。


「依頼か。誰からだ?」


 依頼と聞いて俯いていたクルスの顔が勢いよく上がる。そういう所が頑張り過ぎだというのに本人に自覚はない。


「イリス、説明してくれ」

「はいはい」


 とはいえ、依頼内容が間違って伝わる可能性は排除しなければならない。

 イリスは汗を拭って立ち上がったクルスに向けてきちんと口に出して説明し直した。



「アイゼンブルートからの依頼。さらに元の依頼はギルド連盟か……」


 クルスもアイゼンブルートについては知っていた。ソフィアでさえ聞いたことはあった。

 おそらく全学生で知らなかったのはカイ位だろう。


 ともあれ、話を聞く限り商人から隊商護衛、ギルド連盟から監視の依頼を受け持っているようだ。さらにギルド連盟にその依頼を出したのは十中八九“商人ギルド”だ。

 厄介な話だ。クルスは思案する。

 依頼を受けるにしても足手まといになるようでは問題だ。

 戦闘力で引けを取るとは思わないが、それ以外の部分、例えば隊商の監査をしたりするのには、こちらの経験は圧倒的に不足している。

 クルス自身、あまり腹芸は得意でないと自覚している。貴族としては明らかに短所だろう。


(二重依頼か。気を付けねば……)

「私達が受けたのは人数合わせの依頼だけなんだから気にしない気にしない」

「問題があれば斬る」

「いつも通りでだいじょうぶです。悪い感じもそんなにしません」


 クルスは既に受ける気だ。ならばあとは早いか遅いかだ。それが分かっているからこそ、ギルドメンバーは各々肯定的な反応を寄越す。

 若干物騒なのが混じっている気がしたが、クルスは頷き一つで気持ちを切り替える。


「ふむ、では受ける方向で話を進めよう。防衛戦争絡みなら北へ向かうか。耐寒、野営の準備が必要だな」

「ソフィアと私は大丈夫。カイは?」

「少し待て」


 カイが小屋に取って返して外套を持って来た。現在装備している道衣と同色の黒い外套だ。

 使い古されているが、フードが付いて厚手の丈夫な布で出来ており、着たままで戦闘もできるよう肩部、腰部の可動域も広い。


「使えそうだ。問題ない」

「カイって黒色が好きなの? 普段着のソレも黒いよねー」


 イリスが外套を見ながら尋ねる。所々ほつれているのが気になるのは従者だからだろうか。

 その様子を見ながら男は首を横に振る。


「いや、道衣も外套も元は藍色だったのだが……」


 男の言から何かに気付いたソフィアが近づいて外套の匂いを嗅ぐ。外套からは古い大樹のような男の匂いと共に微かに――


「血のにおいがします」

「もしかして血染めってやつ?」

「……ああ」


 言われてみれば、たしかに染めたにしては色が斑だし、背中側には僅かに元の藍色の部分も残っている。

 クルスたちはどんな戦い方をすれば服の大半が血に染まるようになるのか俄かには想像できなかった。


「他の服無いの?」

「一張羅だ」

「そ、そうなの……」

「……カイ、今度服屋に行こう」


 クルスが言い切る。既にカイに対して自分達の常識を期待してはいない。押し付ける気もない。

 だが、それでも世の中には必要経費というものがある。普通その中にはベッドや夏冬の代えの服が入る筈だ。

 クルスの提案にイリスも手を叩いて賛同する。


「いいね、それ。ついでにソフィアのも買っちゃおう!」

「イリスのも、ですよ」

「……任せる」


 同じ流れも二度目となれば気を遣われている、ということはカイでも分かる。頷き、それ以上何も言わずただ流れに任せた。


「任されました。……兄さん以外の男性の服をみるのははじめて、です」

「お店挙げとくねー」

「だが、まずは依頼だ。あまり待たせても悪い。すぐに教会へ行こう」


 クルスの汗は既に引いている。

 四人は連れ立って教会へと向かった。

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