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刃金の翼  作者: 山彦八里
一章:出会い
7/144

5話:初依頼・後編

「それで、さっきのはどうやったの?」


 馬車に乗り込むと同時にイリスが身を乗り出すようにしてカイに尋ねた。演技等ではなく純粋に気になるのだ。

 未知のもの、新しいものへの追及が原動力になるのは冒険者のサガだろう。


 依頼を受けた村までは日をまたぐので、御者台で馬を操るクルスも何も言わない。女性陣の押しの強さとカイについて知る機会が想像以上にすぐ訪れたことに苦笑しているだけだ。


「複数人を同時に斬る、ですか。ウィザードに対象を拡大させる技術はありますが、物理攻撃に適用されるとなると……」

「やはり加護か?」


 兄妹の推測にカイは頷きで返した。クルスの予想通り隠す気は微塵もないらしい。


 加護とはクラスを神に任じられ、その権能を習得する際に与えられた契約の最たるものだ。契約において、自己の表れる部分、長所や個性と言い換えられる。

 足の速い者にはより速くなる加護を、力の強い者にはより強くなる加護を、という具合だ。

 完全に新しい力を得ることはない。元から持つ可能性を拡張、増大させるという契約の原理は加護とて変わらない。


「サムライとモンクの二つの加護だな?」

「そうだ。三つ目は取得できなかった」


 加護は一つの契約に対して一つ得られる。だが、多くの人が契約できるのは二柱までだ。

 三つ目の契約は『英雄級』の更に先、『英霊級』に至らなければ与えられない。

 しかし、歴史上、英霊級に至った者があまりに少ないため、そこに至る条件や得られる加護については体系化された知識が残されていない。


「やっぱり加護かー。あ、私の加護は警戒能力を強化する“森の番人”、レンジャーが奉じる緑神としては有名な方かな」


 イリスは先んじて己の加護を明かす。はじめに訊いたのが自分なのだから、仲間内とは言え最低限の礼儀は守るべきだと考えたのだ。


「俺は白神の加護で体力回復を強化する“生命の祈り”を賜っている」

「わたしも白神の加護で魔力生成を強化する“神秘の祈り”と、黒神から魔法威力を増加させる“暗黒の渇望”をいただいています」

「黒神と白神の加護……クレリックとウィザードを“両方”修めているということは、生まれついての“聖性”持ちか?」

「はい、ご明察のとおりです。契約の際に判明しました」


 複数の神の加護を受けるには才覚がいる。大陸の五色神それぞれにも“好み”あるいは“方向性”のようなものがあるからだ。

 一柱目の神で問題になるのはそもそもクラス選択を間違えているとしか言いようがないが、これが二柱目になると少なくない数の者が躓く。

 例えば、黒神は個を貫く者を好み、白神は他者へと施せる者を好む。同じ後衛でも間逆といってもいい性質だ。

 当然、魔術士(ウィザード)神官(クレリック)を兼任できる者は少ない。


 だが、時にそういった括りを飛び越えて複数の神と契約できる者もいる。まさに“神に愛されている”としか言いようのない者達、彼らを指して聖性持ちと呼ぶ。

 実力を大きく飛び越えて、ソフィアが二つのクラスを兼任しているのはその恩恵だ。その上、白神と黒神の組み合わせとなるとかなり高位の聖性持ちだと言える。


「あれ、カイってモンクなのに緑神の加護は受けてないわよね? 前聞いた時も知らないカミサマの名前が出てきてたし」

「……あまり知られていないが、サムライの特性のひとつだ」


 申し訳程度に引かれた藁の上に胡坐をかいたカイが続ける。


「この大陸ではサムライは黒神信仰が基本だが、実はサムライは己が奉じる神に幅がある。“選べる”と言ってもいい。よって、世界のどこに居てもその土地の神性に左右されることはない」

「講義で聞いたことはあったけど、実際に黒神信仰以外のサムライはカイが初めてね」

「……この特性は元々サムライを研究し、今の形に体系化した東方の国が“物に神が宿る”場所であったが故だ」

「物に神が宿る、ですか?」


 ソフィアが小首を傾げる。物に魂が――魔力生成機関が宿るのはサムライの武器を見れば自明だが、神が宿るというのは理解しにくい概念なのだ。

 

「精霊信仰とはあらゆる物に神がいるというアニミズムの宗教観だ。空にも大地にも、そして剣にも神がいて力を貸してくれるという」

「それは……モンクの巫術やサムライの刀気解放に類する考え方ですね」

「だからこそ、サムライを研究し、そういった特性を取り入れたのかもしれないな。それで、カイの信仰対象は……」

「一柱目が黒神代わりの神剣“クサナギ”、先程言った全体化の加護だ。二柱目は緑神の代わりに東方の護法神“イダテン”、名がそのまま敏捷を常時強化する加護になっている」

「イダテンという神も初耳ですが……クサナギ、剣を神としてあがめているのですか?」


 ソフィアの疑問は尤もだろう。この大陸の人間にとって神とは教会で祈りをささげる相手だ。腰に提げている物を崇めるのは想像しにくい。


「当然の疑問だ。だが、クサナギは剣であって剣でない」

「んー、それは伝説級武器とかそういうのじゃないの?」

「歴史学者のように詳しくはないが、どうやらクサナギは元々は別の名を持つ剣だったのだが、ある時、火災から逃れる為に草を薙いだ経験を得たことで元の名とは別の権能を得たらしい」

「剣自体ではなく、その能力と伝承が“概念”として加護を与えるまでに広まり、信仰されたということか」

「つまり神様としては私たちが信仰している神と変わりはないけど、その形状がたまたま剣だったってこと?」

「その解釈で問題ない。より正確に言えば、クサナギの加護はその経験の再現だ」

「道理で一対一では使われない訳だ。……アリーナで使った風の刃と合わせて使う事を考えているのか」


 ならば、使いようによっては非常に強力な効果だ。

 加護自体は何かを代償とすることはない代わりに、クラスと違い自分では選択できない。クラスを得る契約をした際に自動的に付与される。

 また、与えられる加護は長所を更に伸ばすため、強力な加護を得るには優れた能力や錬度を求められる。

 後者はサムライであっても逃れられない条件だ。おそらく、クサナギの加護もそれを扱うに足る技量がある者にしか与えられないのだろう。

 でなければ、強力な加護を得たサムライが世界中に氾濫していなければおかしい。

 

「ただ、クサナギの効果はその戦闘における初撃にしか適用されない」

「それでも十分すぎる戦力になる。初手ならソフィアの連続魔法もある」

「やはり兄さんとカイが前衛、イリスが中衛、わたしが後衛ですか」


 クルスが頷きを返す。こういう時、読心は便利だ。話がスムーズに進む。兄妹にとっては慣れたものだ。


「そういうことだ。俺が敵を引き付け、カイとソフィアが頭数を減らす」

「で、私がソフィアを援護しつつ間接攻撃ね。長期戦ならソフィアが回復にも回れるけど、そうすると前みたく攻撃の選択肢がかなり狭まるわね」


 今までの三人パーティではそういう場面がままあった。

 その場合はクルスが前衛で粘っている内に体勢を立て直していた。当然、クルスの負担が大きく、全滅する危険性も高かった。


「俺はチャクラで自身の体力を回復できる。継戦能力は問題ない」

「そういうことなら、俺も初歩の治癒術式が使える。他人に掛けるのは時間が要るが、自己治癒なら問題ない。あとは……状態異常が問題か」

「それこそ使わせないのが最上じゃない?」


 魔法が直撃するということは状態異常を発生させる魔法を食らうと確実にかかることを意味する。相手が幻惑魔法を持っていた場合はとにかく詠唱させないようにする以外の対処がない。


「たしかに。カイがどうであろうと状態異常は脅威であることに変わりはないな」

「そうですね。確実にレジストできるとは限りませんし」


 六人以下の少人数ギルドでは交代要員がいない。頭数を減らされたり、同士討ちを誘発されたりする場面は可能な限り避けねばならない。

 集団では処置の容易な毒や麻痺であっても、少人数では致命傷になり得る。


「ともかく、初手はこちらで敵を選ぶようにします」

「ウィザードにはウィザード、アーチャーにはアーチャーを当てるのが定石だもんね」

「ああ、ソフィアはできる限り攻撃に専念してくれ。このパーティは嵌れば殲滅力が非常に高い。その長所を潰したくはない」

「何かあれば私が調整するし、うん、けっこういい組み合わせなんじゃない?」


 一通りの戦術が立ったことでクルスとイリスは表情に余裕が出てきた。


「あとは実戦で合わせるだけだな。カイは何かあるか?」

「問題ない」

「では、交代は一刻後だ。皆、先に休んでくれ」



 その後、交代で御者をしつつ、国境を超えて赤国に入ってから馬車内で一泊した。

 次の日、朝早くに着いた途中の街で補給と馬の休息をして、さらに半日ほど馬車を走らせて、漸く目的地が見えてきた。



 ◇



 太陽は既に昇り切っており、朝方は肌寒かった気温も過ごしやすい暖かさになっている。外を見れば見渡す限り森と平原しかない長閑な景色が続いている。


「……そろそろの筈だが」


 馬車は数刻前から速度を緩めてのんびりと進んでいる。学園から首都間のような舗装された道ではなく、かろうじて道程が分かる程度の整備しかされていない田舎道なので急ぐと車輪が壊れてしまうのだ。

 村に着くと同時に依頼に出る予定なので、皆ぽつぽつと雑談する位で口数は少なく体力の温存に努めていた。

 

「畑が増えてきたね」


 御者台で周囲を見ていたイリスが告げる。地図から顔を上げたクルスも微かに麦の匂いがするのを感じた。


「時間的にもそろそろ依頼主の村に着く。各々準備してくれ」


 了解、と返事が唱和され、各自で緩めていた防具を戦闘のできる状態へと整える。

 クルスは鎧の合わせをキツめの戦闘用に調整し、篭手や具足を嵌めていく。

 ソフィアは目を閉じて集中力を高めている。

 イリスは御者台で弓の整備を手早く済ませ、外と地図を見比べて地理を頭に入れている。


(誰かと共に剣を振るうのは一年ぶりか)


 道衣の襟元を正しつつカイは独りごちる。

 防具は元より緩めてなどいないし、心身の状態も今すぐ戦闘になっても問題ない程度に練ってある。


 ただ、依頼を受けるにあたって大事なのは遂行能力だけでない。クルスの言だ。学園やギルド連盟は国では手が回らない辺境の防備等も請け負っているという。

 故に、任務を受けたならその代表として民草に不安を与えないよう心を砕かなければならないという。


「……ふむ」


 生真面目なリーダーらしい言葉だが理に適っている。依頼をより良い形で達成すれば次に繋がるからだ。

 改めて自分の所属する新生ギルドを顧みる。

 クルスは若いながらも人を惹き付ける性質があり、リーダーとして人前に立つにはうってつけの人材だろう。

 ソフィアは浮世離れしているが、強大な魔法と他者の心に敏いという長所がある。

 二人では手の届かない所もイリスがよく補っている。


 今はまだパーティ全体が若く、どうしても軽く見られがちだ。

 だが、それはこれから補っていける点であるし、今の自分でも手助けできることだ。


(なるほど。たしかに悪くない)

「あ、村が見えて来たよー」


 馬車の行く先を“千里眼”スキルで見ていたイリスが告げる。

 小さな、どこにでもあるような辺境の村だ。

 それでもアルカンシェルの面々は表情を引き締める。相手(オーク)が弱いからといって魔物との戦いで油断するほど経験不足でも愚かでもないのだ。


「――よし。油断せず行こう」


 クルスが最後に締める。一同は頷き、準備の手を早めた。




「あんたらが依頼を受けてくれたギルドかい? 随分お若いようだが…」


 馬車を村の入り口に繋ぎ、依頼書に書かれていた村長の家に行くと、見るからに畑帰りの日焼けした壮年の男性が応対に出てきた。

 パーティをじろりと一通り見てその若さに苦言を述べようとして、前に立つ不朽銀(ミスリル)の全身鎧のクルスとその隣で剣気を滲ませるカイに気圧されて思わず口を噤んだ。


「ま、まあ、やってくれるというなら文句はないわな。村に被害もでているし、ひとつ頼むよ」

「オークはどこからやって来ているのですか?」


 代表してクルスが必要な情報を集めにかかる。


「西の森に小さな洞窟がある。元からあったそこを拠点しているらしい。見かけた村の者によると四、五匹で固まって行動しているのを村の者がみた」

「ではまずそこから当たってみます。前情報通りなら半日で片が付くでしょう。夜が明けても戻らないようならギルド連盟へ連絡してください」


 形式的なやり取りを済ませ、早速一行は森の中へと入って行った。



 ◇



「……どうだ、イリス?」


 森を進んで暫くしてクルスが先行するイリスの背に問いかけた。


「複数の足跡がある。数は五。だけど二グループは確実にいるわ。襲撃の間隔が短すぎる」

「数は少なく見ても十から十二といったところか。報告された倍か……」


 注意深く残された蹄跡を調べる従者の報告に、クルスが緊張を深くする。

 その隣、平時は呆っとしているソフィアも気を引き締めて周囲の魔力を探っている。カイも周囲に気を配っており、不意打ちを受ける可能性を極力排除している。


「各個撃破できれば理想だな。カイは何か感じるか?」

「……魔物の匂いは単一だ。居てもハイオークだろう」

(この距離で魔物の匂いがわかるのですね)


 警戒しつつ歩き出した中、ソフィアが小声で話しかける。自分もできるならと思って訊いてみたのだ。


(ある程度は。警戒心の強い魔物は匂いを隠すが、ここのオークにそこまでの知恵はないようだ)

(ちなみにどんな匂いですか?)

(……卵を腐らせたような匂いだ)


 想像したのかソフィアが端整な眉根を寄せた。


(大丈夫だ。相対すれば鼻がきかなくなって気にならなくなる)

(そう願います……)


 そうして森の奥へと進んでいくと俄かに森がざわめきだした。鳥達が慌てたように飛んでいき、虫のさざめきが途切れる。

 ――自分たち以外の招かれざる客の気配だ。


「隠れて」


 加護によって警戒能力を強化されたイリスがその気配が敵であることを看破、押し殺した声に全員が散開して茂みや木陰に身を潜める。

 そのまま暫くして、前から皮鎧と石斧で武装した二足歩行の豚人、オークの一団がやって来た。連れ立って歩く五体、一グループだ。


(増援はいないようだな)

(やっちゃう?)


 カイとイリスの手振りにクルスは頷いた。


(手早く片付ける。ソフィアは詠唱準備。いくぞ!!)


 オーク達の前に素早く四人が展開する。


「――散れ!!」


 奇襲に驚くオークを尻目に既に複数の矢を生成していたイリスが先制攻撃を放つ。

 曲射から拡散して広範囲にばらまかれた矢がダメージを与えつつオークの隊列を乱す。

 その混乱の中、一体が降り注ぐ矢を無視してクルス達へ吶喊をかけようとする。


「通さん!!」


 その前にクルスが盾を掲げてシールドバッシュを掛ける。

 加速から体重を乗せた盾の突撃で敵を逆に押し返し、そのまま敵全体の足を纏めて止めた。

 オーク五体とクルスの膂力ではオークに軍配があがるが、機先を制して敵の体勢を崩してしまえば止めることは決して難しくない。

 ただ守るだけでなく敵に攻撃させないこともナイトの仕事だ。


「――氷結せよ、アイスニードル」


 その間にソフィアの低位氷結魔法を詠唱。形成された氷柱の一撃が先頭のオークを貫いた。


 仲間が死に、互いの体が邪魔して引き返すこともできず、残る四体のオークは混乱の頂点に達した。

 だが、それも長くは続かない。既に敵陣に踏み込んだカイが四体全てを間合いに入れている。パーティの中で誰よりも早く行動できるが、クサナギからの一撃を狙う為に敢えて順番を遅らせたのだ。


 そして、ガーベラの鯉口が切られ、閃く剣線が肩口の高さで横一文字を描く。


 首刈り。その名の通り、首あるいは頭部を斬り飛ばす必殺の剣技だ。

 クサナギの加護で全体化した一閃は、冷酷なまでに正確な円を描いた。


 果たして一瞬一閃で四つの首が飛んだ。混乱したオークでは反応することもできなかっただろう。


 首の断面から血を噴きあげて倒れていく豚人の死体を尻目にカイが残心しつつ刀を納めた。

 刀身に血や脂がつくよりも早く斬り抜けたので拭う必要すらない。


「これほどか……想像以上だ」


 同じ近接系としてカイの強みを理解できるクルスが呟く。一手で前衛を崩壊させる剣技。無詠唱で範囲魔法を放つに等しいのだ。

 味方ならば頼もしいが、もし敵として出会えば恐ろしいことこの上ないだろう。


「……次は来ないみたいね」


 緑神の領域である森の中では加護による警戒の権能は最大まで発揮されている。

 イリスの判断に全員が戦闘状態から警戒状態へ移行する。


「血の匂いで獣が寄ってくる。すぐ移動しよう、イリス、オーク達が来た方向を追ってくれ」

「了解」


 クルスの言に皆が頷き、オークの死体が消滅するのを待たず森の奥へ向かう。



 オークの足跡を遡って獣道を進んでいると、村長の言っていた通り小さな洞窟が見つかった。

 入口にはオークが二体立っている。


(中にまだまだいるね、これ)

(まだ気付かれていないようです。特に興奮しているようには感じられません)


 イリスとソフィアが己の能力を駆使して敵状を探る。

 クルスはひとつ頷いて攻勢を継続する旨を告げる。


(入口はここだけのようだな。一気に攻めるか?)

(問題ない)

(はい、異論ありません)

(じゃ、右はカイお願い。左は私がやる)


 茂みに隠れつつ、一行は処理方法を即断した。


 静かに弓を引くイリス。弓弦を静かに軋ませ、狙いを定めて、放つ。

 同時にカイが疾走を開始。一瞬で背後に回って逆手に抜いた一刀で喉を掻き切る。

 オークがこちらに気付いた時にはもう遅い。片方は脳天を矢に貫かれ、もう片方は既に首が飛んでいた。


「排除完了」

「んじゃ、先行するね」


 洞窟や遺跡では警戒能力と罠発見技能を持つレンジャーを先頭に探索していくのがセオリーだ。一行はイリスを先頭に洞窟へと静かに侵攻して行った。


(これ人工的な洞窟だね。所々削った跡がある)


 薄暗い洞窟を進みながら壁を指差してイリスが小声で告げる。

 言われてみれば確かにランプを引っ掛ける様な窪みが等間隔に続いている。

 クルスが先頭だったならば、気付いていなかっただろう。


(となるとマズいな。横道や隠し扉の危険がある。出足は遅れるがカイ、後衛を頼む)

(了解)


 音もなくカイがソフィアの背後に移動する。

 その時、一瞬だけソフィアの青い瞳と目が合った。

 気負いのない澄んだ瞳。そこに浮かぶのはあまりに純粋な信頼だ。

 笑顔ばかりで感情があまり表情に出ない割に少女はどうにも無防備だ。そのギャップに人付き合いの多いとは言えない侍は戸惑う。


 ともあれここは魔物の巣の中だ。

 意識を周囲の警戒へと振り分けながら仲間に続いて洞窟を進んでいった。



 ◇



 その後、一行は何度か出くわしたオークを奇襲から手早く処理したが、この時点で既に村から報告されたのを大きく上回る数を退治していた。

 おそらくは渡す報酬を少なくする為に村が過小報告したのだろう。


(余計なことを……)


 兜の下でクルスは顔を顰めた。

 彼らは自分達のしたことの危険性を理解していない。魔物がどのようにして生まれるかは分かっていないのだ。それはつまり、魔物が突然増える可能性を否定できないということでもある。

 年貢が納められないから見に行ったら、辺境の村がいつの間にか滅んでいた、などよく聞く話だ。


「止まって」


 先行していた再びイリスが合図を出し、気配を殺して先行する。

 一度目を離すとその存在感が途端におぼろげになり、急速に周囲に溶け込んでいく。

 レンジャーの“ハイド”の技能だ。

 気配だけを殺すカイと異なり、本職のそれは姿形をも隠す。

 ソフィアやクルスは既にイリスを感知できず、カイも直感がなければ見失っているだろう。知能の低いオークならば殴られても気付かないかもしれない。


(どん詰まりが広間になってるね。中にハイオーク一匹、オーク四匹)

(お疲れさまです)


 一足先に偵察に行っていたイリスが報告する。


(全面戦闘になるな。初手から速攻をかける。ソフィアと俺はハイオーク狙い。他はカイとイリスで片付けて合流)


 全員が頷き、一気に広間へと駆けこんだ。


 こちらの姿を見た瞬間、オークの二倍はある体躯を震わせてハイオークが豚じみた咆哮を上げた。次いで、増援が来ないことを不審に思ったのか不思議そうに左右を見回す。

 実力的には自分たちと同等かとアタリを付けつつ、クルスはハイオークの前へと走り込んだ。


「いくよ、アローレイン!!」


 洞窟内で射線を確保する為に跳び上がったイリスが定石通り分裂矢をばらまいて相手全体の動きを阻害する。

 そこにカイが飛び込んで慌てて武器を構え出した側仕えのオークの首を容赦なく斬り飛ばしていく。


 ようやく事態を察したハイオークが手に石斧を握ってソフィア――この場で最も弱いと本能的に察したのだろう――へ突撃をかける。

 直撃すればソフィアは戦闘不能になりかねない。


「させるか!! ――障壁、展開!!」


 クルスは単詠唱から構えた盾を覆うように力場を展開し、


「オオオォッ!!」


 盾を起点に物理的な反発領域を形成、自身も咆哮をあげて盾ごと突撃をかける。体内の魔力が筋肉を強化し、全長で二倍はあろうかという巨躯へ全身を叩きつける。

 物理障壁と石斧がぶつかり火花が散る。

 大きすぎる体重差から相手を弾き飛ばすことはできなかったが、ハイオークの勢いは相殺し、その両足は地面を削りながらもしっかりとその巨体を縫い止めた。


「今だ、ソフィア!!」

「――大気に溢れる無尽の凍気よ――氷結せよ、フリーズバイト」


 そこへ周囲の凍気を収束させた氷牙が四方からハイオークに咬みついた。

 レベル平均を大きく超える精神力に複数の強化が乗った一撃だ。魔法への抵抗力の低いハイオークではまともに軽減すらできない。

 それでも巨躯故にまだ下半身しか凍りついていないハイオークが咆哮を上げ、纏わりつく氷を弾き飛ばそうとする。だが、


「――連弾、フリーズバイト」


 ソフィアの二撃目が容赦なくその上半身を咆哮ごと凍りつかせた。


「“畳みかけるぞ”!!」


 ここが攻め所だ。戦闘本能に従い、クルスが吼える。

 声すらも凍りつく彫像となったハイオークに全員が攻勢をかける。

 クルスが剣を振って胴体を切り裂き、オークの掃討を終えたカイがすかさず飛び込み、腕砕きを叩き込む。不朽銀の鎧すら切り裂く一撃がハイオークの両腕を切り落とす。


 未だ効力を保つ魔法の凍気が肉体内部へ浸食し、またたく間に断面を凍りつかせる。

 切り落とされた両腕が地面に落ちて粉々に砕け散る。


 さらに、斬撃の反動で空中に停滞したカイは刀を納め、一瞬の内に体内で気を練り上げる。

 裏技に等しいやり方だが、刀を納めた状態ならば攻撃系の気功術も使えるのだ。


「――フッ!!」


 鋭い呼気と共に気を纏って強化された直蹴りが巨躯の喉元を穿つ。

 正中線を貫く鉄槌の如き一撃が巨体のバランスを崩し転倒させた。轟音が洞窟に反響する。倒れた拍子に巨豚の氷塑の表面に罅が入る。


「いい位置!! チャージ――」

「――怒れ」


 壁を蹴って滞空時間を延ばしたイリスが弓を引き絞り溜めていた力を矢に注ぐ。

 同時に、ソフィアが蓮杖の先を向け、短詠唱から術式を紡ぐ。


「――ショット!!」

「――サンダーボルト」


 溜めた力を開放して放たれるひと際力強い一矢が、完成した低位雷撃魔法が、無防備になったハイオークに襲いかかり、その身を粉砕した。

 大気を震わせていた戦闘音が止む。

 しばしの静寂の後にハイオークの体が四散し、その核たる魔力結晶が転がり出た。



「……よし。警戒に移ってくれ。散開」


 ハイオークの死を確認すると同時に四人が行動を開始する。

 イリスが周囲の確認。カイが死体の処理。ソフィアが魔力探知。クルスは広間の確認を手早く行う。


「発見が早期だったからかあまり溜めこんではいないな」


 オークは原始的ながら食料や金属類を溜めこんで貯蔵する性質を持つ。

 広間の奥にはいくらかの銅貨と食料が積まれていた。


「罠なし。横道もなかったみたい」

「魔力の痕跡もありません。転移や発生ではなく単純な移住のようです」

「……増援もないようだな。さて、このオークはどこから流れて来たのだ?」


 一行が集まり状況を確認する。

 その際に魔力結晶も回収しておく。

 魔物は死した後にその核を魔力結晶として残す。これは加工すれば魔法の触媒や魔法具の材料になるので常に需要があり、売ればそれなりの金額になる。冒険者の主な収入源だ。


「この毛皮は北の水牛のものだ」


 死体の装備を確認していたカイが口を開く。

 オークの皮鎧の原料に使われていたのは耐寒の為に皮を厚くしている北の動物のものだった。


「随分北の方からですね。やはり暗黒地帯から南下してきたのでしょうか?」


 黒神を奉じていた北の大国、黒国が滅びて久しい。

 いまその地域は魔物の発生する暗黒地帯に浸食されつつあると同時に、四大国へ直接魔物が流入するのを抑える空き地として機能している。


「ひとまずギルド連盟に報告しておこう。それから――」


 クルスが銅貨の入った袋を掲げる。


「探索中に手に入れた物はパーティに帰属するのが普通だが、できれば村に還してやりたいと思う。大した額ではないが、彼らにとっては命の代価となり得るだろう。……カイはどう思う?」

「特に金には困っていない。依頼の報酬が“正しく”払われるならそれ以上を求める気はない」


 肩をすくめて告げるカイ。村がオークの数を少なく報告したことは察しているのだ。


「……二人も構わないか?」

「異論ありません」

「ま、今までもそうしてきたしねー」

「ありがとう。では帰ろうか」


 そうしてめいめい帰り支度を始める中、カイの隣に渋い顔をしたクルスが並んだ。


「……甘いと思うか?」


 呟く声に混じるのは苦渋。クルス自身も無条件に人の善性を信じることはできないのだ。

 特に今回は依頼を偽られた可能性が高い。下手をすれば思わぬ痛手を被っていたかもしれない。


「情で動くと思われると厄介だ。人は得てして都合のいい英雄(モノ)を求める」


 返されたその言葉は、重い。カイの過去が垣間見える言葉だ。


「……そうだな」

「だが、その危険性を理解しているのなら大丈夫だ。悪い判断ではない」

「そうか……ありがとう。お前と組んだのはやはり正しかった。そう思う」

「先はまだ長い。気負い過ぎるな」


 言い捨て、先行して歩き出したカイにクルスは小さく頭を下げて礼を示した。





「もう片付いたのか!? 若いのにやるのう!!」


 依頼の完了を告げられた村長は破顔して行きとは打って変わって一行を誉め称えた。


「一通り討伐しましたが生き残りがいるとも限りません。暫くは警戒を続けてください。洞窟の死体と貯蔵された食料の処理もした方がよいでしょう。それから――」


 クルスは懐から銅貨の入った袋を取り出した。


「オークの根城で見つけました。慣例とは異なりますが、これは村の物でしょう。お返しします」

「おお!! ありがとうございます!!」


 感激の言葉と共に何度も頭を下げる村長の目をクルスは注意深く見つめる。

 感謝も喜びも本物だろう。しかし、同時にその奥底にはやや俗な期待が見え隠れしている。

 それを見逃してはならないとクルスは肝に銘じた。自分の判断ミスはギルドの皆の危機に繋がるのだ。


「事前情報よりもオークの数は二倍以上、ハイオークも居た。村の被害は大丈夫だったのか?」

「あ、いや。大丈夫です。私たち素人ですんで見積もりが甘かったかもしれませんが」

「……それならいいが」


 絶妙なタイミングでカイが会話を繋いだ。村長は一瞬たじろいだが、笑みで誤魔化そうと早口で続けた。


「嘘ですね」


 ぼそりとクルスたちの背後に佇んでいたソフィアが告げる。魂の表層を流れる情報を読み取ったのだ。

 呟きは村長には届いていない。クルスの予想が正しかったことに心中で溜息を吐いた。


「ギルド連盟には“正確に”報告させていただきます。ともあれ、我々の活動が村の安全に繋がったのなら幸いです。それでは」


 脂汗をかきはじめた村長に対してクルスはそう締めて、その場を後にした。



 ◇



「んーひとまず依頼完了ね」


 狭い馬車の中で器用に伸びをしながらイリスが明るく言う。


「よく……わかりません」


 美貌に不思議そうな表情を乗せてソフィアが告げる。他者を魂の段階で理解する少女は本心と異なる行動をとる者を理解しがたいのだ。

 先の村長は本当に困っていた。村の存亡の危機だったと言っていい。それなのに報酬を出し渋った。小さな村だがそこまで困窮していないのは村人の状態を見れば明らかだというのに。


「元は魔物被害のなかった村のようだから仕方ないだろう」

「それはあるかもねー」


 村の周りに防壁や櫓が見られなかったことからクルスが結論付ける。

 今回の報酬は銀貨五枚とされているが、ハイオーク討伐も含めると銀貨二十枚前後の内容だったと言える。

 白国の皇都で働く労働者のひと月の給料が大体銀貨十枚だ。

 銀貨十五枚の差額。村としても安くはないだろうが、安全を捨てて得たいと思える金額ではないのではとも思える。


「だが、終わった事だ。それに今回は斥候も出していない。誤差の範囲だろう。問題があればギルド連盟にいって修正してもらえばいい」

「……そうですね」


 辺境の依頼は魔物の分布を調査する意味合いもあるのでギルド連盟には正確に報告する。本来ならその際に報酬も修正される。

 とはいえ、報酬を増額するつもりはクルスにはなかった。

 少人数パーティ故に現報酬のままでも黒字であるし、無理に報酬を出させて村を干上がらせてしまったら本末転倒だからだ。


(依頼は果たした。村も護れた。これでいい筈だ……)


 人道的にみてそれが最善と言うのは理解している。

 だが、最後に見た村長の暗い期待。そのせいで微かに、しかし拭いがたい不信が心に巣くっているのも確かだ。

 そうして思考の坩堝に沈んでいくクルスを見てとって、イリスが苦笑し話題を変えようと口を開く。


「まーまー。せっかくギルド結成から初めての依頼達成なんだからもっと明るく行こうよ!! ほら、ソフィアも可愛い顔が台無しだよ?」

「え、なにか変ですか?」


 質問の意図が分からず、不思議そうな顔をするソフィア。

 感情が読めても、否、相手の内側が視えてしまう故に、少女にとって外観の価値というのは低い部類のものだ。

 イリスが苦笑しつつその細い体を抱きしめる。


「相変わらず自分の外見を理解してないなー。ね、カイはどう思う? 私、ソフィア、オススメ」


 話を振られると思っていなかったのか、馬車の外を眺めていたカイは振り向いて目を瞬かせたが、暫くして微かに、本当に微かに笑った。


「……ああ。美醜に詳しくはないが、美人だと思う」

「あ、その、ありがとうございます」

「あーもー可愛いなぁ!!」


 珍しく照れるソフィアをイリスが撫でまわす。

 その光景を見て笑いながら、クルスは心が軽くなっていくのを感じた。心中に巣くっていたジレンマも今は感じない。


(ソフィアを受け入れてくれた上に、短期間でここまで馴染んでいるとはな。カイの持つ雰囲気の為か?)


 まるで大樹のような、もっと言えば自然そのものに近いカイの雰囲気は、貴族でありながら小さい頃から自然の中で魔力を感じることを好んだソフィアにとって慣れ親しんだものなのだろう。


「そういえば、ソフィア。魔法の構成変えた? 発動が前より速くなってたよね」

「はい。カイと戦った後にちょっと思いついて」

「思いつきで詠唱早くなるのはソフィアくらいよ……」


 じゃれ合っている二人はいつの間にか無抵抗なカイを巻き込み、ソフィアがその肩に傾けた頭を預け、イリスが背中に寄り掛かるような体勢に落ち着いた。


「二人ともはしたないぞ」


 苦笑して告げるクルスは自分の声に言葉ほどの棘が無いことに気付いた。どうやらこの雰囲気にあてられているのはソフィア達だけではないらしい。

 気にしてないと手を振るカイは木石のようにただそこに居るだけだ。それだけなのに何故か心が安らぐ。


「ね、クルス、せっかくだしみんなで一杯やってから帰ろう? どうせ外泊届は先々まで出しているんでしょ?」


 カイに寄りかかったままイリスが提案する。


「ふむ。まあ結成記念と言うことで構わないが……」

「わたしは大丈夫です」

「問題ない」

「じゃ決定ね。いつもの酒場で良いよね?」


 笑顔で手を叩くイリスにソフィアが笑いかける。

 三人でパーティを組んでいた時なら、クエスト終わりには疲れきってそんな元気はなかったのだ。

 二人にも随分苦労をかけていたな、とクルスは心中で呟いた。


「だが、酒を飲む前に今日の反省からだ。まだ連携が不十分な所もあった。記憶が新しいうちに詰めるぞ」

「うう……。ま、しょうがないね」

「……連携といえば、俺も間接攻撃を持っていた方がよかったか? 投擲ナイフならあるが」

「いいんじゃないかな。私も――」

「それでしたらいっそ――」

「なら陣形を――」


 馬車に揺られながら会話は弾んでいく。

 次の日、四人は学園近くの街に着き、依頼をギルド連盟に報告すると酒場に駆け込んで朝まで騒ぎ続けた。

 クルスは久しぶりに心から笑い、飲んだ。イリスやソフィアも同様だ。演技や模倣ではない心からの笑みだ。

 カイも控えめにだが笑っていた。酒に強くないのは意外だった。


 四人は遠くない未来に戦争が待っていることを予感しながらも、ただ今この時の出会いを神に感謝した。

 初めての依頼はそうして完了した。

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