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刃金の翼  作者: 山彦八里
二章:ギルド
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16話:二つの刀

「そういえばカイ殿」


 アンジールが戦闘開始を告げてからすぐにカイ達は出発した。

 そうして、魔物側の別働隊を追って、馬を使い潰す勢いで疾走している馬車の屋根の上、静かに気を練るカイにユキカゼがふと問いかけた。


「“剣速”はどこまで練られたのか、聞いてもよいか?」

「……」


 サムライの剣を振るう速度は、魔法における低位、中位、高位詠唱のように段階に分けられる。

 それは、“一瞬”を切り分けた須臾から始まり、瞬息、弾指、刹那、六徳、虚空、清浄、阿頼耶、阿摩羅、涅槃寂静と順に加速していく。

 その中で、最上位の『涅槃寂静』に至ってはサムライの開祖のみが到達した段階だと言われている。


 だが、全サムライの内、大半の者が須臾までしか習得していない。

 そこから先は修練だけではない、何かを必要とする世界だからだ。

 長く、それこそ気が狂うまで剣を振り続けた者だけが己の一振りに名を与えられる。


「自分は昨年の戦争で瞬息にかろうじて届いた。カイ殿はどうか?」

「それは今訊く話か?」


 じろり、と向いたカイの視線が剣士を射抜く。

 百体の魔物を追いかけているこの鉄火場で尋ねる話とは思えないからだ。

 だが、侍の身を斬るような視線を受けてもユキカゼの表情は変わらない。


「自分はリーダーほど広い見識がない。信じられるのは剣の腕だけだ。この命を預けられるかは剣によって決める」

「……刹那まで。六徳はまだ視えただけだ」


 退く様子のないユキカゼを前に、暫くして、カイは正直に答えた。声には微かに苦渋が混じる。ブラッドゴーレム戦で視えた筈の段階(はやさ)にはまだ至っていない。


「やはりか。うむ。それだけの腕があるなら共に戦う者として不足はない」

「位階をみればわかるだろうに、随分と迂遠な問いだ」


 ふと漏れた侍の言葉に、しかし剣士は意味ありげに首を振った。


「貴殿の位階はアテにならんだろう」

「――」


 反応は表には出なかった筈だ。侍は秘かに動揺を押し殺した。

 だが、ユキカゼは確とこちらを捉えている。気配を殺そうと、態度を隠そうと、サムライの“心眼”は一度見た動きを見逃さない。

 かつて、オオワシと共同して戦った時に、カイの動きをユキカゼは掴んでいる。


「いつ気付いた?」

「邪推に過ぎんがな。貴殿は戦いに手を抜く御仁ではないと見た。ならば、魔力を一切使わぬのは何か理由がある、そう考えた」

「……それだけか?」

「うむ!!」


 ユキカゼが満足そうに頷く。それだけの判断材料から事実を言い当ててみせたようだ。

 カイは当てられたことよりも、一瞬とはいえ動揺した自分を恥じた。


「まあ、種明かしをすると、キリエ教官やライカ教官も学園では魔力の多くを封印して位階を落としている。自分はそれを知っていたのだ」

「……」

「加えて、その状態でも成長はするらしい。――では、封印を解いたらどうなる?」

「……位階が加算されるのか」

「おそらく。その方法でどこまで登れるのかは分からないが――」

「敵最後尾、みえました!!」


 その時、御者台に座るレンジャーが遠くに見える敵を捕捉した。

 ユキカゼは台詞を切り、静かに戦闘状態に移行した。


「第三隊はこのまま先行させ、カイ殿と自分は適当な位置で群れに斬り込む。うまくいけば挟み打ちになる」

「混戦になるな」

「いや、部隊員には自分たちに気にせず攻撃しろと命じてある」

「無茶な手だ」

「貴殿の武と肩を並べようと思うならこのくらいはせねばな」


 カイは応えず、彼方に視線を向けた。

 侍の目にも、微かな月明かりの下、闇の中に蠢く魔物の群れの背中が辛うじて見えた。

 彼我の距離はおよそ二百メートル。既に侍の“足”が届く間合いだ。


「――先に行く」

「ん? まだ随分と距離があるようだが」

「初手で巻き込みかねない。其方は自分の間合いで来い」


 それだけ言って、カイは馬車から跳んだ。

 束の間、夜空を飛翔し、着地、そのままイダテンの加護に任せて疾走を開始した。

 数秒で最高速に至ったその身は馬よりも速く、黒ずんだ道衣は一瞬で闇に溶けて見えなくなった。


「あれで本当に魔力がないというのか……」


 ユキカゼは苦笑と呆れを綯い交ぜにして呟いた後、すっくと立ち上がり、自分が突撃するタイミングを待った。



 ◇



 別働隊の主力を構成するのはファルシオンリザードという魔物だ。

 全身を覆う緑の鱗、大人の首ほどの太さのある尾、爬虫類その物の頭部、見た目は二足歩行型の蜥蜴といった風情の典型的なリザード種だ。

 しかし、曲刀(ファルシオン)の名の通り、その手には緩やかな反りを持つ幅広の刀が装備され、それに合わせて長爪が退化し、指が人間のように発達しておいる。ある意味で人に近しい種だ。


 魔物がどのようにして誕生するかは不明だが、鉱石が採れる場所では通常のリザードの代わりにファルシオンリザードが出現することから、本体の発生時に曲刀も生成されるのではないかと考えられている。

 また、曲刀は魔物の肉体とは別扱いのようで、リザード本体が死んでも消滅しない。

 その為、鋳潰して武器にする為に狩られることもあるという。



「――狂い咲け、“菊一文字”」


 列をなして進軍するファルシオンリザードに対して、カイは手始めにクサナギと刀気解放による風刃を合わせた首刈りで最後尾の十体程を削った。

 悲鳴をあげる間も与えずに、無数の首を斬り飛ばす。


「ギギ、シャアアアッ!!」


 それを見て、同族を倒されて激昂した後列の大半が進路を変更して襲いかかってきた。

 数体が強靭な脚力に任せて突っ込み、咆哮と共に侍に無数の刃を叩き込む。


(こいつらには――)


 対するカイは踏み込みに合わせて腰を回し半身になり、無数の曲刀の間に滑り込むようにして回避した。

 そのまま、振り下ろした直後で伸びきったリザードの腕を断ち斬り、返す刀で頸を斬り落としつつ密集地帯を抜けた。


(技がない)


 即座に次の一体に斬り込みつつ、侍は端的に断じる。

 装備できることと使いこなせることは違う。彼らは曲刀を力任せに振っているだけだ。


 そのとき、耳が別地点の方向を感知。

 視界を広げれば、ユキカゼが群れの前部に斬り込んでいるのが見えた。

 これで群れの大半は引き付けられただろう。


「ゲゲ、シャアアッ!!」


 カイが視線を外したのを好機と見て、新たな一体が体当たりの要領で曲刀を体ごと突き込んできた。

 ファルシオンリザードに技はないが、それでも同位階の人間の三倍とも言われる魔物の身体能力は馬鹿に出来ない。

 単純な直線移動ならば矢のように速く、猛牛以上に力強い。


「……武器を持つのは其方の勝手だが」


 しかし、視線を外したのは隙ではなく“試し”だ。人間はおろか野生の獣が相手でもあからさま過ぎてかからなかっただろう。

 己の挙動で本能すら退化していることを彼らは証明してしまった。

 カイは刀を宙に放り、膝を抜いて滑るように間合いを潰して突きを避けつつ、カウンターに相手の腹に直蹴りを撃ち込んだ。

 足裏に肉を打った衝撃が返る。気も纏わせていない蹴りではリザードに大きなダメージは与えれないが、


「牙も尾も使い方を忘れたか」


 直後、零距離から気と腰の捻りを加えた強烈な震脚を放った。

 威力を拡散させずに打ち込んだ一撃はリザードの胸部を大きく陥没させ、反動で侍の身を射出する。

 一瞬停止した侍を狙って蜥蜴たちが殺到するが、反転した侍の身に刃を掠らせることもできず、踏み台になった同種を串刺しにしただけだった。

 カイは相手の追撃を避けつつ、地面と垂直に飛翔し、先に放ったガーベラの柄を掴み、速度に任せて軌道上に居た三体の頸を斬り飛ばす。

 斬った感触は鱗の分だけ人間よりも固いが、カイの一刀は紙のように切り裂いてみせた。


足りない(・ ・ ・ ・)のは頭か)


 空中で納刀し、地面に二条の轍を刻みつつ着地。

 周囲には斬り落とした蜥蜴頭が潰れたトマトのように中身をぶちまけているが、それらも数秒で曲刀を残して魔力結晶に変わる。


 即座に二度目の震脚。

 踏み込みによって体は再加速し、次の相手へと抜き打ちの一刀を叩き込む。

 血と肉が舞い上がり、悲鳴と咆哮が夜闇に木霊する。


 カイ・イズルハの戦闘は本人の気質からすると意外なほどにセオリーに則っている。

 戦闘ではむしろクルスの方が感覚的に戦っている。天性の才故のものだろう。

 それは、カイにはないものだ。“直感”すら鍛錬の果てに身に付けなければならなかった侍に、生まれついて天から与えられた物は多くない。

 故にその身を鍛えた。故にその技を鍛えた。

 そうして、寝る間も惜しんで効率よく体を動かすことを考えていると、自然と先人たちの結論に近付いていった。


 それはすなわち、剣心一体による自己の効率的運用に他ならない。

 最小の労力で最大の効率を、最善の動きで最適の剣戟を放つこと。

 剣士とは、詰まる所それだけを極めんとする存在だ。

 半端に人間に似せただけの魔物など、侍にとってはカモでしかない。

 それが剣の間合いならば尚更だ。

 一足一刀。初歩の初歩であり、同時に最も錬度が表れるその間合いで、カイ・イズルハは英霊級にすら伍する。


(数体による連携。尾や噛みつきを使わないのは連携の邪魔になるからか。つまり――)


 思索を深めつつ、体は半ば自動的に魔物を斬り伏せていく。

 結果論だが、牙や爪で戦った方が侍相手には善戦できただろう。


 しかし、リザードたちもそれだけでは終わらない。


 カイの眉がピクリと動く。

 群れの前方にファルシオンリザードとは異なる気配を感知したのだ。



 次の瞬間、轟音と共に鎧姿の女性――ユキカゼが勢いよく吹き飛んできた。



「ふむ……」


 侍は横向きに飛んで来た剣士がすぐ傍を通過する瞬間を見切って鎧の端を掴み、慣性に任せて自分を軸に丁度一周させて勢いを殺した。

 おそらくは自ら後ろに跳んでダメージを軽減したのだろう。多少ふらつきつつもユキカゼは両の足で危なげなく着地した。


「かたじけない、カイ殿!!」

「気にするな――で、つまり、お前のような連携を指揮する者がいる訳か」


 視線の先、両手持ちの大剣を持ち、複数のファルシオンリザードに守られたひと際大きなリザードが傲然と現れた。

 『リザードロード』と呼ばれるリザードの上位種だ。

 君主(ロード)の名に値するかは不明だが、少なくとも百体を率いることが可能なのは確かだ。


(一つの群れに頭は二つも要らない。とすると、統率個体は本隊か)


 じり、と間合いを詰めつつ、カイはそこで思考を終了した。

 考える時間は終わった。あたはひたすらに斬るだけだ。


「カイ殿、自分が伴回りを押さえます。その間にどうか」

「了解」

「では、お先に。――ハアアアアアッ!!」


 ユキカゼが気炎を上げて先陣を切り、その後にカイが追随する。

 迎え撃つリザードロードが低く唸り、周囲のリザードも咆哮を返して二人に殺到する。


「――斬り倒せ、“孫六兼元”!!」


 高らかに叫ばれる真名に、ユキカゼの手の中でマグロックが刀身に幾何学的な波紋を描き、その切断力を強化する。


「除いて貰うッ!!」


 輝きを軌跡に曳いた横薙ぎがリザードの曲刀をまとめて叩き斬った。

 曲刀を断たれた衝撃で腕があらぬ方向へ折れたリザードの咆哮が悲鳴に変わる。


「アアアアアッ!!」


 声を張り上げて自らを鼓舞し、ユキカゼが縦横無尽に刀を振るう。

 リザードの防御力では真価を発揮したマグロックを阻むことはできず、剣士は当たるを幸いに近付く者から順に、宣言通り斬り倒していく。


 連撃は近接職の中でも筋力と敏捷に優れるサムライの本領だ。

 加えて、魔力を武器に依存する代わりに、本人は身体制御に全力を傾けることが出来る為、単純なまでの“精度”の高さが、これ以上なく高速戦闘での優位を後押ししている。


 瞬間的な爆発力ではファイターに一歩譲るが、技という形で先鋭化したサムライは、型に嵌まればこの上なく強い。

 腕を砕き、足を削ぎ、そして、首を刈る。状況に合わせて技を駆使すれば、相手に何もさせずに勝つことすら可能にする。


 ユキカゼは息を止め、手の内のマグロックに全精力を傾ける。

 打ち込む一刀でリザードの頭を割り、返す袈裟の一刀で両腕を斬り落とす。

 反撃とばかりに迫る曲刀は躱し、時に鎧で弾く。回避と防御は最小限に抑え、手に持つ一刀を攻撃に集中させる。

 背中をカイに任せ、女剣士はひたすらに前進する。


 三十秒。彼女はサムライとしての権能を最大限に発揮できる。

 それは呼吸を止めて全力で動ける時間であり、マグロックの効果時間でもある。


「――フゥ」


 水の中にいるかのような濃密な時間の中、斬って、斬って、斬り続けた。

 そうして、マグロックの刀身から光が消え、ユキカゼの時間が終わった。

 三十秒の間に、都合、二十体のリザードを薙ぎ払った。


 静かに呼吸を再開する。

 リザードロードまではあと数体。己の力だけでも抜ける数だ。

 背後でカイが焦って踏み込んだリザードを斬り飛ばしつつ、気を練って、己を射出する機会を窺っているのがわかる。


 あとひと踏ん張りだとユキカゼが歩を進める。

 次の瞬間、こちらの予想を裏切り、配下の列を割って飛び出してきたリザードロードが手に持つ大剣をユキカゼに向けて振り下ろした。

 他のリザードを巻き込むことを厭わない大上段からの打ち込み。

 相手がそれを狙っていたかは定かではないが、女剣士が息を吸った瞬間の最悪の間だ。


 ユキカゼは咄嗟に剣を切り返そうとする。

 しかし、その動きを阻むように、曲刀を断たれたリザードが自らの身を突き刺すことでマグロックを縫い止めた。


「むッ!?」

「ユキカゼ!」


 カイが前に出ようとするが、それを押し止めんと五体のリザードが曲刀を腰だめに突っ込んできた。

 自死を厭わない刺突特攻を、反射的に宙へ跳んで避ける。


 侍は小さく舌打ちした。

 先程とは比較にならないほど連携された動きだ。

 しかも、弱った者から捨て駒として特攻して来るので性質が悪い。


「まだだ!! ハアアアッ!!」


 迫る大剣に向けて、ユキカゼは気炎を上げる。リザードに刺さった剣先を返し、その体を断ち割りつつ全力で斬り上げた。

 斬り上げと斬り下ろし、二つの剣が中間地点でぶつかる。


 一瞬の火花が散り、そして、金属の断たれた尾を引く高音が夜闇に響いた。


「シャアアアッ!!」

「くっ……」


 宙に舞う破片は二つ。

 ロードの大剣は半ばで断ち切られ、代償にマグロックも根元から折れていた。


「不覚!!」



「――いいや、よくやった、ユキカゼ、孫六兼元」



 ふと耳に届いた低い声に、女剣士は戦場であることも忘れ、思わず振り仰いだ。

 視線の先、曇り空の下、侍の姿は宙の大剣の破片を足場にして、天地逆さまに滞空していた。


 次の瞬間、黒い稲妻が音もなくロードに向けて落ちた。

 それは触れた相手を焼くことも痺れさせることもない。ただ、斬り殺す。例外はない。


 急速降下で巻き込んだ上空の大気が辺りに吹き荒れ、束の間、ユキカゼの結い上げた髪を揺らす。

 交差の瞬間、黒の中に一筋の銀閃が走ったのがかろうじて見て取れた。


 遠く、侍が地に二条の轍を残しつつ着地し、納刀する。

 ガーベラが鞘に納まると同時、ロードの首がずるりと地に落ちた。

 おそらく相手は首を掻っ斬られたことにすら気づいていなかっただろう。


 思い出したように倒れる首なしの死体を見て周囲のリザードが目に見えて混乱し、困惑の声を上げる。

 率いる者がいなくなった群れは、脆い。それは魔物とて変わらないひとつの真理だ。

 そして、集団が烏合の衆に変わった時、結末もまたひとつしかない。


「ユキカゼ」

「はっ!! え?」


 そうして、“詰め”に入るという段になって、マグロックが折れて若干自失気味だったユキカゼに、侍はあろうことか、自らの得物であるガーベラを投げ渡した。


「カ、カイ殿?」


 反射的に受け取ったユキカゼも困惑の表情を浮かべる。

 対するカイは事も無げにこれからの戦い方を告げる。


「貸す。刀気解放は無理だろうが、普通に使う分には大丈夫だろう」

「貴殿はどうされるつもりだ!?」

「武器ならある」


 侍の視線の先には魔力結晶や死体と共に転がっている無数の曲刀。

 ファルシオンリザードは死体は四散するが、武器は残る。


 カイはそこかしこに散乱していた曲刀の内から一本を手に取り、未だに混乱しているリザード達に向けて斬り込んだ。

 リザードたちと同じ武器で為されたとはとても思えない、夜闇を切り裂く鈍い光の一閃が放たれる。

 反撃は遅きに失する。抵抗も出来ずにリザードの首が飛ぶ。

 しかし、その代償にカイの手の中で曲刀も砕けていた。

 粗製の曲刀は侍の技量に耐えられずに折れてしまったのだ。


 だが、その時には既にカイの手には新たな曲刀が握られている。

 再び閃光が走り、曲刀が砕ける。即座にカイは曲刀を拾って構える。

 一体斬る毎に折れた曲刀を捨てては奪い、捨てては奪いを繰り返す。


「命一つと剣一つ。価値は等価だ」

「グギ、ゲゲッ!!」


 その時になってようやく、リザード達も自らの命の危機に気付いた。

 甲高い声を上げて曲刀を突き出しつつ互いに密着し、即席の槍衾を作り上げる。


「カイ殿!?」


 隙間なく詰め込まれた刃の壁に、しかし、侍は躊躇なく飛び込んだ。

 無数の刃が突き刺さり、あるいは体をいくらか削っていく。

 そして、その代償とばかりに振るった一刀が、魔物の首と夥しい血と曲刀の破片が諸共に飛ばし、月光を淡く反射する。


「剣を、舐めるな」


 言葉と共に砕けた曲刀を捨て、侍は体に刺さっていた一刀を引き抜き、手に持ち、再び吶喊をかける。

 その様はおぞましくも美しい月下の舞踏だった。

 血と肉と刃に彩られた死の舞踏。一切の生命を赦さず、悲鳴を置き去りにし、ただ駆け抜ける。

 無数に散る刃の中で尚、侍の手は止まることなく曲刀を振るい続ける。

 砕ける刃の数だけ、等しく魔物の命が断ち斬られ、その数は瞬く間に増えていく。


「……負けてられんな」


 目の前の壮絶な光景に呆然としていたユキカゼも、気を取り直して手近なリザードに斬りかかり――いとも容易く斬り伏せたことに自分でも驚いてしまった。


 自己の力ではない。手に持つ菊一文字(ガーベラストレート)の力だ。

 恐ろしいほどの切れ味に加えて、マグロックよりも長く、重い筈の一刀がまるで腕と一体化したかのように感じられる。


 そして何より、刀がどう斬るか教えてくれる。

 体はその通りに動き、吸い寄せられるように次々と敵を斬っていく。


「これが大業物……」


 まさしく妖刀、人間には使いこなせない。本能がそう告げていた。


 魔法や術式ではない。刀としてのあまりの完成度の高さに、使い手が引きずられているのだ。

 気を強く持たなければ、そのまま敵を斬るだけの機械になってしまいそうだ。


(カイ殿はこんな物を使っていて平気なのか!?)


 ユキカゼが武器と――それを振るう剣士に畏れを抱いたのは生まれて初めてだった。

 そして、かつて一瞬でも名刀を所持する侍を羨んだ自分を恥じた。




 戦闘が殲滅に変わってから暫くして、遠くで派手な爆発が起こった。

 逃げようとしたリザードを仲間が罠に掛けたのだろう。


「――片付いたか」


 カイがぼそりと呟く。無数の刃が月光を反射し照らす中、侍の外套は返り血に塗れ、無数の剣撃を切り抜けた代償にボロボロになっていた。それでも致命傷は避けているのは、鍛え抜いた技量故だろう。


 血を払い、侍は何十本目かの、そして、最後の折れた曲刀をその場に捨てた。

 平原にからんと軽い金属音が鳴り響き、忘我の域にいたユキカゼを現実に連れ戻した。


 慌てて女剣士が周囲を見渡せば、自分たち以外に立っている者は既にいなかった。遠くに仲間の気配があるだけだ。魔物はもういない。

 足元に視線を向ければ、己の間合いの境界辺りに複数の魔力結晶が転がっている。

 自分が斬ったのだろう。だが、刀に呑まれて記憶には残っていない。

 それでも、微かに手に残る骨肉を斬った感触だけがその事実を裏付けている。


「……カイ殿、刀をお返しします」


 ユキカゼが膝をつき、恭しくガーベラを差し出す。

 女剣士の身もまた返り血に染まり、鎧の至る所がひび割れ、白い肌にもいくつか刀傷を負っている。満身創痍と言っていい。


 内面的にも人としての諸々が削れた気がするが、今の自分の位階ではガーベラを借りていなければ確実に死んでいた。それは理解していた。


「貴殿の慈悲に感謝を」

「血路を開いて貰った礼だ」


 カイはガーベラを一度振って血脂を払い、静かに腰の鞘に納めた。

 ユキカゼもまた、曲刀の墓場と化した中から折れたマグロックを回収した。


「しかし、まさか、戦闘中に折れるとは……」

「刀が戦場で折れるのは当然だ。――それに、見ろ」


 苦々しく呟く剣士に、侍が珍しく否定の言葉を発して、折れた刀の一点を指さす。

 示した先、マグロックは鍔のすぐ上の根元で折れている。


「中途や切っ先が折れるのは使い手の下手だが、根元から折れるのは刀の天命だ。孫六は最後までお前に尽くした」


 簡潔に紡がれた言葉は、おそらく刀の為のものだったのだろう。

 ユキカゼは身じろぎもせず、その言葉を聞いて胸の中に納めた。


「…………そうか。大儀であった、孫六兼元」


 その沈黙の間にユキカゼが何を思ったかは定かではない。

 女剣士はマグロックに額を重ねて祈るように一度目を閉じた後、侍に向き直った。


「カイ殿、自分は命を救われた。命の借りは命で返すのが自分の一族のしきたりだ」

「なら、その一回分の命、クルスの為に使ってくれ」

「む?」


 一族の誓いに、即座に言い返されたユキカゼが若干面食らう。


「……よろしいのか?」

「あいつは皆を守る。だが、自分を勘定に入れていない。だから、誰かが守ってやるべきだ。……それは俺には出来ないことだ」

「――承知した」


 そこで話は終わりだと判断したカイが踵を返す。

 方角からして、本隊との戦闘に合流するつもりだろう。


「行かれるのか?」

「向こうの戦闘はまだ続いている」

「では、自分は隊を纏めて追いかけましょう」

「了解」


 応えた次の瞬間には侍は走り出していた。

 すぐさま夜闇に消える侍の背中を見送り、ユキカゼは尻もちをついた。

 既に、体力の限界を大きく超えていた。


「どうか、ご武運を」


 それでも、視線だけは遠く、閃光と爆炎が見える戦場へ向いていた。

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