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刃金の翼  作者: 山彦八里
二章:ギルド
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10話:師弟

 カイ・イズルハには師が七人いた。


 しかも、その七人全員が英雄級、あるいは英霊級というこれ以上は望みようがない程に恵まれていた。


 同時に、この七人は『十二使徒』でもあった。


 カイの父であり師である『ジン・イズルハ』が十二使徒にスカウトされた時に、その息子であるカイも将来、使徒にすることを企図して皆で寄ってたかって鍛え上げたのだ。


 これは英雄級が本気で鍛えた人材が――たとえ本人に才能が無かろうとも――彼らと同じ域で使い物になるのかという実験でもあった。

 ヴェルジオン家のように特に有名ではないが、イズルハも一端の戦士の家系であり、カイも物心ついた時には既に剣の手ほどきを受けていた。

 その為、武人としての下地はあった。しかし、本人には父や他の師のような才能や特別な能力はなかった。

 白国上層部としては逆にそれが都合良かった。鍛えて物になれば良し。よしんば駄目でも次への教訓になる。というより、カイを潰して得た経験で次を育てるのが本命だった。


 以上のような経緯で、訓練メニューは考えた本人達でさえ無理だろうというものが課された。

 父による五歳からの戦場での実地訓練に始まったカイの人生は、八歳を前にして加速度的に酷さを増していった。


 “魔人”による拷問の如き不眠不休の戦術指導。

 “不滅”による八つ裂きと蘇生を繰り返す心身の強化。

 “魔女”による実戦形式の対魔術士戦闘訓練。

 “剣鬼”による技を実際に食らっての死に覚え。

 “拳聖”による骨格から作り変える極限の肉体改造。

 “顔無”による裸で魔物犇めく遺跡に放り込んでの精神改造。


 それらを、一日と休まずに繰り返した。

 虐待などと言う域の話ではない。控えめに言って地獄の方がマシだったであろう。


 この鍛錬がどれほど酷いものであったかは、たった二年でカイが白国のエリート部隊である近衛騎士団の入団試験に、それも史上最年少で合格したという事実が端的に示している。


 この結果に一番驚いたのは実際に指導していた師達である。

 父が共に鍛錬を受けているとはいえ、使い潰すこと前提で組んだメニューをクリアしてしまったのだ。

 あまつさえ、未だ英雄級にすらなっていない弟子が自分達を“斬る”可能性すらみせていた。

 師達は熟慮の末、方針転換をした。


 この子には才能がない。自分達に勝てるようにはならないかもしれない。

 しかし、“相討ち”にはもっていけるかもしれないと。


 こうしてカイは十二使徒における粛清装置としての役目を担うこととなった。

 これはその身に宿す力が、個人としては強力すぎる師達の自戒の為でもあった。


 その後もカイは厳しい鍛錬を続け、十五歳の時に十二使徒に推挙された。

 序列こそ実質最下位であったが、その時点での最年少入団であった。


 使徒のひとりとして任務の傍ら、鍛錬は更なる地獄の釜底の様相を呈していった。

 師達に出し惜しみはなくなった。己の心技、己の全力を晒し、その対策を親子に取らせた。



 既に何度肉体的に死んだのか、数えるのも馬鹿らしくなった頃、カイの位階は準英雄級になっていた。

 師達は確信した。全力でぶつかればこの弟子は必ず自分達を斬れると。

 カイ・イズルハ、二十歳の時であった。


 懸念はあと一つ。実際に弟子が自分達を斬れる(・ ・ ・)のか。

 流石にそれを試す訳にはいかなかった。

 あくまでカイはいざという時の為の備えであり、自分達も別に自殺したい訳でもないのだ。その日が来なければそれでいい。


 何だかんだで十年以上の付き合いもあり、師達もカイを気に入っていた。

 カイの役目を考えればその感情は剣を鈍らすだけであったが、だからといって嫌うことができるほど師弟の付き合いは浅いものではなかった。


 師は己の知る全てを弟子に与えた。弟子のことで知らないこともない。長所も短所も全て知り尽くしている。

 カイで得た教訓を元に育て始めた弟妹たちを含め、十二使徒は既に師弟の枠を超え、互いが互いの一部となっていた。嫌うとか愛するという次元はとうに過ぎていた。


 馴れ合うことはなく、戦いに関係のない思い出も皆無だが、それでも彼らはひとつだった。


 しかし、幸か不幸か、それは最悪の形で訪れた。

 師達はその日、初めて弟子が絶望する姿を見た。


 ――カイ・イズルハという一振りの『剣』が完成した日だった。



 ◇



 魔導兵器の説明を受けたミハエルと盾を借りたクルスの前に改めて講師役のカイが立った。


 侍もやると決めたら迷わない。

 が、加減しないと冗談ではなくミハエルが壊れてしまうだろう。

 人間は意外と脆い。

 再生魔法の使えるクレリックがいないと手間が増えるのかと、侍はまた一つ学んだ。


「まず雷切の説明からだ。クルス、障壁を張ってくれ」

「わかった」


 クルスが盾を構える。

 魔力を術式に流し込み、盾の前面に半透明の障壁が形成された。

 加護で強化されたこともあって障壁の強度は英雄級のナイトに比肩しうる高硬度だ。


「ミハエル、斬ってみろ」

「え? 障壁って斬れるの?」

「とりあえずやってみろ」

「う、うん……」


 クルスの前に進み出たミハエルが勢いよく細剣を突き込む。

 年齢に鑑みればよく練られた一撃だ。稽古は欠かしていないのだろう。


 だが、衝撃と共に呆気なく障壁に弾かれた。

 勢い余ったミハエルがたたらを踏む。二人の実力差を考えれば当然の結果だろう。

 カイも一度でいけるとは思っていない。故に――


「貫けるまで続けろ」

「は、はい!! ――ハァッ!!」


 刺突、斬り上げ、斬り下ろし等々。四半刻ほどあらゆる攻撃を続けてようやく障壁が割れた。

 途端にミハエルは膝をついてしまった。そのまま乱れた呼吸を何とか整える。


「クルス、もう一度頼む。ミハエルは魔導兵器を起こせ」

「あ、ああ。大丈夫か、ミハエル?」

「まだ……大丈夫……よし。――術式、起動、“マイムⅠ”!!」


 少年の魔力を受けて、刀身に刻まれた刻印術式に魔力が流れ込み、術式が現象に変換され、細剣全体を覆うように水刃が形成された。

 試作品とは思えないスムーズな展開速度と完成度。

 しかも、威力強化ではなく射程延長。属性こそ違うが明らかに菊一文字を参考にしている。


(一度見せてから、たった数か月でここまで完成させたのか……)


 やはりオーヴィルは斬るべきかと侍の脳裏に一瞬警告が走ったが、今更なので無視する。


「カイ?」

「失礼。ミハエル、この部分を狙って全力で斬れ。ただし、豪力付与は使うな。剣線がブレる」


 カイが指示したのはクルスの構えた障壁の中心から右に五センチほどずれた一点。

 傍目には他の部分との差がみえない。

 だが、盾を構えるクルスは理解した。そこはこの術式の“核”だ。


「全力でだね、わかった!!」


 応えたミハエルが半身に構え、ステップを踏んで素早く踏み込み、細剣を突き出した。

 今までで最も力の乗った一撃が障壁に叩き込まれた。


 次の瞬間、水刃を纏う剣撃が障壁をガラスか何かのように容易く突き破り、構成を維持できず魔力に還って消えた。


「……え? あれ、一撃?」

「一度で成功させたか」


 声に混じるのは小さな驚き。

 クルスの障壁は本人の努力を相まって非常に精緻だ。

 狙いがあと一寸でもズレていたら失敗していただろう。


(才能、なのだろうな)


 口には出さず、侍は心中で呟いた。

 少なくとも、過去の自分よりは手のかからない弟子なのは確かだ。


「今の状況を確実に起こすのが雷切の基礎だ。先程との違いがわかるか?」

「うーん……一回目はパキンって割れたけど、二回目は斬られた後に消えた、かな」

「理解が早いな」


 否、誘拐事件の際に一回、オーヴィルとの決闘で一回、そして今ので合計して三回見せたのだ。

 ミハエルの才能を考えればこの程度は予想して然るべきだっただろう。


「『障壁』とは魔力に物理属性を付与し、硬化や衝撃緩和などの術式を組み込んだものだ。故に魔力で構成されながらも、物理攻撃を弾ける」

(珍しくカイが饒舌だな)


 淡々と説明するカイと熱心に聞くミハエルを見て、クルスは感慨深げに頷く。

 あまり他人に興味の向かないカイだが、やはり自分の専門となると指導に熱も入るのだろう。


「同様に、物理攻撃でも魔力を纏えば魔法や術式に干渉できるし、構成の中心部、術式の核を狙えば大きな影響を与えられる。長ずれば相殺することも可能だ」


 侍の落ち着いた声音は聞く者の耳にするりと入っていく。

 意外と説明役に向いているかもしれないと、クルスは考えた。


「炎とかの属性は関係ないの?」

「関係ない。ウィザード同士でも炎熱魔法に同じ炎熱魔法で相殺できる。つまり、剣と剣、魔と魔、性質において同質のもの(・ ・ ・ ・ ・)なら相殺できる」


 そして、その法則は剣と魔法だけに限られない筈だと侍は予想している。

 ソフィアに語った“読心”を制御する可能性もこの予想に由来している。


「同じ性質のものをぶつける、だね。わかったよ」

「説明は以上だ。……クルスからは何かあるか?」

「いや、普通に分かりやすかった」


 クルスは感心したように告げる。

 一足飛びに習得した者にはない丁寧さ。確かな鍛錬と苦労に裏打ちされた言葉だった。


「さてな。何か質問はあるか、ミハエル?」

「ううん。大丈夫」

「では、雷切の何が要諦か分かったな? 三つに纏めてみろ」

「え!? えっと……まず術式の核を見切ること、こちらも魔力を発生させること、構成の核に近い位置に当てて相殺すること、かな」


 うむ、と侍と騎士の感嘆が重なる。

 ミハエルはうまく骨子を捉えている。想像以上の理解力だ。


「そうだ。今回は魔導兵器を使うことで魔力の発生は容易。対象も低位炎熱魔法『炎槍』(フレイムランス)に限定しているから時間はかからない。数百発食らえば感覚で中心がわかるようになる」

「数百発……?」

「狙いを炎槍に絞る。雷切の最大の長所は“あらゆる術式の中心部を見切り、核を破壊できる”ことだ。はっきり言って、炎槍に限定した魔法切断なぞ大道芸に過ぎん」

「……そうだよね。そんな簡単じゃないよね」

「今はそれで我慢しろ」

「あ……うん!!」


 不器用な慰めにもミハエルは笑顔で頷き立ち上がる。

 その全身からやる気が溢れている。

 侍は眩しそうに微かに目を細めた。


「まずは眼を養う。ある程度見切れるようになるまで突き技を受けろ。いいな?」

「うん!」



 ◇



「……ウィザードとクレリックの数はどうですか?」


 クルスが離れて見ていたオーヴィルに尋ねると、老兵は笑みと共に指を三本立てた。

 その背後には白神のローブを着た男が立っている。ディメテル家お抱えの者だろう。


「どちらも三人は確保したぞ。交代でやっていけば大丈夫じゃろう。クルスは自分で何とかせい」

「ええ、それは覚悟の上です」


 頷くクルスにはかつてはなかった余裕がある。

 我武者羅に鍛えていた頃とは違い、目標を確と定めたが故の落ち着きがある。


「人間とは変わるものじゃのう」


 カイ達の元へ向かう騎士の背に老兵は感慨深げに呟いた。

 



「構えろ、ミハエル」

「はい!!」


 ガーベラを抜いたカイの前に、細剣を構えたミハエルが立つ。

 侍の目がすっと細まり、気配が鋭さを増す。


「いくぞ。――目は閉じるな」

「え?」


 瞬間、無造作に突き込まれたカイの刺突が少年の服を貫き、胸部を皮一枚抉った。


「……え、あれ? 今、僕どうなったの?」


 構えたままミハエルが呆然とする。

 矢よりも速い一撃だ。殆ど見えなかった。


「ぼさっとするな、ミハエル。次は二発撃つ。気を抜くとお前の加護でも死ぬぞ」

「は、はい!!」


 再び構えたミハエルに無数の突きが襲いかかる。

 皮一枚で止めているとはいえ、殺気は本物だ。

 一撃毎に寿命が削られていくようだ。


「凄まじいな」


 連続して突きを放つカイを見てクルスがぼやく。

 加減しているとはいえカイの剣は並みの剣士の倍の速さを保っている。

 これに対応できれば、確かに炎熱魔法くらいは見切れるようになるだろう。


「次はクルスだ。お前相手に手は抜かん。全力で行く」

「む、了解した。来い!」



 ◇



 二日目


「今日からは炎槍を模した攻撃を実際に当てていく」

「……今更驚きはしないがな」


 騎士の呆れたような声も侍にはどこ吹く風だ。


 侍は事も無げに言ってのけたが、剣技で炎槍を再現するというのは尋常な技ではない。

 難易度はともかく、つまりはカタチを覚えてしまうほど食らった経験があるということに他ならない。


「ミハエルも多少は食らってもいい。致命傷を避けろ。死にはしない」

(砕けぬ刃の加護ってこういう使い方するものだっけ?)


 ミハエルは疑問に思ったが、事故死が避けられるならいいかと納得してしまった。

 確実にカイに染まってきているが、少年は気付いていない。


 視線の先、カイはやや大ぶりの鉄剣を手にしている。ガーベラを使うと威力が高すぎてミハエルが受けられないからだ。


「構成に手を加えていない場合、フレイムランスの核は大体この位置になる。受ける場合でも狙えるようにしろ」


 そう言って、侍は刀身の半ばに小指の先ほどの目印を付けた。


「こんなに小さいの?」

「いや、ここから更に小さくしていく。最終的には目印なしでやる」

「――がんばる」

「その意気だ」


 ミハエルはかろうじて悲鳴はあげなかった。

 クレリックを総動員しつつ、その日は終わった。




 三日目。


 驚いたことに、最初に力尽きたのはクレリック達だった。

 さすがに回復できないと続けられないので一旦休憩となった。

 ミハエルはそのまま倒れ、泥のように眠り始めた。即座に侍女が回収して屋敷に運んでいく。


 クルス達も休むことにして、庭の隅にあったベンチに腰かけた。

 視線の先、いつの間に実体化したのか、シオンが屋敷の縁側でジュースを貰って飲んでいるのを見て苦笑する。


 だが、シオンも先程までずっとクルスの治療の手伝いをしていたのだ。

 体力と魔力をかなり消耗した筈だ。このくらいの役得はあってもいいだろう。


 驚くべきはむしろ、クルスの中からいきなり幼女が現れても動揺すら見せず、淡々と奉仕する侍女達だ。

 ミハエルは妖精の光が現れた時点で驚き、それが少女になってのを見て暫く固まっていた。至極、正常な反応だろう。


「しかし、ミハエルはよくやっているな。間に合いそうか?」

「間に合わせる。俺は三日で覚えた」


 事も無げに言うカイにクルスは驚いた。

 カイの習得効率がそれほど優れている訳ではないのを知っているからだ。


「それは、すごいな」

「お前達二人を合わせた三倍以上死んだが」

「それは……すごい、のか?」


 それだけ無茶苦茶な鍛錬をしたということなのだろう。

 人の二倍の努力で習得できないなら、三倍、四倍の努力をする。

 下手な才能よりも恐ろしい何かが侍から感じられた。


「ま、まあ雷切はとにかく術式の中心を見切らねばならないからな。実際に体験するのが近道だというのは理解できる」

「ああ。おかげで人間は内臓が焼かれても即死しないと知った」

「……とりあえず、現状でもお前が加減しているのは分かった」


 クルスが苦笑を深くする。

 カイの師の顔を見て見たいような、そうでないような、複雑な心境だった。

 その内、嫌でも顔を合わせるような予感もするが、気にしないことにした。


「その歳で中々壮絶な半生じゃのう、カイ君」


 そんな時、二人が座るベンチにふらりとオーヴィルが寄って来た。

 態度こそ力の抜けたものだが、表情は笑っていない。

 応じて、クルス達も気を引き締める。


「人払いはしてある。短時間なら問題ない。どうじゃった?」

「はい。イリスに調べて貰いましたが、大臣派の若手が随分と派手に資金を放出して生誕祭の警備に手を加えています」


 訓練の合間に従者に頼んでおいた件だ。

 相手が何を考えているかわからずとも、金の流れはそうそう隠せない。

 公の催事に関わるならば尚のことだ。

 商人ギルドの物価と仕入れ、傭兵間の情報。それらを総合すれば、相手の思惑は明白だった。


「これは、黒でしょう」

「やはりか。猊下にはワシからお伝えしておこう。打てる手は打つ。クルス、お前も生誕祭には来て貰うぞ」

「初めからそのつもりで巻き込んだのでしょう?」

「まあの。家に寄りつかん次期当主を皆心配しておる。手柄は立てておるから表立っては言わんがのう」

「恐縮です」


 老兵は片頬だけで器用に笑って背を向けた。


「ワシらが現役の内は何とかする。お主の好きにすればええ。……代わりといっては何じゃが、ミハエルのこと、よろしく頼む」


 それが何よりの本音だったのだろう。

 老兵は振り返らずに己の職務に戻った。


「任されました」

「……無論」


 二人は立ち上がり、その背に確かに応えを返した。




 四日目。


「どうした? 死にたいのか、クルス」

「ッ!?」


 受け流しきれなかった刺突がクルスの肩の肉を一寸程抉る。

 ブツリ、と嫌な音と感触がするが、騎士はその痛みに耐えて次の攻撃に備えた。


「まだだッ!!」


 閃光のような突きに自らの剣を合わせて受け流す。

 一撃一撃に全身を乗せる侍の突きは重く、完全に捌けなければ受け手のこちらは押し下げられる。

 そして、侍は突いた腕を置いたまま、こちらが下がった分だけ前に出て腕に体を寄せる。

 結果、腕を引くという動作が省略され、踏み込む分だけ突きが連続することとなる。


 剣術よりも槍術に近い攻撃方法で、動きの流れは実戦と言うよりもやや型に近い。

 だからこそ、此方もどこを狙えばいいかがわかる。動きの中心を見切るという雷切の訓練としての意味がある。


「力で弾こうとするな。流れを見て、状況を支配しろ。魔法とて発生した後は現象に過ぎん」

「クッ!?」


 剣と剣が擦れ合って火花が散る。

 これで二十回。それが今までクルスが連続で弾いた最大回数だ。


 向こうでクレリックに治療を受けているミハエルの最大回数は五回。

 しかし、元々経験が足りなかったミハエルはそれが補われることで急速に成長している。


 侍は正直な所、途中で根を上げる可能性が高いと思っていた。

 最近気付いたことだが、自分の受けてきた訓練は、どうも度が過ぎたものらしいと知ったからだ。


 だが、少年は耐えた。それどころか、一瞬一瞬を確実に糧にしていった。

 カイは心中で少年を侮っていたことを恥じた。


 そして、手加減を止めた。




 五日目。


 朝から実際にウィザードを相手に実践が始まった。

 オーヴィルが呼んだウィザードははじめ、此方に向かって魔法を撃てという指示に当然ながら難色を示した。正気を疑われた。

 だが、カイが実際に魔法を斬ってみせるとやる気に火がついたのか、ミハエルに対しても容赦なく炎槍を撃ち込むようになった。


 ミハエル達は意識の続く限り、魔導兵器を振り続けた。


 ここにきて、稽古はさらに熾烈を極めた。

 疲れては治癒術式をかけ、死にかけては再生魔法をかけ、また死にかけて、を繰り返す。

 血反吐を吐き、泥を噛む様な時間が過ぎていった。


 しかし、ミハエルは最初の一発こそ直撃したものの、以降は加速度的に迎撃できるようになっていった。

 当然と言えば当然だった。

 詠唱し、赤々と燃え、矢のような速度で迫る炎の槍よりも、予備動作なく、狙いをギリギリまで悟らせず、しかも連続して放たれるカイの突きの方が遥かに迎撃の難易度が高い。


 六日目が終わる頃にはもう、ミハエルは炎槍相手なら失敗することはなくなった。



 そうして、一週間が過ぎた。


 


 決闘の前に教会で確認した所、ミハエルの位階は二つほど上がっていた。

 いくら契約したてとはいえ、訓練だけの一週間で二段階も上がるなど尋常ではない。

 つまりはそれだけ死にかけたということだ。これには依頼人であるオーヴィルも苦笑するしかなかった。



「いいか、ミハエル。忘れるな。今のお前が切れるのは炎槍だけだ」


 これが最後だと、カイがアドバイスする。

 この一週間で師匠役も随分と板に付いてきている。


「うん。……もし、ほかの魔法がきたら?」

「致命傷を避けろ。そうすれば加護の分と合わせて二回耐えられる。その間に近付いて斬れ」

「う、うん……」

「できないのか? 雷撃魔法ですら俺の剣より遅いというのに」

「あ。なら、できる、と思う。――ううん、やる!!」


 少しだけたくましくなったミハエルの顔は戦士のそれだ。クルスの選択は正しかったのだろう。

 カイは微かに笑った。

 将来が楽しみ、などと思ったのは、もしかしたら生まれて初めてだったかもしれない。


「剣を信じろ。一瞬の迷いもなく振り抜くこと、それが秘訣だ」

「うん!!」

「大丈夫そうだな……そういえば、正確には雷切ではない、ことになるのか?」


 クルスがふと気付く。二人が身に付けたのは低位炎熱魔法専用の魔法切断。

 あらゆる魔法を切断する雷切とは根本原理からして別物だ。


 言われたカイも顎に指を添えて暫し思考し、その名を決めた。


「ふむ、では――“焔切”とでも名付けるか」

「焔切……」


 ミハエルが噛み締めるようにその単語を二度三度口にする。

 単純すぎるほど単純な名だが、師から送られたその名は確かに少年の誇りとなった。


「依頼は完了だ。行って来い」

「はい!!」


 意気軒昂と少年が駆けて行く。このまま決闘に向かうのだろう。

 クルスとカイはその背を黙って見送った。


「本当に結果を見なくていいのか?」

「俺達が行けば相手が文句をつけてくる。あいつは一人の戦士として戦い、勝つ。その勝利を汚す気はない」

「たしかにな。では、結果は後で訊くことにするか」

「聞くまでもない」


 カイは微かに口角を上げてクルスに笑いかけると踵を返した。

 修練によって身に付けた武は己を裏切らない。あとは覚悟が具わっているか。

 だから、問題はない。

 一週間という短い時間とはいえ、ミハエルにはそれを確信させるだけのものがあった。



 ◇



 後日、ミハエルがギルドハウスに礼を言いにやって来た。

 きっちり勝って来たのがその表情から窺える。


 嫉妬から子供同士の喧嘩に魔法という大きすぎる力を持ちこんだ者は、より大きな力によって叩き潰された。

 それは、いつの世も変わらぬ強者の末路だった。



「これからもよろしくお願いします、師匠!!」


 そうして、何度も礼を言った後、顔を上げた少年は笑顔で告げた。

 紅茶に口をつけようとしていたカイの動きがぴたりと止まった。


「…………クルス」

「ふむ、一緒に頑張ろうな、ミハエル。これからは仲間だ」

「はい!!」


 クルスは約束を守る。嘘は吐かない。

 仲間にすると言った以上、ミハエルが承諾すればこうなることは確定だったのだろう。


「……フン」


 微笑ましい二人に様子にカイは微苦笑を返した。

 久しぶりに師達の顔が見たくなったカイであった。

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