9話:再会
ここ数日、アルカンシェルは依頼もそっちのけで方々に走り回っていた。
原因はクルスとシオンである。
先日、現世へと受肉を果たしたシオンは調査の結果、人間へと進化する途上の『妖精』だとわかった。
神との接続が断たれたことで精霊から妖精へと存在を落とし、その上で進化先を人間へと変えたのだろう。
元々、獣人の始祖である『隻腕の白狼』の逸話などから、妖精の人間化の可能性は指摘されていた。
もっと言えば、エルフやドワーフの興りは妖精あるいは精霊に近い存在であったのではないかと考えられていたのだ。
シオンが緑髪や尖った耳などエルフの特徴を具えていることから、その説は現実味を帯びてきたと言える。
併せて、クルスは変則的ながら妖精憑きと認められた。
現状では人間と妖精の性質を半々で持つシオンは、妖精の能力として自身をクルスの魂の中へと納めることが出来る。
ただし、受肉自体もまだ完全ではなく、クルスの外にいられる時間はあまり長くない。見た目も七歳程度まで幼児化している。存在が確立されているとは言い難い。
そして、いつか――おそらく精霊であった時と同じくらいまで成長すれば――クルスから独立し、完全な人間になるのだろう。
「シオンちゃんがどのように成長するかは分かりません。ですが、遊んで、学んで、色々な経験をさせてあげてください。きっといい子に育ちます。頑張ってください」
各機関への火消しに尽力してくれたクィーニィはそう言って一行を見送った。
彼女の協力がなければ、四人と一人はここまで短期間で日常には帰れなかっただろう。
その後、ソフィアとイリスは溜まった講義を消化しに学園へ戻り、クルスとカイは二人で出来る依頼を受ける為に、未だに依頼数が右肩上がりの帝都で過ごすことにした。
「さて、これからどうするか……」
帝都の一角にあるアルカンシェルのギルドハウス。
カイと共に幾つかの討伐依頼を終えて来たクルスはソファに腰かけ、膝の上で実体化したまま寝ているシオンの頭を優しく撫でながら思索に耽っていた。
クルスは最近、少し迷うようになった。
騎士は自分が恵まれた境遇の生まれだという自覚はあるが、自分が特別優れた人間であるとは思っていない。
多少の才能や健康な体は親から頂いているが、それ以上は己の努力と鍛錬で得るものだと信じている。
だから、妹のような圧倒的な才能が無くても、皆を守れる者でありたいと誓った。
だが、本当に守れるのか。この道で正しいのか。そう迷うようになった。
たとえば、シオン。
クルスはこの娘を守れなかった。今ここに居るのは奇跡以外の何物でもない。
それでも、クルスはその心と魂を救えたという。
(それならば、俺は一体何を守ればいい。守るべきは命ではないのか……)
「――クルス?」
いつの間にか起きていたシオンがクルスを無垢なエメラルドの瞳で見上げていた。
クルスと魂で繋っている妖精は、騎士の感情の動きに敏感だ。
今も、ほんの僅かに眉根を寄せて騎士を心配している。
「すまない。起こしてしまったか」
「――悩み、辛い?」
「ああ。けど、大丈夫だ。悩むのも勉強だからな」
「――勉強、シオン、手伝う?」
「ありがとう。その時にはお願いする」
礼を言って頭を撫でてやると、シオンはくすぐったそうに微かに笑った。
表情があまり変わらないのは精霊だった時と同じだが、実際に受肉してからは儚さは薄まり、確かな存在を感じられるようになった。
シオンは再び眠り始め、妖精の体温を膝の上に感じながらクルスも目を閉じ、穏やかな時間が流れる。
そうして太陽が中天を過ぎた頃、控えめなノックの音がして二人は目を開けた。
いつからそこに居たのか、カイがリビングの扉に背を預けて立っていた。
相変わらず気配の殺し方が上手く、試練の洞での経験を経て視野の広がったクルスでもいつ戻って来たのか分からなかった。
「今いいか、クルス?」
「カ、カイか。ああ。大丈夫だ」
少しだけ声が上ずる。カイの姿を見ただけで、後ろめたさと羞恥心と罪悪感が一斉に噴き出てきた。
その様子にカイが微かに眉を顰める。
「先日の、まだ気にしているのか」
「みっともないところを見せてしまったからな」
辛い選択から逃げて、八つ当たりして、泣きだして、これ以上ないくらいの醜態。
クルスの二十年近い人生の中でも初めてのことだったのだ。
だが、カイは溜息をついて、じっとこちらを見ているシオンに向けた。
「シオンはどうだ?」
「――あなた、役目、忠実。シオン、恨んでない」
「だそうだが?」
「……殺し殺されたお前達の方が気にするのではないか、普通は」
大きくため息をついて、無表情な両者に肩の力を抜きつつ、騎士は苦笑を返す。
「――普通?」
「そんなものは知らん。……ひとつ訊くが、シオン、お前の中の人間と妖精の存在は分けられるのか?」
「分ける? どういうことだ、カイ?」
「そういう者もいる。試したいことがあったが、その様子だと無理そうだな」
シオンは変わらず無表情なままだが、少し困ったような雰囲気を発している。
「――どっちもシオン、わけられない」
「ならいい。気にしないでくれ」
「――ん」
カイに残念そうな様子はない。アテが他にあるのだろうとクルスは察した。
「しかし、ソフィア達もだが、お前もシオンのことは普通に受け入れているのだな」
「何か問題があるのか?」
不思議そうに問いを返すカイにクルスは苦笑しつつ首を横に振った。
人は己と違う存在を恐れる。それは本能に刻まれた種としての防衛本能だ。実家での妹の扱いでクルスはそれを理解していた。
しかし、カイにとって、ヒトと妖精とは気に留める程の違いがないのかもしれない。
そう考えると、クルスの心中は少しだけ軽くなった。
「――クルス、変なの」
「まあいい。それで、手紙が来ていた、二通」
「手紙?」
「――取って来る」
クルスの膝の上から降りたシオンは、多少危なっかしい足取りながらもリビングを横断してカイから手紙を受け取り、戻ってクルスに手渡した。
礼を言って受け取ったクルスはシオンがじっと見上げているのに気付き、その意図を察した。
「一緒に見るか、シオン?」
こくこくと頷くシオンを抱きあげて膝の上に乗せ、クルスは手紙を検めた。
「一通目は連盟からか。ギルドの二級への昇級通知だな」
シオンのことで大騒ぎになったが、合格は認められたようだ。
騎士はほっと安堵の息を吐いた。
「二級だと何が変わる?」
「国からの指名依頼が発生すること。通常は制限されている資料の閲覧や聖域への許可が貰えること。あとは、ある程度自由に秘匿技術が学べるようになる」
それまでとは得られる知識量に大きな差があるのが二級だ。
カイの呪術について調べる為にも、一度、青国の国立図書館に解禁された資料を見に行く必要があるだろう。
「あとは、受けられる依頼の種類が大幅に増えることだな。海に出る依頼もある」
「――海?」
膝上から見上げるシオンが首を傾げている。
知識としては知っているが見たことはない物のひとつなのだろう。
「シオンは海を見たことないか。いや、俺もないが。泳ぎは川で練習したが、内陸国の白国に海はないからな。カイは見たことあるのか?」
「ああ。転移術式で落とされたことが何度か」
「……そ、そうか」
さらりと言われた内容にクルスは少し引いたが、突っ込むと藪蛇になりそうなのでスルーした。
「それで、もう一通は――オーヴさんからか」
「オーヴ? オーヴィル・L・ディメテルか。お前は一時期師事していたのだったな」
「割と長い付き合いだ。……カイ、もしや報酬を受け取りに行った時に何かしたのか?」
カイは無愛想ではあるが、無礼ではない。最低限の礼儀はわきまえている。
なので、問題ないだろうと、先日、ディメテル家にひとりで行かせたのだが――
「最新の魔導兵器を叩き斬った」
「なっ!?」
クルスが思わず立ち上がり、膝上のシオンがずり落ちかけた。騎士は咄嗟に妖精を抱き上げて、謝罪しつつソファに腰を落ち着けた。
そうである可能性は予測しておくべきだったかもしれない、と心中でひとりごちる。
遠慮と容赦がないという点において、この侍と老兵はよく似ている。
「いや待て。その件ならもっと早く抗議に来てもいい筈だ。それに、もし抗議ならオーヴさん自らで乗り込んで来るだろう。きっと別件だ」
「だといいがな」
「他人事みたいに言うな。誰のせいだ、誰の」
大げさに肩を竦めるカイに笑みと共に突っ込みを返し、不思議そうに見上げえるシオンの頭を撫でる。
ようやくいつもの空気に戻った所でクルスは改めて手紙の内容に目を通した。
◇
一刻後、三人は貴族街区にあるオーヴィル家別宅の庭に居た。
前に来た時に平服でいいと言われていたので恰好はそのまま、武器だけ持って来ている。
「昨年振りだな、クルス、カイ君。活躍は聞いていおるよ」
庭では相変わらず年に見合わぬピンと伸びた背筋と溌剌とした声を具えたオーヴィルが出迎えた。
これで髪が白髪でなければ四十代と言っても通じるであろう若々しさだ。
精神の若さを示すかのように服装は動きやすい簡素なもので、腰には瀟洒な細剣を佩いている。
ただ、挨拶もなく「それじゃあ闘ろうかのう」といった感じで決闘が始まることも覚悟していた二人としては、些か拍子抜けだった。
「お久しぶりです、オーヴさん」
気を取り直してクルスが挨拶する。カイもその後ろで無言で頭を下げる。シオンは一旦クルスの中に戻っている。
対して、応じるオーヴィルの態度は気安い。主家の嫡男相手というよりも弟子相手という感じだ。
「まったくじゃ。クルスよ、実家の大晦日くらい帰って来い。お主らが帰らんと話題が無くて、ワシはイオシフ様と兵器以外の会話が続かんかったぞ」
ディメテル家は主家のヴェルジオン家を支える武の一角である。
クルスとソフィアの父であり、ヴェルジオン家の現当主であるイオシフ・F・ヴェルジオンと会う機会も多いのだろう。
「父は、元気でしたか?」
「自分で確かめればよかろう」
「あ、相変わらずの性格ですね」
すっぱりと言い切る老兵にクルスは苦笑する。
家の外に出る前に最低限の実力をつけておきたいと父に頼んだ時に紹介されたのが、この快活な老兵だ。
かれこれ十年の付き合いになる。
「こんな歳になったら性格なぞ変わらんわい。それより、手紙は見て貰えたかの?」
「はい。ひとまず詳しい話を聞いてみないと、と思いまして」
手紙の内容はシンプルだった。
『孫の稽古をつけて欲しい』
それだけでは状況がわからないので、即日やって来たのだ。
「孫、と言うとミハエルですよね? たしか、こちらの学院に通っているのでしたね」
「うむ、白国は最近空気が悪くてのう。健康の為にこっちに連れてきておるのじゃ」
「それはどういう……」
こと、と訊こうとしたクルスをオーヴィルが視線で制する。
監視されている、正確な情報が無い、とその眼差しが語っていた。
遠見や風声の術式を用いれば遠距離からの監視、盗聴も可能だ。
クルスは内心が表情に出ないよう注意を払いつつ、オーヴィルに頷きを返した。
「ふむ、クルスにはまだ早い話題かの」
「……申し訳ありません。精進いたします」
「そうじゃな。ワシも老いた。若い奴の活力には負けるわい」
「いえいえ。そんなことはないでしょう」
「わからんぞ? 最近は朝起きるのが辛くてのう――」
当たり障りのない会話を続けながら、クルスは心中でオーヴィルが屋敷ではなく直接庭に招いた理由を察した。
どれだけ防諜対策をしても屋敷内は人が出入りする。
だが、広けた庭なら警戒も容易い。さらに意図を察したカイとシオンがそれとなく周囲を警戒している。尻尾を出せば儲けものだ。
「っと、話を戻すが、エルじゃったな。……うむ、実際に来て貰った方が早いかの」
オーヴィルは侍女を呼んでミハエルを連れて来るよう頼んだ。
その間に、クルスはそれとなくカイと肩を並べる。
(どうだ、カイ?)
(特に気配はかからなかった。現状ではオーヴィルにそこまでリスクを払う価値は見出していないのだろう)
(そうか。とにかく、ある程度情報を集めておきべきだな。白国で若手というと“大臣派閥”だろう。筆頭大臣を中心とした強国強兵主義だ。赤国とのつながりも小さくない)
(了解。イリスに伝えておく)
暫くして、侍女に連れられてミハエルがやって来た。
随分と暗い表情をしているが、クルス達を見るとぱっと表情を明るくした。
「クルス兄ちゃん!!」
「久しぶりだな、ミハエル。暫く見ないうちに大きくなったな」
「うん!! カイ兄ちゃんも久しぶり」
「ああ。だが、兄はやめろと言っただろう」
そこは譲れないのか、再会に水を差してカイが訂正する。
「あ、ごめんね、カイ」
「それでいい。で、何があった?」
カイが指さしたミハエルの頬には治癒術式で治療した跡が残っている。
それを指摘された途端、ミハエルは唇を噛んで、目に涙を溜めてしまった。
これでは詳細は聞けそうにない。
仕方ないのうと、オーヴィルが代わりに口を開いた。
「要約すると、ニミュエスのお嬢さんを巡って決闘を吹っかけられてボコボコにされて、一週間後に泣きの一回を認めて貰って再戦、といったところじゃ」
「爺ちゃん容赦ないよ!!」
「何か間違っておったか?」
「うぐ……」
からかうような物言いだがオーヴィルの表情は好々爺めいた表情だ。
ニミュエスと言えば昨年のウィザード誘拐事件の時に助けた娘だ。随分と親密な仲になったようだ。
「フォッフォッフォ。ちっとは調子戻って来たかえ?」
「……うん」
多少ぎこちないが笑顔に戻ったミハエルがクルス達に改めて向き直る。
「まずは、ごめん、カイ。“答え”はまだみつかってないんだ」
「焦る必要はない。俺も見つけていない」
「うん。がんばるね」
「それで、決闘の相手は誰だ? 前の傭兵達より強いのか?」
カイの問いを受けてミハエルの顔が少年のそれから戦士のそれに変わる。
この切り替えの早さは才能としか言いようがないだろう。
「そこまでじゃないけど……いや、わかんない」
「わからない?」
「相手は同い年なんだけど――ウィザードなんだ」
◇
通常、ファイター、ナイトなどの前衛と、ウィザード、クレリックなどの後衛の間には大きな差異がある。
筋力、体力、敏捷、総じて肉体的な頑健性は前衛が高い。
逆に精神力や魔力量、そして魔法への抵抗力は後衛の方が圧倒的に高い。
では、この両クラスが1対1で戦うとどうなるか。
得意分野が完全に分かれているので、往々にして勝負は一瞬で着く。
前衛が近付くなり、投擲するなりして一発直撃させてしまえば、後衛はもう詠唱どころではなくなる。
障壁があろうと結局は押し込まれて終わりだ。武器の届く範囲で前衛が後衛に負けることはまずない。
逆に、後衛が詠唱を完了して魔法を放てば、防御手段のない前衛は為す術なく倒される。
詠唱というリスクを負った分、発動さえしてしまえば、その威力はたやすく前衛を圧倒することができる。
魔法自体、人間相手に使うには些か以上に過剰な火力を持つのだ。
「十歳でウィザードか。それなり以上の才能があったのだろうな」
一通りミハエルの話を聞いたクルスが端的に告げる。
それを聞いたミハエルが落ち込むが、こればかりはしょうがない。現実なのだ。
感応力があっても、それを制御し、意識的に行使できないと意味がない。
多くのウィザード適性者がクラスを得るのが十四歳前後だと言われている。その辺りの年齢になるまでは往々にして感応力の制御ができないからだ。
ソフィアのように生まれつきウィザードクラスの契約を得ているのは例外中の例外だ。
逆に、例えば、イリスのようにウィザードになってもおかしくない感応力の高さがあっても、その制御が出来ずにウィザードになれない者の方が世の中には多い。
「ミハエルの位階は?」
「この前のときからひとつあがったくらい」
「……まだ素人に毛が生えた程度か。相手は? 使われた魔法は?」
「位階は相手も同じくらい。使われたのは低位炎熱魔法だけ。でも、僕、カイみたいに避けられなくて……」
落ち込む親戚の姿を見て、クルスはカイが与えた影響の大きさを知った。
成程、侍の戦い方は鮮烈だ。瞬きの内に遠距離では敵無しの筈のウィザードの頸が飛んでいるのだ。意識するなという方が無理だろう。
ただ、常識については訂正しておくことにした。
「ミハエル、一応言っておくが、サムライだからといって誰でも魔法を回避したり、あまつさえ魔法を斬ったりできる訳ではないぞ?」
「え……」
「そんな裏切られたような顔をしないでくれ……というか、オーヴさん、貴方もサムライでしょう」
「ん? 訓練すればできるじゃろう?」
(しまった。この人はこういう人だった)
オーヴィルは自己鍛錬を重視する性質で、基本的に何かを強制することはない。
物を作るのは得意でも、指導者にはあまり向いていないことを自覚しているのだ。
クルスも師事していた時は自分で計画を立て、それに沿って見て貰っていた。
故に、魔術士に対して“こうする”とミハエルが決めたのならそれを応援するつもりだろう。たとえ、それが何年もかかる道であっても。
「しかし、契約時から殆ど位階を上げていない者に魔法を避けろなどと言うのは酷ではないですか? そうだろう、カイ?」
「なら、位階を上げればいい。死線を三つ四つ潜れば位階も上がる。後衛の長所も無意味になる」
(ああ、カイもそういう性質だった)
クルスは膝をつきたくなるのを堪えて、頭を振りしぼる。
改めて見たミハエルは立ち方や筋肉の付き方からして、オーヴィルと同じカウンター主体の戦い方だろう。
性格的にもミハエルは攻防をバランス良く伸ばすタイプだ。代わりに魔法を回避できるほどの敏捷性に届くには時間がかかる。
カイが死線を三つか四つと言ったのは、そういった部分を考慮したからなのだろう。
「というか、加護『砕けぬ刃』で致命の一撃には耐えられるのだから、そのまま突っ込めばいいのでは?」
「カイ、普通の人間は致命傷に届くほど体が焼かれたら、たとえ生きていても戦える状態ではないぞ」
「……そうか?」
「うん、僕も痛くて気絶しちゃったし」
「大丈夫、それが普通だ。カイも頭の隅に置いておいてくれ」
たとえ魔法が直撃する状態で炎の壁に突っ込んでも、即死しなければ相討ちに持ち込める、等ということができるのはこの侍ぐらいだろう。
しかし、そういった部分の自意識がカイは薄い。なまじ鍛錬によって習得したものだから、同じことをすれば誰でも習得できると思っている節がある。
「加護頼みの特攻は難しいだろう。先達として勧められるものではない」
「そうか。では、どうする?」
(対ウィザード戦術を教えるか? いや、それでは足りないのか)
ミハエルを見ているとクルスはどこか不安になる。
かつてカイが語った“戦乱の才”がミハエルにもあるという。
実際こうして問題が起こっている。
これが何かの前触れならここで全力を尽くしておくべきではないか。
神託に似た直感がクルスにそう告げている。
「クルス、入れ込みすぎだ」
嫌な予感がしたカイが予防線を張るが、振り向いたクルスの表情を見て手遅れであったことを悟った。
「……カイ」
「無理だ」
「まだ何も言っていない」
「気配に表れている。ミハエルに『雷切』を習得させる気だろう?」
「そうだ」
「もう一度言う。無理だ。基礎能力が足りない」
カイは誤魔化さない。成長すれば可能でも、現状で無理なものは無理だ。
サムライの秘匿技術『雷切』は前衛の対ウィザードの切り札だ。
習得は決して容易いものではない。
「素直に位階を上げればいいだろう」
「時間が足りない。カイもそれは分かっているだろう? これ以外に一週間後の勝ち筋はない」
「……」
一週間で攻略できるほどウィザードという存在は軽くない。
その現実を覆すなら、それ相応の手が必要になる。
そして、その手がクルス達にはある。騎士に迷いはなかった。
「ミハエルには才能がある。炎熱魔法に限定すれば可能だ」
「む……」
カイは口を閉じて脳内で試算を開始した。
クルスの言うことにも一理ある。たしかにミハエルには才能がある。
昨年、共に戦った“ウィザード連続誘拐事件”の時には既にそれは表れていた。
鉄火場で冷静に実力を発揮出来たのがその証だ。
生来の才能だけで言えばカイを超えているだろう。
機能を大きく限定すれば、雷切の習得も不可能ではないかもしれない。
「しかし、ファイターのミハエルは刀気解放ができない」
「条件に合う武器はあるぞ。後で見て貰おうと思ったのじゃが……」
ここまで見守っていたオーヴィルがそう言って腰の剣を鞘から抜いて見せる。
かつてカイが叩き斬った剣よりシンプルになった刻印術式と、柄頭に象嵌された魔力結晶が印象的な細身の剣が露わになる。
「水の魔導兵器“マイムⅠ”。試作品だがのう」
「……」
「カイ君の助言を受けて、威力を抑えた代わりに強度と安定性はかなり高くなっている。何度か練習すればエルでも使えるだろう。こいつでは駄目かの?」
「……可能だろう」
侍は正直に答えた。
魔導兵器は刀身に術式を付与する。原理として刀気解放を持つ武器と同じ、つまり雷切の条件は満たしている。
「だが、雷切は秘匿技術だ。連盟が黙っていない、と聞いたが?」
「ミハエルをギルドメンバーに加える」
「……」
防衛戦争前にいれる訳にはいかないと保留になっていたが、ミハエルの加入は前に自分が言ったことだ。今更覆せない。
「頼む、カイ。俺はミハエルの道をここで途絶えさせたくない」
クルスの真摯な光を湛えた蒼い瞳がカイを射抜く。
家では悩んでいるようにも見えたが、それでも騎士の心には覚悟がある。
ここぞと言う所で迷いはしない。
じっと見返していたカイだが、暫くして根負けしたように溜息を吐いた。
「意思は固い、か。そこまで言うなら構わんが――壊れるかもしれないぞ?」
何がとは言わず、確認するように告げた侍の言葉に、しかし騎士は頷きを返す。
一瞬の迷いもない姿は、この一年で鍛えられたリーダーとしての才だろう。
「そうならない為に俺も一緒に訓練を受ける。大丈夫だ、ミハエルは俺が守る」
「――――」
カイが秘かに、小さく息を呑む。
それは、かつて自分が父に言われた言葉と似ていた。
『カイ、お前は戦乱の星の下に生まれた。生きる為に誰よりも戦い続けなければならない、そういう運命だ。
だから、この大陸で一番強くなれる場所へ行く。そこでなければ、お前は死ぬ。
鍛錬は辛く、何度死ぬかもわからん。だが、オレが共にいる。お前の心はオレが守る』
――そして、どうか生き抜いてくれ
言われた通り、自分は生きている。
多くのものを犠牲にして、生きている。
「どうした、カイ? やはり駄目か?」
「……いや、了解した。依頼を受ける」
「そうか。ありがとう」
悼むような表情をしていたことには触れず、クルスはただ礼を言った。
「だが、ミハエルの説得はお前がしろ」
「無論だ」
結論が出た所で、ハラハラしながら言い合う二人を交互に見ていたミハエルにクルスは向き直った。
「ミハエル、依頼によりこれからお前に魔法切断――サムライの秘匿技術“雷切”の一部を覚えさせる」
「僕でもできるの?」
カイは既に無理だと言った。それを覆すのはクルスの仕事だ。
騎士は片膝をついて少年とまっすぐに目を合わせた。
騎士の蒼眼と少年の碧眼の視線が交わる。
「これは本来、近衛騎士やベテランの冒険者が学ぶ技術だ。ギルドでもおいそれと教えないし、ミハエルのクラスの技能でもない」
「でも、勝てるようになるんでしょう。なら、頑張るよ!!」
間髪いれずに覚悟を決める少年に騎士は笑みを返す。
「そうこなくてはな。なら、ミハエルが悪用しないこと、みだりに使わないこと、死ぬ気で頑張ることを誓うならカイが教えてくれる」
「クルス兄ちゃんはどうするの?」
「俺も一緒に学ぶ。どちらが先に習得できるか競争だ」
「うん!!」
笑い合う二人の姿にかつての自分が重なる気がしてカイは小さく息を吐いた。
それは既に遠い過去の思い出だった。
オーヴィルやクィーニィのキャラが微妙に濃いのは仲間候補だった名残です。




