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刃金の翼  作者: 山彦八里
二章:ギルド
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8話:精霊

(巨人が女を庇った、か)

「そこの女」


 カイは女性の方にも声をかけてみたが、聞こえている様子はない。先の案内人と違い、声自体が届いていないようだ。

 さらに、こちらの動きと相手の反応の間にも違和感がある。

 試しに腕を軽く振ってみるが、巨人の方は随分と過敏に反応した。

 まるで魔獣級の魔物でも目にしたような反応だ。


「……ふむ」


 おそらく、相手の姿形はこちらが見ている通りではなく、また相手もこちらを正しく見えてはいないのだろう。

 この時点で、視覚と聴覚はアテにできないのが確定した。


(――斬るか)


 考えを打ち切る。情報が少なすぎる。あとは剣で訊くしかない。

 彼らが次の案内人という可能性もあるが、何も通じない以上、カイに他の手段はなかった。


 となれば、まずは鋼の巨人が相手だろう。

 心を決めた次の瞬間、侍の身が一気に加速した。


 一瞬で自己の間合いまで踏み込み。抜き打ちで放たれた一刀が巨人の頸を斬り落とす――寸前に切り払われた。


(読まれた!?)


 剣と刀が擦れ合い、火花が散る。

 カイは咄嗟に巨人に直蹴りを叩き込み、その反動で跳び退った。


 防がれるどころか切り払われるとは予想外だった。

 なぜなら、間に合わなかった筈の防御が間に合ったからだ。

 相手を捉えていた五感は、巨人が剣を構える動作の一部が飛んで(・ ・ ・)いたのを感知した。


 おそらくは過程を省略した結果の“想像”にして“創造”。

 相手の『防ぐ』という意志が、こちらの『斬る』という意志を上回ったのだ。

 常世では有り得ない光景だ。改めてこの世界が現実ではないと再認識する。


「ならば、思考する間も与えない」


 先の一撃で侍はこの空間の法則を理解した。

 つまりは、ここでは強い意志が、強靭な心こそが全てに優先する。


 気息を整え、五感の情報をひとまず置く。

 雑念を捨て念じる。意識を研ぎ澄まし、ひとつの刃とする。


 この刃に触れたものは何であろうと斬る。

 何年もその一心で刀を振り続けてきたのだ。今更迷いはない。

 ただ斬る、それだけに集中する。


 再度、水切りの石の如き踏み込みで巨人の懐に飛び込む。


 まずは厄介だと判る(・ ・)その盾を斬る。アダマンだろうと構わず叩き斬る。そう決意する。


「――シッ!!」


 斬った(・ ・ ・)


 動作と動作の間が省略され、過程の飛んだ一刀で掲げられた盾の三分の一を切り飛ばした。

 視界の端をアダマンの砕片が回転しながら飛んでいく。


 だが、盾を斬られたにも関わらず、相手の様子に変わりはない。

 むしろ、先ほどよりも戦意が強くなっている。発せられる重圧が肌を粟だたせ、呼吸を圧迫する。


 今の一撃、本来は腕ごと両断するつもりだった。つまり、防がれかけたのだ。

 同じ強度の意志では次は確実に防がれる。


 この相手を斬るのは時間がかかりそうだ、と頭の隅を雑念がよぎった。

 だが、斬る。その決意で意識を統一する。


 辻風を巻いて、カイは再び斬り込んでいった。



 ◆



(この鋭さはまずいな。押し切られる)


 断たれた盾を構え直し、クルスは感嘆と共に何度目かも数えていないシールドバッシュで魔人を弾き返した。

 手応えは薄い。受け流されているのだ。


 一瞬たりとも気を抜けない。技量は明らかに向こうが上だ。

 既に剣は跡形もなく寸断され、残るは傷だらけの盾一つ。斬撃を防ぎきれず、鎧の至る所にも裂傷が刻まれている。


(剣の冴え、そしてキレ。明らかにマスタークラスのものだ)


 初めこそ外見の異様さに目が向いたが、そんなものは瑣末なことだと剣を交わして悟った。

 魔人の強さは明らかに武人のそれだ。魔物のように生まれついて持つ能力ではなく、鍛えたことで身に付いたであろう純然たる技術だ。


 クルスの心中で、騎士としての矜持が熱を持つ。

 このような夢幻とも分からぬ場所で、これ程の達人に出会えるとは思ってもいなかった。


 だが、感心してばかりもいられない。

 自分の背後にはシオンが、守るべき者がいる。敗北は許されない。

 時間の長短など問題ではない。

 守ると誓った時が、己の全てを賭ける時なのだ。


 相手の剣気も一層の鋭さを増している。チリチリと肌を灼く鋭さは、いっそ首を差し出したくなるほどだ。

 長くは保たない。自己を鑑みてそう分析する。

 だから、ここが勝負の分水嶺だ。

 出し惜しみの出来る相手ではない。そんなことをすれば次の瞬間には首が飛んでいる。


「――我が誓いは朽ち果てず」


 故に、躊躇せず切り札を切った。



 ◆



 守る、護る。

 巨人がそう口に出した訳ではないが、何よりもその姿が心意気を示している。


 この巨人は“生きている”。カイはおぼろげな敬意と共にそう感じた。

 ■■■を思い出す姿だが――それ以上を思い出せず、相手の考察に思考が移る。


 巨人はその全身で不退転の覚悟を示し、アダマンに似たその全身が、魔力を受けて眩いほどの黄金の輝きを放っている。

 この輝きは容易く断てるものではない。


 全てを捨てて、全てを賭けて、魂ごと斬るつもりで挑まねばならない。


 流儀“無間”


 だから、そうする。防御を捨てて踏み込み、その身が最大まで加速する。




「――来たれ、欠けること無き絶対不落」


 高速で迫る魔人を前にクルスは己の魂を晒す。

 物理、魔法を防ぐ二重障壁に加えて、受けた攻撃を反射する広域防御系心技。


 防ぎ、反射し、打ち崩す。

 騎士は覚悟を決めて盾を掲げた。


 同時に、魔人もまたその腕の刃を振りかぶっていた。



「――斬刃一刀」


 ――“アメノハバキリ”――



「――展開せよ!!」


 ――“エンブレム・オブ・トリニティ”――



 振り抜かれる神速の一刀の前に三重の盾が立ち塞がる。

 両者にとってそれは魂の粋を極めた絶対の一手だ。


 だが、悲しいかな。心技としての錬度に埋めがたい差がある。


 必斬の一刀を前に、魔物の軍勢すら凌いだ不屈の盾が容易く斬り裂かれる。

 物理障壁、魔法障壁の二枚が抜かれ、最後の一枚に迫る。


 それでも反射効果はまだ生きている。


 その一瞬を見切ったクルスは魔力の全てを込めて反射の権能を起動し――



「――クルス」



 刹那、囁くようなか細い声がクルスの精神に一滴の雫を落とした。


「あ……」


 思い出す。相手を倒すのが試練ではないと言われたのではなかったのか。戦いに集中して忘れていた。

 そして、気付く。

 考えれば、何故そこに思い至らなかったのか不思議なくらいだ。


 空恐ろしいほどの剣のキレ、疾風の如き敏捷性、この場が心の在り方が反映される世界なら、あの姿ほどらしい(・ ・ ・)姿もないだろう。


 何より、あの必斬の神剣は■■のものだ。五感が偽られようとその閃光は見間違えようがない。

 他の誰かが真似できるようなものではないのだ。


(これが試練だったという訳か。ならば――)


 クルスは肺腔一杯に息を吸い込み、あらん限りの熱を込め、



「――俺はここにいるぞ、“カイ”!!」



 草原に響き渡る声で大喝した。


 瞬間、三重の盾が一刀のもとに断ち割られた。

 しかし、魔人は追撃をかけず静止している。


(来い、カイ)


 相手がカイならば、きっとこれで分かる。そう、信じる。

 騎士は残り少なくなった魔力の全てを構えた盾の先端に集中させる。


「――障壁、収束展開」



 ◇



「――ッ!!」


 声が、聞こえた気がした。

 音は耳に届かなくとも、そこに込められた熱はたしかにカイの心に届いた。


 三重の盾を斬り裂いたカイは一旦手を止めた。

 五感から流入する情報こそ異なるが、あの不屈の盾は誰にも偽れない。


 カイにも誰を相手していたのか分かった。

 頭の中に漂っていた霧が晴れるような気分だった。


(ここまで迫られていたとはな……)


 正直な所、相手を推察するような余裕はなかった。

 巨人(クルス)はそれほどの相手だった。

 魂の領域で、他者を護るという精神がその限界を引き出したのだろう。


「頼もしい話だ。だが――」


 直感や気配探知が封じられているだけではクルスを見間違えたりはしない。

 五感だけでなく、精神自体にも何かしらの欺瞞がかかっている。


 目を閉じて、己の体内に気を巡らせる。

 相手を認識したことで欺瞞が解けたのだろう。巨人(クルス)と自分の胸の辺りに靄のようなものを感じる。その両方の間が細い糸のようなもので繋がれている。


「形状からして解除は同時(・ ・)。……手掛かりは貰っていた訳か」


 解除条件はおそらく同時攻撃。“予習”と嘯いたあの仮面の男は案内人として、正しくカイを導いていた。

 向こうもそれに気付いたのだろう。纏う空気が変わり、掲げた盾の先端から半透明の杭が発生する。


 ナイトの技能のひとつ“パイルバンカー”だ。

 障壁を杭状に圧縮形成、反発力を利用して加速射出し、相手を撃ち抜く技。

 位階を上げたことで騎士も使えるようになったのだ。


 巨人(クルス)は構えたまま静止している。合わせろということだろう。


「――狂い咲け、“菊一文字”」


 風刃を発生させ、そのまま一足で飛び込み、寝かせた刀を突き込む。

 相手も同じタイミングで踏み込み、盾の杭を撃ち出す。

 狙うは互いの体の中心部。


 騎士と侍。両者の加減のない一撃が同時に互いの胸を刺し貫いた。



 ◇



 括った黒髪を余韻に揺らし、カイは微かに目を細めた。

 二人の手には剣も盾もない。ただ、無手の拳が互いの胸に触れていた。


「……解けたようだな」

「ああ……さすがに今回は肝が冷えたな」


 鎧が消え、元の平服に戻っているクルスは大きく息を吐いて拳を引いた。

 先程までの戦闘が嘘のように、二人の体には傷一つない。


「たしかに危険はなく、魔物もいなかったがな……」


 よくよくクィーニィの言を思い返してみれば、『戦闘がない』とは言っていなかった。

 クルスはもう一度ため息を吐いた。自分の未熟さを痛感した。


「それで、そいつは何だ?」


 カイの視線がクルスが守っていた女性に向く。


「案内人だ。シオンと言う。シオン、こいつはカイ。前に話した俺の仲間だ……シオン?」


 クルスが振り向く。シオンは何も言わず大樹を見上げていた。


「――試練、終わり」


 小さな、しかし、はっきりと告げられた宣言に応じて大樹から光の雨が降り注ぐ。

 それを浴びたシオンの背に美しい模様をたたえた翅が形成される。透き通る幻想の翅は明らかにヒトのものではない。


 突然のことにクルスは反応できなかった。シオンが人間でないことには気づいていた。だが、これは――


「――これが、シオン」


 纏う紗をふわりと揺らして振り向くシオン。翅が生まれた以外はクルスと旅をしていた時と変わった様子はない。

 だが、その全身から侵しがたい清廉な魔力の波動が放たれているのを騎士は確かに感じた。


「精霊か」


 カイが気配からその存在を言い当てる。


 妖精ではなく、精霊。つまりは神の一部。

 それは例えば、神の住処である神樹から生まれた――


「まさか」

「――実、ここ」


 シオンが己の胸に触れる。



「――シオン、消える、実、取れる」



「待ってくれ、カイ」


 驚くよりも先にクルスは反射的にカイを制止していた。

 最悪の未来が容易に想像できたからだ。


 出鼻を挫かれた侍はいつも通りの無表情で、しかし、いつでも踏み出せる体勢にある。


「ソレは生物ではない。精霊だ。厳密には死という概念はない」

「それでもだ。俺は彼女を“守る”と誓ったんだ」

「……」

「責任は俺が取る」


 カイは「そうか」と呟き、構えを解いた。

 その視線には温度がない。騎士は何も選んでいない。逃げただけだ。

 実を取らねば神樹は枯れる。今か、その次か、どちらにしろ選択する時は来る。そういう類の問題だ。

 侍は二人に聞こえないよう小さく舌打ちした。


 まるで、遺言を聞く時間を与えたような陰鬱な気分だった。


「シオン」

「――クルス」


 クルスは侍の言いたいことを察しながらも、視線を外して考えないようにした。

 そして、こちらのやり取りを黙って見守っていたシオンに向き直る。


「俺はお前を殺すことはできない。実を取ることはしない」

「――!!」


 シオンは驚き、そしてエメラルドの瞳に涙を溜めて微笑んだ。

 クルスもまた笑みを返した。これでいい筈だと自分を誤魔化した。

 きっと、何か方法がある筈だと、ひしひしと迫る予感から目を逸らした。


 そうして、精霊(シオン)の翅が一度羽ばたいた。

 鱗粉のような優しい光が舞い踊り、クルスに降り注ぐ。



「――さよなら」



「……え?」


 次の瞬間、クルスの体は意に反して草原に倒れていた。

 強烈な眠気が騎士の体から自由を奪っている。


「シオン……何を、する……まさか……」

「――シオン、役目、これしか、ない――それに」


 精霊が涙を堪えて微笑む。


 シオンが消えなければ次の“実”が生まれない。

 実を生まなければ神樹は枯れる。今のシオンにとってそれは親殺しに等しい。


 何より、シオンには心が生まれた。


 心がある故に、この世界の中で一人であることが理解出来てしまった。

 孤独を知った以上、もう一人では生きられない。


 クルスのせいではない。その魂が高潔であったが故に、案内人もそれに見合う格の者となったのだ。

 実が精霊化し受肉するなど神樹の千年以上の歴史の中で初めてのことだった。

 騎士の魂の美しさは、紛うことなく人類の宝だ。誇るべきものだ。


 それを告げても、騎士には何の慰めにもならないが。


「やめろ……やめてくれ。嫌なんだ……目の前で、誰かを護れないのは……」

「――ありがとう、クルス」


 涙を拭ったシオンがクルスの前に膝をつき、その額に口づけをした。

 それは感謝、そして別れの口づけであった。


「ッ!? 何故だ……これが神の試練だというのか、緑神よ!!」


 満足に力の入らない拳を握りしめ、草原に騎士の慟哭が空しく響く。


 だが、どうしようもないことだ。シオンは既に存在している。

 実を取らねば神樹が枯れる以上、ここで見送っても誰かが代わりに取りに来る。

 その現実にはクルスも気付いていた。

 それでも、それでも――




「――選んだか」




「待て、カイ……頼む…」


 侍が静かに歩み出る。既にこれが自分の役目だと覚悟している。


 守ろうとする騎士に決めさせるのはあまりに酷だ。

 ならば、殺すことしかできない自分が受け持てばいい。

 酷く、簡単な帰結だ。


「――ごめんなさい。お願い、します」

「……気にするな。慣れている」


 他に手がないことは、誰よりも精霊自身が気付いている。その悲しげな表情から痛々しいほどに察せられる。

 死ぬのは怖い。だが、それ以上にクルスを苦しめたことが悲しい。そんな表情だ。

 優しい奴だ、とカイは声に出さず思った。


 ならば、あるいは、それでも――


「クルス、こいつの心はお前が連れて行け」

「何を……カイ……」


 騎士が言うことを聞かない体を叱咤し、必死に立ち上がろうとする。

 だが、侍を前にしてそれはあまりに遅すぎる。


「神は身勝手だ。だから、お前の心を信じろ」


 その魂に一点の曇りもないならば、きっと――


 クルスが更に言葉を放つよりも早く、シオンの涙が零れるよりも尚早く。

 放たれた貫手が無慈悲なまでに正確に、微笑むシオンの胸を貫いた。





「ッ!! ――カイイイイイッ!!」


 脳を焼き切らんばかりの衝撃にクルスの意識が強制的に覚醒する。

 立ち上がり、心に浮かんだ憤怒のままに侍を殴りつけた。


 カイは、避けなかった。

 手加減なしの一撃に侍の体が揺れた。


 それでも倒れなかった。クルスとの約束はまだ果たされていない。


 騎士が再度振りかぶり、しかし、その拳は力なく侍の胸を叩いた。


「カイ……俺は、それでも、彼女を守りたかった」

「……」

「他に手はなくとも、破綻しかなくとも、その時まで彼女を守りたかった」

「……」


 侍は黙って腕を突き出した。

 その掌には親指ほどの小さな実があった。

 青々とした実は皮肉なほどに生命力に溢れている。

 それを見た騎士は侍の胸にすがりつき、再び慟哭した。


 そうして、宙に残っていたシオンの残光が何処かに消え、二人の意識もまた薄れていった。



 ◇



「あ、出てきた。クルス……って、どうしたの!?」

「カイ、一体……それは……」


 ソフィアとイリス、クィーニィは言葉もなく聖域を出てきた二人に駆け寄った。

 二人の表情は明るくない。カイの頬が腫れている以外に外傷はないが、何かがあったのは明白だ。


「どうかされたのですか?」

「……俺から説明する」


 俯いたままのクルスから視線を外し、カイは静かに依頼の顛末を語った。




「何もかもが初めてのことです。特に、リンドバウムの実が精霊化した、というのは……」


 一通りの説明を受けて皆が沈黙する中、実を受け取ったクィーニィがぽつりと口を開いた。


「人によって内部での体験は異なりますが、多くは一週間前後で実を探すという内容になります。中に入った人の精神を受けて変化するというのは分かっていましたが……」

「なら、俺がシオンを殺すことを望んだのか?」

「クルス!!」

「兄さん……」


 咎めるような従者の声も、悲痛そうな妹の声も今はクルスの心に響かない。


「望んだと言うなら俺の方だろう。結果にしても、心構えとしても」

「あ……すまない、カイ」


 一瞬、侍の言葉に頷きかけた己を戒める。

 それは単なる甘えだ。仲間にしていいものではない。


「あら? ……そうですか。本当に優しいのですね、クルスさんは」


 その時、ただ一人、傍らの妖精からの言伝でソレに気付いたクィーニィは、受け取った実を胸にそっと抱え、慈母の如き笑みをクルスに向けた。


「……」


 クルスは俯いたまま気付かない。

 空しい。

 優しさではシオンを守れなかった。苦しみを長引かせるだけだった。

 それならまだ孤独から解放したカイの方がマシというものだ。


 だが、クィーニィは笑みを崩さない。とっておきを見つけたようにゆっくりと言葉を紡ぐ。


「その優しさを誇ってください、クルスさん。――始祖様も心を打たれたのでしょう」

「――え?」


 騎士が顔を上げる。

 クィーニィの笑みの先、クルスの肩には一枚の葉が乗っていた。


 そこに陽の光を浴びて、鱗粉のような光が舞い降りた。


「これは……」


 クルスは驚き、おずおずと暖かな光に触れた。


 次の瞬間、光は急速に輝きを増して膨れ上がった。


 皆がとっさに目を閉じる中、騎士はひとりその光を凝視していた。

 数秒で光は淡く消え、その中から生まれた少女が緑の髪を風になびかせ、ふわりとクルスの腕の中に舞い降りた。

 抱き留めた騎士とそっと目を開けた少女。二人の目が合う。


 容姿こそ幼くなっているが、その純粋なエメラルドの瞳は見間違えようがない。


「――?」

「あ、ああ……」


 本人も状況が把握できていないのか、少女は暫く周囲を見回している。

 そうして、驚いたままの騎士を見て、いつかのように小首を傾げた。


「――はじめまして?」

「……いいや、そうじゃない。そうじゃないんだ」


 溢れる涙を拭いもせず、それでもクルスは精一杯の笑顔を向けた。


「おかえり、シオン」


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