23話:防衛・前編
城塞都市アルキノを背に、暗黒地帯前の平野に展開した天幕で迎えた五日目の朝。
長槍と塔盾、不朽銀の鎧と順に確認し、装備していくクルス。
祈るように目を閉じて精神統一をするソフィア。
弓を空射ちして自己を調整するイリス。
胡坐のまま抜き身の刀身に己を映して瞑想するカイ。
各々の方法で戦闘準備を整える。
今日、魔物が来る。皆、心のどこかでそれを感じていた。
暗黒地帯にも太陽は昇る。赤々と、血のような色をした緋色の星が顔を出す。
予測より若干早く、戦いを告げる鐘の音が辺り一面に鳴り響いた。
「――諸君、戦いの朝が来た!! 大陸の明日を勝ち取る朝だ!!」
居並ぶ戦士達を前に、ひと際大きな駿馬に騎乗した偉丈夫が吼える。
そこに居るだけで重圧さえ感じられる存在感。
巨馬に劣らぬ鍛え上げられた体躯とそれを覆う見事な不壊金剛の鎧。
燃えるような赤髪と同色の大剣型の魔導兵器。
男の名はレーヴェンリッヒ二世
“陣列皇帝”とあだ名される赤国の皇帝である。
その二つ名は矢除けとして先陣に立たせた奴隷と轡を並べ、イの一番に突っ込んでいく勇猛さから付いたものだ。
「北の果てから来る魔物に慈悲はない!!
敵前に降伏の言葉を並べようと悲鳴と絶命に代わるだけだ!!
ならば、我らが上げるべき声は何だ、我らの武勇を知らぬ侵略者共に聞かせる声は何だ!!」
戦士を鼓舞する演説は簡潔で力強い。
権能などなくとも、発せられる声には魂を芯から高揚させ、狂奔させる熱がある。
それは常に先陣に立ち続けたこの男だからこそ持ち得る勇猛なる熱だろう。
「決まっている。言葉を解せぬ獣相手に上げる声はひとつしかあるまい!!」
皇帝は戦士達に背を晒し、敵へと視線を向ける。
大剣を天へと掲げ、彼方に見える魔物の群れへとその意志と威気を叩きつける。
「――戦士よ、咆哮を上げよ!!」
皇帝に続くように、戦士達が張り裂けんばかりの声を上げる。
重なり合う怒号が地面を揺らし、雲を駆逐する。
「――征くぞ!! 我に続けえええええッ!!」
晴れ渡った冬の青空の下、魔物と人の戦争が始まりを告げた。
◇
「さて、オレ達も始めるとするか」
師団司令官を示す深紅のマントを羽織ったベガは薄く笑みを浮かべながら告げる。
会議用の天幕には各部隊の指揮官が集合している。元将軍、一級冒険者、現役騎士団長など皆立場は異なるがベガが選りすぐった精鋭である。
依頼という形で国や組織に縛られずに彼らを指揮下におけるのはギルド連盟の大きな強みである。
今回、人類側は軍を二つに分けた。
第一師団に皇帝率いる赤国軍を中心とした各国の精鋭五千。
第二師団にベガ率いる冒険者に各国、各領の兵を足した混成軍二千。
第一師団は暗黒地帯へと突撃し、魔物を率いている通称“統率個体”の撃破を目指す為、突破力の高い騎兵を中心に編成されている。
対する第二師団はアルキノの城塞を利用した防衛戦を行うため、魔術士などの足は遅いが殲滅力の高いクラスを多く擁している。
両軍足して七千。これは押し寄せてくる魔物の数より圧倒的に少ない。
常道に則るならば寡兵が軍を分けるのは下策だ。数は力だ。少ない兵を更に少なくすれば多勢に押し潰されるのがオチだ。
しかし、それでも人類側は軍を分けねばならない。でなければ、人類側に課せられた二つの勝利条件が達成できないからだ。
まず、第一の勝利条件は統率個体の撃破である。
洪水の如く押し寄せてくる魔物を押し止め続けることは七千の兵を以ってしても不可能だからだ。
故に、短期決戦で魔物を狂乱させ、進撃を指示している根源を断たねばならない。
しかし、だからといって防衛に兵を割かないと、確実に魔物側の先陣が城塞都市アルキノを抜いてしまう。
人類側はこの損害を許容することができない。
なぜなら、狂乱する魔物に蹂躙された場所は魔力が枯渇し、暗黒地帯に変わるからだ。すなわち、作物は育たず、一切の生命は絶え、ただ魔物を生み出すだけの不毛の土地となってしまうのだ。
アルキノが抜かれ、その南方に広がる平野部が暗黒地帯と化せば、人類は次の防衛が不可能になる。暗黒地帯が広がれば広がるほど魔物の数は倍々に増し、人類の生存可能圏は大きく減ずるからだ。
故に、第二の勝利条件は国境線の死守となる。
「こちらは二千、敵第一陣はその倍を超えるということですが、戦術に変更はないのですか?」
「ないな。数では劣るがこちらは魔術士や射手も多い。やりようはある。塔の準備はどうだ?」
「規定数に達しています。物資の積込みもあと四半刻で終了します。魔法部隊の準備はあと半刻ほどかかる見込みです」
部下の報告にベガは肘横に置いたチェスボードを一瞥した。
「魔法部隊は急がせろ。前線組はどうだ?」
「騎士部隊、いつでも出撃できます!」
「戦士部隊、同じく!」
「遊撃部隊――英雄級どもは?」
「既に配置についています。今すぐ戦えと言われても問題ないでしょう」
「クク、やる気があっていいことだ」
(これが部隊の頂点に立つことのできる人間か)
クルスは各隊の指揮官へと矢継ぎ早に指示を出すベガの背後に控えていた。他に進んでベガの護衛をやりたがる者がいなかったのだ。
だが、五日も近くで過ごしていれば男の薄ら寒い雰囲気にも慣れた。
同時に、上に立つ者として学ぶべき点が多い人物であることも理解できた。ベガは決して人徳に篤い人物ではないが、配下を効率的に扱わせることにかけては右に出る者はいない。
「斥候が帰還しました。観測に変更なし。敵はほぼ横一列で突撃してくるようです」
「予想通りだな。部隊を展開、鶴翼の陣を敷け」
「鶴翼の陣、ですか?」
「そうだ。聞こえなかったか?」
「い、いえ。了解しました!」
(戦士部隊の指揮官が聞き返すのも無理はない、か?)
意外だったのだろう。
鶴翼の陣とは、敵から見て自軍を左右に長く広げたV字型に配置する陣形である。
横一線に並ぶよりも戦線を深くとれることから一般に防御に適した陣だといわれている。
だが、この狂気に片足突っ込んだ司令官が第一師団が統率個体を倒すまで防衛する、などと考えているとはとても思えない。
(明らかに誘い込んで殲滅する構えだ。だからこそ――)
地図上には鶴の両翼の内側に生餌のようにまばらに配置された駒が散在している。範囲攻撃持ちの英雄級の小隊群だ。
位置的には間接攻撃で削り、敵を纏めた所に英雄級を当てる形になるだろう。
通常は軍とは別に先行させるか、強力な魔物との一騎討ちに使われる英雄級をこのような形で使うのをクルスは初めて見る。ベガの麾下たるベテラン達も同様だろう。
「そろそろ出るぞ、クルス。遅れるなよ」
「はっ!!」
◇
地平線の向こうから魔物の群れが駆けてくる。数は八千。
遠くにあっても地響きが微かに足元を揺らす。
魔物軍の半数を占めるオーク、トロルなどの人型魔物の身体能力は、一般に同位階の人間に換算して三人分に相当すると言われている。そこに攻城兵器に相当する巨人族や有角種などが加われば、十分に戦力足り得るだろう。
しかも、よく見れば多数の歩兵役で庇えるように攻城役がバランス良く配されている。
大抵の魔物は知能がないに等しいが、率いる者もそうであるとは限らないのだろう。英霊に匹敵する精霊級の魔物、あるいは竜種がいないのが幸いか。
「さて、お仕事の時間かな」
魔術士と錬金術士が即席で建てた警戒塔の上でイリスが床に据え付けられた弩砲を構えた。内部機構による補助がなければ引くこともできないほどの重さが弦にかかる。
イリスのいる左翼側には等間隔に同じ塔が建ち、その間を敵の進軍に対して斜めに角度を取った城壁で繋いでいる。右翼も同様だろう。
両翼の役目は拡散しようとする敵をいなして内側へと押し込むことだ。
「イリス・ナハト君、あまり気を抜き過ぎちゃ駄目だよ」
「了解です、チャーリ-教官」
隣では両腕をそれぞれ射撃用に換装したチャーリーが視覚倍率を変えて照準を調整している。
専用装備である射撃アームは弩砲に匹敵する長大さと倍以上の連射力を誇る。ゴーレムである彼だからこそ軽々と振り回せるのだろう。
左翼の最も外側に位置するこの塔には矢筒や矢玉が置かれてない。「魔弾生成」、「魔弾の射手」などの固有技能、秘匿技術持ちだけで構成されているのだ。
「――来ます、距離一二〇〇」
遠見の術式を発動していたアーチャーが叫ぶ。
イリス達も彼方へ視線を向ける。目に映るのは黒い洪水。あの中の一粒一粒が魔物なのだ。
「総員、構え!!」
射撃部隊隊長の声が塔の間を駆け巡る。
イリスは手早く弩砲を展開、同時に常の倍以上の魔力を消費して五本の角矢を生成して番える。歯車がキリキリと弦を鳴らして弓を引き、精神集中スキルで狙いを正確化させる。
視覚は確かに魔物を捉え、高まった集中力の為か、魔物の息遣いすら感じられる。
部隊の全員が構えたまま静止し、
「――撃てぇッ!!」
聞こえた声に、半ば自動的に弦を開放して矢を放った。
風を切って飛ぶ無数の矢が、束の間、空を埋め、美しい弧を描いて魔物の頭上に降り注ぐ。
洪水に飲み込まれた矢の行方を確認するより早く、射撃部隊は第二射を構え、即座に射出していく。
「ん? 右三〇〇、飛行種、数は三!!」
「ボクが迎撃します。みんなはそのまま射撃を継続してください」
観測係の声に即座に反応したチャーリーが右の射撃アームを降下してくる飛行種に向ける。銃口がピタリと先頭の魔物を捉え、次の瞬間には弾丸が魔物の外皮を突き破って爆発した。
三度の銃声と爆発の後、三体の飛行種は跡形なく消し飛んでいた。
矢に爆破効果を付加する“フラグメントアロー”
ゴーレムでありながら赤神の加護を受けたアーチャーである彼だからこそ可能な重爆連射だ。
「排除完了」
「こっちもそろそろです」
イリスの声とほぼ同時、魔物の足元から火柱が上がった。予め仕掛けておいた感知式の魔法罠だ。
踏み抜いた魔物は炎に巻き上げられて吹き飛んでいる。
外側から矢の雨に削られた魔物たちは目の前の火柱を避けるために本能的に進路を内側へ取った。
ベガの狙い通りだ。単純な横列だった魔物群は両翼が削られ、中央へ誘導されたことで魚鱗陣に近い鏃形の突撃陣形で鶴翼の裡へと入り込んでいる。
しかしこれは一時的なものだ。時間が経てばまた横列へと戻るだろう。
――故に、ベガは彼らを撒いた。
◇
鶴翼の内側、刻々と魔物が迫る最前線にカイはいた。戦場全体で見るとほぼ中央だ。逃げ場はない。
そろそろ突っ込む頃合いかと思案していると、ふと懐かしい気配を感じて体ごと振り返った。
「やはり来たな、カイ・イズルハ!!」
「何年ぶりかしらね。戦場以外で会うのは初めてだったと思うけど。あなた、授業受けてないし」
「キリエ・ノーステン、ライカ・パウウェル。お前達まで出張っているのか」
青空からふわりと降り立った二人はかつて戦場で見えた戦士たちだ。
それが今や教官と学生という関係なのだから人生はわからない。
「リヒャルトとウィリアムも来てるわ。第一師団だけどね。あと、あなたは面識ないかもだけど、後衛にヴァネッサとチャーリーって教官もいるわ」
「戦闘系の教官は殆ど来ているぞ。今回は敵も随分と大掛かりだからな。学長も手は抜けんよ」
「……そうか」
遠く、背後には並びたてた騎士による壁。前方には遠距離攻撃で多少削れたが、勢いはまだまだ旺盛な魔物の群。
周囲を見渡せば、数人単位でばらけて準備している英雄級の契約者たちがずらりと並んでいた。壮観といえる光景であろう。
「数は揃っているのか」
「ああ、よく集めたものだ。だが、作戦を考えればこれでも心許ない位だな」
「だからこそ、位階落ちしたあなたも此処にいるのでしょう?」
「俺は役目を果たすだけだ」
カイの返答にキリエがにやりと笑う。隠す気のない戦意が女の全身から放たれる。
その隣のライカはもう少し上品に戦意を隠しているが、中身は似たようなものだろう。
範囲攻撃持ちの自分達の仕事は騎士部隊がぶつかる前にひと当てすることだ。
通常、英雄級は軍と相容れない。レベルが上がるほど、個性が突出して他者と歩調を合わせることが出来なくなるからだ。
だからこそ、ベガは遊撃として、そして撒き餌として英雄級を自由にさせた。
「そろそろか――術式展開」
キリエが遠見の術式で突っ込んでくる魔物の様子を確認する。
「やや中央が遅れているな。……よし、左は私、右はカイ、中央はライカでいくぞ。ノルマは十体、一撃離脱で出鼻を挫く、散開!!」
「了解」「了解したわ」
その場で気を練り始めたライカを置いて、カイが右に、キリエが左に勢いよく飛び出す。
カイが一気に加速していく中、キリエは小さく詠唱を唱え、その身を空へと飛ばした。
飛行魔法の名の通り、キリエは魔力を纏って空を自在に飛翔し、そのまま上空を大きく回り、巡航から鋭い弧を描いて敵前衛のほぼ真横から突っ込む。
ほぼ同時にカイも刀を抜いて相手前衛と交戦に入る。
「――狂い咲け、“菊一文字”」
「――突き穿て、“ペネトレーター”!!」
初手、二人は武器の魔力を解放。
カイのガーベラが烈風と共に風刃を展開し、上空から急降下をかけるキリエの全身を剣から発せられた魔力の渦が包み込む。
さらに、二人は同時に相手を射程に入れ――
「――薙ぎ払え、クサナギ」
「【飛行】併せ【水月穿】――ここに成れ、“クレセントダイブ”!!」
切断の刃と突撃の剣が前衛に襲い掛かった。
射程延長と攻撃全体化によって広範囲を刈り取らんとするカイ。
急降下に突撃強化を組み合わせて巨大な矢となり突っ込むキリエ。
二人の狙いは同じだ。すなわち最前衛の“足”を止めること。
「ゴギャアアアアアア!!」
咆哮をあげる魔物群の一列目、二列目が疾走の勢いのまま脚や腰を斬られて倒れる。
そこに三列目、四列目が殺到し脚をとられてさらに転倒する。あとはその玉突き事故が連鎖するだけだ。
左右の魔物が轟音と鮮血と死体に塗れ、足並みが乱れる。
それからやや遅れて中央の魔物群がひとり立つライカに襲いかかる。
待ち受けていた女モンクは一度大きく息を吐いて自己を調律、一気に全身の気を練り上げる。
「――地霊よ、力を貸しなさい」
飾らぬ祝詞がライカの想いを森羅の中へと溶かし込む。
自己の肉体を媒介として自然界の権能の一部を顕現させる“巫術”。
自身の裡に別の力が満ちていくのを感じつつ、ライカは右脚を振り上げた。
震脚・龍鳴、龍の権能を肉体におろし、莫大な気を込めて振り下ろした脚が地を踏み抜く。
轟音が鳴り響き、地面が震え、ただの踏み込みでしかない一歩が膨大な気と大地の龍の力を借りて局所的な地割れを起こした。
中央の魔物が成す術なく飲み込まれていく。あとは左右と同様の連鎖だ。
そうして、英雄級の猛撃が其処彼処で魔物を粉砕していく。
この時点で魔物側は前線の二割が損耗した。人間同士の戦争ならば撤退してもおかしくない損害だ。
しかし、魔物は止まらない。彼らは軍ではない。ただ死ぬまで戦えと命令された一個の群れなのだ。
◇
クルスは指揮官であるベガの直掩としてその右腕側に立っていた。
騎士の左手には体の半面をすっぽりと覆い隠すタワーシールドが装備されている。これでベガを守るのがクルスの主な任務だ。
魔物と戦える訓練を施した駿馬は第一師団に回しているので、騎士部隊は徒歩での進軍だ。
それが不利かどうかは状況による。それなり以上のナイトは乱戦においては下手に馬や兵器を使うよりも速く、堅く、容赦なく、敵をすり潰すことができる。
(カイは既に交戦中か。大丈夫だろうか……)
「間の抜けた顔だ。自分より前に出た奴がそんなに心配か?」
心配が顔に出ていたのだろうか。ベガに内心を言い当てられてクルスは顔を顰める。
「カイは弱体化しています。元は準英雄級とはいえ、現在の能力はそれほど高くありません」
「それが的外れなんだよ。二十歳前に英雄級になったバケモノってのはそんな甘いもんじゃねえ。魔力がない? 能力が下がった? その程度で使えなくなる奴がその頂まで登れる筈がない」
「……そう、かもしれませんね」
否定はできなかった。ベガはクルス以上にカイの性能を読み切っている。
「これ以上お節介焼きたいなら、まずは生き残ることだな。――出るぞ」
「はっ……え? 貴方も前に出るのですか、司令官?」
「そうだ。時間差なく指示を出すには前線に出るのが一番手っ取り早い」
聞いてなかったのはクルスだけではなかった。周囲の直掩も困惑を露にしている。
「危険です!! 将が倒れれば師団は……」
「総崩れになるな」
「分かっているなら――」
「だから、しっかり護れよ、クルス・F・ヴェルジオン」
「ッ!?」
驚愕が胸を打ち、今まで培ってきた常識が崩れる音がした。
ベガの言葉は聞こえていても、その意味を理解するのには時間がかかった。
「ベガ司令官、今なんと仰いましたか?」
「クク、一番きつい所に送ると言っただろう。オレとお前がしくじると味方は終わりだ。気張れよ」
「あ、貴方と言う人は……」
悪魔のような人だとクルスは思う。己を含む大勢の人間の命を躊躇なく賭け、その上、ここぞという場面で人を乗せるのが異常にうまい。
だが、期待されたなら意地でも応えるのがクルスという男の在り方だ。それが護ることなら尚更だ。
ある意味、クルスとベガの二人は最高の組み合わせといえるだろう。
「分かりました。貴方は指揮に専念してください」
「ほう、いいのか?」
「構いません。俺という盾が壊れるまで、貴方には指一本触れさせません」
「いい啖呵だ。戦争はやはりこうじゃないとな。――始めるぞ。騎士部隊を進撃させろ」
「了解!!」
視線の先、魔物は同族の死体で地割れを埋めて、止まることなく鶴翼の奥深くまで迫ってきている。接敵まであと幾分しかない。
「――白神の眷族たる吾が威令を発す、“攻撃せよ”」
ベガがロードの証たる号令を飛ばす。
勇将のもとに弱卒はない。冷徹な声音が平野に響き、声の聞こえた範囲の騎士クラス全員の敏捷と筋力を強化する。
間を置くことなく各指揮官が進撃を指示する。十分な助走距離を得て、盾と槍で固めた騎士部隊が勢いよく殺到する。
「オオオォォォッ!!」
「ゴギャァァァッ!!」
互いに声を上げて両陣営が激突した。
クルスも盾でベガを庇いつつ、右手の槍を疾走の勢いのまま叩き込んだ。
号令により強化された槍撃はあっけない程にトロルの胸を貫いた。
万全の状態で突撃をかけた人間側とここまで削られ続けた魔物とでは結果は明白。
騎士の軍団が敵前衛を弾き飛ばし、ここに魔物の侵攻は停止した。
後は血で血を洗う乱戦になっただろう――指揮しているのがこの男でなければ。
「――騎士部隊“堅守せよ”、続いて戦士部隊“突撃せよ”」
冷徹なまでに戦局を見極めたベガが即座に号令を切り替える。
敵を完全に押し止め、防御に専念する騎士部隊を飛び越えるように温存していた戦士部隊が投入された。
各々でかけた豪力とロードの号令により、瞬間的な爆発力を得た戦士達が猛然と魔物に襲い掛かり、振るわれる大剣や斧槍が魔物を叩き潰していく。
第二師団はろくに集団戦の訓練もしていない混成軍だが、錬度不足はベガと、その意をよく汲む各指揮官が補って余りある。
特に隊列変更、前衛の入れ替えを号令だけで行えるロードの効果は絶大だ。
たった一人で集団を“軍団”へと変えてしまう対軍支援特化クラス。取得が制限されているのもうなずける。
「――戦士部隊“退却せよ”、騎士部隊“攻撃せよ”」
ベガは強化が切れる瞬間を見極めて号令を切り替える。
阿鼻叫喚の地獄の中で聞こえた号令に筋力を強化されたクルスは突っ込んできたリノセロスの角を盾で弾きつつ、槍を振り抜き敵を押し返す。
槍の穂先は敵の血で真っ赤に染まっている。
だが、敵の数は尽きない。数の差は否めず、前線は徐々に膠着状態に陥っていった。




