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刃金の翼  作者: 山彦八里
最終章:魔神争乱
138/144

13話:魔人――

 人生で一番長い朝であった。

 三振りの銀剣“比翼”を背負ったカイは陣の後方でまんじりともせずに力を溜めていた。

 口を開けばそのまま飛び出してしまいそうなほど心が逸る。

 だが、カイが戦うことは許されない。その身が振るえる剣は三振りのみ。その三振りで全ての決着をつけねばならないのだ。


(クルス……)


 何もできずに待つことがこれほど辛いことだと男は初めて知った。

 傍にはソフィアとイリスしかいない。これ以上の戦力はない。魔軍と対するには英雄級の一人として戦力を削れなかったのだ。

 戦局は明らかに劣勢だった――その時までは。


 初めに援軍に気付いたのはソフィアであった。

 三人を追い越し、戦場へ向かう有り合わせの防具を纏う一般人の姿に一瞬正気を疑い――その最前にいるミハエルとオーヴィルを見て少女の顔が綻んだ。

 カイも続々と戦場に到達する人々を見て、心が震えた。

 人は戦えるのだ。生まれ持った力がなくとも、戦う意思があれば魔導兵器を手に戦える。そういう時代が来たのだ。

 ――しかし、カイはそう思う一方で僅かな寂寥感を覚えていた。


 神と英雄の時代が終わる。

 もうすぐ自分たちの役目が終わる。

 これからは人間が人間として戦う時代になる。


(ならば、これは夢の終わりか、次代の先触れか……)


 思い、見上げた曇天の空から掌大の盾が舞い降りてくる。

 眩いばかりに輝く白銀の盾。触れずともわかる。これはクルスの心技だ。


「これが、兄さんの魂……」

「ホントにアンタ達兄妹はそっくりね」


 小さな盾を抱きしめるソフィアを見ながら、イリスは微笑み混じりにぼやいた。

 (ソフィア)の読心に似た、心を繋ぐ絆の心技。成程、クルスらしい、とカイも頷いた。


『カイ』

「どうした、クルス?」


 盾から響いてきた声にカイは静かに応えを返した。

 鉄火場にありながらクルスの声はひどく落ち着いている。

 目指す道の先に至ったのだ。それが離れていてもわかった。


『道は俺達が拓く。お前はただ駆け抜ければいい』


 迷いのない言葉に力強く頷く。

 わかっている。お前の尽力は無駄にはしない。


『今こそ約束を果たそう』

「――――」


 一瞬、カイは息を呑んだ。言葉に詰まった。


 ――いつか、必ず追いつく。並び立ってみせる


 それは一年前、草原で交わしたなんてことのない口約束であった。

 だが、カイが武神を前にしても守り抜いたように、クルスもまたその約束を守る為に全てを賭けた。


『俺の魂も持って行け。未来を頼む』

「了解した、リーダー」


 そして、遂に道が拓かれた。

 雲霞の如く壁を成していた魔物を貫き、天と地にカイの往くべき道が拓かれた。

 魔神へと至る道。戦乱の導達が待ち受ける道だ。


「二人とも掴まれ。――やってくれ、ソフィア」

「はい――いきます」


 カイに抱えられたソフィアが眩い金の光と共に両腕の刻印を起動する。

 クルス達が道を拓いていられるのは数秒だけだろう。だが、神の封印の証たる時間停止の権能と刃金の翼による無限の加速があればそれで十分。

 これまでの鬱憤を晴らすかのようにカイは全速力で駆け抜ける。

 足裏が魔力結晶の絨毯を力強く踏み、止まることのない加速が五歩で音の壁を超える。

 ただひたすらに真っ直ぐ、一直線に駆け抜ける。

 風すらも置き去りにした世界、瞬く間に過ぎゆく戦場に幾つも見知った顔がある。

 彼らの奮戦のお陰でカイ達は万全の状態で魔神に挑むことができるのだ。


 数度の時間停止を経て、カイは陣列の最前にいるクルスの隣を通り過ぎた。

 凍りついた世界で輝く盾を掲げる騎士の姿が、傷つくことを厭わぬその魂が胸を打つ。


(ありがとう、クルス。――いってくる)


 停止した時間の中では言葉は届かない。ただ想いを心に強く刻みこむ。

 そうして、カイ達は中心部、黒い結晶の生えた巨大なクレーターへと辿り着いた。

 ここまで近付けばカイでもわかる。

 魔神の気配だ。かつてその心臓に受けた呪いの根源、全ての元凶が大穴の先にいる。

 同時に時間停止が終了する。魔神に限りなく近づいたこの場所では時間すら正常ではいられない。


「すみません、時間を止められるのは……ここまでのようです。ここからは――」

「待って」


 イリスが短く制止の声をあげる。

 直後、死角から勢いよく伸びた鎖をイリスが見もせずに撃ち抜いた。

 のたうつ鎖の蛇は地面に縫い止められ、劈くような金切り声を響かせる。

 鎖の先には黒いドレスを纏った妖艶な女がひとり佇んでいた。


「――アルベド・ディミスト」


 女の名を忌々しげに唱え、イリスはカイとソフィアを庇うように前に出た。


「二人とも先に行って。ここは私に任せて」


 それこそが己の役目だと言外に告げて、イリスは霊弓を手に取った。

 神殺しでも、神の封印でもないイリスはここから先では足手纏いになる。

 しかし、まだ自分にも役目がある。つけねばならない決着がある。

 その為に少女はここまで来たのだ。


「ひとりで大丈夫か?」

「ここでアンタ達に消耗させたら何の為にみんなが頑張ったかわかんないわよ」

「……わかった。任せる」

「イリス……」


 心配げに見上げるソフィアをイリスは黙って抱きしめた。

 すべては全員で帰ってくる為に。この抱擁を最後にしない為に。


「カイ、約束忘れないでね」

「了解」

「うん、それじゃあ、またね」


 ソフィアを受け渡されたカイは強く頷いた。この段になっても変わらない面にイリスは思わず笑みを零し、ついでとばかりにその額に唇を触れさせて目印をつけた。

 カイは一瞬瞠目したが、小さく頷くと何も言わずに大穴へと飛び込んでいった。



 ◇



「待っててくれたのね?」


 二人を見送り、振り返ったイリスは不敵な笑みを浮かべてアルベドに問うた。

 対するアルベドも口元を妖しげに歪めて腰を折る。


「あなた方三人を相手取るのは危険です。わかれていただけるならこちらとしてもありがたい。あとは、貴女を縊り殺した後に追うだけですわ」

「……言ってくれるじゃない」


 怒りを戦意に変えてイリスは霊弓を構える。

 この白化者と対峙するのも何度目か。

 心に浮かぶ感情はどうにも複雑だ。愛を捧げる自分と愛を奪うアルベド、似ているようで対極的な姿にはある種の同族嫌悪すら感じる。

 そして、それは相手も同じなのか、アルベドの表情には常にはない激情が浮かんでいた。

 憎悪にも、憤怒にも似た――嫉妬。それこそがアルベドの本質か。

 女は前髪を掻きあげ、古代種の証たる額の魔力結晶(サードアイ)を詳らかにする。


「……この姿を見せた方は必ず殺す。これは誓いですわ」

「ッ!!」


 瞬間、殺意に反応したイリスが矢を放つよりも早く、アルベドは詠唱を口ずさんだ。


「――熱病(ディクス)時止し(ミスラヒ)絶愛の鎖蛇(トールテン)


 女の纏っていた黒いドレスが解けて霧になり、その姿を隠す。

 それこそは古代種の奥の手、貯蔵する全ての命を起動する秘中の秘。


「――魔人変化(エジルブロート)・ディミスト」


 直後、アルベドの姿は爆発的な勢いで膨張する不気味な白色の塊に包まれた。

 対峙するイリスは数瞬、虚空から現れたソレが何か理解できなかった。

 ようやく脳髄が眼前のそれが何かを理解した時、少女がはじめにしたのは吐き気を堪えることであった。

 醜悪に過ぎる白色の塊を構成するのは人、人、人――。


 虚ろな人体で形作られた妖花。それがアルベドの真の姿であった。


 テスラのように喰らい吸収することはできない。彼女の業は支配なのだ。

 支配し、洗脳し、飾り立てるために消費されるのみ。支配者がそれらの部品を理解することはない。


『貴女も埋もれてしまいなさい』


 妖花の中からくぐもった声が響くと同時、鎖のような、茨のような、蛇の尾のような曰くしがたい白色の“腕”が無数に伸びる。


「ッ!! シュミ悪いわね!!」


 間一髪で後ろに跳んで腕を回避しつつイリスが毒づく。

 空ぶった腕が結晶の大地を叩いて砕き、触れた先から装飾品の如く破片をその身に纏っていく。

 支配と洗脳、アルベドの能力の性質を考えれば、この腕に触れたらどうなるか考えるまでもない。

 合わせて漂う霧は濃度を増し、満ちることを知らない底なし沼のようにイリスを誘う。


「――消し飛べ(ヒュロック)!!」


 精神防御を張り直しつつ、イリスは空中で矢を番え、即座に撃ち放つ。

 妖花の中心部に突き立った矢が先端を爆裂させて周囲を切り裂く。

 無数の破片が散り、アルベドのものではない悲鳴が耳を苛む。


(浅い!? だったら――!!)


 着地と同時にイリスはさらに矢を連射する。

 中身まで届かないなら周囲から削る。

 風を切って飛ぶ無数の炸裂矢が妖花に突き立ち、爆発と共にその身を散らしていく。

 だが、醜悪な妖花は矢を撃ち込まれた端から時を巻き戻すかのように再生していく。

 魔人変化による能力強化を耐久力と再生能力に割り振っているのだ。

 元より決定打に欠けるイリスでは削りきれない。その身に宿す二つの心技も分が悪い。


『ぬるいですわ、半端者』


 イリスが次手に迷った一瞬、妖花を構成する人体の顔がぐるりと首を巡らせ、一斉にイリスの方を向いた。ひどく不気味な光景。

 しかし、それもまたアルベドの攻撃である。

 色のない死者の如き虚ろな貌達は少女を見据えて、砲門の如くそれぞれの口を開いた。


『――惑え(ルフト)

「ッ!?」


 直後、イリスは目に見えない衝撃波に吹き飛ばされ、結晶の大地を転がった。

 ――声だ。完全に支配された無数の声が重なった波をぶつけてきたのだ。

 その威力は決して高くはないが、まともに喰らったイリスは知らず己の膝が震えていることに気付いた。


(無理矢理に声をぶち当てて支配するってどうなのよ……)


 気を抜けばアルベドに跪き、頭を垂れてしまいそうになる。

 それこそが白化者の魔人形態の真価。他者の命を加工するニグレドと並び、古の戦争において圧倒的に兵数で劣る古代種が戦い続けられた理由たる支配の権能。

 愛されようとするばかりで愛そうとしなかった女のなれの果て。


(皮肉なものね……)


 イリスは心中で苦笑を刻んだ。

 女の在り方は愛そうとするばかりで愛されようとしなかったかつての自分の鏡像だ。

 下手をすれば二人の立場は逆だったかもしれない。(ルベド)やネロのようにアルベドにもきっかけがあればあるいは――。


 だが、そうはならないと決意した。

 自分はもう愛を知っている。何を撃ち、何を支えるのか決めているのだ。


 アルベドが再度、惑いの声を放つ――が、それはイリスの目の前に展開した白銀の盾に確と阻まれた。

 時間停止の分だけ置いていかれた盾がようやく追いついたのだ。


「まったくウチのリーダーは心配性ね」


 イリスは今度こそ笑みと共に呟いた。

 誰をも差別させず、誰をも守る。クルスの誓いが今はありがたかった。

 自分がどれだけ変わっても仲間達は受け入れてくれる。その信頼があるからこそ、イリスもまた全てを明かすことができる。


「……私、アンタのこと嫌いよ。多分、一生理解できない」

『お互い様ですわ』

「でも、ひとつだけ尊敬している所がある」


 時間稼ぎを兼ねて投げかけた言葉にアルベドが沈黙した。

 沈黙には困惑の手触りがする。意外、とそんな風に思っているのだろう。

 イリスは気にせず言葉を続ける。


「アンタはどんな汚い手を使う時も本気だった。そのせいでこっちは散々迷惑したわ」

『……』

「狂ってるし、色々と許せないこともあるけど、そこだけは敵として尊敬してる」


 同情も憐憫もない。あるのは憎悪と屈折した理解だけ。


「――だから、アンタに敬意を表して私も本気を出す」


 それでも、イリスの言葉の意味はアルベドに伝わったのだろう。

 妖花の中で同じ真紅の瞳を微かに見開いた女に、イリスは胸を張って宣言する。


「アンタを倒す為なら――私はニンゲンじゃなくていい」

『……その義理堅さはお父上によく似ていますわ』

「光栄ね」


 主が人をやめる覚悟をしたのだ。

 従者がそれに殉ぜずしてどうするというのか。

 結局はきっかけだ。イリスの愛は忠義にて果たされる。


 イリスは髪を結っていた白紐を解き、魔力を解放する。

 応じて、額に混血の証たる紫のサードアイを形成する。

 アルベドは沈黙の中で事態を見守る。サードアイを起動しても精々、使える飛翔精が増えるだけ。

 抜本的な必殺能力の獲得には至らない。故にこそ、相手の手札を見切る必要性を感じたのだ。

 そうして、膨れ上がり続けるイリスの魔力を視て、アルベドは狙いに気付いた。


『……まさか』


 そうだ。古代種の血が流れているならば、それがあった。

 青き血脈に宿りし真なる姿。古代種の奥の手、貯蔵する全ての命を起動する秘中の秘。


「――獅子(セルル)猛る(ヴルド)原初の火(リムリファス)


 イリスは覚悟を胸に父と同じ詠唱を紡ぐ。

 心臓が暴れ回り、身体を巡る血が溶けた鉄を流し込まれたように熱くなる。

 全身の肌を張り変え、鋲で縫い止められるような痛みが走る。

 大地から注ぎ込まれる許容量を超えた魔力に身体が弾けそうになる。

 それらを一心に耐えて、少女は詠唱を完成させる。


「――魔人変化(エジルブロート)・セルヴリム」


 瞬間、爆発的に膨張した真紅の炎と衝撃が辺りを満たした。


 大気に満ちる瘴気すら蒸発する熱が対峙するアルベドに叩きつけられる。

 その熱波の中心にイリスは――イリスだった者はいた。

 全身に炎を纏い、地面を擦るまで伸びた煌々と燃える真紅の髪がその身を彩る。

 炎と同色の真紅の双眸が妖花に包まれたアルベドを射抜く。


『――――』


 声もなく、アルベドはただ衝撃を受けていた。

 相手の姿は歪だ。人間にも、古代種にもなりきれない半端者。

 だが、痛みを堪えて毅然と立つ姿はどうしようもなく美しい。

 許容量を超えた魔力にまともに動くことすら出来ない脆弱なその姿に魅せられる。目が離せない。


(……ああ、これは詰みですわね)


 刹那、アルベドは己の死を予感した。

 古代種同士であるならば必ず互角となる。決着はつかない。それはこの大地に定められた法だ。

 だが、古代種の血を継ぎながら成長するその存在の向こうに死を感じる。

 なぜなら――


『――舞え、フィルギア』


 なぜなら、人であったならばそれ(・ ・)がある。

 燃え盛る炎を浴びて少女のサードアイが燦然と輝く。

 少女の周囲を飛翔精が舞う。四重の同心円を描く自在弓はしかし、アルベドの知るそれとは違う色に染まっていた。

 すなわち、赤、青、緑、白、黒、この大陸を守護する五柱の色。

 単独の力ではない。少女と心を通じ合わせた者達が宙を舞う白銀の盾を通じて力を貸しているのだ。


 そして、力を貸すというならば、最大の二人がまだ残っている。

 少女は懐から二つの宝玉を取り出す。

 透き通った鋼色と金色。二つの裡から神殺しと神の封印の魔力が溢れてくるのをアルベドは感知した。

 これで七柱。満ちていく七色の光が少女の周囲を光の粒子と共に舞い踊る。


 ひとりでは決して為すことのできない七色。

 これこそが人の営み。同族であっても家族ではなかった古代種にはないチカラ。


『――ひかりよ、集え』


 七つの光が残光の軌跡を曳いて天に昇る。

 曇天を貫き、祓い、露わになった蒼穹にひとつの姿を描く。


 ――生まれるは、空を覆うほどに巨大な七色の光弓。


 五色の神とソフィア、カイの力を借り受けて形成した巨大な幻想。

 けれども確かにそこに在る、イリス・セルヴリムの魂の証明。

 (アーキ)の魔力と(ヒト)の魂の二重螺旋が描く涯。


『――――』


 空を見上げたままアルベドは硬直していた。

 元より女の魔人形態は司令型。素早くは動けない。

 だが、たとえそうでなくとも、星々の如く天より大地を照準する弓に見据えられては逃げ場などない。


 逃げられない。その確信が女の身を貫き、結晶の大地に足を縫い止めている。

 避けられない。此処が己の終わりの場所だ。あの巨大な弓は既に矢を番えている。

 そして――


『――射抜け(セフィール)


 少女が静かに詠唱を謳う。

 たった一言。怒りも、憎しみも、決意も、慈愛も、何もかもを込めた一言に光弓が収束していく。

 それこそは人の魂の発露、不可能を可能にする一手。



 ――心技“アルカンシェル”――



 そして、空にかかる弓は放たれた。



 視界を覆い尽す光、音の消えた世界。

 その刹那にアルベドが感じたのはただひたすらな熱であった。

 纏う花弁ごと全てを灼く莫大な熱量。心の奥底まで届くような優しい熱。

 それは女がどれだけ他者と肌を重ねても得られなかったものであった。


(あたたかい……これが……)


 大地に穴を穿つ極大の光条にその身を灼かれながら、女は何かを求めるように光に向けて両手を伸ばす。

 熱、古代種が喪ったもの。二度と手に入れられないもの。

 テスラという神域を最後に古代種という種族は枯れ果てた。後に続く者はない。


 何故だ。悲嘆が心を埋める。自分達はこの大地を見守る存在ではなかったのか。

 もしも、古代種は既に不要だというのなら、その運命を覆して――。


(覆して、私は何をしようと――)


 消滅する間際になってアルベドは自身の望みに先がないことに気が付いた。

 死ぬのはいい。既に役目を終えた身だ。足止めに使い潰されることも計画の内なのだ。

 だが、自らの本当の望みも知らぬままに消えるというのはあまりにも――。


 刹那、女の脳裡をよぎったのはテスラのあどけない笑みであった。


(私……望み、は――)


 そうして答えに辿り着くと同時、数千年を生きた古代種は跡形もなく焼き尽くされた。




「勝った……?」


 細く蒸気の吹き上がる痕を前に、アルベドの消滅を確認したイリスは我知らず頽れた。

 辛うじて膝こそついていないが気を抜けば座り込んでしまいそうだった。

 肉体の限界だ。サードアイの解放に加えて、混血の身で魔人形態まで発動したのだ。

 無理に無理を重ねた身体は言うことをきかない。

 今も、全身の関節が逆側に曲がりそうなほど痛みを発している。

 尤も、制御しきれない魔力が溢れ内側から爆散する危険すらあったことを思えば、現状はマシな方であろうが。


「……あとは、向こうだけね」


 不気味に発光する大穴を見遣ってイリスはぼやく。

 まだこの戦争は終わっていない。


 まだイリス・セルヴリムにはやるべきことが残っている。



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[一言] イリス最高です。
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