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刃金の翼  作者: 山彦八里
一章:出会い
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10.5話:セリアン

 城塞都市アルキノはまだ遠いものの、車内には大分リラックスした空気が生まれていた。

 無論、彼らも学生とは言え金を貰う以上はプロであり、プロとしての仕事を行う義務がある。

 が、四六時中気を張っていられるのは一部の――瞑想と気配探知を常時行うなどという離れ業ができるような――人外のみであり、大抵の冒険者はちゃんと休む時には休み、戦う時には全力を出せるように訓練しているのだ。


「……それにしても」

「はい、それにしても……」


 イリスが伸びをしながら、メリルが尻尾をぱたぱた振りながら同時に呟く。


「暇ねー」「暇ですね」


 二人は顔を見合わせて笑い合い、アイゼンブルートのメンバーも釣られてくすくすと笑っている。

 昨日の魔物の襲来も凌いだことで両ギルドにはある種の連帯感が生まれていた。

 命を預け合うのが仲間の条件ならば、彼らは既にそれをクリアしているのだ。


 その様子を隅の席から見ていたクルスは顔を顰めているが特に口を挟むことはない。自分もやることがなくて脳内戦闘にも飽きていた所なのだ。

 隣のソフィアは呆っと宙空を見つめて魔力を追っているし、その隣のカイは目を閉じて瞑想に入っている。暇の潰し方に関してこの二人はある種の究極だろう。食事さえ摂っていれば何日でもそうしていられるからだ。


(今度カイに瞑想でも習っておくか……)


 隊商の護衛と言うが、十分な休息を摂った後はひたすら馬車に揺られ続けるだけだ。

 何もしない、というのは青年にとって拷問に等しい。警戒もレンジャー任せで申し訳なく思う。

 暗黒地帯に近づいている為に魔物の出現率は上がるが、同時にアルキノに近くなることで赤国の軍による掃討がなされた地域に当たる確率も増える。

 都合、結果として魔物の襲撃は抑えられる。

 野盗や冬籠りに備える獣でも出てくればまた別だが、どう見ても重装な護衛用馬車に向かってくる者はそうそういないだろう。


「イリスさんは交代までまだ時間ありますし、何かお話ししませんか?」

「うん、いいよー」

「ありがとうございます」

「あ、私は別に偉い訳でもないし、もっと砕けた感じでいいのよ」

「ふふ、なら、そうしますね」

「アタシも混ぜてー」


 互いに向き合うようにしてお話しの体勢に座り直す二人の横に、アイゼンブルートのレンジャーの女性も加わってきた。

 暇なのは皆同じだったのだろう。

 膝をつき合わすようにしてお喋りが始まる。


「メリル的にはやっぱクルスの事が聞きたい?」

「え!? いや、その……それ本人の前で言います?」

「むしろ言わせるわ」

「どっちにですか!?」


 イリスはスルーした。


「ひとまず相互理解からよねー。……ん、そういえばセリアンの知り合いって初めてかも」

「そうなんですか?」

「うーん、従者連中にはいたけど、私は管轄違うからねー」

「え? あの、従者ってFのヴェルジオン家の従者ですよね?」

「そうだけど、どうかした?」

「い、いえ、貴族の中にはセリアンを亜人と言って蔑まれる方も居ますし、その……」


「セリアンを雇っては風聞が悪いのではないか、と思うのか?」


 さすがにクルスが口を挟んだ。

 断片的にしか聞こえていないが、メリルの表情を見れば外れていないのは明白だ。

 女性陣から向けられる謂れなき視線に怯みかけるが、ひとまず答えだけは聞いておこうと視線を押し返す。


「……はい、そうです。実際、学園に入ってからも『下賤な亜人風情が!!』とか言われましたし……」

(言ったそいつは社会的に抹殺しちゃった気がするけどね)


 イリスの呟きにカイの眉がぴくりと動いたが、何も言わずに瞑想を続行する。

 その心を読んだソフィアも何とも言えない表情をしたが、言葉にするのははしたないと思ったのか、口を挟まず兄の動向を窺っている。


「ふむ……」


 クルスは何と言えばこのセリアンの少女に伝わるか暫し黙考した。

 猫耳をぺたんと折った年下の少女の怯えたような表情に、どうにかしなければという気持ちが湧いてくるのは兄という生まれ故だろうか。


「他の貴族は知らんがヴェルジオンでは武こそが全てだ。従者もそれに殉じている」

「武、ですか」

「ほんっとに武闘派よヴェルジオンって。大事な当主候補の護衛を拾い子ひとりに任せちゃうくらいだし」


 何気なく告げられた重い告白にメリルは慌てて頭を下げた。


「拾い子、って、あの、すみません……」

「ああ、気にしないで。そういうのもいるってだけだから……改めて考えると無茶な話よね。他の護衛候補を軒並みしばき倒したからって……」


 いくらイリスが代々の従者筆頭が名乗るナハト姓を継ぐに足る実力を見せたとはいえ、大抜擢にも程がある。

 それに異を唱える者が殆どいなかったのも異常だろう。


「ま、そんなだからセリアンも普通に居るのよ。他には一時期エルフのオジサンが居たかしら」

「……そうなんですか」

「メリルが軍を目指しているのは、セリアンだからなのか?」

「いえ、私の家は貧乏なのですが、お前には才能があるからって学園に入れて頂いて。それで、恩返しするには卒業後すぐにまとまったお給金の入る軍が一番だと思いまして。クレリックならそうそう死ぬこともないかなって……」

「成程な。……職に困るようだったらウチに来るといい。俺の権限で一人くらい雇い入れることは可能だ」

「あ、ありがとうございます!!」

「優秀なクレリックが来てくれるのはこちらも歓迎だ」

「学園を卒業できる腕があるならヴェルジオンでも大丈夫よ、たぶん」


 一部例外が居るが、ヴェルジオンは通常の国軍と同程度の位階、つまり今のアイゼンブルートのメンバー程度の実力を中心に構成されている。

 武闘派の看板背負っている一部がおかしいだけだ。きっと大丈夫だ。クルスはそう自分を納得させた。


「あ、でも四百年以上の歴史のあるヴェルジオンに私なんかが……」

「……そんなに古い家なのか、ヴェルジオンとは?」

「え、カイ知らなかったの?」

「ああ」


 貴族の矜持など知ったことではないが、それでも自分の家のことを知らないと一刀両断されるとそれなりに凹むクルスであった。

 再び目を閉じて瞑想に戻るカイに軽くジト目を向ける。が、気付いている筈なのに柳に風とばかりに受け流す侍の様子にがくりと肩を落として自分の席で大人しくすることにした。

 イリスたちの会話には既にソフィアも混じっており、男性が混ざれる境界を遥かに通り過ぎている。とても加われるような雰囲気ではない。

 騎士は小さくため息をついた。

 窓からは日光が降り注ぎ、車内は秋らしからぬぽかぽかとした暖かさに包まれていた。



 ◇



「そういえば、セリアンにも始祖神話があるのよね。たしか――」

「“隻腕の白狼”のことですか?」

「そうそう。歴史の授業で名前は聞いたことあったんだけど詳細は知らないんだ」

「で、では、お話ししましょうか?」

「うん、お願いします」


 メリルがすっと居住まいを正す。


「色々と聞き苦しい所もあると思いますが……」



 そうして語られるのはセリアンの生まれた所以を語る物語だ。


 遥か昔、この大陸の神がまだ緑神、青神、赤神、白神の四柱しかいなかった頃、後に白国の皇都となる聖なる丘にて白神を祀っていた。

 ヒトは信仰心を以って神を称えていたが、ある時代の王がいたずらに神を試した。


「あらゆる者にあらゆる加護を授けられる白神ならば、ヒトに全ての加護を授けよ」


 白神はその願いを叶え、ヒトに“可能性”という加護を与えた。

 ヒトは生まれついて何も加護を与えられない代わりに、あらゆる加護を受ける余地を得た。

 その王はほどなくして失脚したが、ヒトは他種族には無い多様性を糧に発展していった。


 そんなある日、聖なる丘に白毛の山犬の親子がやってきた。

 親は堂々たる体躯だが、対して子供は今には倒れそうなほどにやせ細っていた。

 生まれてついて病弱だった子犬は、先日、ついに死に至る病に罹患したのだ。

 山犬の親は子の病を治す代償に、躊躇なく己の前肢を食いちぎって捧げた。

 その愛に涙を流した白神は彼らに治癒の才能を与えた。親の治癒魔法によってたちどころに子の病は快癒した。


 現在、多くのセリアンが高い回復力を持ち、低くない確率でクレリックの才能を持つのはこの為だ。

 そして、白神は山犬の親に治癒魔法で千切った腕を繋げるように言ったが、山犬は捧げたものだからと断ったという。

 そこで白神は後ろ足だけで歩けるよう彼らを慈愛で以てセリアンに進化させた。


 始祖、隻腕の白狼の誕生である。


 その後、白狼を通じて愛を与えられた動物たちは次々と進化していった。セリアンが様々な動物の形質を持つ多種多様な種なのはその為だ。

 そうして地にセリアンという種族が生まれ、今に至る――



「――以上です」

「おお……」


 馬車内に拍手が満ちる。

 イリスも手を叩きながらふとある可能性に思い当った。


「あれ? この話って始祖が他の動物との間に子――」


 イリスが言い切る前にその口をカイが塞いだ。その身に宿る敏捷性を存分に発揮した早業だった。

 かつて、師匠兼同僚だったセリアンに同じことを言って八つ裂きにされたことがあったのだ。

 見れば、メリルも苦笑している。


「あははー、やっぱりそう思いますよね」

「……始祖様はその後どうなったのですか?」


 隣でいつの間にか話に聞き入っていたソフィアが尋ねる。

 こっちの口も塞いでおくべきだったかもしれない。侍は少しだけ後悔した。


「あ、えっとですね……学者さんの間でも意見が分かれているそうなんですが、その……」

「どうかされましたか?」


 急激に顔色を赤に染めていくメリルに対してソフィアは無垢なるままに首を傾げる。

 本人的には話の続きを聞いた程度のつもりだったのだ。


「セ、セリアンはエルフやドワーフと違ってヒトとの間に子供は作れないんですが、その、セリアン同士なら系統に関係なく作れるので、ある人が実験して、その――」

「あー……ソフィア」


 事情を察したイリスがソフィアに心中で状況を伝えた。

 ソフィアもようやく理解が追い付き頭を下げた。


「すみません、メリルさん……」

「いいんです!! むしろヒトとの間に子供が出来ないのはクルスさん相手にはプラスじゃないかなって思ったり――」

「ちょ、ちょっと熱くなり過ぎよ、メリル」

「あ、すみません……」


 再びしょぼくれるメリルにイリスが小さくため息をつきながら問いかける。


「て言うか、何でそんなにクルス推しなの? 初対面だったんでしょう?」

「い、一年以上前ですが、街でクルスさんが他のセリアンの方に治癒魔法をお掛けしているのを見て……」


 セリアンは元より治癒能力が高い。魔力を節約する為に後回しにされたり、酷い時には放っておかれることもある。


「でもクルスさんは『命に貴賤はない』って仰って……」


 クレリックなのに見ていることしかできなかった自分と違うその姿に、メリルは騎士の姿を見たという。

 そう言って少し照れたように笑うメリルに、さっきから恥ずかしいやら何やらで身の置き場のないクルスは少し冷や汗をかきながら笑みを返した。

 青年にとっては心当たりの多すぎる話の一つでしかないが、少女にとっては違うのだろう。


(その顔は心当たりが多すぎるという顔ですね、兄さん)

「……クルスらしい」


 隣の二人にこれ以上ややこしくしないでくれと視線で訴え、クルスは大したことはしていないとメリルに説明するが、その驕らない態度が一層少女の尊敬を深めていることにはついぞ気付かなかった。



「メリル、そろそろ御者代わってくれ」


 そんな中、メリルの仲間の一人が御者台から声をかけてきた。

 窓の外では既に太陽が沈みかけている。御者を交代する時間だ。


「り、了解です!!」

「よろしく」


 今になって恥ずかしさがこみ上げてきたのか、脱兎のごとく御者台へ向かうメリルを皆が微笑みを含んだ暖かい視線で見つめていた。


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