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刃金の翼  作者: 山彦八里
最終章:魔神争乱
127/144

2話:空をいくもの

 ――それは消し去りたい過去であり、同時に、決して忘れ得ぬ記憶であった。


 国境沿いのちょっとした哨戒任務の筈だった。

 来季から軍の剣術指南役へと引き抜かれる自分にとって、部隊長としての最後の任務。

 あるいは栄転への花道にと気を利かせてくれたのかもしれない、とキリエ・ノーステンは空を駆けながら無邪気にも思っていた。


 そして、彼女が陣地に帰還したとき、部隊は既に壊滅していた。

 折れた松明、燃え盛る天幕、血だまりに倒れ伏す部下たち。

 その中に、たった二人だけ生きている者がいた。

 部隊の者ではない。よく似た顔をした黒髪の男たち。手練だ。親子だろうか。

 そんな思考は一瞬の内に消し飛んだ。


「――キサマラァァァァアッ!!」


 心は憤然と猛る。しかし、肉体に刻んだ戦闘技術はいっそ冷徹なほどに澄み渡る。

 飛行速度を全開に、真紅の軍服を翻して加速し、全力で突撃をかける。


 切っ先を鏃とし、自身を砲弾として撃ち出す、キリエの十八番。

 四肢が千切れんばかりの速度で飛翔し、速度を威力に換えて刺突を叩き込む最大威力の一撃。

 当たれば、人間など消し飛ばす勢いを具えている――筈であった。


「――狂い咲け、“菊一文字”」


 激突の直前、するりと歩み出た若い方の男が構えた一刀に風刃を形成する。

 その程度で防げるものかと、キリエは委細構わず全身をぶち込んだ。


 刹那、衝撃が女剣士の体の中心を突き抜けた。


「カ、ァッ……」


 意に反して臓腑から空気が抜ける。

 切り払いから流れるように水月に叩き込まれた鉄拳がキリエの意識諸共全てを砕いていた。

 視界の端に明けの空と頭上高く光を反射しながら飛んでいく己の剣がみえた。

 倒れている、と認識した時にはもう遅かった。


 意識が薄れていく中、キリエは自分を倒した者の顔をしかと見た。

 後ろで括った黒髪、感情の窺えない黒瞳と冷めた表情。

 よく見れば、男は若いどころか、まだ少年と言ってもいい年齢のようだった。


 そうして、己が敗北したということに遅まきながら気付く。

 飛翔突撃を前に踏み込む覚悟、致命の一撃を切り払う技量、その上で此方を殺さずに止める手管。

 信じられなかった。許せなかった。


 自分は子供に負け、あまつさえ手を抜かれたのだ。


(その顔、覚えたぞ……)


 薄れゆく意識を総動員し、女剣士はそれだけを脳裏に刻みつけて意識の暗闇へと墜ちていった。



 ◇



 風声で指定された場所を訪れたカイは、草原に佇むキリエをみて既視感に駆られた。

 学園施設から離れた、周囲には何もない草原。凡そ一年半前、二人が剣を合わせた場所だ。

 学園に入ってすぐの春、カイがクルス達と出会う前のことだ。それからの己が半生の十分の一にも満たぬその期間が、ひどく長いものに思えた。

 奇妙な縁であろう。ここで交わした剣が、巡り巡ってクルス達とカイを結び付ける遠因となったのだ。

 今では、場に漂う張り詰めた空気すら懐かしく感じられる。


 そして、空気に混じる殺気の匂いと、少し離れた場所に立っているライカをみて、カイは凡そを察した。

 此処は決闘の場だ――三度目にして、おそらくは最後の。


「もうすぐ四大国連合の暗黒地帯攻略部隊が集められる」


 目を閉じて意識を集中させていたキリエがぽつりと言葉を放った。

 風に揺れる衣装は目にも鮮やかな真紅の軍服。いつか、これを着た彼女と相見えた記憶がカイにはあった。


「私も古巣に戻ることになる」


 赤国軍剣術指南役。

 赤国の誰よりも剣に優れる者が就く地位。かつて、短い間とはいえキリエが就いていた地位だ。

 連日連夜の魔物の襲撃を押し留めつつ、暗黒地帯を捜索するには欠かすことのできない人材であろう。


「大きな……大きな戦になる。生きては帰れんかもしれん」

「それでも行くのだろう?」

「ああ、断る理由が思い浮かばないからな。

 ここで教官をしているのも悪くはなかったが、戦士はやはり戦場にいてこそ意味がある」


 断言して、キリエは目を開け、射抜くような鋭い視線をカイに投じた。


「――だが、未練がある」


 張り詰めた弓を思わせる声が草原に響く。

 強烈な戦意にカイはうなじがチリチリと焦げ付くのを感じた。


「覚えているか? かつて、私達はここで死合った」

「……ああ」

「学園でお前をみつけた時は驚いたぞ。そして、歓喜した。

 戦場で恥をかかされた奴に再戦する機会を赤神が与えてくださったのだと思った。……お前が魔力を失っていなければ、な」


 故に、前の戦いではキリエもまた魔力を封じて剣術に終始した。

 今度はそんな気兼ねをする必要はない。

 相手は英霊に至り、この身には再戦を望む理由がある。


「戦場では敗北した。剣術では後れを取った。そして今、誇りも捨てた。

 ――私に残されているのはこの魂だけだ」


 突如として莫大な魔力を発し、キリエはふわりと浮き上がった。

 カイが不審げに眉を顰めた。改めて右目に魔力を込める。

 ソフィアから祝福を受けた右目はうっすらと蒼い輝きを湛え、魔道の才能が欠片もないカイでも魔力が視えるようになっている。

 その目が捉えた。キリエの纏う魔力がおかしい。いくつもの色の混ざった歪な斑色なのだ。人間が自然に生み出す魔力ではない。

 その答えはキリエ自身から明かされた。


「学長以下、教官達が百年もの間(・ ・ ・ ・ ・)溜めていた(・ ・ ・ ・ ・)魔力を(・ ・ ・)借り受けた(・ ・ ・ ・ ・)

 この身は一時的なれど英霊に、お前に伍する」

「無茶だ。それに何のために?」

「学長の要請だ。我ら神との契約者は強大な敵を倒すごとに位階をあげる」

「……まさか」

「今の私を倒せばお前はもうひとつふたつ位階を上げるだろう。

 本来はいつか訪れるであろう本来の“神の封印”に使うつもりだったようだが、あの方も賭けに出たようだ」


 恩師の仇を討てる可能性にな、とキリエは呟き、細剣の鞘を払って投げ捨てた。


「――これが最後だ。私ともう一度だけ戦ってくれ、カイ・イズルハ」


 その声は悲しくも美しい剣士のものであった。

 草原に風が吹く。冷たく乾いた風に温度はない。

 カイは体の裡から湧き出る熱に請われるまま、背の銀剣に指を掛けた。


「クク、お前は迷わないな。……だからこそ、勝ちたい」


 カイには視える。キリエの体は許容量を超えた魔力で限界寸前だ。

 最早一刻の猶予もない。キリエはそうしなければ勝負にすらならないと理解し、この場で己を使い切る覚悟で以て戦いに臨んでいる。

 独力では勝てぬからと、誇りを捨て、今、命すら賭けようとしているのだ。

 相手が命を賭けたのなら、こちらも命を賭けねば釣り合いが取れないだろう。

 カイもまた同様の覚悟を腹に据えてキリエと間合いを合わせる。


「……準備はいいわね」


 二人の様子を確かめて、それまで黙って見ていたライカは一歩下がり、すっと片手を挙げた。

 やはり、この場に彼女がいるのは立会人を務める為だ。


「公平に審判することを緑神に誓う。――始め!!」


 開始の声と同時に二人は迷わず上方へ跳んだ。


「――シッ!!」


 カイの狙いは明確だ。飛行魔法で飛ばれれば最早手が届かない。

 故に、機先を制して叩き潰す。瞬発力ならこちらが上、上方への防御は追いつかせない。

 万難を排してキリエの頭上をとったカイは背の銀剣を抜きつけ様に猛然と打ち下ろした。


 直後、ギンと甲高い金属音が草原に響き渡った。


 キリエは背中に隠していた二刀目を抜き放ち、過たずカイの一刀を防いでいた。

 柄頭に魔力結晶を接続し、刀身に精緻な刻印の刻まれた直剣。

 纏う雰囲気は違えど、その種の兵器にカイは見覚えがあった。


「魔導兵器!?」

「試作型だ。これでも赤国軍には伝手があって、な!!」


 キリエは防御に掲げた直剣に身を寄せると全身を撓めるようにしてカイを弾き返した。

 空中で踏ん張りきれなかったカイが数メートルを吹き飛ばされる。

 二人の距離が離れ、空が開ける。キリエは即座に魔力を全開にして上空へ飛んだ。

 カイの右目に空中に曳かれた魔力の尾が映る。

 後悔は追いつかない。天馬は空に逃れた。最早この手は届かない。


 ――だが、足ならばどうか。その身は既に只人にあらず。


 カイは空中で全身を捻り、その身に宿す加速の全てを片足に集中させる。

 “魔力”を練り上げ、瞬間的な放出量の全てを一瞬、一歩に収束させる。

 次の瞬間、侍は何もない空中(・ ・)を蹴った。


 宙に焼け焦げた轍を残しつつ、魔力の足場を踏んでカイはキリエのいる空へと駆け上がった。


「クク、“空歩き”(スカイウォーク)とは洒落てるじゃないか、斬首の!!」


 カイはキリエの下方から抉り込む軌道で追い付き、斬り上げを放つことで応えた。左脇に流した剣に上昇速度を余さず伝達し、一気に振り抜く。

 女剣士は後方回転する要領で上下逆さまの体勢となって迫る斬撃を過たず切り払い、


「私は戦いたかった。この自由な空で、お前と!!」


 犬歯を剥いた満面の笑みを浮かべ、溢れ出る歓喜を叫び、勢いのまま天からの突撃をかける。

 応じるカイは再度空中を蹴って加速を身にまといつつ、迎撃に跳ぶ。


 青空を二条の軌跡が走り、幾度となく交わり、火花があがる。

 自由自在に弧を描くキリエに対し、カイは鋭角的な螺旋を描きながら時に上下動を絡めてその後を追いかける。

 互いの尾を噛み千切らんとする猛獣のように、二人は空に剣戟を重ねていく。


(……お互い、長くはもたんか)


 再度の激突の後、弾かれた流れに乗ってカイは距離をとりつつ、心中で戦況を俯瞰する。

 互いに同等の軽傷を与えつつも、戦局はキリエに有利だといえる。

 いくらカイが空中を踏んで跳ぼうとも地上ほどの機動性は望めない。

 何より魔力量が違いすぎる。

 心技体の揃った英霊であっても魔力は有限だ。特にカイの魔力は決して多いとはいえない。

 むしろ少ないと言い切ってもいい。魔力を水増ししたキリエの万分の一もあればいい方だろう。


 現状も、自由落下をうまく足して魔力を節約しているが、それは同時に常にキリエに高位を取られ続けるということでもある。

 空中戦に於いて高度の差はそのまま突撃の威力の差となり、機先を制する縁となる。

 宙を走り幾度となく交わる閃光はしかし、常にキリエが攻め、カイが押される形で紡がれている。


 そして、これはキリエも狙ったものではないのだろうが、カイが高度を稼ぐ為に空を蹴り、落下を上昇方向に変えるには一瞬とはいえ加速を停止しなければならない。

 カイの感応力では魔力で足場を造れるのは片足分だけなのだ。故に、地上のように常に速度を維持することはできない。

 したがって、ひたすらに加速し続けるという“刃金の翼”の権能は十全には活かせない。

 鋼鉄の翼はひたすらに前へ進む為のもの。自在に空を飛ぶようには出来ていないのだ。


(だが、やりようはある)


 三度、上方からのキリエの突撃が迫る。

 閃光のようなそれをカイは全身を捻り上げるようにして振るった横薙ぎで押し留めた。

 噛み合った剣の向こうで修羅を宿したキリエが吼える。

 剣を伝わる凄まじい圧力にカイは危うく押しきられそうになる。


 次の瞬間、侍の身が上空へと跳ねた。

 一方のキリエは体をくの字に折った。まるで蹴り飛ばされたように。

 見れば、まさしく女剣士の腹部には焼け焦げた轍が刻まれている。


 無間絶影による二段階加速。

 それは足場が確保できるのならば――たとえ足場が相手の体であろうと――どんな体勢であっても発動できる。

 キリエは衝撃に僅かに流され、その間にカイが加速し、上方を取った。


 ここにきて戦局が変わる。

 魔力の続く限りにおいて、瞬間的な加速力ではカイの方が上だ。

 キリエは逃げ切れない。空を押さえられた今、敗北するしかない。


「――術式解放、バラク・ブラキート!!」


 キリエが二刀流でなければ、あるいは、その左手に持つのが投射型(・ ・ ・)の試作魔導兵器でなければ、だが。


「ッ!?」


 剣先から放たれた雷弾がジリジリと大気を灼きつつカイの頬を掠めた。

 威力は低い。並の魔術士の低位魔法にすら及ばない。

 だが、カイにとっては直撃すれば無視できぬダメージとなり、掠っただけでも数瞬、痺れを寄越す。


 それだけの時間があれば、反転したキリエがカイを再度抜き去り、高度の優位を確保するには十分な時間であった。


(不覚。驕りがあったか)


 反転して上空へと向き直りつつ、カイはそう判断した。

 イリスから話を聞いていながら投射型魔導兵器の存在を失念していた己の失態だ。

 空を飛ぶ彼女と使い手を選ばない遠距離武装の相性など考えるまでもない。

 イの一番に警戒すべき組み合わせだった筈だ。


 キリエ・ノーステンというこの大陸唯一の存在の、本気の戦いなのだ。

 地上での斬り合いとはまるで勝手が違う。

 彼女の領域――空での殺し合いなのだ。手があるなら何でも使う。当たり前の話だ。


(成程、キリエは敵なのか)


 カイは納得と共に小さく苦笑した。我がことながら贅沢な話だ、と。

 ただ増幅した魔力に耐えられるだけの器では駄目なのだ。

 敵足りえるものではなければ英霊の糧にはならない。

 だから、彼女はローザに選ばれたのだ。その魂の輝き故に。


「――ハァァァァァァアッ!!」


 直後、ほぼ垂直からぶち込んだキリエの突進が遂にカイの体勢を崩した。

 カイは受け止めた威力に逆らわずそのまま地上へと墜落する。

 鈍い激突音と共に膨大な土煙があがった。


「ッ!!」


 ここだ、とキリエの闘争本能が叫んだ。

 魔力を放出し、限界を超えて速度を上げる。両の剣を重ねて鏃を形成する。


「――輝け極光!! 共に光となりて我が道を切り開け!!」


 声はもはや絶叫に等しい。心身の限界が近いのだ。

 崩壊寸前の体を駆動させ、溢れる魔力を存分に吐き出して、キリエは天に美しい弧を描く。


「――突き穿て、“ペネトレーター”!!」


 己という剣の切っ先を地に向ける。

 その全身に剣先から生まれた破砕の光を纏う。

 全身の加速を切っ先の一点に集中し、収束させる。


 カイはまだ土煙の中、動き出す様子はみられない。

 まだ間に合う、とキリエの戦闘本能は絶叫した。


「――交わり、集い、ここに成れ、天墜一閃“アストラエア”!!」


 そうして、空を覆い尽すほどの極大の閃光と化したキリエが逆しまの突撃をかけた。

 激突すれば辺り一面を吹き飛ばすほどの絶大な威力を秘めた心技。

 これ以上も、この後もない、キリエの全身全霊。

 天と地を繋ぐ閃光に怖れをなしたように地を這っていた土煙が晴れていく。


 散りゆく土煙の中、カイは上体を反らして空へ向けて剣を構えていた。

 侍の片足は圧し折れてあらぬ方向を向いている。墜落の衝撃を片足で凌いだのだ。


「――吹き荒べ、天ツ風」


 侍の右目に仄かな蒼色が灯り、小さく風が吹く。

 ガーベラ亡き今、カイ自身が起こせる風など微風にも満たない。

 だが、それで十分。

 巻き起こる風を踏んだカイは一気に跳び上がり、迫るキリエへと真っ直ぐに上昇突撃をかける。

 その心技は一瞬を切り分け、刹那を寸断する無数の翼刃。


 ――心技・アメノムラクモ――


 次の瞬間、斬撃の嵐が天より墜ちる閃光を迎撃した。




 その激突に音はなかった。

 ただすれ違うようにして駆け抜けた二人は数瞬の後に、力を使い果たしたように揃って墜落した。

 地面に二つのクレーターを打ち込みながら、しかし、二人は立ったまま視線を交わす。


「魔力だけを斬り刻んだのか、化け物め」

「……お互い様だ」


 剣を杖にして荒い息を吐くキリエの皮肉に、ごっそりと右肩を抉られたカイは力の入らない片腕に顔をしかめつつ、ぞんざいに返した。

 キリエの中に注ぎ込まれた魔力は全て使い切られている。同時に、戦いの中で己が研ぎ澄まされる感覚をカイは確かに感じていた。

 互いに役目は果たしたといえるだろう。戦いは終わった。


 ――だが、キリエは構えを解かない。

 杖にしていた細剣を引き抜き、刻々と近付く限界に震える切っ先を真っ直ぐにカイへと向ける。


「あの時、何故お前たちは私の部隊を襲った? 十二使徒は対人戦闘を禁じられていた筈だ」


 女剣士の目には虚偽を許さぬ鋭い輝きがある。

 だが、問われることを覚悟していたのだろう。カイは迷わず口を開いた。


「お前の部隊は呪術の実験に選ばれていた。お前以外は手遅れだった」


 その一瞬、女剣士の目が見開かれ、そして、視線が地に落ちた。


「……やはり、そうだったか。それだけはあってほしくないと願っていたのだがな」

「首謀者は既に討っている」

「であろうな。お前は間違っていなかった。恥ずべきは我が身の未熟ばかりだな、これは。だが……ああ、これで悔いはない」


 キリエはどこか晴れ晴れとした表情で構えを解いた。

 その手から細剣が滑り落ちる。女剣士の目には既に光がない。


「負けっぱなしだが、相手がお前だったから、良しとするか……」


 呟き、そのまま倒れるキリエを駆け寄ったライカが支えた。

 完全に意識を失った女剣士を、ライカは慣れた手つきで肩に担いだ。


「貴方の勝ちね、カイ。おめでとう、と云うべきかしら」

「好きにしろ。キリエの体はどうだ?」

「なんとかする。後遺症は残さないわ。術式の構築にはあたしも関わってるの」


 キリエを担いだままライカは器用に肩を竦めた。

 そうか、とカイは頷きを返し、ふと戦う前に交わした会話を思い出した。


「キリエは調査隊に選ばれているのではなかったか?」

「出発には間に合わせる。貴方は何も気にしなくていいわよ」

「……」

「キリエと一緒に運ばれるのも嫌でしょう? ソフィアを呼んであるから少し待ってなさい」

「……了解」


 ライカはそれじゃあ、と小さく手を振って穴だらけになった草原を後にする。

 その背を見送った後、カイは思い出したように銀剣を背の鞘に納めた。


「……」


 期せずして巡り合った全力戦闘に全身から汗が噴き出す。

 遅ればせながら抉られた肩と折れた足の痛みが神経に悲鳴を上げさせる。


 だが、心は全く別の事を考えていた。

 キリエに込められた魔力を斬った時の感触を思い出すように、カイは己の掌を見下ろした。

 元より、魔力を斬る術はソフィアの読心対策で身に付けたものだった。

 だが、今の自分ならその先まで届く確信があった。

 それは決して逃してはならない感覚だ。

 今より先にいけるのか、と自問する。いかねばならないと心が決意する。

 そうして、決意と確信を積み上げた先に武の果てはあるのだ。



 魔力の先とは――この剣の届く涯とは“魂”そのものに他ならない。



 カイは髪を揺らす秋風の中で静かに拳を握りしめた。

 この道は間違っていなかった。その確信が己の内にある。


 それは小さな、しかし、確かな一歩であった。



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