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刃金の翼  作者: 山彦八里
一章:出会い
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9話:隊商護衛

 ルベリア学園の正門でアイゼンブルートのメンバーと合流してから二日後。

 一行は赤国帝都ジグムントの外縁区に来ていた。


 赤国の中心にふさわしく帝都には六十万人近い民が住み、遠くに見える山ひとつ要塞化した帝城を中心に同心円を描きながら放射状に街区が広がり続けている。

 製鉄業の発達した国の首都だけあって鍛冶屋や武器屋の集う職人街もある。赤国の武器兵器の輸出量は四大国随一、その中でも鍛冶、兵器製造の発達の中心を担い、かつ、各地への主要街道が整備された帝都の供給量は他の追随を許さない。


 商人がここを合流地点としたのは、ここで品物を揃えてから城塞都市アルキノへ向かう為だろう。

 野盗を蹴散らせる程度の戦力があれば赤国内を行き来するのは難しくないが、前線に近い街に物資を運ぶにはどうしても魔物の襲撃を受ける。そこでギルド連盟に依頼を出したのだろうが、その時点で既に商人ギルドに目星をつけられていたのだろう。


 ギルド連盟側も赤国内の依頼を統括する支部長の指示で輸送護衛の依頼を優先的に受け、ついでに魔物側の斥候を釣っては狩るという手段で魔物側を削らせている。

 あるいは無名な商人を体の良い囮としているのかもしれない。

 ともあれ、今回の依頼は更に二重の意味があるが、クルス達には関係ない。知らぬ存ぜぬを貫き、依頼主に悟らせないのも仕事の内だろう。


 それは想像以上に容易だった。



「ガキばっかりじゃねえか。本当に大丈夫なのか?」


 ジグムントで合流した依頼主のロンルースは第一印象からして最悪だった。禿かけた頭髪をターバンで隠し、弛んだ腹を揺らして開口一番いちゃもんを付けてくる。

 これ以上ない典型的なハズレの依頼者だろう。


「……」


 じゃあ何で学生ギルドに依頼したのだ、という問いが喉元まで出かかったが、呑み込んだ。ギルド紹介も終わってないのにそんな醜態を晒す訳にもいかない。


「ガキでも何でも仕事はちゃんとやるさ」

「当たり前だ!!」

「じゃあそっちも文句言わずに当たり前に護衛されてろ」

「う、ぐ……」


 護衛側のリーダーであるアンジールが毅然と言い返してロンルースを黙らせ、一気に会話の主導権を握る。十歳近い歳の差も、実力と場数の差で容易く覆されている。


「んで、先に言っといたようにこっちで補充要員を用意しといた。アンタの出す報酬内では一番の腕利きだ。文句はないな? 金と時間を渋ったのはアンタだぜ」

「う、腕に問題はないんだな?」

「モチロンだ。アンタの護衛と闘って確かめるか?」


 アンジールの揶揄にロンルースの背後に立っていた護衛達がこっちに振るなとぞんざいに手を振っている。


「出立前に護衛を減らせるか!!」

(ん、何だ?)


 喚き散らすロンルースの態度にクルスは違和感を覚えた。まるで襲撃されるのが分かっているかのような言い草だ。

 保険として心中でソフィアに読心を頼んでおく。初対面の者が多い中であまり負担を掛けさせたくないが、多少探る程度なら大丈夫だろう。


 ソフィアに心中で指示を出すとほぼ同時にロンルースと依頼の確認をしていたアンジールが振り向く。


「クルス、挨拶だけでも」

「……失礼、代員のクルス以下三名。ギルドは準三級です」

「準三級ッ!? つ、追加報酬は危険手当しか出さねえぞ!!」

(不安そうだったから教えたが逆効果だったか?)


 嘘というわけでもないし、気にしても仕方ないだろう。随分と杜撰だが、これで面通しは終わりのようだ。

 ロンルースが通用門の門衛に手続きしている間に、各員割り当てられた馬車へと乗り込んでいく。

 アルカンシェルは最後列の馬車だ。四人一纏めなのはアンジールが気を遣ったからだろう。列をなして順々に発進して行くのを待ちながらクルスはソフィアに視線を向ける。


(ロンルースはどうだった、ソフィア?)

「……すみません。随分と混乱されているようで、よくわかりませんでした。ただ、何かに怯えているのは確かです」

「ふむ……」


 あまり芳しい結果ではないが、これ以上はソフィアの負担にもなる。

 アンジールに読心の存在を告げることも考えたが、確定情報のない現状ではデメリットの方が大きい。ひとまずロンルースの態度が気になったとだけ告げておくことにした。

 アイゼンブルートの方でもそれは感じているようで、警戒を密にすると取り決める。


 さらに待って、ようやくクルス達の乗る馬車が動き出した。

 最前列と最後列に配備された護衛用馬車は木製ながら屋根もあるしっかりした造りで、戦闘にも耐えられそうだ。

 逆に先を行く隊商の輸送用馬車は荷を満載した上に幌を掛けただけの簡素な造りだ。戦闘では巻き込まないよう注意が必要だろう。


 護衛用馬車は車輪の回転に合わせて小刻みに揺れている。いつも使っている小型馬車よりも揺れが少ない。意外と快適だ。

 車内は向かい合うように三人座りの座席があり、御者台と併せて最大八人が乗り込めるようになっている。

 クルス達と共に乗り込んだメリル率いるアイゼンブルートの後衛組四人と軽く打ち合わせする。


「こちらはカイとイリスが警戒スキルを持っている」

「私達の方は前の馬車に二人、こちらに二人います。交代でやっていきましょう」

「そうだな」


 男女二人ずつの彼らはクレリックのメリルの他、ウィザード、レンジャー二人とのことだ。見事に中衛、後衛だけだ。

 逆に最前列で哨戒する馬車には前衛、中衛で固めたメンバー二組が乗っているらしい。


「変わった構成だな」

「アイゼンブルートの伝統なんです」


 クルスに応えて饒舌に喋り出したメリルによると、アイゼンブルートは構成員三十人をすっぱりと前中衛組、中後衛組に分けているという。自分達が補充された枠は本来、前中衛組が入ったのだろう。

 冒険者としては珍しい分け方だ。普通のギルドなら混成で四、五パーティーと控えにするだろう。


 ただしこの方法を採用している所もある――各国、各領の軍隊だ。

 それを考えれば、このギルドが卒業後をどう考えて結成され、どんなメンバーを勧誘しているのかも透けてくる。おそらく遺跡探索などはせず、今回のような護衛や警備依頼を中心に受けるギルドなのだろう。


「そろそろ帝都から出ます」

「警戒に移る」


 御者台に座るソフィアの言を受けて、カイが窓枠を掴んで逆上がりの要領で屋根に飛び乗った。

 自分達の乗る馬車だけなら車内からの警戒で十分だが、複数の馬車を守るとなるとどうしても視覚情報が必要になる。


「どうだ、カイ?」

「異常なし。魔物の気配もない」


 周囲には延々と刈り取られた跡を見せる麦畑が続いている。ここで生産された小麦が帝都の食糧供給を支えているのだろう。

 侍は同じように屋根に警戒要員を乗せた最前列の馬車に合図を返し、そのまま馬車の屋根の上に胡坐をかいた。

 速度はそこまで出ていないとはいえ、馬車の上では風も揺れも強い。が、その程度でバランスを崩すような冒険者はいない。カイもまた御者台から振り向くソフィアや窓から顔を出してくる他の乗員メンバーを相手にしつつ、全方位に気を配り、警戒を続けた。


 半刻おきに警戒要員を交代しつつ、一行は多少の緊張感を漂わせつつも表面上は和やかに依頼をこなしていた。


 

 ◇


 

 数刻が経ち、周囲が麦畑から草原に変わり、地平線に日が沈む逢魔が時が訪れた。

 そろそろ野営地を探す必要があるかとクルスが思案していた最中、アイゼンブルートのメンバーにも多少慣れ、落ち着いて休んでいたソフィアが突然目を開け立ち上がった。

 そのまま虚空を見つめるようにして意識を集中し、魔力探知を始めた。


「イリス、カイ!! 警戒に移れ!!」


 その様子から察したクルスが素早く指示を出す。カイは素早く屋根に飛び乗り、イリスは馬車後部の扉を押し開けた。

 いぶかしむ様な視線を向けていたのも一瞬、向かいに座っていたメリルの顔にも緊張が走る。


「魔物ですか!?」

「おそらく。どうだ、ソフィア?」

「……右後方千二百メートル、魔物の集団です。数は……大小三十」

「そんな遠くの敵を感知できたんですか!? ……じゃなくて、前列に合図を。戦闘準備、急いで!!」


 メリルの号令にアイゼンブルートのメンバーも素早く戦闘準備を整える。ウィザードの男性が緊急信号代わりの魔法を打ち上げた。


「こっちでも感知した。……敵さんの方が速いわね」


 開け放った扉から彼方を睨んでいたイリスが補足する。

 メリルは頷き、馬車を止めるよう指示を追加した。追い付かれると分かっているなら態勢を整えて迎え撃った方が被害を抑えられる。


 隊列に隙間が空かないよう前から順に馬車が止まって行く中、既に飛び降りていた最前列の馬車にいたメンバーが展開していく。

 おっとり刀で隊商の護衛も布陣しているが、前後を固めた輸送用の馬車群の傍に立っているに過ぎない。魔物の対処は彼らの仕事ではないのだ。だが、無理に加わるよりはそうしてくれていた方がこちらも守り易い。


「クルス、メリル!!」


 大剣を背負ったアンジールがそれぞれ近接武器を持ったメンバーを引き連れて走って来た。

 向こうではユキカゼが忙しく指示を出しながら護衛用馬車を壁に非戦闘員を集めて防御態勢を整えている。アンジールが総指揮、防衛メンバーはユキカゼが指揮を執るようだ。

 だが、三十という数を相手にアンジールたちだけでは分が悪い。


「俺達も迎撃に回った方がいいようだな」

「そうしてくれると助かる。メリル隊は援護を頼む」

「了解です!!」


 メリル率いる後衛組がそれぞれの得物を構える。レンジャーの内、一人がハイド技能を展開しつつ斥候に走り出した。

 感知が早かったので接敵までまだ若干の余裕がある。


「ソフィア、魔物の詳細は分かるか?」

「……二種類、殆どがグランドウルフです。もう片方は……」

「“リノセロス”が二体だ」


 馬車上から飛び降りたカイが断言する。


「リノセロスってでっかい角の付いた四足の重量級のヤツよね?」

「ああ、角と外殻が硬いという奴だな。俺達は初見だな」

「この魔力がそうですか……火は効きにくい感じ、です」

「えっと……何で分かるんですか?」


 カイが言うならそうだろうと頷くクルス達と違い、メリルはまだ半信半疑だ。

 仕方ないだろう。カイはレンジャーには見えないし、人間族より優れた己の五感やレンジャークラスもまだ魔物の詳細は掴めていないのだ。


「足音だ」


 カイが簡潔に告げる。

 足音?と皆が頭に疑問符を浮かべ、各々地面に耳や掌を付けてみれば、確かに震動しているのが分かる。が、それだけだ。

 たしかに若い魔物に“固体差はない”ので足音やその間隔を掴めば判別は不可能ではないだろう。だが、数百メートル先のそれを聞きわけることが果たして人間にできるのか――



 そうこうしている内に斥候に出ていたレンジャーが戻って来た。魔物はたしかにグランドウルフとリノセロスだった。

 ついでに簡単な罠を仕掛けて進行ルートを曲げ、時間を稼ぐと同時に馬車の直撃ルートを外して来たという。これで攻勢側が抜かれても若干の余裕ができる。

 アンジールが即座に隊列を組み直し、後衛組の射線を確保する。


「中後衛組でひと当てした後に前衛組で殲滅する。そっちの準備はいいか、クルス?」

「ああ、そちらの指示に合わせる。ソフィア、イリスは後衛組に合流。カイは俺と前衛へ」


 了解、と響く声と共に全員が得物を手に持ち場に着く。


 程なくして視線の先、遠く草原を黒く塗り潰すように魔物の集団が押し寄せてきているのが見える。

 四肢を蹴って跳ねるように駆ける黒い影はグランドウルフだろう。

 そして、群れの中央には巨大な体躯に、頭部をすっぽりと覆うほどの巨角を備えた大型の魔物、リノセロスが並走している。

 角に加えて鎧のような外殻を持つにもかかわらず駆ける速度はグランドウルフに劣っていない。


 こちらの二倍近い数がひと塊になって襲ってくる様は覚悟していても恐ろしいものだ。

 アイゼンブルートのメンバーがごくりと唾を飲み込む。緊張に心臓が鼓動を早くする。彼らにしてもあれだけ数の魔物をこの人数で相手するのは初めてなのだ。


「目を背けるな!! 敵は寄せ集め、こっちは“仲間”だ。格の違いを見せつけてやれ!!」


 そこにアンジールの激励が飛ぶ。その言葉には仲間を奮い立たせる熱がある。

 途端に全員の顔つきが変わる。それは戦士の貌だ。

 位階はユキカゼの方が上であっても、アンジールにリーダーを任せているのはこういった面での適性の高さがあるからだ。


 個々人の位階はアルカンシェルより低くとも、集団としての錬度は明らかに向こうが上だろう。

 まだまだ学ぶことが多い、そうクルスは心中で頷きを入れ、自分も盾と槍を構えた。

 その隣でカイは柄に手を掛けたまま静かに気を練っている。


 段々と魔物が迫る。大気中の魔力がビリビリと震えているのが感応力の低いクルスにも感じられる。

 アンジールが大きく息を吸って己の大剣を旗代わりに振り上げた。


「魔法詠唱準備!! 弓隊構え――――撃てェッ!!」


 敵を限界まで引きつけ、声の限りに号令を下す。

 応じて、矢と魔法の雨が敵集団へ降り注ぐ。分裂した矢が狼の頭や背を射抜き、氷柱や雷撃がその身を弾き飛ばしていく。

 グランドウルフの半数が戦闘不能になった。しかし――


「なんつー硬さだ……」


 呆然とつぶやいたのは誰だったのだろうか。

 降り注ぐ矢に対して角を振り上げて防いだ二体のリノセロスは、その後に続く氷柱や雷撃に僅かに外殻を削られつつも突進の勢いをまったく緩めていない。

 魔物集団との距離は既に百メートルを切っている。

 そこに――


「二撃目、行くよ――アローレイン!!」


 予め引き絞った弦に直接魔弾生成を行って即座に矢を放つイリスと、


「――連弾、“拡散制御”アイスニードル・カルトロップ」


 連続詠唱に魔法を分散して発動させる一工程を加えたソフィアの魔法が放たれた。


 再度降り注いだ矢の驟雨と地面から突き出た“無数の氷柱”に足を取られたグランドウルフが急停止する。

 足元への攻撃はリノセロスも苦手なのか、氷柱を砕きつつも突進速度が若干鈍る。


「アンジール!!」

「前衛組、出るぞッ!! 気合い入れろ!!」


 好機と見て取った即座の号令と共に前衛組が突撃を掛ける。

 ファイターの『早駆け(ダッシュ)』を発動した戦士が走り出した――瞬間、彼らの隣を一陣の風が追い抜いた。

 それはカイが駆けた後を追う風だ。

 イダテンの加護を受けたカイはその一瞬で突進に走るリノセロスの顎下に飛び込み、止まることなくガーベラを抜き放つ。


 瞬間、迅雷の勢いで放たれた一閃が丸太のような首を断ち切り、剣線を保ったまま駆け抜け、間合いにいたグランドウルフの首をさらに二つほど斬り飛ばした。


 宙を飛ぶ狼頭と対照的に、ごとりと巨角のついた頭部が地面を転がる。カイの剣線を追うように死体から噴き出した血が草原を赤黒く染め上げる。


「派手にやるじゃねえか、兄ちゃん!!」

「カイは掃討に移れ!! 一匹たりとも“逃すな”!!」


 だが、その惨状の中を戦士達は血を浴びるように駆け抜け、咆哮をあげて己を鼓舞する。

 魔物も同族がやられたというのに振り返ることすらなくひたすらに突進を続ける。それが魔物という存在なのだ。

 互いに止まることなく前線が激突する。

 グランドウルフがその牙と爪を以って飛び掛かり、戦士が盾で払い、剣を抜き、斧を振るう。

 血飛沫が飛び、相食む乱戦が展開する。


「う、おおおっ!?」


 果敢にも、もう一体のリノセロスに吶喊した戦士が振り回された巨角に弾き飛ばされた。

 危なげなく着地した戦士の剣は半ばで折れている。強靭(タフネス)の付与に加えて咄嗟に武器防御まで行ったのだが、リノセロスの攻撃力は想像以上に高いようだ。


 あの巨犀にかかれば馬車など紙きれのようにぶち抜かれてしまうだろう。

 絶対にここを抜かれてはならない。


「リノセロスは任せてくれ!!」


 クルスは己に喝を入れて突っ込んでくるリノセロスの正面へ走り込む。

 四肢を地面に着いた状態でもリノセロスは騎士の胸元を超える高さがある。立ち上がれば三メートルに届く巨体だろう。

 さらに正面から迫る巨角はまるで破城槌のようだ。その巨体と突進力、十分以上に加速の乗った相手にぶつかるのは悪手だろう。


 だが、自分にはこれしかない。真っ向勝負しかない。

 自分の敏捷と攻撃力ではカイのように横を駆け抜けながら一撃でというのは無理だ。一度抜かれたら追い付くこともできない。

 故に――


「――ここで止める!!」


 覚悟を決めたクルスは盾を背負い、両手で槍を構えてリノセロスの間合いに飛び込む。地面を踏み抜く勢いで草原を踏んで足場を確保。

 迸る魔力を筋力に叩き込むと同時に全身を引き絞り、背後に伸ばした槍の穂先を地擦りから一気に振り上げる。

 狙いはリノセロスの下顎。

 ソフィアとカイが見せたのだ。巨大な角を持つ為にリノセロスは下側からの攻撃に反応が鈍い。二人と同じことは出来なくとも、クルスも共に戦っているのだ。


「――ッ!!」


 両者が激突する。

 突っ込んできた巨犀の角に引っかけられた騎士の兜が勢いよく吹き飛んでいくと同時、半月を描く穂先が加速して叩き込まれ、巨体の顎を引っ掛けるようにして搗ち上げた。

 顎下の外殻と穂先の刃ががちりと噛み合う。

 激突の衝撃で槍の柄が撓み、鎧が軋み、全身の骨肉が悲鳴を上げる。ハイオークの突撃などとは比較にならない衝撃だ。

 体ごと押され、地面に踏ん張る両足の轍ができつつも、騎士は構わず槍を突き込み、振り上げる。

 尚突進を止めないリノセロスの前脚が僅かに浮いた。刹那、神託にも似た直感が勝機を見出す。


「――障壁、展開ッ!!」


 それは無我の境地での発動だった。

 槍の穂先に障壁が展開する。盾のような補助効果のない槍で展開できるのは常の四分の一程度の大きさしかない。

 だが、それで十分。脇を締め、槍を絞るようにして突き出す。


 変則のシールドバッシュ。

 無意識に上げた咆哮と共に踏み締めた足が徐々に進み、槍の先端に展開した障壁が物理的な反発力を以って巨体を押し上げる。

 体から放出する魔力に反応して不朽銀の鎧が輝きを増して身体能力を強化する。

 騎士の全力にリノセロスの前脚が完全に浮き上がり、僅かに仰け反る。次の瞬間、クルスが最後の踏み込みを為し、その巨体を背後へひっくり返した。

 巨体が背中から地面に激突し、重低音と土煙が上がる。

 全身の力を振り絞ったクルスは膝をつきそうになる体を叱咤し、肺に残った最後の息に声を乗せる。


「アンジール!!」

「任せろ!! ――豪力(ストレングス)!!」


 ファイターの豪力の付与により瞬間的に筋力を跳ね上げたアンジールの大剣の切っ先が走り、仰向けになってもがくリノセロスの外殻を砕いて胸部に突き刺さる。

 魔法すらものともしない外殻でも、常は晒されることのない腹側は背中側よりも脆い。生物の常識は魔物にも通じたようだ。

 リノセロスの体がびくりと痙攣した後に、完全に停止する。暫しの後に四散し、魔力結晶が転がり出る。


 ほぼ同時にグランドウルフの掃討も終わった。最後の一体の首を落としたカイが残心から納刀する。

 周囲には魔物の死体が散乱し、いくらか傷を受けた者もいるが倒れている者はいない。


「っよし!! レンジャーは索敵に移れ!! メリル、被害報告!!」

「ハイ!! ……護衛対象、後衛組に損害なし。前衛組、軽傷三、中傷一、死傷者ありません!!」

「中傷者から治療しろ。ソフィア嬢も魔力に余裕があるなら頼む」

「了解!!」「やれます」


 メリルとソフィアが負傷者を集めて手早く治癒していく。

 その間にレンジャーが索敵を終えてきた。周囲に増援はいないようだ。既に日は殆ど沈んでいる。もし夜間戦闘になっていたら防衛側のこちらがかなり不利になっていただろう。

 ユキカゼたち防衛組も商人達を馬車に戻してからやって来た。


「皆、無事か?」

「応よ」

「うむ、それは良かった」

「アルカンシェルの面々が想像以上にやってくれたぜ」


 連続魔法と魔弾の保持者に加え、クルスはリノセロスの巨体を正面からひっくり返して見せたのだ。アンジールが依頼を頼む際に予測した以上の実力だ。


「何よりもだ、アレ見ろ。サムライの兄ちゃんがばっさりやった奴だぜ」


 アンジールが指差した先には、カイが先陣を切って首を落としたリノセロスの頭部が転がっている。

 もう暫くすれば消滅するであろうその断面は磨いたかのように滑らかだ。刀で斬った痕には見えないだろう。

 ユキカゼが小さく感嘆のため息を吐いた。


「アンジール、次は……どうした?」


 そこにカイを伴ってクルスがやって来た。そのままアンジール達の視線の先を見てああ、と共感した。

 オークとの戦いで初めてカイの技量を見た時は自分もこんな反応をしたものだと懐かしがる。


「なんつーか、凄いってかヤバイな」

「ううむ、リノセロスの外殻をああもすっぱり斬るとは……」

「首刈りは頚を断つ技だ。例外はない」


 至極当然のように言い切るカイにユキカゼは言葉を失った。

 自分とて同様の事が出来ないとは言わないが、すれ違いに走る相手、しかも硬い外殻持ちに対してとなると、おそらく刀気開放を以ってしても確実性に欠ける。


「……カイ殿は斬り損じたことはないのか?」

「無論ある。だが、刃が触れさえすれば斬れる。そう決めている」


 それは宣言であり、同時に武器への信仰だ。サムライにとって武器は真に魂と呼んで差し支えない。武器にどこまで命を預けられるか、それこそがサムライの要諦だ。


「成程。自分も修行が足りんな」

「随分おっかない奴らに依頼したな、オレら……」

「テメエ等!!」


 感嘆するアンジール達の元に依頼主のロンルースがやって来た。

 先ほどまで馬車の陰に隠れていたのだが、戦闘が終わったのをしっかり確認して調子を取り戻している。


「なに駄弁ってんだ!! 敵倒したなら魔力結晶持って来い!! 半分はこっちのモンだからな!!」

「おいおい。依頼中に入手したのはギルドの物だろうが」

「馬車代だ!! 遅いと置いてくぞ!!」


 言いたいことだけ言って馬車に戻る商人の姿にクルス達は顔を見合わせため息をついた。

 程なくして馬車は移動を再開した。

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