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刃金の翼  作者: 山彦八里
四章:天の風
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5話:暗黒地帯

 常に雷雲に覆われた空と草木の一本も許さぬ赤茶けた荒野、四六時中魔物が闊歩して人類を完全に拒絶する世界。

 それがパルセルト大陸北部を現在進行形で侵食している暗黒地帯である。

 徐々に南へと侵食している荒野に変わった場所は、それ以後一切の草木が生えない不毛の地となり、凶悪な魔物を発生させる土壌となる。

 そんな噎せ返るほどの死が満ちる地に“戦乱の導”テスラの殺害の依頼を受けて一行が踏み込んでから五日が経った。

 現状、道程は概ね順調であった。あるいは、順調過ぎるほどに。


 暗黒地帯を進むにあたって生じる問題は大きくわけてふたつある。

 ひとつ目は出現する魔物の強さだ。

 暗黒地帯に出現するほぼ全ての魔物は魔獣級である。相性も無論あるが、基本的には十人単位の熟練の冒険者で対応すべき、人類の生存領域に出現するモノとは一線を画する正真正銘の化け物たちだ。


 ふたつ目は補給がまったく出来ないことだ。

 暗黒地帯に人類の村落はない。どころか、マトモな草木や水源すらない。

 稀に木が生えている――ように見えることがあるが、それらは全てアールキング等の樹木種の魔物の擬態である。

 故に、食料や馬の飼料は全て持ち込む他ない。

 かといって、兵站基地を作ろうものなら昼夜を問わず魔獣級の魔物に襲撃される。瞬間的に押し返すことはできるが、撃退し続けてこの死の大地に留まり続けることは不可能という他ない。

 ならば、キャラバンを組めばいいかというとそうでもない。集団は巨大になるほど持ち運ぶべき荷物も増えて身動きがとり辛くなる。その一方で、集団といえるほど人間が集まると魔物達は狂ったように襲いかかってくる。

 荷物を守りつつ戦うにはさらに余剰の戦力が必要となり、そのためにさらに多くの荷駄が必要になり……と根本的に解決できないジレンマが生まれる。

 よって、現在、暗黒地帯の探索ならば機動力を確保した馬車一台、最大六人で挑むべし、というのが各国及びギルドの共通見解となっている。


 これら二つの問題を乗り越えて初めて人は暗黒地帯に足を踏み入れることができる。

 そこまでして得られるのが何の経済的価値もない魔物の荒野であるならば各国が積極的に手出ししないのも当然であろう。

 アルカンシェルの面子とネロのみで探索することは千年にわたる犠牲と失敗の上に築かれた最適解なのだ。



 ◇



「こうも風景が変わり映えしないと測量が狂いそうだわ」


 イリスは馬車に備え付けられた御者台で変わり映えのない赤茶けた景色を睨みながらぼやいた。

 暗黒地帯の大気は瘴気混じりの異臭がする。大抵の事には慣れた少女もこれには顔を顰めてしまう。

 視線をあげれば、厚い曇に覆われた空が視界に入る。昼夜を問わず曇った空では星の位置で方角等を掴むこともできない。

 体内時計も徐々に狂ってきていて、時間感覚が怪しくなっている。

 今はかろうじて背後――南端の境目にある“竜の谷”を捉えているため、距離関係からおおよその現在地がわかるが、明日一杯進めば少女の千里眼でも確認できなくなるだろう。

 それまでにこの何もない土地に慣れなければならない。そう決意を新たにする。

 一行の道行を決めているのはレンジャーたるイリスなのだ。


「大丈夫か、イリス?」


 御者台の隣で馬を操っていたクルスが気遣わしげに尋ねる。

 イリスの能力を疑っている訳ではない。むしろ、クルスは彼女の能力を十分に理解しているからこそ問うのだろう。

 この荒野は人が進むにはあまりに無機質に過ぎる。

 それでも、イリスは心配ないと表情から険を抜いてひらひらと手を振ってみせた。


「このくらいで音をあげるほどヤワじゃないわよ。そっちこそずっと馬を操ってて疲れてるんじゃないの?」

「カイに比べれば苦にもならん。シオンもいるしな」


 クルスの視線の先、黒々とした馬の背に乗ったシオンが白紐でひとつに括った緑髪を揺らし、興味深げに立派なたてがみを梳いている。

 その小さな手で触れた存在の体力を回復させているのだ。

 視線に気付いたシオンは振り向いてことんと小首を傾げるが、クルスが微笑みかけると頷きを返して前に向き直った。

 代わりとばかりに黒馬が首を巡らせて意味ありげにクルスを見遣った。

 くりりとした愛嬌のある目に反し、どこか生意気そうな雰囲気のする態度に思わず苦笑する。


「お前もよくやってくれているよ、“クティークス”」


 ねぎらいの言葉に漆黒の巨馬は当たり前だとばかりに鼻息を荒く吐き出して前に向き直った。

 赤国皇帝直々に名を与えられたこの巨馬は並の馬の二回りほど大きな体格を有し、魔獣級を前にしても逃げない胆力を持つ最上級の軍馬だ。

 その歩みは力強く、引き締まった体は爆発的な加速力を秘めている。

 常なら馬車を牽かせるなど有り得ない騎馬であるが、普通の馬では暗黒地帯の大地を踏むことすら怖れてしまうため、ギルド連盟赤国支部長ベガ・ダイシーがわざわざ軍から引っ張って来たのだ。


「ホント、ベガ支部長も気前が良いっていうか……」

「まるでずっと前から準備していたようにみえる、か?」


 イリスが言い淀んだ言葉をクルスは正確に言い当てた。

 ちらりと横目で確認すれば、騎士の表情には確信に近いものが浮かんでいるのが見て取れる。


「やっぱりそう思う?」

「馬だけならともかく、こんな馬車まで用意されていてはな」


 暗黒地帯の探索という難事の為にギルド連盟は出来る限りの装備を用意した。否、用意していた。

 一行が搭乗しているのは鉄と不朽銀(ミスリル)の合金製で魔獣級の突撃にも数度は耐えられるという凄まじい強度を誇る装甲馬車だ。

 後部の扉は取り外して盾として運用することも出来る設計になっており、戦闘を想定して作られていることを窺わせる。

 さらに、車体と同じく合金製の分厚い車輪には一行も初めて目にする特殊な刻印術式が刻まれている。

 便宜上、『軟化術式』と呼ばれるそれは赤国の軍部が開発中の最新技術だ。

 刻印に魔力を通わせた車輪はその表面を柔らかくして悪路を走破する柔軟性を与える。拳大の石程度なら車輪自ら変形して踏破出来るという優れものだ。

 おそらくは国外に出すなど有り得ない、赤国の軍事機密に当たるものだろう。


 とはいえ、現状では欠点もある。

 車輪の軟化術式を維持するには魔力を込め続けなければならないという点だ。一度に消費する魔力量は微々たるものだが、それでも並のウィザードでは一日ともたないであろう。

 おそらく魔力結晶を燃料とする機構を組み込む予定なのだろうが、開発が間に合わず、この馬車には搭載されていない。


 食料が調達できない以上、暗黒地帯の荒野を進むには必要な荷を積んだ馬車は不可欠であり、舗装もされていない荒野を進むのはこの装甲馬車でなければ不可能である。

 つまり、搭載人数である六人以内でこの馬車を維持するだけの持続魔力量を確保することが求められるのだ。

 幸い、一行には莫大な魔力量を誇るソフィアとネロの分け身、二人には及ばないものの一線級の魔力を有するイリスとクルスがいるため、不足はない。


「良いように担がれた感じもするけどね」

「だが、すぐに動ける中では俺達以上の適任はいないだろう」

「はいはい。あー、魔物が来ないのは楽だけど流石に単調過ぎよね」


 イリスが軽口を叩きつつも測量に戻ろうとしたその時、少女の背筋に氷柱が差し込まれたような怖気が走った。

 慌てて振り向けば、真紅の瞳を持つ魔人が馬車の窓からぬるりと顔を出した。車輪への魔力供給をソフィアと交代したのだろう。


「無理に風景を覚えようとするな、童。馬車の速度と感覚で現在位置を把握しろ。大きく外れれば我が知覚する」

「あ、ありがとうございます、ネロ様」

(カイはよくこの人と普通に会話できるわね……)


 ネロから感じる威圧感は古代種だから、というだけではないのだろう。

 少なくとも今まで相見えてきた他の古代種とは別種の圧だ。

 それは千年以上もの間、人間の中で生きてきたからこそ身についた重みなのだろうとイリスは思った。


(古代種は成長しないって言うけど、それは経験を蓄積しないっていうのとは別の話よね)

「此方側の座標を確定させれば帰還時の転移は可能だ。帰途は考えるな。真っ直ぐに進むことに集中しろ」

「承知しました」


 これ以上なく冷徹な声音に、しかし、イリスはきちんと頭を下げた。

 ここ数日で漸くネロの立ち位置が掴めてきていた。

 魔人は一見して冷酷な皮肉屋を絵に描いたような存在だが、単なる仕事上の付き合いというには、かなり回りくどいが、親身になってくれている部分も確かにある。

 ひどい威圧感があるし、掛けられる声は冷たいが、しかし、例えば先程告げられた内容は「気負うな」とそう言っているものだ。


 それに、とイリスは遠くを睨む魔人を盗み見ながら思案する。

 分け身でありながらネロから感じる魔力量はソフィアに迫る。かなり多くの力を割いて作った分身なのだろう。

 訊けば、テスラを殺す為に必要だからと答えるのだろうが、少女にはそれが弟子を慮った故のものであるようにも思えてならなかった。

 その不器用に他者を気遣う姿は件の弟子とよく似ていた。


「今戻った」


 その時、折よく思い浮かべていた男が戻って来た。

 心を読まれたようなタイミングの良さにイリスの僅かに口元を歪めた。


「おかえり。どうだった?」

「問題ない。前方の障害は全て排除した」


 疾走中の馬車の屋根に音もなく着地したカイはイリスに応えつつ、懐からいくつか濃紺の魔力結晶を取りだした。

 結晶の深い色彩は相対したのが魔獣級であることを示しているが、元より大半の魔物は古代種(ネロ)の気配を察して馬車を回避している。

 故に、カイが交戦するのはネロを感知できなかった、あるいは感知しても避けられない形状の魔物だけだ。

 そういった鈍い(・ ・)魔物ではカイの速度に付いていくことはできないだろう。

 事実、カイは暗黒地帯に入ってから一度も負傷していない。


「……魔物避けは機能しているようだな」


 侍は足元に柔らかな振動を寄越す馬車を一瞥して特に異常がないことを確認してひとつ頷いた。


「師を捕まえて物扱いとは言うではないか、馬鹿弟子」

「正当な評価だ。お前がいなければここまで順調に来ることはできなかった」


 なげやりな言葉と共に、侍は結晶を窓から乗り出したままのネロに投擲した。

 勢いのついたそれらをネロは空中で無造作に掴み取り、おもむろに口の中に放り込み噛み砕いた。

 ガリガリと音を立てて口内で結晶が砕片となるが、魔人に頓着する様子はなく、あまつさえ適当に砕いた所でごくりと嚥下してしまった。

 これが古代種の生態、などと言われたらイリスも少なからぬ衝撃を受けただろう。

 とはいえ、そんなことはなく単にネロが分け身を維持する為に魔力を補給しているだけだ。

 それは本体と同じ複雑な消化器系を再現していない為であり、同時に馬車に積載する食料を一人分浮かせる為でもあった。

 ……本体も同じことが出来るのかを訊く勇気はイリスにはなかった。


「そういえば、魔物避けって私は出来ないんですか?」


 ふと、逸れた思考がここ数日暖めていた問いを言葉にした。

 混血であることを自覚してからイリスも己の性能を試したり、教官に調べて貰ったりしたが、魔物や呪術、【魔神】に関する能力はみつからなかった。

 あるいは、まだ何か足りないものがあるのかもしれない。その想いからネロに水を向けたのだが――。


「魔物との“共鳴”は古代種の受けた呪いのようなものだ。出来る出来ないではない。業腹だが、馬鹿弟子の言ったように恒常的な機能というのが正着であろうな」

「なら……」

「出来ないということは、お前は古代種ではないということである」


 ネロは切って捨てるようにイリスの問いを明確に否定した。

 嫌な所で師弟そっくりだと、少女は苦笑するしかなかった。

 しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。自分に何が出来るのか、イリスはまだ知らないのだ。


「でも、私にはサードアイがあります。色は紫ですけど」

「……ふむ」


 結晶が隠されている額を指でトントンと叩いてイリスが問いを重ねる。

 対するネロは秀麗な眉を思案に顰め、即断を避けた。

 本来、古代種は男性型、女性型共に子孫を作る機能はない。ひとつの個体で完結しているのだ。

 一応、賦活能力を応用すれば真似ごとくらいはできることはネロも知っている。自分では真似ごと以上にならなかったことも。

 古代種(ルベド)の中で何が変わったのか。

 叶うならば問うてみたかった。そうネロは心中でひとりごちた。


「なら、お前は古代種の新たな可能性やもしれんな」


 お前の血も人と交わったことで古代種という枠組みを離れたのだろう、と魔人は続けて、悼むように微かに目を伏せた。

 過去にも、古代種の一部が――魔人変化(エジルブロート)から戻ることができず竜種へと変わったように、変化の可能性は示唆されていた。

 だが、竜種への変化は退化でしかなかった。イリスの存在を認めるまで、古代種が次代へ継ぐことができるものはないとネロは千年の倦怠の中で諦めていた。


「感謝する、狩人の娘よ。お前の存在は古代種が変われるという証明だ」

「できれば、それは両親に言ってあげて欲しかったです」

「そうか……そうであろうな」


 この男なりに感じいるものがあったのだろう。

 それきり魔人は何も言わず、ただ車輪の回る音だけが荒野に響いていた。



 ◇



「ここらで休みましょう」


 数刻前よりも若干暗くなった空をみて辛うじて夜が訪れたことがわかる。

 おおよその現在地を確認してイリスは一行にそう告げた。

 明日の朝には暗黒地帯の中心部に到達する。此処での休息が最後になるだろう。


 一行は馬車を停止させ、残り少なくなってきた燃料で火を熾して簡単に食事を摂った。

 彼らの肉体は水さえあれば一週間は活動できるようにできているが、明日の戦闘を考えれば最高の状態を保つ為にできることはすべきであろう。

 馬車との連結を外されたクティークスも焚火のそばで四肢を折りたたんで馬車から出した藁を食んでいる。


「明日、我らは戦乱の導の本拠地を襲撃する」


 全員の食事が終わったのを見計らってネロが口火を切った。


「今、暗黒地帯にはテスラ以外の古代種はいない」

「確実ですか?」

「魔物に対してと同様に古代種同士にも共鳴がある。この距離では正確な位置までは分からんが、いるかいないかを誤ることはない」

「えっと、他に残っている古代種はアルベド・ディミストと、カイの心臓に呪術をかけた……」

「ニグレド・ダルグロス、それが呪術士の名だ」


 ネロの告げた名前にぴくり、とカイの眉が跳ねあがった。

 隠しきれない殺意に魔人が皮肉気に口元を歪めた。


「どうした? 仇の名を知って憤ったか?」

「会えば斬るだけだ。何も変わりはしない。それより、貴様、猊下(エルザマリア)が襲撃された時に気付いていたな?」

「うむ、生誕祭の時、アルベドが皇都にいることは感知していた。故に、第二位を討伐に向かわせたのだが……捕えられなかった」

「いけしゃあしゃあと」

「我が直接行けば奴に察知されて確実に逃げられたからな。この分け身についても出来る限り気配を隠蔽しているが、流石に気付かれているだろう。心しておけ」

「あー、そのテスラって古代種の戦闘能力については何かわかっているんですか?」


 話題を変えようとイリスが疑問を呈する。

 ネロは笑みを消し、数瞬の思考の後に口を開いた。


「不明だ。ただ、テスラが古代種の枠内にいるならば我らだけでも撃破は可能だろう。無論、状況によっては撤退も視野に入れている。今、我らに最も足りないのは情報だ」


 古代種は成長しない。その実力は精霊級で固定されている。

 だが、相手に古代種以外の仲間がいるか――状況から見て、魔物は向こうに利する要素だろう――あるいは他に不確定要素はないか等々、実際に戦闘に入らなければ判明しない条件もある。

 その上で、余程の何かがない限り生還して情報を持ち帰ることはできる、ネロはそう見ていた。


「……テスラが古代種でなくなった可能性はあるのか?」


 テスラの分身を斬った時の感触を思い出してカイは問うた。

 あの瞬間に受けた違和感、他の古代種を斬った時とは異なる感触。

 アレはもう古代種ではないかもしれない。その危惧が己の裡にある。


「あり得る。古代種三人だけで魔神を召喚するのはかなりの無理を要する。それを確かめる為にも矛を交えねばならん。――我からは以上だ。各自、休息をとれ」


 その言葉を最後に各々挨拶を交わして解散していく。ここ数日の光景だ。

 カイもまた夜警に向かう為に立ち上がった所で、ソフィアがじっとこちらを見つめていることに気付いた。


「どうした、ソフィア? 休まないのか?」

「カイ……」


 この五日間、ソフィアはネロと分担して馬車に魔力を供給し、また、魔法で馬車内の大気を正常に保ち、水を用意していた。肉体的な疲れは少ないが、精神的な負担は最も重かった筈だ。

 明日の戦闘を考えれば真っ先に休むべきだろう。

 ソフィアもそれは理解していた。

 だが、心に浮かんだ不安のために、カイに声をかけねばという焦燥に駆られていた。


「嫌な感じがします。なにかが起きそうな予感がするんです」

「だが、俺達は挑まねばならない」


 何故、カイにだけそれを告げねばならないのか。ソフィアにもそれはわからない。

 少女が捉えられるのは漠然とした予感(ヴィジョン)だけなのだ。

 未来の不安はカイの言葉を聞いても晴れることはない。


「気負い過ぎるな。俺達が撤退しても、持ち帰った情報を元に次が――」

「カイ、わたしはあなたを喪いたくない」


 故に、それはソフィア自身すら意識していない言葉であった。

 カイの動きが止まる。少女の言葉に何と返すべきか迷ったのだ。


「全力を尽くす。今言えるのはそれだけだ」

「……はい」


 死ぬ気はない、そう言えればどれだけこの少女を安心させられるだろうか。

 だが、安易に生存を約束することはできない。守れぬおそれのある約束はできない。

 なにより、自分自身が理解している。

 もしも、誰かを犠牲にしなければならないのなら、まず初めに己を釜にくべる。

 相手を斬る代わりに自分の命を晒す。カイ・イズルハとはそういう剣なのだ。


 結局、二人の間にそれ以上の言葉はなく、曇天の夜は静かに更けていった。



 ◇



「……何だ、これは?」


 翌朝、遂に暗黒地帯の中心部に踏み込んだ一行は驚愕に固まっていた。

 彼らの視線の先、赤茶けた大地は一変して砕かれた魔力結晶が敷き詰められた世界に変わり、遠くには黒色の魔力結晶に覆われた巨大な大穴がみえる。

 周囲にはこびりつくような死臭が漂い、曇天を抜けた微かな陽光を無数の結晶が鈍く反射している。


 見渡す限りを埋め尽くす魔力結晶を得る為にどれだけの魔物を狩ったのだろうか。確実に千や万では足りないだろう。

 ネロですらこの結晶大地を前にして言葉をなくしていた。

 少なくとも彼が古代種を裏切った千二百年前にはなかったものだ。

 同様に、この異様にして異常な光景が自然に生まれるなぞ有り得ない。


 では、誰が、何の為にこの光景を作りだしたのか。


 疑問と共にネロが中心部へと踏み出したその時――


 ――斬、と鳴り響いた剣風とともにその右腕が吹き飛ばされていた。



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