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刃金の翼  作者: 山彦八里
四章:天の風
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4話:中らずの男

 空気に冷たさが混じり、少しずつ黄や紅に色づいていく鮮やかな森の中を二つの影が駆け抜ける。

 双影は幾度となく交わり、衝撃と共に火花を上げては離れ、無数の弧を描いていく。


 先を行く影はカイだ。

 黒の道衣を纏った侍は木々をその身に掠らせつつ、鋭角的な軌道を描いて果敢に相手を攻め立てて行く。

 森の中であっても一切減速しないその身は、最早、余人には視認すらも困難な速度域にある。


 対する相手の姿は見るからに異様なものであった。

 全身を鱗状の小さな障壁群で覆い、頭部には顎門、腰裏には尾を形成し、全体としてみれば3メートルほどの竜種のような形状をしていた。

 障壁を十全に扱えることから中身はナイトであると考えられるが、障壁の反発力によって跳ねるように疾走することで騎士が通常得られる速度を遥かに逸脱している。


 ふたつの弧が再度交わる。カイが先手を取って斬りかかる。

 踏み込みが地を抉り、生まれた勢いが内転から肩肘関節を経由してガーベラの切っ先を加速させる。

 ルベドとの戦闘を経て“英雄級”に至り、斬る一事に於いては英霊級が見えてきている侍の一撃だ。大気を斬り裂いて走る一撃は触れればこの相手でも命に届きうる。

 だが、偽竜は斬撃に鱗の一枚をぶつけることで一瞬の間を生み出し、同時に障壁を顫動させ竜の胴体を捻って斬撃を回避した。

 刀身が間合いを離脱する偽竜の鱗障壁の表面をチリチリと撫でる。

 カイは小さく舌打ちした。相手は明らかにこちらの起こり――攻撃の起点が発生すると同時に回避機動を取っている。


(随分と粘られる。これが“中らず”か)


 ここまで十数合を超えて尚、カイは未だ決定打を放てていなかった。

 依頼から離れて鈍った勘を取り戻す為の手合わせとはいえ、出し得る限りの全力を出している。攻勢に於いては当然、守勢に於いても侍は一切気を抜いていない。


(技量は互角、経験は向こうに、身体能力は此方に分があるか)


 英雄級に至ったとはいえカイの防御力は並よりマシ程度。

 隙を見せれば、この相手は見た目通りに噛み千切ってくる。


 この拮抗状態を作っているのは相手の魔力と、それを扱う技能の妙だ。

 鱗状の障壁で竜形態をとる相手は今も木々の間を泳ぐようにして高速で駆け抜けている。

 ナイトの秘匿技術『心鎧』による高機動形態と『極限回避』の合わせ技。

 前者はともかく、後者はカイも相対するのは初めてだ。

 なぜなら、人間の中で極限回避の技能を有しているのはこの相手――リヒャルト・グランベルトだけなのだ。


 『極限回避』は鱗の全てが感覚器であるといわれる一部の竜種がもつ特性である。

 それを再現したリヒャルトの心鎧――“竜鎧”とでもいうべきそれは障壁表面に攻撃を感知すると反射的に回避行動をとるように設定されている。

 現に、カイの殺気や空気の振動を感知してリヒャルトは全ての攻撃を回避している。

 それだけの感覚の拡大したまま竜鎧を展開できるリヒャルトの精神力には舌を巻くばかりだ。


 噂ではリヒャルトは竜の血を浴びたことで極限回避の技能を身に付けたと言われているが、そんなことが無いのは実際に竜の青い血を浴びたことのあるカイ自身が証明している。

 一方で、ソフィアが見ただけで大喰いの砲撃を模倣した事もあった。おそらく同様にリヒャルトにも見の才能があったのだろう。


(埒が明かん。かといって、このまま引き分けに持ち込まれるのも癪だな)


 極限の回避も絶対ではない。カイの心眼は既に竜鎧を捉えている。

 変則的ながら流儀――特に絶対防御である無明に近いと見切っている。


「――無間」


 防御を捨てて速度を上げる。さらに先程まで避けていた木々を足場代わりに四肢へ更なる加速を叩き込む。

 押しのけた大気が耳元でがなり、風景が高速で流れていく。

 地面を蹴るよりもより直接的に加速力を供給する垂直の“足場”の存在はカイとリヒャルトの均衡を崩すに足る要素だ。

 今はまだ追随してきているとはいえ、相手の速度は障壁の反発力を利用した直線的なもの。至近距離での反応速度と柔軟性ではカイに及ばない。


「――シッ!!」


 加速した分を余すところなく載せた横薙ぎの一閃。

 雷切と化した一撃をリヒャルトは回避するしかない。斬撃の軌道上に設置した障壁鱗を囮にしつつ竜鎧の騎士が逆側に飛ぶ。

 だが、刀を振り抜くと同時にカイは木を蹴り飛ばして即座に再動、回避軌道にあるリヒャルトに追いつき、地擦りから袈裟に斬り上げた。

 それでも、これも予想済みだとばかりにリヒャルトは身を捻り、ほぼ直角に進路を変更して斬り上げを回避した。カイの切っ先が捉えたのは鱗数枚のみ。

 構わない。侍は更に追撃をかける。相手の魔力と己の体力、どう見積もっても先に尽きるのは相手の方だ。

 ひたすら先回りし続けることで退路を塞ぎ、鱗を削る、削り斬る。

 一心に追い回し、目まぐるしく跳ね回りながら丸太を鉋にかけるが如く障壁鱗を次々と剥いでいく。


 そして、構成限界まで削られた竜鎧が遂に破れた。

 次の瞬間、割れ散る竜鎧を目くらましにリヒャルトが踏み込み、左手一本で大剣を打ち込んできた。


 完全に隙を衝かれた。秒を切り分けた刹那の中で、カイはそう認識した。

 此方の得物(ガーベラ)は既に振り抜いており、斬線が外れている。

 逆胴狙いの一撃には身体構造上、右肩に吊っている銀剣の抜き打ちは間に合わない。

 故に、透かす。他に手はない。刹那の裡に覚悟を決める。


 カイは迫る胴貫きの一撃に対し無手の左手で迎撃を試みた。

 リヒャルトの剛剣にかかれば腕の一本の障害物などに紙屑に等しい。

 だが、凄まじい精密さで伸ばされた侍の左掌はただ迫る刀身側面に触れただけであった。

 チリ、と刀身を滑った五指の腹が焦げる。接触は一瞬。

 その一瞬に、カイは左手を起点に側転の要領で横薙ぎを跳び越えた。


「ッ!?」


 竜兜の奥、リヒャルトの表情に僅かな驚愕が浮かぶ。

 それを天地逆さまの視界の中で視つつ、カイは側転の勢いを加えて反撃の一撃を叩き込む。

 首刈り、その名の通りの一閃が相手の顎下に滑り込む。


 次の瞬間、金属同士をぶつけたような甲高い音が森に響き渡った。



 二人の激突によって絶えず揺れていた森に静けさが戻る。


「……“無間”ではあと一歩踏み込みが足りないか」


 言葉面とは裏腹に、着地し、残心とともに呟いたカイの声音には確かな称賛が含まれていた。

 カイの最後の一撃はリヒャルトが首元に発生させた小さな障壁によって皮一枚の所で阻まれていた。

 必殺を期した一刀だった。

 防ぐ間を与えたつもりはなかったし、よしんば防御を差し込めたとて、急ごしらえの障壁で防げるような威力でもなかった筈。

 だが、そこは相手も曲がりなりにも英雄級であるということなのだろう。


「それで負けているのだからこちらとしては言い訳のしようがないな」


 “中らず”の名も返上だな、とリヒャルトは兜を外した顔に苦笑を浮かべて左肩をすくめた。

 カイは無言で目を細めた。リヒャルトの右袖に中身はなく、ただ風に揺れている。

 利き腕がないというのに男の戦闘感覚に乱れはなかった。腕を喪失してから改めて鍛錬を積み直したのだろう。積み重ねた経験は多くの選択肢を生む。最後の一撃もカイが受け手側であれば防ぐ術はなかった。

 実力が追いついただけでは斬れない。この脚で、この剣で経験の差を覆さなければならない。薄れかけていた己の原点を侍は心に刻み直した。


「感謝する。得難い経験だった」

「それは重畳。面倒な手続きをして封印を解いて貰った甲斐があったな」


 リヒャルトはいくらか白髪の混じった赤髪に指を差し込んで熱い雫を払う。

 立ち合いで汗をかかされるなどいつ以来のことか、と男は久しぶりの心躍る戦いに満足げな息を吐いた。

 常は封じられている魔力を解放したことでリヒャルトの実力は英雄級の中でも上位に位置する。片腕を失って尚、その位階にいるという事実は偏に基礎能力の高さを物語っている。

 もし、両腕が揃っていれば、あるいは最後の一撃を弾き返してカイに王手をかけることもできたかもしれない。


「魔力を封じていなかったのか」

英雄級(オマエ)を相手するのに手間は惜しまんよ。特に竜鎧は魔力の消耗が激しいからな」

「面倒な話だ。そもそもお前達教官は何故魔力を封じている?」

「学長との契約だからだ。詳しくは知らんし、興味もない」


 ルベリア学園の教官たちは普段、その魔力の多くを封じている。

 だが、魔力とは魂の生み出す熱量だ。封じると言っても生成自体を止めることはできない。

 魔力量を減少させるには、それこそ、カイの心臓に巣食う呪術のように恒常的に魔力を消費させるか、あるいは生み出される端から魔力結晶か何かに蓄積させる他はない。

 つまりは、この学園には魔力を消費又は蓄積する装置があるということ。それはリヒャルトも当然に気付いていた。その上で、興味がないと言いきったのだ。


「大多数の教官にとっても普通の(・ ・ ・)学生を指導するには丁度いい程度の認識しかないだろうな。集めた魔力の用途を知っているのは学長だけだ」

「なら、ローザ学長に会うことはできないのか?」

「あの方は紛うことなき英霊であるが、衰弱も激しい。会おうと思って会えるものでもない」

「……そうか」


 無理にとはカイも言わない。最悪の場合は押し入るだけの話だからだ。

 ローザが溜めた魔力の用途を隠しているのには何か理由がある筈。学園の設立時期を考えれば魔神に対抗する為である目算が高い。

 しかし、可能性――実益と言い換えてもいい――は低いが、戦乱の導に与しているおそれもある。その可能性をカイは捨てきれていない。

 教皇エルザマリアの後見を務めていたローザの人柄をある程度は把握している。

 だが、ギルド連盟発足当時に戦乱の導(テスラ)の同僚だったという経歴に、教官達から集めた魔力の使途は不明とくると、疑心が生まれるには十分である。


(だが、たとえローザが戦乱の導に与していたとしても、テスラを斬れば無に帰す)


 カイは今までに五人の古代種と(まみ)えている。

 師である“魔人”ネロ・S・ブルーブラッド。

 父と自分に呪術をかけたローブの呪術士。

 他者の洗脳と扇動に優れた“縛愛の鎖”アルベド・ディミスト。

 卓越した弓技を持っていた“原初の狩人”ルベド・セルヴリム。


 そして、最後の古代種だと云う“戦乱の導”テスラ。


 この五人の中でテスラだけが毛色が違うとカイは考えている。

 斬った瞬間に受けた隔絶の感、肉を断った奥にあったおぞましき感触。古代種の一言では済ませられない“何か”。

 それこそが魔神に繋がる鍵であると、それを斬らねばならないと本能が告げているのだ。


 斬らねばならない。故に、斬る。

 人生の全てを剣に捧げてきたカイにとって、剣を取る理由はそれで十分である。

 余計な理由はいらない。相手の事情も知ったことではない。そうするべきだからするだけだ。


「……ふむ」


 そうして静かに戦意を滾らせるカイの様子をリヒャルトは興味深そうに眺めていた。

 彼が学園に赴任して十年以上が近くが経つが、この生徒は格別であった。

 実力もそうだが、何よりもその在り方が鮮烈であった。

 果たして、自分は剣の為にここまで己が背負った荷を捨てることが出来るだろうか、と。


「もしもお前に魔力が戻ったなら――いや、仮定の話は無意味か。その時が来れば分かることだな」


 リヒャルトは知らず右腕の断面に触れていた。

 最後の戦場で失われた右腕は、しかし、今でもふとした時に痛みを寄越す。

 男は知っている。否、忘れたことはない。

 その幻痛は右腕を断たれた時の痛みの記憶だ。


「かつて、戦場でお前と似た男に会ったことがある」

「俺に似ている?」

「ああ、いや、姿形も戦い方もまったく違うのだがな……。だが、確かに似ている」


 自分でも不思議なほどに確信を込めてリヒャルトは断言した。


「人生とは不思議なものだ。その“何か”が似ている者同士には縁がある。きっとお前もそいつに出会う」

「……」


 予知の如きリヒャルトの宣告を受けて、カイの背筋がぞくりと震えた。

 その震えが何に由来するものか侍はまだ知らない。


『――覚悟しろ。“過去”がお前を殺しに来るぞ』

『君達に覚悟があるなら暗黒地帯に踏み入るといい。“過去”がお相手しよう』


 唯、告げられた言葉だけが侍の中で反響していた。



 ◇



 リヒャルトと別れたカイは学園の東区にある倉庫街に足を運んだ。

 商業区に隣接したこの地区は大陸各所から運ばれてきた物資の集積地である。

 ルベリア学園の学生は一部の錬金術士や鍛冶士を除いて生産性がない。

 畢竟、ひとつの街に匹敵する学園を維持するには膨大な物資の輸入が必要となる。

 とはいえ、学生たちの稼ぎはいいので、受け皿になっている商人たちにもしっかりと利益は出ている。質さえよければ多少値が張っても確実に売れる上、学園へ帰る道程の学生に依頼すれば隊商の護衛も安く済むからだ。

 学園の御用商人とでも言うべき彼らは成功者なのだ。少なくとも、学園内に居場所を確保できなかった同業者を警戒しなければならない程度には。


「こっちだ、カイ!!」

「もう来ていたのか、クルス」


 目当ての倉庫を探していたカイは聞き慣れた騎士の声に僅かに口元を緩めた。

 快復した騎士の体は届いたばかりであろう全身鎧に包まれている。

 隣にいるのは輸送を依頼した“アイゼンブルート”のメリルだろう。忙しいのか、あるいは気を遣ったのか、セリアンの少女はカイに一礼して倉庫に駆け戻っていった。


「全面修復にしては随分と早かったな」

「ああ、仕事の完成度から見て、おそらく長老殿が修復してくれたのだろう」


 クルスは鎧と手に持った盾を見下ろして感慨深げに言葉を紡いだ。

 先のルベドとの戦いでクルスの装備は深刻な損傷を被った。“中身”の重傷具合を考えれば破棄してもおかしくなかったのだが、ドワーフの隠れ里の熟練達は完璧な仕事をしてくれたようだ。

 見れば、クルスの不朽銀(ミスリル)の鎧は以前より明らかに不壊金剛(アダマン)の割合が増えていた。修復前は各所の補強に使われていた程度の金色が、今は急所や関節部位にも配されている。盾に至っては半ば以上がアダマンに置き換えられているようだ。

 だが、アダマンの割合を増やしたことで増加した筈の硬さと重さをクルスは感じなかった。骨の重さを感じないが如く、鎧は肉体と、盾は腕と一体になっている。

 前にクルスが里を訪れた時より成長した分も計算されているのだろう。驚嘆すべき鍛冶の業であった。


「金貨10枚分では足りなかったな。何かお礼の品を贈らねば」


 クルスにまったくその気はないが、仮にこの盾だけでも売りに出せば帝都に家が建つ程度の金額はつく。

 輸送をアイゼンブルートに、信頼できるギルドに任せたのは正しい選択であっただろう。


「十二使徒では酒を送っていた筈だ。……俺の荷はなかったか?」

「お前宛ての物はなかったぞ。隠れ里に何か依頼していたのか?」

「剣を一振り、手入れを頼んでいる。ただ、無理を言った自覚はある。時間はかかるだろう」

「いったい何を頼んだのだ?」


 クルスの問いにカイは真っ直ぐに見返して薄く口元を歪めた。

 この男にしては珍しい遊びのある表情だが、目には驚くほど真摯な光を湛えている。


「実物を見た方が早い」

「……お前が言うならそうなのだろうな。楽しみに待つとしよう」

「そうしてくれると――」


 言葉の途中で、ふとカイは空を見上げたかと思うと無言で虚空に手を差し伸べた。

 何をしているのかとクルスが訝しんだ次の瞬間、空中に魔法陣が展開し、ソフィアが転移してきた。

 少女は目の前に差し伸べられた侍の手に目を丸くしたが、すぐにその表情を笑みに変えてそっと手を重ねた。


「転移を感知できたのか、カイ?」

「そんな気がしただけだ」


 カイは片目を閉じて、ゆるやかに降下する少女の体を抱きとめる。

 ふわりとローブの裾がはためいて白い脚が覗き、軽やかな音と共に爪先が地面に触れる。

 そのまま、ソフィアは改めて男の首元に腕をまわして抱きついた。

 ひしと身を寄せる少女は微かに汗ばみ、吐く息には熱が篭っている。カイと同様に戦闘訓練をしてきた足で来たのだろう。

 カイは抱き返したまま、ソフィアの耳元にそっと口を寄せた。


「何かあったのか?」

「さびしかったです」


 直球だった。男は苦笑するしかなかった。


「……それは一大事だな」

「気持ちは分かるが、ソフィア、公衆の面前ではもう少し慎みを持て」

「!! す、すみません、兄さん。うれしくて、つい」


 咳払いと共に告げられた兄の言葉に妹は頬を染めてそそくさと抱擁を解いた。

 手を取った時、カイとソフィアの間に言葉はなかった。

 だが、心を通じて何かを伝えたのだろう。

 無骨と朴念仁が手を取りあって服着ているような男がよくぞここまで、とクルスは驚きを通り越して半ば感嘆の域に達していた。


「とはいえ、カイ、程々にな」

「了解した。気をつけよう」


 その時、頬の熱を冷ましていたソフィアは目ざとくクルスが手に持っている手紙に気付いた。


「兄さん、その手紙はどなたからですか?」


 密閉した封筒内に焚いておいたのだろう。微かに甘い香のにおいが周囲に漏れている。

 紙自体も明らかに上質なもので、印蝋も鈴をあしらった初めて見るものだ。


「カーメル嬢からだ。来月から赤国の帝都で公演するから、よければ来てほしいと」

「…………ああ、“水晶鈴”(クリスタルベル)か」


 戦闘用に傾いていたカイの思考は勝気な歌い手(バード)のことを思い出すのに少々時間がかかった。

 そんな男の様子に兄妹は困ったように苦笑した。


「カイもいい歌だって褒めていましたよね?」

「生誕祭のパレードでも見たのだろう。もう忘れたのか?」

「忘れてはいない、忘れてはな。……しかし、手紙を送るのもタダではないというのに随分と好かれているな」

「茶化さないでくれ。世話になってばかりで申し訳ない限りなのだ」


 矛先を向けられてクルスは誤魔化すように再度咳払いした。

 満更でもないが、どう対応すればいいのかわからないといった雰囲気だ。

 カイは小さく口元を歪め、ソフィアは興味津々とばかりに蒼瞳を輝かせた。


「……イ、イリスはそろそろ“城砦都市アルキノ”に着く頃か」


 クルスのそれは明らかな話題逸らしだが、二人の表情は途端に真剣な物になった。

 イリスは先んじて手配しておいた馬車と物資を受け取る為、暗黒地帯への防波堤であり昨年の防衛戦争で拠点となったアルキノに入っている。

 一行はそこでネロの分け身と合流して暗黒地帯へと進行する予定なのだ。


 ――“戦乱の導”の主、テスラの殺害。


 相手の方からカイに接触しており、また、既に古代種をひとり撃破しているクルス達が適任であろうことは確かだが、それでも困難な依頼であることは違いない。


「俺達も明後日には現地入りする。二人とも久しぶりの実戦だがいけるな?」

「無論」

「だいじょうぶです」

「よし。暗黒地帯はこれで二度目だが、気負わず、油断せず行こう」



 一週間後、一行は暗黒地帯へと旅立った。

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