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刃金の翼  作者: 山彦八里
一章:出会い
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8話:銀貨の価値

 急ぎ気味で来たので四半刻で教会に着いた。

 中に入る前に太陽の位置を確認する。夕方の鐘が鳴るまでにはまだ余裕がありそうだ。


 クルス達は静かに扉を開けて礼拝堂に入る。

 まばらに座る学生達の中に、大剣を置いて長椅子に座るアンジールとその近くに立つ二人の人物を見つけた。

 壁際に立つ東方風の衣装を纏い、腰に刀を佩いた黒髪黒目の中性的な人物と、クレリック装備の白神のローブを纏い、癖っ毛のある茶髪の間から猫の耳を生やした獣人(セリアン)の少女だ。

 ぽつぽつと会話する三人の間には仲間特有の近さ、気安さのようなものを感じる。


(刀……サムライか?)

(セリアンの方はクレリックのようですね)


 彼らの元へ向かいながら兄妹が推察する。

 刀を持っているからと言ってサムライと言う訳ではない。だが、ファイターやナイトにしてはあまりに魔力の気配が薄すぎるのだ。

 もう一人は白神のローブを着ているのでクレリックで確定だろう。更に言えば、獣のような耳や尾を持つ獣人(セリアン)は白神の慈愛を受けた動物が人になったと言われる種族で、人間族よりも優れた五感に加えて、治癒系の元素への感応力、つまりクレリックの適性を生まれついて得やすいという。


 気配からしてアンジールと東方風の剣士はクルスと同程度の位階、セリアンの少女はそれより一枚か二枚落ちる程度だろう。


「来たよ、アンジール」

「お? おお!」


 イリスが周囲に気を遣いつつ声をかけると、三人が一斉に振り向いた。

 アンジールは笑顔で立ち上がり、東方風の剣士は静かにこちらを見つめ、セリアンの少女は猫耳をピクピクさせながら何かを期待するような視線を向けている。

 悪い雰囲気ではないだろう、クルスは心中でアタリを付けた。


「よく来てくれた。ギルド総出ってことは受ける気はあるってことかい?」

「乗り気ではある。が、まずは話を聞かせてくれ」


 互いに握手しつつ告げられたクルスの申し出にアンジールは当然だな、と頷く。


「その前に改めて紹介するぜ。オレ達はアイゼンブルート、二級ギルドだ。オレはリーダーのアンジール。こっちの仏頂面がユキカゼ、猫耳がメリル。それぞれ前衛側と後衛側のサブリーダーだ」

「ユキカゼだ。この顔は素だ。他意はない。そちらは良いギルドだと聞いている。期待している」

「メ、メリルです!! はじめまして、クルスさん!!」


 ユキカゼと呼ばれた東方風の剣士は冷静そのものといった風で、メリルと呼ばれたセリアンは見るからに上機嫌だ。両手でクルスの手を取るとブンブン振って満面の笑顔だ。

 クルスは若干驚きながらも笑顔を返す。


「準三級、アルカンシェルのリーダーをしているクルスだ。……どこかでお会いしたか?」


 はじめまして、と言いながらもこちらの名前を知っているというのは奇妙な話だ。


「いえ、初対面です。ですが、お噂はかねがね……」

「そ、そうか。よろしく頼む」

「はいっ!! よろしくお願いします!!」


(クルスはいつもこんな感じなのか?)

(多い時は週に二、三度は恋文を頂いているそうです)


 カイの心中の問いに自分の事は棚上げしたソフィアが小声で答える。

 たしかに心が篭もっているのが“視えた”恋文は過去に一度だけあったが、その一度も読心の事を告げたら無くなった。

 彼らにとって自分の価値は見る分にはよくても、読心を受け入れて共に居られるほどではないのだ。

 翻って考えると、やはり普通にソフィアの存在を受け入れているカイは稀有、あるいは異常だろう。


「ミーハーだが、悪い奴じゃない。勘弁してやってくれ」


 いい加減手を放そうとしないメリルを小突きつつ、アンジールが話を進める。


「で、そっちの女性二人はソフィア嬢とイリス嬢だったな?」

「……はい、ソフィアです。ウィザードとクレリックを授かっています」

「イリスでいいわ。レンジャーやってます。よろしく」


 よろしく、と軽く頭を下げたアンジールがカイに向き直る。


「すまんが、そっちの兄さんの方は知らないんだ。初対面だよな?」

「ああ。カイだ。サムライをやっている」


 カイがそう言うとユキカゼの眉がピクリと動いた。


「自分もサムライだ」


 そう言ってつかつかとカイの前に歩み出て、刀を鞘ごと持ち上げる。

 朱塗りの鞘に椿を彫り込んだ瀟洒な鍔が付いている。鞘の通りなら刀身は二尺三寸だろう。

 カイは目を細めて刀を注視する。


「孫……マグロックか」


 真名を言いかけて、即座に愛称に代える。

 サムライにとって真名は武器の命だ。戦闘中に告げる以上は隠し通せる物でもないが、易々と明かす物ではない。


「見ただけで分かるか。ふむ……」

「失礼した」


 微かに相好を崩すユキカゼの前にカイも腰から鞘ごと抜いた刀を捧げ持つ。

 鞘の内の刀身は二尺四寸五分。鞘から柄、鮫皮まで黒一色。鍔に飾りもなく、柄頭にも突起を持たせた実用一辺倒の一刀だ。

 さらに、発せられる魔力からはそれだけで触れる物を切るような雰囲気がある。


「これは……愛称を聞いても?」

「ガーベラだ」

「菊か!? この大陸にあったとは……」

「有名なのか?」


 絶句するユキカゼにアンジールが尋ねる。

 ユキカゼは黙って首を横に振った。その程度では済まないらしい。


「存在を疑われる程には伝説であろう」

「凄いのかそうでないのかよく分からん」

「売り出せば金貨十枚はつく。ちなみに自分のこれは銀貨四十枚といったところだ」

「金貨一枚で銀貨百枚だから……二十五倍……豪邸が建つじゃねえか!!」

「……」


 カイは黙って成り行きを見守る。ガーベラは名刀だがその価値には興味無いのだ。たとえ目の前に幾ら積まれても譲る気もない。

 自分の戦闘に耐え、刀気解放が戦術と合致し、“心技”の運用にまで耐えうる刀というのはそうそうない。

 現にガーベラと同クラスの刀を以前オシャカにしている。ユキカゼが聞けばその場で卒倒する話だろう。


「取り乱した。申し訳ない。……カイ殿はもしや東方の生まれでは?」


 無表情に戻ったユキカゼが己の結い上げた黒髪を指しながら改めて問いかける。ユキカゼもカイもこの大陸では珍しい黒髪黒目だ。


「姓はイズルハ。生まれは知らない」

「東方風の姓ではあるが、ううむ……久しい同郷の者かと思ったのだがな。

 ともあれ、同じ前衛なら共闘することもあるだろう。よろしく頼む」

「こちらこそ」


 差し出された手を握り返す。

 ユキカゼの手は怜悧な外見に反し、手の皮は厚く剣ダコも多く出来ている。

 よく鍛錬しているサムライの手だ。

 対するユキカゼは一瞬だけ意外そうな顔をしたが、すぐに表情を消し、手を離すと元居た壁際へと戻って行った。


「さて、紹介も済んだことだし依頼について説明するぜ」


 アンジールはポケットから赤国の地図を取り出して長椅子の上に広げた。クルス達は円になって覗きこむ。


「依頼は隊商の護衛だ。馬車は七台。内二台に俺達が分乗して乗り込むことになっている。隊商側にも護衛がいるが正直期待できる腕じゃない」

「どの位だ?」

「精々が盗賊対策くらいのモンだ。本格的な魔物相手は厳しいだろう」

「分かった。続けてくれ」

「おう。出発地点は帝都ジグムント、目的地が城塞都市アルキノだから、おそらく北方主要街道を使うことになるだろう」


 そう言って赤国の中心からやや東にある帝都から北に伸びる街道に沿って指を動かす。指はそのまま目的地である赤国と白国の境目に近い位置にある地点で止まる。


「城塞都市アルキノ……戦時は白国への抑えとして、現在では暗黒地帯からの魔物の流入を防ぐ為の壁役、だったな」

「そうだ。今回の防衛戦争ではここが集結地点になる予定だ」


 赤国の北と東の国境線が交わる頂点にあるアルキノは、そのさらに北にある元・黒国にして現在は魔物の発生地である暗黒地帯に接している。

 防衛戦争では暗黒地帯から魔物の軍団が雲海の如くやって来ることになる。


「魔物はもう来てるの?」

「いえ、まだ斥候を放ってくる程度です。赤国軍によると集結は確定らしいですが、まだ暗黒地帯から出る様子はないみたいです」


 イリスの問いにメリルが即座に答える。学生ギルドとは言えやはり二級。情報収集は怠っていないようだ。


「集結しきる前に叩くって案もあったらしいが、知ってるように暗黒地帯は魔物の位階が跳ね上がる。不確定要素が多すぎる。アルキノ前の荒野で迎撃できるならそれに越したことはないって上は判断したようだぜ」

「ふむ、依頼日数はどの位になる?」

「丸三日ってところだ。特に補給の必要がなければ直で行ける。食料と野営、それから必要なら防寒の用意もしてくれ。費用は別途出す」

「あら、太っ腹ねー」

「出発が明後日の日の出ってなもんで、そっちには無理言ってるからな。んで、肝心の報酬なんだが……」


 そこまで言って区切ったアンジールがユキカゼに目配せする。会話に加わっていなかったこの剣士はどうやら周囲の警戒をしていたようだ。

 ユキカゼは周囲を警戒しつつ小さく頷きを返す。


「報酬は隊商から日当で銀貨二枚、襲撃があれば危険手当が貰える予定だ」

「銀貨二枚? 二級ギルド相手に渋り過ぎじゃない?」


 護衛依頼としては適正価格だが、二級ギルドを使おうと思うならその二倍は出しておくべき所だ。


「オレ達は大所帯だから割れば元からそんなもんだ。んで、それに加えてオレ達からアンタら一人当たりに銀貨三枚を足す」

「俺達が受けるのは隊商の護衛だけだ。ギルドの意見もそれで纏まっている」


 言外に必要ないとクルスは告げるが、アンジールは首を横に振る。


「守秘義務込みだ。“あっち”としてもこういう下策は表沙汰にしたくないんだとさ」

「……そこまで依頼主の隊商は臭うのか?」

「ああ。ロンルースって奴が頭なんだが、あまり良い噂を聞かねえ。

 連盟からの斡旋でなければ受けたか怪しい依頼だ」

「ロンルース……聞いたことない名前ね」

「そうだな」


 イリスとクルスが訝しむ。

 防衛戦争の為の輸送を引き受けるならば、名の知れた商人の筈だ。無名の商人が請け負うのは非常に珍しい。

 実家のヴェルジオンでも戦争関係は専門の従家と御用商人が独占している。


 なぜなら、商人や商家を束ねる『商人ギルド』は常は自由競争を促す為に問題が起きるまで放任、非合法な取引や紛争に関してのみ介入する主義だが、物価の高騰を招く大規模な商取引――その多くは戦争関連だが――に関しては四大国の垣根を超えて強力な統制を取り、抜け駆けを許さないからだ。


 こういった場合は緊急時を除き、中小商人は商人ギルドへ適正価格で物品を卸し、それを依頼を受けた大手商人が各国各領地で捌くという手法を取る。

 迂遠で、費用のかさむ方法だが、これにより商人ギルドで市民間の品不足と物価の高騰を抑えることができるのだ。

 さらに国や貴族は安定して各国の、場合によっては敵国の武器食料すら手に入れることができる。ついでに商人ギルドは中間マージンで儲かる。

 一見して皆が得する手だ。余計にかかった費用が何処から捻出されるのかを気にしなければ、だが。


 そういった内容のことを問うと、アンジールは苦虫をかみつぶしたような顔になった。先程言っていたロンルースの噂絡みだろうか。


「色々抜け道を使ったんだろうな。そういう話も聞いた。ただ、アンタらには絶対に迷惑をかけない。オレ達とギルド連盟がそれを保証する」

「確認するが、こちらは隊商を護衛するだけでいいんだな?」

「そうだ。余計なことはしなくていい。追加で指示を出すこともない」

「まあ、もともと悪事って訳じゃないんですけどね」


 むしろ悪いのは向こうですし、と続けるメリル。

 そうか、と返そうとしてクルスは口を噤んだ。

 ロンルースとやらが黒でなければ二重依頼を受けたこちらが悪ではないかとも思ったが、そのリスクを承知で彼らはこの依頼を受諾したのだ。


 追加の銀貨はその覚悟を買う為のものでもあるのだろう。


「依頼の説明は終わりだ。悪いが話を聞かせた以上、この場で返事を貰うぜ。

 断ったときはオレ達が出発するまでは監視が付く。が、多少窮屈だろうが不自由はさせないと赤神に誓う」

「そんなに慎重になるなら追加で雇うなんて真似しなきゃいいんじゃない?」


 イリスの辛辣な返しにアンジールの顔がさらに苦くなる。彼としても苦渋の決断だったのだろう。


「オレ達も防衛戦争には出る。その時に“もしも”がある訳にはいかない」

「……そうね。余計だったわ。ごめんなさい」


 もしも配給される食料が腐っていたら、武器が粗悪だったら、戦争においてその“もしも”で失われるのは自分や仲間の命だけでない。その背後にあるものも喪われるのだ。

 商人ギルドがわざわざ中継ぎをしているのはその可能性を少しでも減らす為でもある。

 そして、この忙しい時期に二級ギルドを雇ってまで調べさせるのだ。確度は高いとみるべきだろう。


「アンタらを雇ったのは人数が丁度よかったってだけじゃねえ。防衛戦争に出るのが分かってたからだ」


 アンジールはそう言って締める。その顔は真剣そのもの、大手ギルドのリーダーたる自負を感じさせる。

 クルスもまた表情を引き締めて頷き返す。


「それを聞いて断るわけにはいかない」

「……そう言うと思ったから、言いたくなかったんだよ」


 強制するみたいだからな、とアンジールはすぐに真面目な表情を崩して苦笑する。

 イリスが“人が良い”と言っていた意味をクルスは理解した。


「それじゃあ合流は明後日の朝、馬車は正門につけておく。日の出と共に出る予定だ。よろしく頼む」

「こちらこそよろしく頼む。すぐ準備に移る。緊急時の連絡はどうする?」

「依頼の朝まで礼拝堂(ここ)にギルドの腕章付けた連絡員を常駐させておく。そいつに伝えてくれ」

「了解した。それでは明後日の朝に」



 連れ立って教会を出るクルス達アルカンシェルをアイゼンブルートの三人は見送る。

 隣でメリルが手をブンブン振っているが無駄な――と思いきやソフィアが振り向き、兄に何か告げている。

 言われて振り返ったクルスは若干硬い笑顔で手を振り返す。それを受けてメリルは尻尾まで振りだした。


「はう~良い人でしたね」

「……ああ、良いギルドだ、そう思う」


 完全にアルカンシェルの面々が見えなくなってもまだ恍惚としているメリルにアンジールは苦笑を返す。


 四人はまるで家族のような信頼感で結ばれている。短い時間でもそれが分かった。

 共に戦うだけでは得られない結束だろう。それを結ぶ為に多くのギルドは一つ屋根の下に集い、同じ釜の飯を食うのだ。

 そうして得た絆が戦場では枷になることもあるかもしれない。それでも、最後の瞬間に命を預けようと思える相手はやはり身内だろう。


 少なくともアンジールはそう考える。それはアイゼンブルートでは得難いものだ。

 仕方がない部分でもある。人間が二十、三十も集まれば気の合わない奴もいるだろうし、派閥もできる。アンジールを快く思わない者もいるだろう。むしろ、いなければ組織としておかしいと断言できる。


「いいですよねー、クルスさん。あの清廉な性格で、美形で、強くて、しかも騎士で貴族さまですもんね」

「どうだろうなあ」


 羨ましいとは思わない。彼らは家族の絆で、自分達は鉄と血の掟で成り立っているというだけだ。それが正しいかどうかは終わってみなければ分からないだろう。


「さて、オレ達も戻るか」

「……」

「……お?」


 未だに夢想から帰ってこないメリルはともかく、ユキカゼからも返事がないのはおかしい。

 振り向き、じっと自分の掌を見つめて動かないユキカゼの肩を叩く。


「どうした、ユキカゼ? 何か気になるのか?」


 このサブリーダーは寡黙な方だが、ここまで何も話さないというのは珍しい。

 剣士は暫く沈黙していたが、結局、自分だけでは判断がつかなかったのか、首を横に振って口を開いた。


「……カイ殿の手、血豆や剣ダコの一つもなかった」

「はあ? 全然鍛錬してないってことか?」

「そうかもしれないし、違うかもしれない」


 血豆ができるのは力を入れすぎたり、手に返る衝撃を消しきれなかったりして柄と手の動く方向が別になるからだ。

 手の皮が薄いとすぐ破れて痛みを発したり、血で滑ったりする原因にもなる。剣を振るう以上は不可避の現象といってもいい。

 だが、とユキカゼは思考する。


 だが、もしも常に完璧な力配分で、腕と一体化させて刀を繰ることができれば――


 完璧、という言葉が頭の中で再生される。

 一切の力みのない所作、ブレない正中線、静かすぎる歩法、押し殺された気配。何気ない動きの中で見せたそのどれもが実力の高さを予期させる。


「ううむ、できれば戦っている所を見たいな」

「不吉なこと言ってんな!」


 思わず大声で突っ込んだアンジールが奥に居た神官(クイント)に注意を受ける。


「不吉? ……あれ程の力量とそれに見合う刀を得た者の天命に、戦いが引き寄せられない筈がない」


 ユキカゼはそう呟いて、アルカンシェルの面々が去って行った方角を見つめ続けた。



 ◇



 クルス達は教会を出た足でそのまま学園内の商業区へと向かった。

 日は沈んでいるが、規則的に立てられた術式ランプが周囲を照らし、影の領域を隅へ押しやっている。

 商業区は夕食前の今の時間が書き入れ時だ。周囲にも訓練や依頼帰りの学生が溢れている。その間を抜け、ソフィアに配慮して比較的人の少ない道具屋に入る。


 所狭しと雑貨の並んだ棚の前で、四人で必要と思われる物を挙げていく。

 一通り出しきるとイリスが物色を始めた。

 目利きではイリスが最も優れている。本人としても買い物という従者らしいことができるのが嬉しいようだ。

 鼻歌を唄いながら品物を物色しているイリスの背中を見ながら、クルスは先程から考えていたことを言葉に変換した。


「俺達もサブリーダーを決めておくべきだろうか?」

「むしろ今まで決めていなかったのが不思議です。兄さんに何かお考えがあるかと――なかったのですね」


 即座に返って来た妹の言にクルスは眉を顰める。言い草がイリスに似てきている。良い影響なのかそうでないのか判断に困る所だ。

 背中でしっかりと聞いていたイリスも買い物を一旦切り上げて戻ってくる。


「やるとしたらカイじゃない?」

「……何故?」


 カイは言外にクルスの負担を軽くしたいというイリスの気配を察した。

 別に異論はないが、ひとまず理由を訊いてみることにした。

 この抜け目ない従者が言い出したのなら、クルスを納得させる理由も用意してあるのだろう。


「消去法だけどね。ソフィアはあんまし向かないし、私はソフィアより外面が偉くなるのは職務上避けたいから」

「イリスは分かるが、ソフィアが向かないとは?」


 むしろ読心という、交渉に際しては非常に強力な利点がある。

 カイが今までサブリーダーに関して口を挟まなかったのは、いずれソフィアがその立ち位置になる可能性を考えていたからだ。


「すみません。わたしは初対面の方とあまり長く会話できません。相手の波長に慣れるのに時間がかかるんです」

「そうなのか?」


 言葉と言うのは発せられるだけで大気中の魔力をごく僅かに震わせる。

 “塞いでも”なお鋭敏過ぎるソフィアの感知能力はそれを絶えず感知してしまい、そうして流入する情報量の多さが脳への負担になってしまうのだ。

 新規の情報が減れば処理も楽になるが、可能ならばそれまでは少しずつ慣らしていくのが望ましい。


「それは……」


 珍しくカイが言い淀む。

 確かにソフィアが自分たち以外と会話する所を見たことはない。依頼主とは主にクルスが交渉するし、買い物の清算などもイリスが行っていた。

 ならば自分は気付かない内に負担になっていただろうか。


「いいえ。カイは特別です。貴方といるととても安心するんです」


 問われた少女は首を横に振り、花開くように微笑む。

 男の大樹のような雰囲気は初対面の時からまるで抵抗なく少女の内に受け入れられた。今では男の傍に居る時の方が少女の心は落ち着いている程だ。


「……それならいいが」

「それに、はじめてで共鳴までしましたし。今さらですよ?」

「考えてみれば初対面でお互い素っ裸になったようなものよねー、ソレ」

「……そう言われると、はずかしいです」


 下着姿を見られても恥ずかしいとは感じなかったが、心までそうだと言われると、さすがのソフィアでもくるものがある。

 耳まで真っ赤に染めたソフィアの予想以上の反応に従者は獰猛な笑みを深くする。


「あれれー、ソフィアー?」

「いえ、違うんですよ、イリス。わたしはただカイのことが知りたくて……」

「何が違うのか、ちょっとお姉さんに教えてほしいなー」


 紅色に染まった少女の頬を従者が突いて弄り始める。

 長くなると感じたカイは無視してクルスに向き直った。


「サブリーダーだったな」

「ああ。どうだろうか? 考えてみれば俺が不在の時もあるだろう」

「……そういうことなら」

「では、よろしく頼む。手続きはこちらでしておく」


 クルスの差し出した拳に自分の拳を軽く合わせる。


 出会った頃のクルスならばこうも容易く受け入れることはなかっただろう。カイがあまり他者を率いる地位につくことを好んでいないと察していたからだ。


 ギルド結成当初、クルスの中ではカイはギルドに参加して“貰っている”という認識だった。

 無論、カイがそういうつもりではないと分かっていたし、仲間として命を預けるに足ると信頼もしている。

 更に言えば、カイは自分が護る必要などない域にある人物であると理解し、敬意も抱いている。

 それでも、否、だからこそ、ギルドがカイの負担になって欲しくない。クルスはそう考えていた。


 だが、このひと月でクルスも少しずつ変わってきている。自分のさらに前に立つ存在がクルスに成長を促しているのだ。


 『一面的に護ろうとするだけでは追い付けない』


 その認識がクルスの視野を拡げ、“強さ”の意味を考えさえ、力を付けることを貪欲にさせた。

 それは悪い変化ではない。

 言い換えれば、それは自分と他者を比較し、顧みる余裕が出来たということでもあるのだ。カイに自分の役割の一部を委ねたのは、騎士にとって大きな一歩だ。


 イリスが心から笑顔なのも決してソフィアの為だけではないだろう。


「……そろそろ止めておけ、イリス。ソフィアも落ち着け。時間もあまりないんだ」

「あ、すみません、兄さん」

「はーい。ちゃっちゃと済ませて夕飯にしよう? いい機会だからカイに料理がどういうものか教えてあげる」

「猪でも獲ってくるのか?」

「……教えてあげる!!」



 ◇



 その日はイリスの作った夕飯を四人で囲み舌鼓を打ち、次の日は皆、準備と打ち合わせの後は軽い訓練や休養にあてて過ごした。

 そして、約束の日の朝、日が昇る前にクルス達は集合した。


 最初に来たのはクルスだった。

 不朽銀の鎧一式と戦闘時は取り外せる白地のマントを装備し、長槍と逆三角形に近い盾を背に担いでいる。

 機動性を捨てた防御重視。武器を槍にしたのは剣、槍、斧をどれも同程度使える自己の技量を鑑み、盾と共に馬車、騎上での戦闘を想定した故だ。


 次にやって来たカイは腰と背に剣を挿し、いつもの道衣の上に先日見せた黒ずんだ外套を羽織っている。さらに、外見からは分からないが、髪の中や懐に投擲暗器や小刀を忍ばせている。

 相変わらずの機動力重視だが、丈夫な外套のお陰で余程でなければ一撃で戦闘不能になることは避けられるだろう。


 最後に来たのはソフィアとイリスだった。

 ソフィアは白神のローブにロータスワンドと魔法のリングを装備し、その上から青色の耐寒コートを掛けている。

 魔法系への一点特化だが、貧弱な体力を半端に伸ばすよりも魔法の威力を伸ばした方が効率が良いという判断だった。


 その隣を歩くイリスは皮の軽鎧と不朽銀の胸当てに使い慣れた弓と暗器のダガー、腰にはポシェットを着けている。また、その全身を包むように森中でのハイド性能を増す濃緑のコートを着込んでいる。

 装備は支援型。役割のはっきりしている他三人の連携を繋げるのが仕事だ。



「揃ったか。では、いくぞ」


 挨拶もそこそこに、四人はアイゼンブルートとの合流へと向かった。

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