拝啓、テイオー様
季節はめぐり平成18年12月24日中山競馬場。僕はまた怒涛の歓声の渦の中にいた。今まさに有馬記念の行われている真っ最中だ。
一団となってスタンド前を駆けてゆく馬群に一頭ぽつんと取り残されたように、断然の人気を背負ったディープインパクトがなんの気負いもなく走っている。
──拝啓テイオー様
今年は北海道も暖かいとのこと、いかがお過ごしでしょうか?
あれから十四年という歳月が流れました。いまはもう種牡馬として悠々自適の生活を送られていることでしょうね。僕はと言えば、質素ながらも不足のない幸せな生活を送っています。
この流れた歳月のなかで色々なことがありました。競馬界では物凄い種牡馬が出てきて日本の競走馬の血を一新し、二頭の三冠馬が誕生しました。僕にもそれは色々なことが起き、そしていずれも今では思い出となりました。
あなたの子供たちは残念ながらまだ恵まれていませんが、そのうち良い子供が出てくることを切に願ってやみません。でも血は残せなくてもあなたの記憶と記録は長く語り継がれることでしょうね。本当に伝説と言われるまでになりましたよ、あのレースは。
そうそう、今日走っているあの馬も伝説になるような馬です。ちょっとした社会現象にまでなるほどですから、その人気は物凄いですよ。今日で引退しちゃうんですけどね、最後のレースを勝てばやっぱり長く語り継がれることでしょう。
あなたは本当に眩しいほどの栄光と絶望の暗闇を走ってきましたね。その光と影につづられた生き様を僕は生涯忘れることはないです。
あのジャパンカップを覚えていますか? 有馬記念を覚えていますか?
僕はあなたにたくさんの事を教わりました。本当に感謝しています。
感動をありがとう。そして幸せな後世を送ってください──
向こう正面から3コーナーに差し掛かるあたりで各馬がペースを上げるなか、まるで止まっている馬を相手にしているかのように後方を走っていたディープインパクトが外から追い抜いてゆく。それに呼応して歓声がさらに上がった。
『さあ来たぞ、ディープインパクト。あっという間に先団に取り付いた!』
まったくもって強い。あきれるほどの強さをこの馬は持っている。外を回るロスなど微塵も感じさせずに易々と後ろからごぼう抜きを見せてやってきた。
あの日もこんな風にテイオーに対して声援が送られていたのだ。それを思うと僕は少しセンチメンタルになり、そして圧倒的な力を最後まで見せ付けて勝利を収めた馬に──
少し力のない拍手を送った。
──FIN──
競馬はロマンとよく言われます。ギャンブルとしての一面も魅力ですが、こういったスタンスで競馬を楽しめるのも魅力のひとつですよね。もし、少しでも興味を持たれたら、一度芝生を疾走するサラブレッド達を見に行かれてはどうでしょうか?
思わぬこんな馬との出会いが待っているかも知れませんよ。