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8.砂漠の嵐

1月17日 サウジアラビア国境線

 国連安全保障理事会決議678が採択されてから一ヵ月半の時間が過ぎた。イラクは勾留した人間の盾を全て解放して国際世論を宥めようとしたが、クウェートから軍を撤退させない限り多国籍軍構成国は武力行使を撤回するつもりはなかった。

 期限である1月15日が過ぎた。それから2日経った17日、その日も各国のマスコミ―特に日本のそれは―は“イラクが人質を解放したことで戦争は回避される”などと無責任な楽観報道をしていた。しかしサウジアラビアの上空では極秘任務を与えられた攻撃ヘリコプターAH-64アパッチの編隊がイラク軍の拠点を目指して飛んでいた。

 ノルマンディー任務部隊というコードネームを与えられたこのAH-64編隊の任務は国境線に配置されたイラク軍のレーダー施設を攻撃して、多国籍空軍の攻撃隊が侵入する“道”をつくることであった。

 事前に侵入した特殊部隊員の誘導を受けてアパッチ部隊は迷うことなくレーダー施設の正面へとやってきた。低空ホバリング飛行で砂丘の陰に機体の大部分を隠しつつ接近し、攻撃のタイミングを待った。

「攻撃開始!」

 アパッチは一気に上昇し、砂丘から身を晒して搭載しているヘルファイアー誘導ミサイルを発射した。ミサイルはレーダーに吸い込まれるように命中し爆発した。

 ノルマンディー任務部隊は見事に任務を達成し、イラク軍の2つのレーダーサイトを破壊した。この攻撃により空軍部隊がイラクのレーダー網に捕らえられることなく侵入できるようになり、実際にノルマンディー任務部隊が帰途についている頃、その上空では百期以上の航空機と海軍艦艇から発射された無数の巡航ミサイルが北を目指していた。




バクダット イラク空軍防空指揮センター

 イラク空軍の司令部では国境のレーダーサイトからの通信が途絶えたことで大混乱に陥っていた。

「司令!これはアメリカの攻撃では?」

「その可能性が高いな」

「では大統領に報告を!」

 しかし司令官は参謀の進言を受け入れるべきか躊躇していた。もし誤報であった場合に司令官がどのような咎めを受けることになるかを想像すれば、それは仕方が無いことであった。ただ結局のところ司令官は大統領に報告を行なうことはなかった。できなくなったのである。

 突然、天井の上から爆発音が聞こえてきた。

「何だ?」

 暫くしてまた爆発音がして、今度は天井が崩れた。司令官も参謀も下敷きになり、イラクの防空組織は事実上消滅した。



 上空を防空施設破壊の犯人が飛んでいた。それはアメリカ空軍の攻撃機なのであるが、その機体の写真を見ても見る人によっては空飛ぶ円盤だと思うかもしれない。その機体には曲面がなく平面を幾つも組み合わせて飛行機の形をつくっていた。真っ黒に塗装され、他の多くの軍用機と比べると明らかに異様であった。

「ダブルタップだ」

 真っ暗なコクピットの中で操縦桿を握るパイロットが呟いた。彼の愛機は2本のレーザー誘導爆弾を装備してイラクの防空センターを襲撃することになっていた。1発目は見事に命中したが、防空センターの頑強な構造を突破できなかった。そこで彼は第2次攻撃を決意して上空を旋回して再アプローチした。彼の目標はただ1つ。第一次攻撃の爆弾が命中して防空センターの天井にできた亀裂である。そこに命中させなければ結果は第一次攻撃と同じになる。そして彼はそれを見事にやり遂げたのである。

 任務を終えたパイロットは機体を反転させてサウジアラビアの基地を目指した。最後にミラー越しにバグダットの様子を見ると、さっきまで真っ暗だった空に向けて幾えものオレンジ色の閃光が伸びていた。

「まるで独立記念日の花火だな」

 イラク軍防空部隊は敵の姿を捉えられず乱れ撃ちしているようであった。だが捉えられなかったのは彼らが無能であるからではない。なにしろ相手にしているのはレーダーに捉えられない世界初のステルス機、F-117ナイトホークであるのだから。



 開戦初日から多国籍軍、特にアメリカ軍の発揮した打撃力はまさに圧倒的であった。イラク軍の防空網は瞬時に破壊され、イラクとクウェートの上空は多国籍空軍にとっては安全な、逆にイラク空軍にとっては危険な空域となったのである。

 いや危険なのは空中だけではない。地上にいても多国籍空軍の爆撃対象になるだけであった。イラクは各地に防御用シェルターを設置して航空機を隠したが、レーザー誘導爆弾による精密攻撃を前にしてはまったくの無力であった。

 もはや空中での勝利を望めなくなったイラク空軍は作戦機の温存の為に隣国イランに対して航空機を退避させ始めた。しかし、その行為は多国籍空軍に狙いやすい鴨を提供する結果となった。多くのイラク軍機が撃墜され、アメリカ空軍の戦闘機に久々の撃墜マークを提供するだけの結果に終わった。

 イラクは苦し紛れにイスラエルやサウジアラビアに向けてスカッド弾道ミサイルを撃ちこんだ。イスラエルを戦争に巻き込み、アラブ合同軍の結束を乱すのを目指したがイスラエルが自制し事なきを得た。

 開戦から10日後の1月27日。多国籍軍最高司令官は記者会見を開き、“絶対航空優勢”を宣言した。



 空中における戦闘は終わった。後はクウェートに居座るイラク地上軍を撃破するだけである。だが多国籍軍の圧倒的な空軍力をもってしてもそれは難しいことであった。空軍部隊の度重なる攻撃によっても撃破されたのはイラク軍の僅か30%に過ぎなかった。いや、それまでの戦争の常識と照らし合わせれば「30%“も”撃破した」と言うべきかもしれない。そのような数字は核兵器を使わないと実現できないと考えられていたのだ。それだけ多国籍軍の航空攻撃は空前の規模であり、圧倒的だったのである。

 だがイラク地上軍は残った。後始末をするのは多国籍軍陸上部隊である。

 ようやく開戦です。


(改訂 2012/3/20)

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